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小説・クロスステッチ第2部 <完>
14.母と娘 ~ 17.衝 撃


クロスステッチ 第二部 16.岐 路 01

2010.11.08  *Edit 

 夜の8時。
 古川が家へ訪ねて来た。
 ここへ来るのは初めてだった。
 夕方、雅春からメールが来て、夜、古川が来るからそのつもりで
いてくれ、とあった。
 理子と博子は顔を見合わせた。
「こういう事、よくあるの?」
 と博子に尋ねられた。
「いえ。初めてです。先生のお友達がここへ見えるのは」
 雅春は7時過ぎに帰宅し、すぐに夕食の食卓についた。
「古川さんが見えるんですって?」
 母の言葉に雅春は頷いた。
「うん。あいつにちょっと頼みごとをしたんだよ。それでね」
「もしかして、大学院の事?」
 雅春は顔を上げて母を見た後、理子の方を見て
「話したのか」と言った。
「すみません。いけなかったでしょうか」
 理子が不安そうな顔をしたので、雅春は微笑んで首を振った。
「いや。どうせわかる事だし」
「そうよ。理子ちゃんを責めないでよ。今朝のあなたの様子が少し
変だったから、理子ちゃんを問い詰めたのよ。理子ちゃんは悪く
ありませんからね」
 母の強い口調に、雅春は苦笑した。
「母さんも姉貴みたいに、聞き出すのが上手いんだな」
「あら。母娘なんだから、当たり前じゃないの」
「そうだよなぁ。まぁ、そういう訳なんだ。大学院を受験しようと
思ってる」
 やっぱり、受験するんだ・・・。
 昨日は迷っていると言っていたのに、決断したのか。
 だが雅春は違う事を言った。
「受験しようと思ってはいるが、まだはっきりと決めた訳じゃないんだ」
「それって、どういう意味ですか?」
「言った通りだよ。受験するつもりで準備はするけど、最終的な
決定はまだ下してはいないんだ。まだ、決断できないでいる」
 そもそも、思い立ったのは最近だ。
 理子と離れて暮らしているうちに、高校教師としての生活に
大きな負担を感じるようになった。もともと赴任した時から
感じていた事だ。ただ、理子の存在が大きくなるに従って、
その思いは軽くなっていった。そして、理子を東大へ
合格させると言う明確な目標ができ、またそれに付随して、
他の生徒達への進路指導も重なって、大変ではあったがやり甲斐を
感じるようになった。生徒達もよく応えてくれた。
 だが、理子が卒業し、生徒達も代変わりし、あの事件に遭って
雅春の意気はくじかれた。それでも、自分を買い、守ってくれた
校長の期待に応えねばと思って、辞める事を考えずに
やってきたのだった。
 理子がいなくなってから、苦痛は一層強くなった。だから、
理子が戻ってくればそれは解消されるものと思っていた。
 毎朝見る理子の笑顔。
 それだけで、力が湧いてくる。
 だが期待に反して、苦痛は軽くなってこない。
 多くの人間を相手にする教師の仕事は精神的な負担が大きい。
自分の受け持ちの生徒の事だけでなく、自分の教科を受けている
生徒の事も考えなければならない。部活動の指導もある。
 時間は幾らあっても足りない気がした。
 おまけに、その年その年の生徒達の特色もあって、その度に
こちらも変化しなければならないのも負担だった。もともと
そういうのが苦手だ。職業選択を誤ってしまったような
気がしてならない。
 これが相手が大人だったら、上手く対処していける自信はある。
だが、子供だ。
 それに、女生徒達との関わりも煩わしい。
 既に結婚しているのに、何故、放っておいてくれないのだろう。
下手すると変なトラブルに巻き込まれるんじゃないかとの危惧も
最近感じるのだった。
 あの事件の時だって、松橋美智子が一番の原因だったようなものだ。
