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小説・クロスステッチ第2部 <完>
14.母と娘 ~ 17.衝 撃


クロスステッチ 第二部 14.母と娘 02

2010.10.30  *Edit 

 理子はまだ薄暗いうちに目が覚めた。蛍光塗料が塗ってある
時計の針が、薄暗い中に浮かんで見える。ちょうど5時を指していた。
昨日は6時に目が覚めたが、今日は以前の時間に目が覚めた。
それを不思議に感じる。
 いつもの生活が戻って来たと、自覚できてるからなのだろうか。
昨日と今日の違いが自分ではわからない。
 理子はそっとベッドから抜け出すと、まだ眠っている雅春の方を見た。
秋の早朝は薄暗い。だが、まだ視界が妨げられる程暗くは無い。
雨戸が無いのでカーテン越しに差し込んで来る光によって、
薄らと雅春の顔が見える。
 綺麗で優しい寝顔だった。何度見ても、胸がときめく。
 理子は寝ている雅春の姿を見ながら、着替えをした。いつもの事だ。
眠っている雅春は、当然の事ながら、そんな事は知らない。理子の、
雅春への数少ない秘密のひとつと言える。
 着替え終わり、部屋を出ると、静かに辺りの様子を窺う。
 静かだ。
 まだ義母も起きてはいないようだ。
 足音を潜ませ、洗面所へと入り、静かに歯磨きと洗面を済ませた。
 キッチンへ入り、米を研ぎしかける。冷蔵庫に貼ってある食材の
一覧を見ながら、メニューを考えた。今日からまた、雅春の為に
弁当も作らなければならない。何にしようかと、暫し考えて
いたら、物音が聞こえた。そっと気配を窺っていると、
義母の博子が入って来た。
「あら、理子ちゃん。何してるの」
 目を丸くして驚いていた。
「何って、朝食の支度を・・・」
「今日から私が家事は全てやるから、あなたはゆっくり
寝てていいのよ?」
 そう言いながら、博子はシンクの前まで来ると、水道のレバーを
押して水を出し、手を洗いだした。
「お義母さん。凄く嬉しいんですけど、朝食の支度は私にさせて
もらえませんか?と言うか、食事の支度は私がしたいんです。夕飯も」
 理子の言葉に博子は驚いて、手を急いで拭いた。
「理子ちゃん。何の為に私が来たと思ってるの?無理しないで、
私に任せてちょうだい。遠慮しないで、甘えていいのよ?子供に
帰ったつもりで、全部お母さんにやらせて?」
 理子は、物心ついた時から自分の事は自分でしてきたので、
母親になでもかんでも全てやってもらった記憶は無い。勿論、
食事の支度は親の仕事だったが、それだって、手伝う事が多かったし、
片づけは自分の仕事だった。だから、何もしないで良いと言われても、
戸惑うばかりだった。
「でも・・・」
「いいから。ね?」
 博子の優しい笑顔に、理子は意を決して言った。
「お義母さんのお気持ち、凄く嬉しいです。ただ、食事の支度だけは、
私にさせて下さい」
 理子の言葉に、博子は不思議そうな顔をした。
「どうしてそんなに、食事の支度にこだわるの?」
「それは・・・。先生が食べる物を、私が作ってあげたいからです」
 理子は真っ赤になりながら答えた。そんな理子を見て、
博子は微笑んだ。
「私が作った物を、とても喜んでくれる先生の顔を見るのが
幸せなんです。それに私、この三カ月、ずっと作って
あげなかったから・・・」
「そうね。マーもきっと、いい加減私の料理には飽きてるわよね」
「そんな、飽きるだなんて・・・」
 理子は博子の言葉に驚いた。そんなつもりで言ったんじゃないのに。
 だが博子は、理子のそんな心配を他所に、そっと理子の
手を取って握った。
「マーをそれ程に、愛してくれてるのね。女は、好きな人の為に
ご飯を作る事を幸せに感じる生き物ですものね。うちでの三カ月。
あの子はションボリしてたわ。だけど、昨日はとても満ち足りた
顔をしてた。やっぱり、理子ちゃんじゃないと駄目みたいね。
だから、理子ちゃんの希望通り、食事の支度はお願いするわね。
でも少しは手伝わせてくれないかしら?」
 理子は博子の手をそっと握り返すと、笑顔で頷いた。
「じゃぁ、何を作るのかしら?」
「それが、今材料とにらめっこしていた所なんです」
 理子が冷蔵庫に貼ってある材料表を指すと、それを見た博子は驚いた。
