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小説・クロスステッチ第2部 <完>
14.母と娘 ~ 17.衝 撃


クロスステッチ 第二部 17.衝 撃 04

2010.11.16  *Edit 

 それから3日後に、彼女が犯人ではないと裏付ける確かな情報を
雅春が入手してきたのだった。だがそれは、2人の心を
重くする情報でもあった。
 雅春が熊田先生に何気なく松橋美智子の現況を訊ねた所、
思わぬ答えが返って来た。
「松橋は、あれから症状が思わしくなくなって、ご両親が病院へ
連れて行ったところ統合失調症と言うことで、入院したんですよ。
今も入院中です」
 驚愕のあまり言葉を失っている雅春に、熊田は言った。
「先生がショックを受けられるだろうと思って、言わずに
いたんですが……。でも、この事で増山先生が気に病む必要は
無いですよ。本人自身の気持ちの問題ですからね。
先生のせいじゃない」
 その言葉は有難かったが、それでも受けた衝撃が和らぐ事は無い。
 雅春は、この事を理子に言うべきか否か迷った。聞けば理子も
相当ショックを受けるに違いない。だが、いずれは知るかも
しれないし、今回の件で松橋美智子は無関係だったと言う事実を
伝えるには必要な情報でもある。
 暗い顔で帰宅してきた雅春からその事実を聞いた時、
理子は全身から血が引いて行くのを感じた。
「大丈夫か?理子っ!」
 くずおれそうになった所を雅春に抱き止められた。
 統合失調症……。
 まさか美智子がそんな事になっていたなんて。
 理子は自分の体が震えている事に気付いた。その震えた手で、
雅春のシャツをギュッと握りしめていた。指先が白い。
「理子、大丈夫か」
 頭の上から雅春の低い声が聞こえた。その声に小さく頷く。
そして、涙がこぼれた。
 雅春は理子を落ち着かせようと、髪を優しく撫でた。
それを心地良く感じながらも、涙は止まらない。
「とにかく、座って落ち着くんだ」
 そう言って雅春は理子をソファの上に座らせた。
「君がそうやってショックを受けるだろうと分かっていたから、
話すべきか迷ったんだ」
 雅春の言葉に、理子は顔を上げた。雅春の綺麗な顔が
苦痛に歪んでいた。
「俺達のせいじゃない。熊田先生には、そう言われた」
 理子は首を振る。
「先生のせいじゃ、ありません。先生は他の女生徒と変わりなく
接してたんですから。でも、私には、非があるんじゃないのかな……」
 理子の言葉に、雅春は目を剥いた。
「何を言ってるんだ。君に非があるわけが無いじゃないか」
 その顔には、怒りが含まれていた。
「わ、私……、私、美智子の気持ちを知ってたんですよ?
何度か美智子の口から、直接先生への想いを聞いてました。
それなのに、そんな彼女を欺いて、私は先生と……」
 言い知れぬ感情が、固まりとなって込み上げてくる。
胸が苦しい……。
「それを言うなら、半田の気持ちも知ってたわけだし、
他の女子の事だって同じだろう?」
「そうです。なのに私は、自分の感情を押し隠して、
自分は先生には全く興味が無いって態度を示しておきながら、
実際には先生と付き合ってたんです……」
 そう言って、理子は号泣した。
 雅春はそんな理子を見て、途方に暮れる思いがした。
 こんな風に、感情を露わにして泣く理子は珍しい。
 声を出して泣いてもいいのに、と彼女に言いはしたが、
幼い頃からの習性だからと言って、あれからも変わらず静かに
泣く理子だった。その彼女が、こんなにも号泣するとは。
 相手が、比較的親しかった松橋美智子だからなのか。そして、
統合失調症になってしまったからなのか。
 雅春は取り敢えず理子のテンションが少し下がるのを静かに
待つことにした。こんなに興奮している状況で声をかけても、
焼け石に水だろう。
「先生……」
 暫くしてから、理子が喋り出した。
「先生……、私、先生がまさか私を想ってくれているなんて
微塵も思って無かったから、だから、美智子と同じように、
卒業するまでは先生にとっては全くの対象外だと思ってました」
 雅春が沙耶華に言った言葉。
 あの言葉は、全校の女子のほぼ全員に知れ渡ったと言っても
過言では無かった。
 女生徒達は、雅春が女嫌いである事を誰も知らない。
 自分達が相手にされないのは、生徒だからだ、と信じていた。
 教師が生徒を恋愛対象にしないと言う理屈は、生徒側からすれば
納得のいく、はっきりとした分かりやすい理由でもある。
 勿論、人間だから、必ずしも理屈通りに行くとは限らない。
