ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

小説・クロスステッチ第2部 <完>
18.罪 ~ 20.絆


クロスステッチ 第二部 19.謝 罪 01

2010.11.28  *Edit 

 運ばれてきた理子は両頬と額に冷却材を当てられた状態で、
眠っていた。顔全体が上気している感じだ。乾いた唇の端が
切れている。腕には点滴の針が刺されていた。
 みんなが「理子!」と叫び、呼びかけた。だが当然の事ながら
返事は無い。ピクリともしないのだった。
 二人の看護師はそんな人々を制し、理子を病室へと運び、
ストレッチャーからベッドへと理子を移したのだった。
 その様を、固唾を飲んで見つめている人々に、医者が言った。
「えー、ご家族の方は…?」
 その言葉に、皆が一斉に振り向いた。そして、我先にと
医者の許へと移動する。
「先生!理子の状態は?検査の結果はどうだったんですか?」
 物凄い勢いで、素子がそう訊いた。
 今にも噛みつこうとしている猟犬のような激しさに、
医者は一瞬竦んだが、「あなたは?」と訊ねたのだった。
「理子の母親です!」
 訊かなくても分かるだろう、と言いたげな顔をして素子は答えた。
 医者は軽く頷くと、自分を取り巻く他の人間の顔を見た。
他の人はどういう関係ですか?とその顔が訊いていた。
 その問いかけに、まずは宗次が「父親です」と答え、次に周囲を
窺いながら戸惑ったように優子が「妹です」と言った。
だが、そこで止まった。
 医者は怪訝そうに雅春を見た。そんな医者に雅春は
「夫です……」と呟くように答えたのだった。
それを受けて博子が「姑です」と言った。
 医者は軽く頷いた後、少し離れた場所に立っている
丸山の方を見た。丸山刑事の傍には、神山美鈴と志水が立っていた。
 丸山は医者の視線に黙って頷いた。
 彼らにも聞かせてやって欲しい。
 そんな顔をしていた。
 医者は乾いた軽い咳を一つすると、脇に抱えていた
カルテを手に取った。
「えー…、皆さんの様子を窺うと、相当心配されていた
ようですので、詳しい説明の前に、まず結果から先に
お伝えしたいと思います」
 医者のその言葉に、全員が目を見開いてその口許に注目した。
 今が働き盛りといった感じの、40代と思われる長身の医者の
顔には表情が無く、その顔を見ただけでは、検査の結果が
悪かったのか否かは全く分からないのだった。
「えー…、患者さん、…増山理子さん、ですか。検査の結果ですが、
どこにも異常は見られませんでした」
 その途端、其々の口から大きな吐息が出た。
 素子は吐息と共に床に崩れ、宗次と優子は抱き合い、
博子は息子に抱きついて、雅春はそんな母の肩を抱きながら、
目を瞑った。
 良かった……。
 本当に、良かった……。
 雅春のまなじりから涙が零れ落ちた。
 今日初めて零した、喜びの涙だ。
「えー…」
 と、医者の後を続ける言葉に、再び皆の視線が医者に集中した。
「えー…、脳の方には異常は無いのですが、理子さんは暖房の
効いていない部屋で裸同然でベッドに拘束されていた為にですね、
病院へ運ばれてきた時には肺炎になりかけてました。勿論、
すぐに治療しましたが、発熱している為、脳の検査の方に
多少なりとも影響がありまして。それで時間が掛ってしまいました」
 雅春は驚いた。
「あの、それじゃぁ、顔が上気しているように見えたのは……?」
「発熱しているせいです。ですが、今は38度くらいです。
運ばれてきた時には40度近かったのです。脳挫傷の危険性が
あったので、まずは脳内で目立った出血が無いかどうかを
先に確認してから、感冒の治療に当たりました。抗生物質を
投与して順調に回復に向かっていますから心配いりません」
 その言葉に雅春はホッとした。
 あのビデオを見て、雅春の心は最悪の事態の方へと傾いていた。
あれだけ連打されたら、何らかの打撃を脳に受けていても
おかしく無い。だから、冷静になってみると、医者の言葉を
信じられなく思う。
 自分以外の家族たちは、皆一様に涙を流しながら
「良かった、良かった」と喜びあっている。自分も最初は喜んだ。
だが冷静になってきたら、一抹の不安が湧いて来て、
それが拭えないのだった。
 本当に、大丈夫なのだろうか……?
 『異常は見られない』と言う表現に、どこか引っ掛かりを感じる。
「マー、良かったわね…」
 自分を抱きしめている母がそう言った。雅春はそれに黙って頷くと、
医者の方に顔を向けた。
「先生…、異常は見られないとの事ですが、だからと言って全く
問題は無いと言い切れるのでしょうか?」
 自分の疑問をぶつけてみた。
「ちょっと、あなた!何を言い出すの!」
 泣き崩れていた素子がいきなり顔を上げて、そう言った。
だが雅春はその言葉を無視して医者の返答を黙って待った。