「あら~、なんか随分たくさん有るみたいね」
「退院する直前に、先生が買い込んだみたいです」
「まぁ」と、博子は呆れ顔になった。
 理子は、昨日は魚だったから、今日は肉系にしようと決めた。
手早く必要な材料を取り出すと、博子に手伝って貰いながら
朝食と弁当の支度を始めた。
「理子ちゃん、なんかテンポが速くない?」
 大根を千切りにしている手を止めて、理子は博子を見た。
「私も手伝ってるんだから、そんなに慌てなくても大丈夫じゃないの?」
 心配そうに言う博子に、理子は笑った。
「すみません。これがいつものテンポなんです」
「えっ?あらっ。そうなの?」
 驚いている博子を見て、理子は少しテンポを落とした。
「今日はお義母さんが手伝って下さってるから、早くに
出来ちゃいそうですね」
「そう言えば紫から聞いてたわ。マーが起きて来るまでの
1時間の間に、食事の支度と掃除まで済ませちゃうんだって。
それを聞いた時にはビックリしたけど、こうやって実際に
目の当たりにすると、更に驚くわね」
「今日はこれでも遅い方なんですよ。いつもはご飯はタイマーで
前の晩に支度しておきますし、メニューも前のうちに決まっていて、
下準備とか済ませておくので」
「あらまぁ。そうなの。随分と手際が良いと言うか、若いのに
ベテランの主婦みたいじゃないの」
 博子は本当に驚いていた。まだ大学へ入ったばかりの未成年の
若い女の子なのに、まるで一昔前の女性みたいだ。昔の女性なら、
出来て当たり前の事だったろうが、今時の女の子だ。果たして
それが良いのか悪いのかはわからないが、料理上手、家事上手な
嫁を貰った息子は果報者だと思う。
 勿論、博子は紫にも早いうちから家事一般を叩きこんだ。
雅春に対しても、自分の事は自分でやるよう教育してきた。幸い、
本人も家事や調理を好む方だったので一人暮らしをさせても
困らない程度にはできる。
 だが、子供には子供の、まずはやらねばならい事がある。
子供時代にしか経験できない様々な事を体験させたり、勉学を
身に付ける事の方に重点を置いた。手際良く、効率良くやる為には、
それなりの経験が必要だ。一朝一夕で身につく事では無い。
理子の料理の手際の良さは、経験豊富な結果だろう。
「あたしには真似できない」と言っていた紫の言葉に納得する思いだ。
「おはよ~」
 眠そうなノンビリした声に振り向くと、寝ぼけ眼(まなこ)の息子が
キッチンの入口に立っていた。
 おはよう、おはようございます、と、二人の女が笑顔で応えた。
それを見た雅春は、嬉しそうな顔をした。その雅春が立ち去った後、
二人の女は顔を見合わせて笑った。博子はほんのりと頬を染めて
笑っている理子を見て、心が温かくなってくるのを感じた。
 初めて我が家にこの娘が来た時、自然と顔が綻(ほころ)ぶのを
感じたのだった。
 二年前の秋、突然息子が、「俺、好きな子ができたんだ」と、
夕食が終わる頃に家族の前で恥ずかしそうな表情をして言った。
息子の口からそんな言葉を聞いたのは初めてだった。そもそも、
恥じらいを含んだ、どうして良いのかわからずに戸惑っている
ような表情をした息子を見るのも初めてだった。
 雅春の言葉を聞いて、家族一同顔を見合わせた。みんな一様に
不思議そうな顔をしていた。そして、どう対応したら良いのか
わからず、誰も何も言えなかったのだった。そんな家族の顔を
更に不思議そうに見まわした雅春が言った次の言葉に、家族は驚愕した。
「相手は、女子高生なんだ。俺が受け持ってるクラスの生徒・・・」
 ええーっ?
 3人同時にそう発し、目を剥いて二の句が継げなかった。
 モテるのに、誰も愛せないのは知っていた。
紫も雅春も、他人を愛せない。
どうして、そうなってしまったのか、わからなかった。私達夫婦は、
この上も無く愛し合い、愛に満ちた家庭なのに。
 愛に満ちた家庭だからこそ、外の世界を尚更に不信に感じるのかも
しれない。有りのままの自分を愛してくれるのは家族だけ。そんな
思いが強いようだと感じるようになったのは、二人が中学生くらいに
なった頃だろうか。
 それでも、それなりの年ごろになれば、普通に異性に恋をし、
外へと目が向くようになるのだろうと思っていた。だが実際は、
