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小説・クロスステッチ第2部 <完>
14.母と娘 ~ 17.衝 撃


クロスステッチ 第二部 17.衝 撃 06

2010.11.18  *Edit 

 その週の土曜日の晩、雅春と理子は吉住家にいた。
 雅春がここへ来るのは理子の妊娠騒動が起きる直前以来だから、
5カ月ぶりだった。理子自身は1カ月半ぶりだ。
 2人は呼ばれてやってきた。
 優子から雅春が高校を退職すると言う話しを聞いて、
血相を変えた両親が呼びつけたのだった。父の宗次も、
この日ばかりは早くに帰宅してきた。
 居間に通された2人は、座卓を挟んで両親と対峙した。
 まるで、東大合格発表の日に結婚の許しを貰いに来た時のようだ。
シチュエーションが似ている。
 お茶は優子が出した。それだけが違っている。
「先生……。優子から聞いたんだが、その、
学校を辞めると言うのは、本当の事かな」
 いつも柔和な表情の宗次が、気難しそうな顔をしてそう訊ねて来た。
 娘の事を心配して学校までやって来た時とは、また違った表情だ。
その宗次の隣に座っている素子は、鬼のような形相をして
雅春を睨んでいた。
 いきなりの本題だった。
 2人して、久しぶりに会う娘の体を気遣う言葉が最初に出て
来ないのが、雅春にとっては不思議だった。理子が入院した
最初の日以来、娘の顔を見ていないのに、気にならないのだろうか。
確かに今の理子は顔色も良く元気そうには見えるが。
「まずは、ご無沙汰をしてしまった事、申し訳無く思っています。
お陰さまで理子もこうして元気になりました。その節は、
大変ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
 雅春はそう言うと、深々と頭を下げた。
「申し訳無く思っているなら、何故学校を辞めるなんて
言いだしてるんですか?」
 素子が険のある声でそう言った。
「君は少し黙ってなさい」
 宗次が素子を制した。それに対し素子は不服そうな顔を
しながらも従った。珍しい光景だ。
「先生。その件に関しては、もう終わった事だ。だから気に
しなくていい。私が聞きたいのは、学校を辞めると言うのは
本当の事なのか、と言う事だ」
 宗次は憮然とした顔をしている。
「本当です」
 雅春は真っすぐに2人を見据えて、きっぱりとした態度で
そう言った。
 その言葉を聞いて、宗次は目を剥き、素子は顔を真っ赤に
して怒りに満ちた顔をした。
「何を言ってるの!聞けば大学院へ行くとか。仕事もせずに
学生に戻るなんて、結婚したばかりの男がする事なんですか!」
 もう耐えられないとばかりに、素子は怒りに任せるように
唾を飛ばしながら激しく捲し立てた。
「学生に戻るのなら、慌てて理子と結婚する事も無かったでしょ。
それなのに、親の反対を押し切ってまで一緒になっておいて、
どういう事なのよ。無責任にも程がある!」
「母さん、落ち着きなさい」
 素子の剣幕に、宗次は我に返ったように妻をいなした。
素子はハァハァと肩で息をしている。かなり興奮しているのだろう。
「先生。君は私達が高校を卒業したばかりの娘の結婚を、
もろ手を挙げて喜んでいた訳じゃぁない事は、十分承知している筈だ。
それでも許したのは、2人の決意が固かった事と、君の人柄と
安定した生活が保障されていたからなんだ。学生同士であったなら、
何が何でも反対したよ。わかるかね」
「おとうさんのおっしゃる事は、尤です。ご心配も分かります。
ですが、生活力を不安に思われるのでしたら、
それは杞憂ですからご安心下さい」
 にこやかな雅春を見て、宗次は納得できないように
「それはどういう事かね」と言った。
「仕事を辞めるわけですから、当然、収入は無くなります。
その上、大学院へ行く訳ですから、収入が無いのに学費は出て行く。
普通に考えれば、生活はどうするんだと心配されるのも無理は
ありません。ですが、僕は最初にお二人に約束しました。
理子にはお金の心配をさせる事は無いと。それは今でも
変わりませんし、その約束を破るつもりは毛頭ありません」
「だから先生。それはどういう意味なんだ」
 じれったそうに宗次は言った。
「高校教師としての収入は無くなりますが、投資の方の収入が
ありますし、蓄えの方も、十分ありますから、心配はいりません。
大学院の学費も国立ですから高くは無いですし、卒業したら
大学の方へ就職する予定ですから、そうしたらまた給料が入って
きます。だから大丈夫です」
「そうは言いますけど、幾ら蓄えがあるからと言っても、