だが、相手にされない理由としては頷くしかない。
「だから私、頑張って東大に合格しようって思いました。
東大に合格したら、先生は喜んでくれるだろうって。それで、
卒業後は、度々学校へ遊びに行って、大学での事を色々相談に
乗って貰いながら、親しくなれたらいいな。それしか、
チャンスは無いな、って思ってたんです」
 理子は泣きながらそう言った。
 理子がそんな風に思っていた事を、雅春は初めて聞き、
驚き、そして感動した。
 自分から告白できない理子が、自分への想いを成就させたくて、
そういう計画を建てていたとは、よもや思いもしなかった。
「だから……、だから、私も、美智子と同じだったんです。
美智子もきっと、卒業したらきっと対等に、普通の女の子として
先生に見て貰えるって思ってたんだと思うんです。それなのに、
やっとスタート地点に立てたと思ったら、先生は結婚して
しまった……。しかも相手は、自分と同じ女生徒であり、
友達でもある私だなんて……」
 松橋美智子が統合失調症で入院したと聞いて、雅春はかなり
衝撃を受け、動揺していたが、目の前の理子の様子を
見ているうちに、冷静になって来るのを感じた。
「本当は私は、……卒業するまで待つべきだったのかもしれません。
卒業して、みんなと一緒に同じスタート地点に立てば良かったんです。
そうしたら美智子も、ここまで酷い状態にはならなかったかも
しれないのに」
 まだ止まらない涙を拭いながら喋る理子に、
雅春は大きな溜息を一つ吐いた。
「君の考えは、間違ってると思う」
 雅春は落ち着いた声でそう言った。その言葉に驚いたのだろう。
理子は涙を一杯溜めた目を見開いて、雅春の顔を見た。
「統合失調症は、元々、遺伝子的要因が強い病気だ。
そういう気質を持った者が発症する。熊田先生からの話しを
聞いても、彼女は元々そういう気があって、家庭内でも
困っていたんだそうだ。だから、俺との事も、彼女は自分本位に
妄想していた。俺がかけた感謝の言葉やねぎらいの言葉を、
自分への過度な好意だと受け止めていた。そして、
冷たい態度には、自分が生徒だから仕方なくそういう態度を
取っていると思っていたそうだ。そうやって、全て自分の
都合の良いように受け止める傾向が強かったらしい。だから、
君のせいじゃない。仮に、君の言う通り、君が卒業するまで
待ったとしても、多分結果は同じだったと思う」
 淡々とした態度でそう言う雅春を見て、
理子の気持ちも少し落ち着いてきた。
「先生のおっしゃる事は分かります……。
でも、美智子の事を思うと……」
 理子はそう言って俯いた。
「俺達の事が、引き金になったのかもしれない。でもな。
もし、俺達が結婚する事で彼女がそうなると最初に分かって
いたとしたら、君はこの愛を諦めたか?」
 諦める……?
 先生の事を?
「君は、松橋の病気の事を思って、自分は身を引くか?」
 理子は凍りついた。
 諦める事なんて、出来ない。
 先生への想いは止められない。
 でも、想う事と身を引かない事は同じではない。身を引いても、
想い続ける事はできる。
「ひとつだけ、はっきりと言っておくが、俺は君が身を引こうが
引くまいが、君を愛する気持ちに変わりは無い。他の誰も愛せない」
 そうだ。先生はそう言う人だった。
「でも先生……」
 理子が言いかけた言葉を遮るように雅春は言った。
「君に振られたとしても、俺の気持ちは変わらない。
君が駄目だったからと言って、他の女を愛する事なんてできない。
松橋を好きになる事は永遠に無い」
 理子は、雅春の真剣で暗い瞳を見て、自分は間違っていたと悟った。
 美智子の事でショックを受けて傷ついたのは、自分だけじゃない。
先生も同じなんだ。
「松橋には申し訳ないと多少は思うが、彼女の病気は一種の
爆弾を抱えているようなものだ。トリガーがいつ、誰によって
引かれるのか分からないし、また引いたところで、ロシアン
ルーレットのように空弾と言う事もある。いつ発症するかは
分からないんだ。それを恐れて、自分の人生を犠牲にする事は、
俺にはできない」
 理子は涙を拭った。
「可愛い顔が、涙でグショグショだな。顔を洗うついでに、
一緒にお風呂に入らないか?」
 突然の雅春の言葉に、理子は固まった。そして、冷たかった体が、
一挙に頭のてっぺんから足の先まで熱くなってくるのを感じた。
 そんな理子を見て、雅春の顔に笑みが浮かんだ。
「で、でも先生……、今日は平日だし……」
 真っ赤になって理子は俯く。
「平日と言ったって、金曜だよ?明日は休みだし。君が既に
入浴を済ませてしまっている事は、よく分かってる。だけど、
