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小説・クロスステッチ第2部 <完>
14.母と娘 ~ 17.衝 撃


クロスステッチ 第二部 16.岐 路 06

2010.11.11  *Edit 

「古川君に、迫られた?」
 雅春の言葉に、村上彰子は大きく目を見開いた。
 彰子の目って、こんなに大きく開くんだ、と、
それを見て雅春は感心した。
 水曜日の夜。渋谷にあるカクテルバーで、雅春は彰子と逢っていた。
 こうして2人きりで、こういう場所で逢うのは初めてだった。
 付き合い始めたばかりの頃、この街の喫茶店で共に時間を
過ごした事はあった。図書館で一緒に勉強した後、渋谷でお茶を
飲みながら語り合ったり、食事をしたりしたが、飲みに行った事は
無かった。まだ未成年だった事もある。
 やがて彰子のアパートで結ばれ、それ以降の殆どは、
彼女の部屋で過ごしていた。
 だから、今頃になって彼女とこうして2人で逢っている事を
不思議に感じた。それはきっと、彼女も同じだろう。
 ちょっと2人だけで話したい事があると会社へ電話をしたら、
想像以上に驚かれた。そもそも、彰子の会社に雅春が
電話してくる事自体、彰子には信じられない思いだった。
勤務先を教えた覚えが無いからだ。
 彰子の会社の番号は、古川から聞いていた。さすがに携帯の
番号を聞いて携帯に電話する事は躊躇われた。
「そ、それで、増山君はどうしたの?」
 彰子は落ち着きなく、グラスの中のチェリーの柄を持って
回し始めた。
 マティーニの中を泳ぎまわっているチェリーを見て、
雅春はフッと微笑んだ。
「どうするも何も、逃げたに決まってるだろう」
「そ、そうよね…」
「お前、まさか俺がアイツの要求を受け入れたとか、
少しでも思ったんじゃないだろうな?」
 彰子はチェリーをグラスの中に落とすと、慌てて手を振った。
「やだ、そんなわけ、無いじゃない。幾らなんでも…」
 雅春はジッと彰子の顔を見た。僅かに頬が赤い。
「お前、酒は弱かったのか?」
 目を細めてジッと自分を見ている雅春に、彰子は戸惑っていた。
「ど、どうして?」
「少し、顔が赤いような気がする」
「そ、それは、増山君に見られてるからよ」
 彰子はそう言って、視線を外して前を見た。
「お前がそんな事を言うなんてな」
 彼女の口から初めて聞く言葉だった。自分の視線を受けても
平然としていたかつての彰子とは違う女が、
そこにいるような気がした。
「ごめんなさい…」
「なぜ、謝る?」
 雅春の問いかけに、彰子は大きく息を吐いた。
「古川君の事よ。私達の事を心配して、私を呼びだしたんでしょ?」
 雅春は彰子の方を見た。
 彼女は前を見たままだ。
「だけど、まさか増山君に迫るなんてね。今まで
そんな事ってあった?」
「いや、無い。初めてさ。だから余計に心配になったんだ。
お前と何かあったんじゃないかってね」
 彰子は笑った。
「何も無いわよ。何もね」
 成る程。確かにその言葉は嘘じゃないだろう。
 2人の間には何も無い。
 付き合っているのに、何も。
「なぁ…。お前、古川をどう思ってるんだ?
