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小説・クロスステッチ第2部 <完>
14.母と娘 ~ 17.衝 撃


クロスステッチ 第二部 17.衝 撃 05

2010.11.17  *Edit 

 11月も半ばにさしかかった頃、理子の許に妹の優子から
電話が掛って来た。
「どうしたの?」
 腹膜炎で入院してから、理子は実家へは全く行っていなかった。
母の素子が、家庭教師に来なくていいと言ってきたからだった。
その事は、素子の口から直接聞いたのではなく、優子を通して
言って来た。
 理子が雅春の元に戻った事が気に入らなかったようだ。事実上、
吉住家に出入り禁止となったのだった。
 優子の家庭教師は、幸い良い条件の女子大生が見つかったらしい。
 理子が夏中の間に、かなり基礎学力を付けさせた為、優子の
理解力も上がり、以前よりも勉強しやすくなっている。本人自身も、
随分頑張るようになっていた。
 その優子が一体、何の用事で電話を掛けて来たんだろう。
「お姉ちゃん。あたしね。朝霧高校を受験したいって思って
るんだけど、お母さんが駄目だっていうの」
 優子が朝霧?
 その事自体、驚きだが、母が反対している事についても驚きだ。
「ねぇ、優ちゃん。優ちゃんはどうして朝霧を受験したいの?」
 正直な所、優子にとっては朝霧は厳しいのではないか。
 今年の卒業生の進路先を知って、来年度の受験希望者が例年よりも
増えているらしいと、雅春から聞いている。
 朝霧よりもレベルが高い受験校に比べたら、高レベルの大学への
合格率は下がる。だが、中堅レベルの中ではダントツの合格率、
進学率と言えるだろう。
 ただ、雅春は今年度一杯で退職する。雅春がいなくなった朝霧で、
どれだけの生徒が高レベルの大学へ進学できるのだろうか。
朝霧高校にとっては、雅春の退職は大きな痛手と言える。
 だがいずれにせよ、朝霧は大学のレベルに関わらず、
進学希望者が多い。優子は大学へ進学する考えは無かった筈だ。
「あたしさ。色々考えたんだけど、やっぱり大学へ進学しようと
思うんだ。お姉ちゃんのお陰で、勉強も何とか目処がついてきたし。
朝霧はお姉ちゃんが行ってた所だから、校風もそれなりに
分かってるし、いいかなぁと思って」
「それで、お母さんの考えは?」
「お母さんは、栗山高校へ行けって言うの」
 栗山高校か。
 いつも雅春に送迎してもらった高校だ。
 栗山高校は理子が朝霧に入学する年に新設された為、今年で
4年目のまだ若い学校だ。レベルも県立の学区域内では、
底辺校に近い。偏差値は45くらいか。
 以前の優子の学力では、それでも厳しかった。だが今なら、
確実に入れるだろう。
「お姉ちゃんの時には、滑り止めを受けさせなかったけど、
あたしには受けさせてくれるって言うんだ。それなら尚更、
もっと上を狙いたいし、第一栗山高校は、幾ら近いと言っても、
校風があまり好きになれないって言うか……」
 普段、欲の無い優子の口から『もっと上を狙いたい』なんて
言葉が出て来るとは思って無かった。
 だけど……。
 お母さんは、優ちゃんには滑り止めを受けさせるんだ……。
 あたしの時には、受けさせてくれなかったのに。
 だから、2つもレベルを落とした。
 そのお陰で先生と出会えたけれど、矢張りこうやって聞くと
胸が微かに痛む。
 そんな理子の心の内を察したのだろうか。
「お姉ちゃん。言っとくけど、あたしが滑り止めを受けれるのは、
栗山高校ですら危ないとお母さんは思ってるからなんだからね」
 と言った。
 その言葉に理子は微笑んだ。
「お母さんがそう思ってるなら、朝霧なんて論外じゃない。
反対されるのも当たり前じゃないの?」
「そうかもしれないけど……」
「今の家庭教師の先生は、何て言ってるの?」
「栗山なら問題ないだろうって。朝霧も、この調子でいけば
狙えない位置では無いって」
「へぇ~。そうなんだ……」
 理子は少し驚いた。
 確かに、優子の学力は秋に入る頃に急激に伸びてきてはいた。
 ただ、呑み込みの悪い所は相変わらずだった。持って生まれた
性質なのだろう。理解するのに、少し時間がかかる。だから、
果たして時間が足りるのだろうかと言うのが最大の心配事だ。
今の家庭教師で大丈夫なのだろうか。
「ねぇ、お姉ちゃん……」
 珍しく、優子の声のトーンが低くなった。
 優子は理子と声質が似ていて、高めで細い。その声が
低くなった事に、理子は何か良くない事を話しだす予兆を感じた。
「どうしたの?何か、あったの?」
「あのさ……。お母さんが朝霧を反対する最大の理由があるんだ」
 朝霧を反対する最大の理由?
「えっ?何なの?」
「あたしさ。珍しくお母さんと言い合いしちゃったの。どうして、
挑戦させてくれないのかってお母さんに訊いたの。そしたらさ。
……朝霧には、先生がいるからって……」
 理子はそれを聞いて驚いた。
「どうして、先生がいるから駄目なの?」
「うん……。言い難いんだけどさ。『あの男がいる学校なんか、
行かせられない』って……」
 酷い。
 怒りと悲しみが同時に湧きあがって来るのを理子は感じた。
 娘が、またあの男の世話になるなんて、絶対に許せない。
 そう言ったのだと、優子が言った。
「ど、どうしてなの?どうしてお母さんはそこまで……」