勝手に好きになって、勝手に引き込もりになって、それでこちらの
せいにされたのでは、たまらない。
 約束の時間にやってきた古川に、雅春はそんな自分の気持ちを
全て吐きだした。
「そうか。成る程な。お前も大変なんだな」
 古川が神妙な顔でそう言った。
「元々人間不信で人を見る奴だもんな、お前は。子供相手だけに、
そんな事は言ってられんし。辛いところだよな」
「そうなんだ。生徒を拒絶するわけにもいかない。だが、教師と
しての役割を果たすのに、俺はやっぱり向いてないって、
やればやるほど思うのさ」
 古川はソファの上にどっかりと足を乗せて伸ばすと、
部屋の中を見回した。
 雅春の書斎である。
 整然としている。
 相変わらず綺麗好きで几帳面のようだ。
 古川は玄関で理子と博子に出迎えられた後、すぐに雅春の部屋へ
通された。だから、他の部屋はまだ見ていない。だが、玄関や
廊下もとても綺麗だった。行き届いている感がある。母親が
来ているからだろうか。
「お前は真面目過ぎるんだよな。他の先生方は、もう少し要領良く
やってるんだろ?」
「まぁな」
 雅春は溜息を吐いた。
 雅春は要領が悪いわけではない。元々合理主義者だ。ただ、
真面目で責任感が強い。任された事はしっかり結果を出して
応える男だ。だから、普通の企業だったら成果を上げて認め
られるだろうが、人間相手の教育業界ではキツイのだろうと
容易に察しはつく。
 企業を選ばなかったのは、成果を上げる事に血道を上げて、
勉強が出来なくなる事を恐れたからだろう。だが、教師は教師で、
また別の意味で忙しく、勉強が出来ない事には変わりは無かった訳だ。
 ノックがした。雅春が返事をすると、ドアから理子が顔を出した。
 さっき会った時にも感じたが、なんだか随分痩せたように感じる。
「先生、少しは飲まれます?」
 その言葉に、雅春が「どうする?」と訊いて来た。
「そうだなぁ。ちょっとくらいなら、貰おうかな。二人で飲むの、
久しぶりだし」
 雅春は笑顔になった。どうやら喜んでいるようだ。
「じゃぁ、何を持ってきましょうか」
「何を飲む?一応、一通りある筈だけど」
 古川が迷っていると、「お燗(かん)にしましょうか?」と
理子が言った。
 古川は微笑んだ。
「じゃぁ、お燗でお願いしようか」
 理子は「かしこまりました」と言って、出て行った。
「気の利く子だな」
 雅春は嬉しそうな顔をした。
「そうなんだ。何ていうか、こっちの望んでいるものを
察するんだよ。そういうのって、長い間の夫婦生活で培われて
いくもんだと思うのに、最初から、こっちが漠然と望んでいる
ものが出て来るんだ。食事なんかも」
「へぇ~」
 古川は感心した。春まで高校生だった子だ。
そんなに若いのに驚きだ。
「だけど彼女、随分痩せたように思うんだが・・・」
 古川の言葉に、雅春の顔に翳が差した。
「実はさ・・・」
 雅春は簡単にかいつまんで、これまでの経緯を話した。
それを聞いた古川は、驚愕し、胸が締め付けられた。
 何を言ったら良いのか逡巡していたら、ドアがノックし、
理子が入って来た。思わず凝視してしまう。
 ソファの前のガラステーブルの上に、お銚子とお猪口が置かれ、
並べられた料理には目を見張った。どれも旨そうだ。
「凄いなぁ。これみんな、君が作ったの?」
 理子は頬を僅かに染めて微笑むと、「母と一緒に」と言った。
その様が、可愛くてそそられた。
「じゃぁ、どうぞごゆっくり。先生、何かあったら携帯で」
 そう言って部屋を出て行った。その後ろ姿を見送る。綺麗に
切り揃えられた長い黒髪が背中に揺れていた。
「まぁ、一杯やろうぜ」
 雅春は古川の隣に座ると、徳利を傾けた。
 注がれた猪口に口をつける。香り高く喉越しが柔らかく、旨かった。
「あ~、旨い」
 思わず口をついて出る。
「そうだろう。高い酒だからな。大吟醸だ」