どうしてあいつと付き合ってる?」
 僅かな沈黙の後、彰子は言った。
「私達の事を、どうして他人の貴方に話さなきゃ
いけないのかしら」
 思わぬ言葉に雅春は驚いた。
「貴方はいつだって、自分の事は話さないじゃない。
それなのに、人の事は訊くんだ」
 彰子の言葉は雅春の胸に突き刺さった。
 彼女の言う通りだ。
 今までの自分からすると、こういう行為は有り得ない事だった。
 雅春は返す言葉もなく、グラスに口を付けた。
 トロリとした熱い液体が喉を焼く。
 どうしたものか。
「わかった。余計な事を聞いて悪かったな。じゃぁ、俺帰るよ」
 雅春はカバンを手に取った。家へ帰らずに直接ここへ来た。
彰子と逢う事は理子には話してあるから心配はしていないだろうが、
雅春だって来たくて来た訳じゃない。
 古川から頼まれたから仕方なく来た。相手が話し
たがらないのなら、無理して聞く必要もないだろう。
早く帰って理子の顔を見たい。
「待って、増山君!」
 立ち上がった雅春を、彰子は鋭い声で引き止めた。
 その言葉に雅春は動きを止めた。
 彰子の顔を見る。
 どこか困惑したような表情を浮かべていた。
「ごめんなさい。まだ帰らないでくれるかな」
 その言葉に雅春は黙って再び椅子に座り、カバンを置いた。
 こういう時、雅春はどうしたら良いのか分からない。
 大学時代、付き合ってる女と2人で飲みに来た事は
何度もある。全て、向こうから誘われてだ。
 雅春には話す事などないから、ただ黙ってくだらない
話しを右から左に聞き流しているだけだった。
 聞いてるの?と訊かれて、ああと返事はするものの、
明らかに聞いていないのは相手にも伝わっていて、
結局女は機嫌を損ねる。
 雅春を置いて一人で去って行く女もいれば、ごねる女を
一人置いて雅春が先に帰る場合もあった。
 だから、こんな風に女を呼び出して話しをする事自体、
おかしな事だとつくづく思う。
 古川も、頼む相手を間違えたな…。
 そう思うばかりだ。
 雅春は、とりあえず飲みかけのカクテルを飲み干した。
考えてみれば、残して帰るのももったいない話だ。
「ねぇ、増山君」
 彰子は手元を見ながら声をかけてきた。
 雅春は返事をせずに、彰子の方を見た。
「本当は、古川君に頼まれて来たんでしょ?」
 そうだよな。普通、言わなくても察するよな。
 普段から交流がある仲ならともかく、結婚式以来、
全く連絡を取り合っていない。雅春にとっての彰子は
過去の女でしかない。今は親友の彼女だが、それだけだ。
今更、友人として親交を持つつもりは無かった。
 だが、そう指摘されて、そうだと言うわけにもいかない。
「何故、頼まれたと思う?あいつが俺に迫って来たのは
嘘じゃないぜ」
 彰子の口から溜息が洩れた。
「どうして、男の貴方に迫ったのかしら。
私には迫って来ないのに…」
 どういう意味だ?
「ねぇ。古川君って見た目よりずっと真面目な人だって、
付き合いだしてすぐに分かったけれど、彼、奥手なの?
それとも、もしかしてゲイ?」
 雅春は一瞬唖然とした後、カウンターの上に思わず
突っ伏して笑った。
「ねぇ、ちょっとぉ。何笑ってるのよ、増山君!」
 これが笑わずにいられようか。
 バカバカしいにも程が有る。
 雅春は顔をあげて、声を出してひとしきり笑った後、
「お前がそんなにウブだったとはな」
 彰子に向かってそう言った。
 彰子は顔を赤らめた。
 そうか。
 さっき、顔が紅潮してたのは、やっぱり酒でも
俺が原因でも無かった訳だ。
 雅春は、やっと事情が呑み込めた気がした。
「全く、二人して何やってるんだろうな。
1年も経つって言うのに」
 と言った後、言いなおした。
「あっ、違った。1年も経つって言うのに、
何で何もしてないんだろうな、だった」
 彰子は恥ずかしそうに顔を背けた。
 雅春と彰子は、付き合いだして1カ月頃に体の関係を結んだが、
考えてみるとどちらが迫ったと言う訳では無かった。
彼女の部屋に入って自然とそうなったと言った方が正しい。
 たまたま雅春が未体験だったから、彰子は自分の知る
全てを教えてくれたに過ぎない。
 だが、自分以外の男とはみんな不倫だ。それらは彰子から