 雅春の問いかけに、医者はほんの少し口許を緩めた。
「ご主人は冷静なようですね。…おっしゃる通り、異常は
見られませんが、問題が全く無いとは言い切れません。
むしろ、若干の問題があるのです」
 喜びで湧いていた場が、いきなりシンとなった。頭から水を
掛けられて呆然としている。そんな態だ。
「そもそも、あれだけの衝撃を受けながら、全く出血していないと
言う事からして不思議な事で、奇跡的とも言えるのです」
 医者は淡々とした口調で、そう言った。
「では、出血していない、と言う事だけは、確かな事なんですね?」
 雅春は念押しした。
「そうです。それは確かです。ただ、ここからが問題なのですが、
出血はしていないものの、血管にダメージを受けているので、
これ以上の刺激があると出血しかねない、そういった状態なのです」
「そ、それは、どういう事なんですか?」
 と、宗次が怯えた顔で訊ねた。
「あれ以上、叩かれていたら、確実に出血していたと思います。
ですから、その一歩手前、と思って下さい。暫くは絶対安静が
必要です。お若いので回復は早いとは思いますが、一週間は
立ち歩きは厳禁ですし、飲食もできません。精神的にも
興奮させないよう、お願いします。後遺症の心配もありますから、
二週間は入院していてもらう事になります」
「こ、後遺症と言うのは…?」
 床に崩れていた素子が立ちあがってそう訊いた。
「今は異常は見られなくても、後から症状が現れないとも限りません。
今回、綿密に検査しましたので、その心配は薄いと思いますが
念の為です」
「そ、その、一週間で回復すると言う事なんですか?
一週間経ったら動けるんですか?」
 博子が心配そうに言った。
「こんな事を申し上げるのも何ですが、人間には自然治癒力が
ありますから、極端な話し、放っておいても治るレベルのものです。
ただ、場所が場所ですから、慎重な対応と早急な治癒が必要でしょう。
ですから、安静な生活と薬の投与で、まず1週間もすれば、
かなり回復する筈です。その後は普通に寝起きし、歩き回っても
大丈夫です。ただ暫くは、運動を控えて貰う事になりますし、
なるべく頭を振ったりしないように注意した方が良いでしょう」
「では暫くは、爆弾を抱えているような状態と
考えて良いのでしょうか?」
 宗次の問いに「そうですね。ですが、暫くの間だけです」
と医者は言った。
 もろ手を上げて喜べない状態である事を知り、
一同の表情は俄かに暗くなった。
「皆さんが気落ちされるのも分かりますが、安静にしていれば
元に戻るわけですから、悲観されないで下さい。本人が
目覚めた後も、体を揺すったり、興奮させたりしないよう、
注意して頂けば良いだけです。後は、病院の方で
しっかり対応しますから」
 医者の言葉に、皆の顔に安堵の色が浮かんだ。
「あの、僕は妻が殴打されてるビデオを先ほど刑事さんから
見せて貰ったのですが、あれ程の衝撃を受けて、どうして
無事だったのでしょう。申し訳ありません。検査結果を
疑う訳ではないのですが、どうにも釈然としなくて……」
 雅春の問いに、医者は厳しい顔つきになった。
「ご主人が不思議に思われるのも当然です。私も最初は
不思議に思いました。だからこそ、綿密に検査したわけなのですが。
……まず第一に考えられる要因は、ベッドの上に固定されていた、
と言う事です。体の自由を奪われていた事で、逆に振幅幅も
小さくなりました。ベッドの上と言う事で前後のブレもありません。
ですが、相手は男ですので、それでもかなりの衝撃の筈です。
私もそのビデオを拝見させて貰ったのですが、スロー再生にして
よく検証してみた所、我々が思っている程、頭が揺れていない事が
分かりました」
「揺れていない?」
 雅春は医者の言葉に驚いた。
「普通再生では、分かりにくいと思います。物凄い勢いで
叩かれてますからね。ですが、スローにして良く見て
分かったんですが、理子さんは、必死に歯を食いしばって
頑張っておられました。口内の傷がそれを裏付けていました。
気丈な方ですね。ただ、後半は意識が朦朧としてきて、
段々と食いしばる力が弱まってきてました。あのままでいったら
気絶されてたでしょう。そうしたら当然食いしばる力が
無くなる訳ですから……。本当に危ない所でした。
あそこで助けが入って良かった」
 雅春は改めて安堵した。
 そして、ビデオに映った毅然とした理子の姿を思い出した。
 恐ろしい目に遭いながら、最後まで諦めようとせず、
暴力は受けても心は屈しない、そう訴えているようだった。
 その時、「う…ぅ…ん…」と軽い唸り声が聞こえた。
「増山さんっ、増山さん、聞えますか?」
 理子の傍にいた看護師がそう言い、皆は急いで理子の傍へと
駆け寄るのだった。


スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。