収入も無く使っていたら無くなるんですよ?」
 素子が変わらぬ鬼の形相で言った。雅春はそんな素子に
笑顔を返した。
「そんな事は百も承知してますよ。これでも僕は投資家ですから。
危険な橋は渡らないのが僕の信条です。採算の合わない事、
勝算の無い事には手を出しません」
 自信たっぷりに言う雅春に、素子は怯んだ。
「先生。君が財産家なのは知っているが、大学院卒業後に
大学へ就職すると言うのは、それは君の希望的観測にしか
過ぎないだろう。そんな保障はどこにも無い。就職出来なかった時、
どうするんだ。企業へ勤めるのは難しいんじゃないのか」
「おとうさん。こんな事を自分で言うのも恥ずかしくて、
はっきり言わなかったんですが、大学へは就職できます。
大学院へ戻るのも、大学へ就職する為です。大学から再三、
戻ってくれるよう請われていたんです。なかなか決意が
つかなかったんですが、おとうさんが理子の事で学校へ
来られた時に、決断したんです」
 雅春の言葉に、宗次は驚いた。
「今の仕事は、僕には向いてません。ですが、自分が選んだ
道ですから、そう易々と辞める訳にもいきませんでした。
だから、随分悩みました。自分にとって、何が一番大切なのか。
最も優先すべき事は何なのか。それは、僕にとっては
理子なんです。教育の仕事は嫌いではありません。ですが、
あまりにも雑務が多過ぎて、プライベートまで浸食してます。
折角一緒になれたのに、2人の時間を持てないのが現状なんです。
勿論、生きて行く為には仕事は大切ですから、四の五の言っては
いられないんですが、幸い、僕にはもう1つの選択肢があります。
研究者の道です。散々悩んで、僕は研究者への道を歩む事に
決めたんです。その選択肢が、僕達2人にとってベストなんです。
理子が困るような事を僕はする気はありません。
理子を守るのが僕の使命でもありますから」
 雅春はそう言うと、座卓の上に置かれたお茶を手に取り飲んだ。
 隣に座る理子を見ると、膝の上に手を置いて、ジッとしていた。
両親と雅春とのやり取りに入って来るかと思っていたが、
予想に反してずっと静かだ。
「先生、あちらのご両親はその、何ておっしゃってられるのかな」
「自分で決めた事なら構わないと。もし、金銭的に困るような事が
あれば、いつでも援助すると言ってくれましたが、そんな事は
無いと思います。いい年をして親から援助を受けるのも
恥ずかしいですし」
 堂々と言う雅春を見て、宗次は安心したような顔つきに
なってきた。だが素子は違ったようだった。
「先生。あなたって人は、本当に口がお上手な方ですよね。
いつだって、そうやって上手い事を言って人を丸めこもうとする。
何度あなたの口車に乗せられた事か」
 素子は雅春を睨みながら、尚も続けた。
「理子を守るって、何ですか。結婚する時にも同じ事を
言いましたよね。それなのに、理子を傷つけたのはあなたじゃ
ないですか。守る、守ると口では言いながら、結局は違う事を
している。そんな男の言う事なんか、信用できるわけがない。
本当に理子を守りたいんだったら、理子と離婚するべきでしょ。
あなたと一緒にいても、理子は幸せになれるとは思えませんから」
「母さん!何を言ってるんだ、今更」
 宗次は素子を牽制したが、効き目は無かった。
「あなたは黙ってて。幾ら大学から請われてると言ったって、
大学院を卒業した途端、翻さないって保障はどこにも無いですよ。
企業だって大学だって、その時々の状況によって変わるものです。
3年も先の事を、今確かだと言える方がおかしい。今は
社会人のまま大学院へ通う事だって出来る時代なのに、
どうして、そうしないんですか。そうした方が安全じゃ
ないですか。万一、大学で雇用されなかった場合、
失業する心配は無いって言うのに」
 素子の言葉に、雅春は小さく吐息を吐いた後、答えた。
「社会人のまま通うのは、今の勤務状況では無理なんです。
学校での仕事を家でもやってるくらい、仕事に追われています。
子供たちの進路指導も忙しいですし、部活の指導もあって、
早く帰る事ができません。とでもじゃないですが、
学校へ通うなんて不可能です」
「仕事を家へ持ち帰ってるなんて、それはあなたの能力が
劣ってるって事なんじゃないんですか?」
「お母さん!酷い事を言うのは止めて」
 ずっと黙っていた理子が、初めて口を開いた。
「理子、俺は大丈夫だから」
 雅春は理子の耳元に口を寄せてそう言った。
そんな雅春の方を見て、理子は軽く笑った。
「先生。私も大丈夫だから、心配しないで?」
 大丈夫とはどういう意味なのだろう?