望んだ訳ではなく、相手の強い押しに負けて結んだ
関係だったのだろう。
 そう考えると、元々自分から積極的にいかない彰子だけに、
古川が押さない限り、関係は進展しないと言う事になる。
実際、1年も経つのに全く進んでいないようだ。
 お互いに、親密になるきっかけが無いのか…。
 この場合、矢張り古川がもっと積極的になるべきなのだろう。
 あの男が、ここまで奥手だったとは、雅春も驚くばかりだ。
「それにしてもお前、何でさっきは冷たく俺を突っぱねたんだよ」
 雅春はそれが気に入らなかった。
 彰子は逸らしていた顔を雅春の方へ向けると、
「ごめんなさい」と言った。
「だって、憎らしかったのよ。貴方も、古川君も」
「憎らしい?なんで」
「女の気持ちが全然分かって無いからよ。と言っても、
貴方にそれを望むのは間違ってるとは思うけど、
ちょっとはやりこめたいじゃない」
 そうか。
 そうやって、自分をやりこめようとした事に関しては
少々ムカつくが、彰子の言い分も少しは分かるような気がした。
 俺は女の気持ちがわからない。
 だから、理子を悲しませるような事を
言ったりやったりするんだな。
 そうしていつも、彼女を傷つけている。
 そして、神山美鈴。
 彼女の事もさっぱり解らない。
「わかった。だけど、それで帰ろうとした俺を
引き止めるくらいなら、しない方がいいと俺は思うけどな」
 彰子は眉を顰めて、「嫌な男」と言った。雅春はその台詞に
ほくそ笑む。他の男にとっては不愉快な言葉だろうが、
自分にとっては嬉しい言葉だ。理子以外の女に言われても、
痛くも痒くも無い。
「まぁ、お前の気持ちは分かったよ。あいつは別にゲイでも
なんでも無い。ただの、恋する哀れな男さ。ただ、ここまで
奥手だとは思って無かったけどな」
 雅春はそう言って、愉快そうに笑った。その笑みを見て、
彰子は眩しそうな顔をした。
「私、古川君の事は好きよ。ただ、中々進展しないせいか、
私の彼を好きだと思う気持ちは、単なる好意に過ぎないのか否か、
自分でよく分からなくなってきちゃってる…」
 彰子はそう言うと、グラスの中のチェリーを摘まんで口に入れた。
 雅春は、妙な危機感を覚えた。雅春の笑顔を見た時の
彰子の顔を見た瞬間に湧いた感情。それは、危険信号だった。
これ以上のんびりしていたら、古川は彼女を失う事に
なるのではないか。
 付き合っている時に思っていた彼女とは違う彼女を発見し、
今更ながらに彰子と言う女が幾らかでも分かったような気がした。
 そして、以前から感じていた事を確かにそれは
裏付けているように思える。
 彰子は理子と似ている。だが、決定的に違う所。それは
流されやすいと言う所だ。今改めて、思っていた以上に、
そうだったんだなと確信した。
 彼女は結局のところ、強引な男が好きなのだ。押しに弱い。
強引に奪われると言う事は、自分を強く求めてくれているんだ、
と思えて嬉しいのだろう。
 だが思う。
 本当の愛はどこに有るのだろうかと。
 強引に流されて、相手の想いの中で満足してはいても、
愛は有るのだろうか。
 古川は多分、彼女を満たしてやる事はできるだろう。
だが、彼女は古川を満たしてやる事ができるのだろうか。
あいつの愛に愛で答えられるのか。
 ただ一つだけ、期待できる所があった。
 自分から積極的に出れない、求める事ができない性質なのに、
帰ろうとした雅春を引き止めた所だ。
 それは、彰子自身も古川を求めている事の証しだとは
言えないだろうか。
「彰子…。古川には、もっと積極的になるように言っておく。
それから先の事は、2人でどうにかしろ。お前は自分の気持ちに
正直になればいい。欲しければ欲しいと言えと、
俺は去年言ったよな。今も同じだ」
「わかったわ。ありがとう…」
 雅春は、少し穏やかな目つきになった彰子を見て、ホッとした。
「じゃぁ、俺、もう帰る。理子が待ってるから」
 雅春は店を出た。そして、今さっき自分が言った言葉を反芻する。
 欲しければ欲しいと言え。
 今それをはっきりと言っているのが、神山美鈴だった。

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