長じる程に外への不信感が強まり自分を固くガードしていく様が
窺われた。それは、姉よりも弟の方が顕著だった。
 この息子は、もしかしたら異性を愛せないのかもしれない。
そんな思いが漠然とだが博子の中に浮かんできた。
 大学へ入学すると、男の友達が多くできた。その中でとても
楽しそうに過ごしている。女性関係は乱れていた。女を相手に
できるんだ、と少しホッとした気持ちが生じたが、紫から聞く
ところによると、愛情は一切無いようで、面倒くさいから先着で
付き合っているとの事を知り、暗澹たる気持ちになった。
 それでも、そんな中で誰かを好きになるのではないか、と淡い期待を
抱いていたが、結局そんな事も無いまま卒業してしまった。
 高校へ赴任してからは、馴れない仕事にストレスが溜まっているのが
はっきりとわかった。そのストレスを、卒業間際から付き合いを
始めた女性で晴らしていると言う。女性をストレスと性欲発散の
道具にしている。博子は情けなく思った。娘は「相手もそれを
承知してるんだから、悪く思う事ないわよ」と言うが、
同じ女として納得できない。
 それでも、そんな息子が愛しくて、哀れで、不憫だった。これから
先も、ずっとこんな事を繰り返して行くのかと思うと、そのうちに
息子の心はボロボロになるのではないかと危ぶまれて来る。
 別に結婚して欲しいとは思わない。本人の自由だと思う。ただ、
自分以外の人間を愛せないと言うのは悲しい事だと思う。人を
愛する事によって得られる様々な恩恵を知らずに一生を終える事は
寂しい事だ。
 そんな息子に、好きな女性ができた、と言うのだ。思いも
寄らない事だった。こんなに喜ばしい事は無い。だが、
その相手は教え子だと言う。大学の講師が女子大生を好きに
なったのとは訳が違う。高校教師が女子高生を好きになったと
言うのだから、唖然である。
 女子高生・・・。教え子・・・。受け持ちの生徒・・・。未成年だ。
何故寄りにも寄って、教え子を好きになってしまったのか。
「ちょっと、あなた、本気?」
 紫が最初に言葉を発した。姉の言葉に弟は憮然とした。
「本気に決まってるだろうが。こんな事で嘘ついてどうするよ」
 二人のやり取りに、娘はこの話しは初耳だったんだと改めて知った。
この姉は聞き上手で、なんでも弟から話しを聞き出してしまう。
雅春はこの姉に隠しごとができないようで、みんな話して
しまうのだが、親はその話しを紫から聞くので、こちらも
大抵の事はお見通しだった。
「みんなの心配を利用して、担ぐ気なのかと思った」
「担ぐんだったら、もっとマシな嘘をつくよ」
「あら。じゃぁ、高校教師が受け持ちの女生徒を好きになる事が、
非常識な事なんだって、一応は理解してるって事なのね」
 姉の言葉に弟は苦虫を潰したような顔をした。
「お前、本気なのか」
 夫の雅人が真剣な顔で訊いた。
「何だよ、二人とも。本気に決まってるじゃないか。本気で好きに
なっちゃったんだよ。俺だってさ。好きで女子高生に惚れた訳じゃ
ないから。相手は教え子なんだからさ。本当は好きになんか、
なりたくなかったよ。でもいつの間にか、好きになってたんだ。
自分でも戸惑ったよ」
 雅春はそう言うと、目の前にあるコップの水を飲んだ。それを見て、
博子は食卓を片づけ始めた。再び沈黙が訪れる。誰も何も言わない。
紫が席を立ち、母を手伝った。二人が片づけている間も、
誰も言葉を発しなかった。雅春も雅人も席に着いたままだ。


     
          第一部で理子が初めて増山家を訪れた時、先生の家族は最初から
            いやに理解のある人達なんだな。なんで?できすぎじゃない?
            と思われた方もいらっしゃったのではないでしょうか。
            まぁ、ここの家の人たちは、基本的に優しくて理解のある
            人たちには違いないのですが、それでも常識人ではあるので、
            理子を迎える前に、それなりの葛藤はあったのです。
            そんな当時の事が、ちょっとだけ描かれます。

     

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