 雅春は疑問に思った。
「お母さんは本当の事を言っただけでしょ」
「お母さんの言う事は、本当の事じゃない。
何も知らないで言ってるだけ」
「あんたこそ、何も知らない癖に、何言ってるの。こっちはね。
あんたの倍以上の年数を生きてるの。その親に向かって、
生意気な口を叩くんじゃない」
 2人の様子を見て、雅春は理子が落ち着いている事に気付いた。
だが、それはそれで、不味いかもしれない。理子が冷静で
あればあるほど、素子はヒートアップしていく怖れがある。
「世間はね。そんなに甘いもんじゃない。もう少し頭のいい人だと
思っていたのに、こんなに愚かだったとは、益々ガッカリだ」
 この人も、怒ると言葉使いが変わるんだな。やっぱり親子だな、
と雅春が思っていたら、
「お母さんって、お嬢様育ちだって普段威張ってる癖に、
怒るとお嬢様とは思えないくらい、言葉使いが汚くなるわよね。
育ちが知れるわよ」
 と理子が冷めた目をして言ったので、驚愕した。
 素子は物凄い形相になって、娘に手を上げた。それを見て理子は、
澄ました顔をして落ち着いた声音で「暴力反対」と言ったのだった。
それは火に油を注ぐ行為だった。
 素子の手が振りおろされるのを感じて、雅春は理子の前に出て
彼女を抱きしめた。それと同時に、素子の手は雅春の後頭部を
打ったのだった。
 物凄い力だった。女性とは思えない程の強い衝撃だ。
これをまともに顔に喰らったら、理子の顔は歪むかもしれない。
場合によっては脳震盪を起こすのではないだろうか。
自分の娘だと言うのに、手加減をしないのか。その事に、
雅春は二重の衝撃を受けた。
 誰もが事の成り行きに唖然としていた。
 一瞬、何が起きたのかわからない、そんな顔を全員がしていた。
「いってぇ……」
 そう言いながら雅春が打たれた後頭部をさすり出した時、
理子が驚いた顔をして雅春を覗きこんで来た。
「先生、……先生、大丈夫?ねぇ、大丈夫なの?」
 酷く慌てて心配している。
「大丈夫……。君こそ、大丈夫だった?衝撃で俺の頭、
当たらなかったか?」
「私は平気。何とも無い。だけど、先生、本当に大丈夫なの?