「ひょうぇ~。お前、そんな高い酒を飲んでるのかよ」
「そんなにしょっちゅうじゃないけどな。体に優しいんだよ」
 古川は烏賊の塩辛を口に入れた。これも旨かった。
「なぁ。この塩辛、凄く旨いんだけど、まさか彼女じゃないよな?
お母さんだよな?」
 古川の言葉に、雅春も口へ運ぶ。そして「これは理子だ」と言った。
「ひえぇ~。あんな若い子が、こんな塩辛を?凄いな。お前、
いい嫁さん、貰ったな」
「彼女は料理上手なんだよ。だからいつも食事は楽しみなんだ。
それに、家事上手でもある。結婚してから、俺は彼女のお陰で
快適な暮らしをさせてもらってる」
「羨ましい限りだな。だけどお前達は何ていうか、重たいな」
 雅春はフッと笑った。確かにそうなのかもしれない。
「やっぱりあれだな。抑圧された恋愛の弊害かもな。折角結婚して、
その抑圧から解放されたように思えたのに、その実、二人で
過ごす時間は短い。だけど不思議だよ。恋愛中からの熱さが
まだ持続していると言うか、更に熱くなってるよな」
「自分でも不思議なんだ。彼女が愛しくてしょうがない。だが、
彼女の手術の件で、また元に戻れたと言うのに、なんだか妙に
ギクシャクしてるんだ、俺達」
 雅春は酒をすすった。
「それは、離れていた三カ月の間の、互いの行動が原因なのか?」
「全く無いとは言えないが、それよりもやっぱり、俺が悪いんだな。
俺が彼女を求め過ぎてるからなんだ。本当に、自分の嫉妬深さと
独占欲の強さには呆れるよ。どうしても、平静でいられないんだよ」
「平静でいられないって言うのは、どういう事なんだ?
彼女だってお前一筋だろうに」
 雅春は嗤う。まるで、自分を嘲笑うように。
「彼女を疑っているわけじゃない。彼女には俺しかいない事は、
分かり過ぎる程分かってる。それにも関わらず、彼女のそばに
男がいるのが気に入らない。大学で多くの男と関わるのが
気に入らない。俺とは僅かな時間しか一緒にいられないのに、
他の男とはそれより長い時間一緒なのが気に入らない。あいつを
他の男の前に晒したくない。俺、頭が可笑しくなったのかな」
 古川は、口へ運びかけた手を止めて、雅春をまじまじと見た。
暗い顔をしている。これまでの彼からは想像できないし、
信じられない姿だ。あんなにも幸せそうな顔をしていたのに、
一体どうしてなのか。


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~ Comment ~

Re: 先生……>misia2009様 

misia2009さん♪

そうです。先生ったらまるで子供。
駄々っ子みたいですよねーww

そう言えば第一部で理子が先生の事を
まるで子供みたいなのに、いきなり大人の男に豹変するとかって
評してたような気が……。
情念の塊の子供。。。。
ひぇ~、なんか、恐ろしいかも^^;

先生…… 

おかしくはありません子供なだけです……半田サヤカに笑われますよ……

Re: NoTitle>OH林檎様 

OH林檎さん♪

先生って、自分の胸の内を人に話すのが苦手のようで。
それでも、一部の友人にはそれなりに話すのです。
ただ、おっしゃる通り、毎日忙しくて、就職してからというもの、
友人と会う時間も滅多に取れなくなってしまってるんですね。
溜まる一方ですね。

責任感が強いので、色々と迷われるようですが、
この件に関しては深みにはハマらないと思います。^^

NoTitle 

また深みにハマっていくんでしょうか?
先生、もっと頻繁に
古川さんに吐き出せばいいのに…。
日々の忙しさがそうさせてくれないのか…。
大学院に戻るのも、良い選択ですよね。
もともと学者肌だし。
先生、がんばれ!
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