それでも今夜は、君と一緒に入りたいんだ。君とゆっくり、
お湯に浸かりたい。駄目かな」
 雅春の口調は、とても落ち着いていて優しかった。
 そっと、その瞳を窺うと、いつもお風呂に誘う時の妖しい感情は
全く感じられなくて、
とても優しくて、そしてほんの僅かだが寂しさが感じられた。
 この人の心は僅かだが揺らいでいる。
 そう感じた。
 理子は真っ赤な顔のまま、「わかりました」と小さく返事をした。
「良かった……」
 雅春はそう言うと、立ちあがって追い焚きのスイッチを
押しに行った。
 その、すらっとした長身の後姿を見て、理子はかけがえの無い
存在だと実感する。
 一緒に入るのは、これで何度めだろうか。
 数える為に思い出すのも恥ずかしいから敢えて数えないが、
多分、4,5回目といったところではないだろうか。
 風呂場では裸が当たり前なんだから、恥ずかしい事なんて無いと
雅春は言うが、そう割り切って考えられるのが不思議でしょうがない。
どこであっても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 理子は、同じ女同士であっても、一緒に風呂に入るのに抵抗を
感じる。恥ずかしいからだ。だから、相手が男性なら一層だし、
愛する人なら更に、である。
 その話しを理子の口から聞いて、雅春は笑う。
「俺に対して恥ずかしいと思うのは、まぁ、分からないでもないが、
同じ女同士でも恥ずかしいって言うのは、理解できないなぁ。
だって理子は、太っている訳でもないし、ペチャパイな訳でも
ないし、自慢してもいいほど、綺麗な体をしてるのに、
なんで恥じる必要があるのかなぁ」
 相変わらず隠しながら入っている理子の体にそっと腕を回すと、
雅春はその肩先に口づた。
 理子の体は、暖かい湯のせいなのか、それとも恥じらいからなのか、
赤く染まっていた。
 理子は唇を受けた肩先がジンジンと痺れているのを感じる。
矢張り、何度一緒に入っても、馴れそうに無い。
 雅春はバスタブの中で理子の体を自分の腿の上に乗せると、
優しく抱きしめた。
「恥ずかしいのに、誘ってごめんな……」
 低い声が耳元でそう囁いた。その言葉に驚いて、
理子は雅春に顔を向けた。
 いつだって、強引に誘って来る人が、優しく遠慮がちに
誘ってきた事からして驚いていたのに、こんな言葉を聞くとは
更に驚きだった。
 眼鏡をかけていない色気のある顔が、真面目に理子の瞳を
覗きこんでいる。雅春の瞳は、間近で見ると少し薄茶色い。
この目の色を確認できるのは、この世で理子だけだろう。
「先生……。私の方こそ、ごめんなさい。先生だって
傷ついてるのに、自分の感情にかまけて大泣きしたりして……」
 理子の言葉に、雅春は口の端を軽く上げた。
「いつも静かに泣く理子が、珍しく号泣するものだから驚いたよ。
そして、そのお陰で俺は冷静になれた。何て言うか、俺達って、
どちらかが感情を高ぶらせると、一方は冷めるよな」
 確かにそうかもしれない。
そしてそれが案外功を奏している事は、結果を見れば分かる。
「でもちょっと……、泣き過ぎました」
 理子は目を伏せた。滂沱の如く涙を流す顔を見られた事に、
羞恥心が湧いてきた。
「松橋の事はショックだが、俺達は責任を感じる必要は無い。
特に君はな。君が悲しい目に遭うのは、相手が俺だからだ。
噂の件だってそうだし、今回の写真の事でもそうだ。君は全く
悪くない。それに、在学中に俺と付き合うようになったのも、
俺が告白したからなんだし」
「でも先生」
「分かってるよ、君の言いたい事は。俺のせいでもないってね。
俺も自分でそう思ってる。君のせいじゃないし、俺のせいでもない。
俺だって、好きでこんな風に生まれて来たわけじゃない。
いつだって、はっきりと態度に示しているにも関わらず、
勝手に向こうが好きになって傷ついてるんだ。
俺の感知した事じゃないよ」
 理子は黙って雅春を抱きしめた。
 この人はこう言っているが、それでもこの人自身も傷ついてる……。
 それなのに、自分ばかり、思いきり泣いてしまった。
「先生……。私にとっては、先生が全てだから。美智子の事が
ショックで、つい沢山泣いちゃったけど、相手が誰であっても、
先生への愛は捨てられないから。先生が私を愛してくれている限り、
自分から身を引くなんて、絶対にできない」
「理子……、ありがとう。君の言葉が胸に沁みるよ」
 雅春は、理子を抱きしめる腕に力を込めた。



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