大事な頭なのに。しかも、右側じゃない。事故の時に打った場所と
同じじゃないの?ねぇ、本当に大丈夫なの?」
 理子は涙をこぼしていた。酷く狼狽している。言われてみれば
確かに事故で打った場所に近いかもしれないが、これくらい
大したことは無い。
「理子。俺は大丈夫だから、落ち着くんだ」
 理子は激しく首を振った。
「ごめんなさい……、ごめんなさい、私のせいで先生を
こんな目に遭わせて…」
 理子は涙を流しながらそう言うと、茫然と立ちすくんでいる
母を睨みつけた。
「どうして、こんな事をするのよっ!自分の思うように
ならないからって暴力をふるうなんて、最低よ!」
「理子、止めなさい。そんな事を言うもんじゃない」
 雅春の言葉に、理子は目を剥いた。
「どうして?酷いのはあっちじゃない。子供は親に絶対服従。
そう言われて、何度ぶたれたり、つねられたりした事か。
余りにも理不尽だからついそう訴えると、何倍にもなって
暴力が返って来た。子供だから、自分1人じゃ生きていけないから、
従わざるを得なかった。でも、今は違う。もう子供じゃないの。
一体、いつまで子供扱いして自分に服従させる気なの?仕舞いには、
こんな事をして。幾ら親だからって、してはいけない事だって
あるんじゃないの?何もかも許されるなんておかしいんじゃないの?」
「理子。君の言う事も尤もだ。よくわかるよ。だが、それでも、
子供が親に対して、そんな事を言うもんじゃない。感情に任せて、
そんな事を言ってはいけない」
「先生、私だって、本当は言いたくなんかない。でも、
こんな事されて、大事な先生がこんな目に遭わされて、
黙ってなんていられないじゃない」
 その時、優子が「大丈夫ですか?」と言って、冷やした
タオルを持ってきた。雅春は礼を言うと、そのタオルを
打たれた場所へ当てた。少し沁みるが気持ち良い。
「先生、大丈夫かね?」
 その様子を見て、宗次が心配そうに寄って来た。
「大丈夫です。……それにしてもお母さんは凄い力ですね」
 雅春はそう言うと、素子の方へ向き直った。
 素子は戸惑いの表情を浮かべていた。
「お母さん。今のはかなり効きましたよ。この打撃が理子の頬を
直撃していたらと思うと、僕はゾッとします」
 雅春は射るように、素子を見た。その視線を浴びて素子は怯んだ。
「理子の言動は、親に対して失礼な物言いでした。ですから、
お母さんが立腹されるのも当然です。ですが、だからと言って、
ぶつというのはどうなんでしょう。暴力をふるっても、
子供にとっては心に傷が残るだけです。親は子供をぶった事で
気持ちが幾らかでも晴れるのかもしれませんが、親の感情を
晴らす為に子供をぶつなんて、してはいけない事だと僕は思います」
 雅春の言葉に、素子は顔を逸らせた。そして、呟くように言った。
「時には殴ってでも、子供の目を覚まさせるのが親の役目です」
 あくまでも、自分の非を認めたくないのだろう。
 内心では悪かったと思う気持ちがあっても、それを外へ
出す事が出来ない。そういう人だ。そう思うと、
つくづく哀れな気がして来る。
「先生、もう、いいから。この人には何を言っても無駄なのよ。
通じない人なの。だから、もう帰りましょう」
 理子の瞳は悲しみに濡れていた。そんな理子を見て、
理子の苦悩は解消される日が来るのだろうかと、
暗澹たる気持ちが湧いてくる。
 雅春に帰宅を促す理子に、宗次が言った。
「理子。母さんの言動は行き過ぎだと思うが、俺達はお前の
将来を心配してるんだ。その事は分かってくれないか」
 心配げな顔をしている父親に、理子は冷たい目を向けた。
「親の心配くらい、私にだって分かってる。でも私はもう、
子供じゃないの。況してや先生は、大人なのよ?それに、
私達の人生であって、あなた達の人生じゃない。よく考えて
出した結論に文句を付けられたところで、もう決めた事なの。
心配してくれるのは有難いけど、指図したり邪魔したり
するような事は迷惑なの」
 雅春は溜息が出た。
 理子は親に対して、どうしてこんな態度を取るのだろうか。
積年の恨みがあるのかもしれないが、幾ら止めろと言っても、
聞かない。口にガムテープでも貼りたい気分になった。
「理子、いい加減にしないか。もう、それ以上、口をきくのは
止めるんだ。これは命令だ」
 雅春はそう言って理子を睨みつけた。
「お父さん。理子の言葉、大目に見てやって下さい。それから、
今度の事は、本当に心配されなくて大丈夫ですから。
彼女が言った通り、もう既に決めてしまった事なんです。
今年度一杯で退職する旨を校長に話して了承してもらってます。
ですから、もう後戻りはできないんです。お二人に許して
貰おうとは思ってません。報告に来ただけですから。
僕達は前へ進むしかないので」
 雅春はそう言うと、理子の肩を抱いて、吉住家を後にしたのだった。


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