 思わず妹に問う。優子に母の気持ちなんて解ろう筈もないのに。
「お母さんは、結局、お姉ちゃんが早くに結婚した事自体が
ずっと気に入らないんだよ。相手が誰でも、それは変わらないと思う。
それでも、結婚した以上は、仕方ないと思ってたみたいだけど、
夏の事件、あれで完全に許せなくなっちゃったみたい……」
 理子は受話器を握りしめた。
 母の気持ちも分からないではない。
 でも、普通の親が娘を思い心配するのとは、違うとしか思えない。
一体母は、自分をどうしたいのだろう。雅春と別れて1人に
なった方が娘の幸せだと本気で思っているのか。それとも、
娘の姿を見て、雅春を憎むようになったのだろうか。
 雅春と別居中、優しい言葉や慰めの言葉は、1つもかけてもらった
事が無い。行く度に、厭味を言い、別れろと言うだけだった。
 いつでも戻ってらっしゃいとか、そう言う言い方は出来ない
のだろうかと思ったものだった。
 あれでは、別れたとしても実家へ戻ろうとは微塵も思わない。
「そっか……。分かった。まぁ、その事はもういいや。それより、
朝霧の事だけど、先生は今年度で朝霧を退職するの。だから、
来年優ちゃんが朝霧へ入学しても先生はいないから、お母さんは
そんな心配をする必要は無いんだ。いずれ報告するつもり
だったんだけど、なんせ出入り禁止になってるからね」
 理子は力なくそう言った。自分の頬に涙が伝っているのを感じた。
 だが、理子の言葉に優子は驚いて声が大きくなっていた。
「えっ?嘘!どうして?なんで辞めちゃうの?退職って何?
異動じゃないの?」
「うん。異動じゃ無くて、退職するの。先生、大学院へ
行く事に決めたのよ。だから」
「大学院へ?」
「そうなんだ。今の状況じゃ、やりたかった勉強がまるで
出来ないからって」
「で、でも、それじゃぁ、収入は?結婚したって言うのに、
学生に戻るの?」
「うん。それに関しては、大丈夫。心配いらない。先生は
無鉄砲な人じゃないから」
「でも……」
「優ちゃんは心配しなくていいから。先生が辞める事を、
お母さんとお父さんに話してさ。朝霧を受験するといいよ。
頑張ってね」
 理子はそう言うと、電話を切った。
 受話器の上に手を置いたまま、暫く立ち尽くした。
 自分の親だからこそ、酷く傷つく。
 理子にはどうしても母の心を理解する事が出来なかった。
全く分からない訳ではない。だが、その激しい感情から来る、
行き過ぎとも思える行為には閉口するばかりだ。
 理子から話しを聞いた雅春は、驚き、そしてすぐには
言葉を言えないでいた。
 雅春にも、母・素子が理解できない。
 情が濃いが故と言うのは、分かった。だが、あまりにも
自分の感情に左右され過ぎてるような気がした。雅春が見る
限りでは、娘の気持ちよりも自分の気持ちが最優先のように感じる。
 何故、子供の気持ちに寄り添おうとはしないのか。
「先生……。朝霧を今年度いっぱいで辞める事、
言っちゃったけど良かったですか?」
 理子が不安そうな顔をして訊ねて来た。そんな理子に、
雅春は優しく微笑んだ。
「それは大丈夫だ。いずれ分かる事だし」
「先生……」
 理子が泣きそうな顔をして雅春に抱きついてきた。
「ごめんなさい」
 消え入りそうな声で、そう言った。
 雅春は理子を抱きしめると、髪を撫でながら
「謝る必要なんか無い」と言った。
「理子が謝る事じゃない。理子のせいじゃないんだから」
「でも……」
「一番傷ついてるのは、君だ。俺に気を使うな」
 可哀想に。
 あの家を出たと言うのに、まだ傷つけられている。
 どうしたら、理子を守ってやれるのだろう。
 これ程こじれてしまったのも、自分が原因だけに雅春の胸も
痛むばかりだった。だが、少しでも理子の傷を軽くするには、
自分はもっと太くならなければならないと思う。理子は、
雅春が傷つく事で更に傷を深める。雅春を愛しているからこそ、
愛する夫が自分のせいで傷つけられていると思うと、
余計に傷つくのだった。
「俺は大丈夫だ。俺が心配なのは、君の事だけだ。一番近しい
人間からの仕打ち程、深く傷つくものはない。俺は何を言われても
平気だよ。所詮他人なんだから。だから、お母さんに俺の事を
あれこれと貶されても、気に病む必要は無い。お母さんは、
口に出して言わないと気が済まないんだよ。言いたいだけ
言わせておけばいい。馬耳東風に徹するしかない」
 雅春の言葉に、理子は顔を上げた。瞳が心配そうに揺れている。
「でも、先生はそれでいいの?酷い事を言われても平気なの?」
「平気だよ。何を言われても。どんなに貶されても、俺は大丈夫。
だから君は、その事で傷つかないで欲しいんだ。君が傷つく事が、
俺にとっては一番の痛手なんだから」
 雅春はそう言うとにっこりと笑った。
 理子は瞳を潤ますと、雅春の胸に顔をつけた。
「先生、ありがとう……。私は、先生さえいてくれたら、
それでいい。他の何もいらない。だから、
ずっと私のそばにいてね。ずっと……」
 こうして、この人の腕の中にいるのが、一番の幸せだ。
ずっとここにいたい。
 ここが私の居場所……。
「ずっと、そばにいるよ。君のそばにね。君がウンザリして、
もうあっちへ行って、って言ったって、離れないから覚悟すること」
 その言葉に、理子は声をたてて笑ったのだった。


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