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小説・クロスステッチ第2部 <完>
14.母と娘 ~ 17.衝 撃


クロスステッチ 第二部 16.岐 路 05

2010.11.11  *Edit 

「うん。ちょうど、昼休みの時間にね。俺も突然の事で驚いたよ」
 理子の父、宗次は、雅春がちょうど昼食を済ませた頃にやってきた。
思いがけない訪問に雅春は心臓が飛び出る程驚いた。
慌てて応接室へ通したのだった。
 応接室へ入るなり、「突然で済まなかったね」と宗次は言った。
「いえ、とんでもない。とにかくまずは、そこへお座り下さい」
 雅春はソファを勧めると、急いでお茶の支度をした。
「先生。理子は元気になったのかな」
 お茶を出して座った雅春に、宗次はそう訊ねて来た。
「すみません。何の連絡もせず。無事退院して、昨日から
大学へ行っています」
「そうか。それは良かった。こっちも済まなかった。妻の剣幕も
分からないではないが、だからと言って、ああまで感情を露わにして、
君も随分傷ついたんじゃないのかな」
 宗次は真っすぐに雅春を見た。
「とんでもありません。悪かったのは僕なんですから。おかあさんの
お怒りも尤もです。全て僕の責任です。申し訳ありませんでした」
 雅春は立ち上がると、宗次に向かって深々と頭を下げた。
「先生。座ってくれませんか」
 宗次の言葉に顔を上げた。宗次は優しげな声に反して
硬い表情をしていた。
 雅春は怪訝に思いながら、取り敢えず座った。
「私はね。恥ずかしながら、一体、何がどうなってるのか、
よくわからないんだよ。この夏、理子が流産して君と別居した、
と言う事は妻から聞いている。妻は君とは離婚させると
言っていたが、理子は優子の勉強を見に金曜日に来るだけだったから、
私は結局、一度も理子と会っていない。だから、理子から直接話を
聞いていないんだ」
 宗次にとっては、まさに何が何だか分からぬまま夏が終わり、
二人の仲が良くも悪くも何も変わらないまま秋を迎え、突然、
腹膜炎で手術をしたと連絡があって仰天したのだった。
 病院で理子の姿を見た時、そのあまりの変わりように愕然とした。
 痩せ細り、顔色も悪く、生気が感じられなかった。だから、
妻の素子の興奮ぶりに納得したが、あの後帰宅して、毎週家庭教師に
やってきていた理子に対する妻の仕打ちを優子から聞いて、
更に驚愕したのだった。
「お姉ちゃんの衰弱ぶりをお母さんはずっと見て知ってたのに、
来る度に厭味を言って、慰める事も励ます事も無かったんだよ」
 と、優子は泣きながら父に語った。
 無関心だった訳ではない。だが、別居したと言っても実家へ
戻ってきている訳では無かったから、よもや、それ程理子が
憔悴しているとは考えが及ばなかった。接していたら、もっと
心配したし、自分なりに何か手を打っていた。
「君は、命懸けで理子を守ると言ったな」
 宗次は膝の上で拳を握りしめた。
 父親として情けないと自分を責める一方で、信頼して
任せたのに何故?と言う思いが、どうしても付き纏う。
「申し訳ありません。本当に申し訳ありません」
 雅春は頭を抱えるようにして、深く項垂れた。
「教えてくれ。一体、二人の間に何があったんだ。
流産した妻を何故一人にしたんだ」
 雅春は震えた。誰より、この人に責められるのが一番堪える。
 まだ高校生の大事な娘なのに、自分を信じて結婚を許してくれた。
この人の許しがあったからこそ、それ以降、合格だけを目指して
頑張れたのだ。それなのに、自分はこの人の信頼を裏切ってしまった。
「おとうさん。本当に申し訳ありませんでした。そもそも、
僕がちゃんと避妊をしなかった事が最大の原因なんです。
妊娠と流産が無ければ、理子が苦しむ事も無かったんです」
 雅春は、全ての事情を包み隠さず話した。自分の気持ちも、
理子から聞いた理子の気持ちも。そして、離れていた時の
互いの生活も。
 雅春が全てを話し終えた時、宗次は涙を流していた。
雅春はそれを見て驚いた。
「おとうさん・・・」
 宗次はポケットからハンカチを出すと、涙を拭った。
「いや、すまない。俺は涙脆くてね・・・」
「おとうさん。僕は本当に、理子にも、それからご両親にも、
申し訳無い気持ちで一杯なんです。幸い、命に別条は無かったですが、
手遅れになっていたら、どうなっていたかわかりません。
おまけに、彼女の綺麗な体に傷が付いてしまった。悔やんでも
悔やみきれないんです」
「先生。もう、いいよ。済んだんだ。全ては終わったんだよ。
肝心なのは、これからどうするか、と言う事だ」
 宗次はそう言うと、湯のみを手に取り、お茶を啜った。
「僕はもう、二度と彼女を手放しません。僕自身、彼女がいない
人生なんて、耐えられない。僕の生きる糧なんです。つくづく
骨身に染みました。ですからおとうさん。虫がいいと
思われるかもしれませんが、また僕を信じて貰えないでしょうか。
二度と信頼を裏切るような真似はしません」
 雅春はそう言うと、手をついた。
「先生。私は先生の言葉を信じるよ。君は元々誠実で優しい人間だ。
だから理子の懇願を拒めなかったんだ。今回の事で、二人の絆も
更に深まったようだし、結果オーライでいいと思うよ、私は」
「おとうさん。ありがとうございます」
 雅春は宗次の言葉に、心から感謝した。この人の信頼を、
今度こそ絶対に裏切るまいと思った。
「今回の事で二人とも深く傷ついたと思うが、それを乗り越えて
くれて私は嬉しいよ。君達が羨ましい。深く愛し合い信じあって
いる君達がね。私は結局、駄目だった。仕事の忙しさにかまけて、
そして妻の激しさに臆して逃げて来たんだ。…理子は、私に似ている。
正面から感情をぶつける事が苦手だ。その性格が今度の事の
最大の原因じゃないかと私は思うんだ」
 宗次は、例え家族であっても、人と人との距離が近いのが
苦手だった。ある一定の距離を保てないと落ち着かない。穏やかで
ゆったりした感情の中で、互いを尊重しあって生きてゆきたい
タイプだった。
 だが、妻の素子は違った。家族であるならば、全てをさらけ出し、
嘘偽りなく、裸の付き合いを求めるタイプだった。理屈よりも
感情だった。正義感が強いから、理に適わない事は嫌いだが、
自分の感情がまずは最優先で、理屈は後だった。
 そんな素子から見ると、宗次は冷たく見えるのだろう。
事ある毎に、「あなたは冷たい」と言われた。そんな風に
責められても、宗次は困惑するだけだった。愛情の示し方が
違うだけだと思うのに、相手はそうは受け取ってくれない。
 一番困ったのは、こちらの意見に耳を貸そうとしない事だった。
素子はなんでもがむしゃらに向かっていく。全てに全力投球だ。
それを悪いとは思わない。だが時には、一歩離れて冷静に
見極める事も必要だと思う。感情中心に闇雲に向かうだけでは、
良い結果が得られるとは思えない。
 部分だけに目が行って、全体が見えなくなっている。
そう感じた時に意見を言うと、全否定され、「あなたは冷たい」
との言葉が返って来るのだった。
 そういう事の繰り返しの夫婦生活だった。共に暮らす時間が
増えるのに比例して、互いの心が離れて行くのを感じていた。
夫婦の間に、深い溝があって、それを埋めるどころか、
どんどん深く広くなってゆく。
 それでも宗次は、素子と別れる事を考えた事は無かった。
 必死で家を守り、子供を育てている妻の、やり場のない感情を
ぶつけられ、鎮めてやる事はできなくても、ただ黙って
受け続けて来た。
 親の反対を押し切ってまで、自分のような男を選んでくれた
妻に対する感謝と、彼女の愛に応えてやれない自分の不甲斐なさと、
子供たちへの愛情が、彼をそうさせていた。そして、誰も
信じられない妻が不憫だった。そうなったのは自分のせいだからだ。
「だがそれでもね。横浜に住んでいた時は、まだ良かったんだ。
新婚だった事もあるが、一緒にいる時間がそれなりにあったから、
家族であちこち出かけて、初めての子の理子を二人で慈しんだ。
だが優子が生まれて、手狭になった事もあって家を買って
引っ越した。会社が遠くなった事で、帰宅も遅くなり、ローンの
返済もあったから頑張らないとならなくてね。私はどうも、
営業と言う仕事が向いてないようで、成績も思わしく無い。
少ない収入で子育てとローンの繰り上げ返済とで妻は四苦八苦し、
私はそんな妻の為に時間を取ってやる事もできず、そうして彼女の
心がどんどん離れてゆくのをどうする事もできなかったんだ」
 宗次は「理子を頼むよ」と言って、帰って行った。
その後ろ姿は寂しそうだった。
 雅春は、宗次の話を聞いて、自分達を顧(かえり)みた。
 自分も理子が在学中、彼女を「冷たい」と批判していた。
理子を知るにつれ、自分の過ちを悟ったが、宗次の話しに身に
つまされる思いがした。理子の両親は自分達に似ているような
気がしてきた。
 ただ違うのは、自分は男で理子は女だと言う事だ。そして、
今の自分の状況は、宗次と似ている。仕事が原因で妻と共に
過ごす時間が少ない。そして、宗次と同じように、仕事の内容は
自分に向いていない。
 理子は宗次に似ているから、今のような状況でも、素子の
ようにはならないだろう。だが自分は、素子に似ていて、
妻との時間が生活に大きな影響を及ぼすタイプだ。
今の道しか無いのなら、そうと割り切って頑張るしかない。だが、
雅春には別の道もある。そして、そちらを選んだほうが、
自分にとってのメリットは大きい。
「だから俺は、決心したんだよ。大学へ戻る事に。俺自身も、
君に触発されて、もっと勉強したい気持ちが強くなった。
勉強したいんだよ。大学へ戻る事が、俺にとっても、そして
俺達夫婦にとっても、一番良い選択肢なんだ。おとうさんの
話しを聞いて、その思いを強くした」
 雅春がそう言うと、理子は雅春に体を寄せた。
「先生がそうしたいなら、私はそれで構いません。先生が
どちらの道を選ばれても、私は先生についていくだけです。
先生のそばにいられるなら、それでいいの」
「理子。ありがとう。俺を信じてついてきてくれるのが嬉しいよ」
 雅春は理子を見つめた。
 まだ甘く切ない顔をしている。たまらなく愛しい。
 雅春は再び、理子を愛したのだった。


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