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小説・クロスステッチ第2部 <完>
10.混 沌 ~ 13.愛 欲


クロスステッチ 第二部 12.回 顧 01

2010.10.15  *Edit 

「昨夜(ゆうべ)俺は、つい君を求めて抱いてしまったけど、
本当に良かったのかな」
 理子はその質問に戸惑った。
「俺達が別居した理由を考えると、俺はまた君の気持ちを無視して
強引に事に及んでしまったんじゃないかと、今朝になって思ったんだ。
俺って相変わらず堪え性がなくて、後悔ばっかりしてるよな」
 雅春は、今朝目覚めた時、隣に理子がいない事に一瞬不安が
過(よぎ)った。昨夜の事は夢だったのではないかとさえ思ったの
だった。だが、食事の支度をしているらしい音と、微かに漂って来る
焼き魚の匂いに、ホッと胸を撫で下ろした。
 そして、前の晩の理子との交わりに思いを馳せた。
 彼女の一挙手一投足、喘ぎ声、悶える姿、そして交わした会話。
再び心が結ばれたと思ったが、よくよく考えてみると、理子は
流産した罪悪感から自分との交わりを嫌悪していた筈だった。
雅春のそばにいると、どうしても拒めない。だから離れる。
それが別居の理由だった。
 昨夜も本当は交わりたく無かったのではないか?だが雅春に
求められ、拒む事ができずに仕方なく受け入れたのではないか。
そんな疑問が湧いて来た。
 起き出してキッチンへ行くと、理子の眩しい笑顔が迎えてくれた。
その笑顔は雅春の不安を吹き飛ばす。妊娠騒動が起きる前と同じ
朝の光景だ。
 実家での毎朝の光景は、物足りないものだった。理子が一緒じゃ
無いからだ。半年前まで、毎日をここで過ごしてきたのに、
その生活が味気ない。
 朝、理子に逢えないと言うことが、どれだけその日の活力に
影響するかを、改めて思い知らされた3カ月間だったと思う。毎朝、
理子の顔を見るだけで、その日一日頑張ろうという気が湧いてくる。
それは結婚する前から、ずっとそうだった。
 在学中は、毎日学校へ行って朝のホームルームで理子を見ただけで
気力が充実してくるのを感じていた。それを自覚しだしたのは
いつ頃からだったのだろう。
 彼女を好きだと自覚する前から、朝、教室で彼女の姿を認めた
だけでホッとしている自分がいた。そんな自分に、随分と
戸惑ったものだった。
 教室に一歩足を踏み入れた瞬間、理子の姿に意識が行く。だが、
それは無意識の行為だった。そして、出席を取る。最後に理子の
名を呼ぶ時だけ、何故か他の生徒よりも意識して呼んでいた。
理子の前の人間までは、ほぼ無意識に習慣で呼んでいたのに。
 そんな、来し方の朝の光景を思い浮かべては、寂しく悲しい
感情が押し寄せて来る毎朝だった。
 再びこうして、一緒に朝を迎えられた事に無上の喜びを感じる。
失いかけていた大事なものを取り戻す事ができて、
こんな幸せな事は無い。
 だからこそ、理子の気持ちが気になるのだった。
「あの・・・」
 理子は、どこか躊躇っている雰囲気である。言い難いのかもしれない。
「俺、怒らないから。君が何を言っても怒らないから、不安に
思わずに正直に聞かせて欲しいんだ。君の本当の気持ちを」
「あの、・・・そうやって改めて訊かれると、どう言ったら
いいのかよくわからないと言うか・・・」
 理子は俯き加減にそう言った。
「じゃぁ、一問一答形式でいくか?」
「それは・・・。なんか変じゃありませんか?口頭試問みたい」
 理子が呆れ顔になった。
 その指摘に、雅春は笑った。
「確かにな。でも、その方が答えやすいんじゃないかと思ったんだけど」
 理子は微かに笑った。
「先生が正直に言えっておっしゃるから、そうさせて貰いますね」
「そうしてくれ。俺を信じて欲しい」
 雅春は真剣な眼差しを理子へ向けた。
「昨夜は・・・、自分的には望んでいたわけじゃないです。しないで
済むなら、それに越した事は無い、って思ってました」
「そうか。やっぱりな・・・」
 雅春は気落ちしている自分を感じた。思っていた通りだった。
そんな雅春の様子を見て理子は軽い溜息を吐いた。
「先生。私、入院中に色々と考えました。先生と別居していた間は、
何も考えて無かった。考えるのが辛かったから、考えないように
してたんです。一旦離れて、冷静になって考えようって、先生は
その為に別居する事を受け入れてくれたのに、私って酷い女
ですよね。本当にごめんなさい」
「いや・・・。それは仕方無かったんだ。俺だって、結局、理子を
待ちきれずに他へ逃げようとしたんだからな。そう考えると、
やっぱり離れる事は良く無い事だったんだ。俺達は現実から
逃げてたんだよ」
 雅春の言う通りだった。ずっと逃げていたのだった。
 だが、逃げても逃げても、逃げ切る事など出来なかった。
考えるのはよそう、見ぬふりをしようと思っていても、駄目だった。
心が渇えて、潤おう事を切望した。そして、潤おす事ができるのは、
理子にとっては雅春しかいなかった。
「私、妊娠した事が怖くて仕方無かったの。将来の事も不安だったけど、
何より生理的な恐怖が襲ってきて。出産や子育てはずっと先の事だと
思ってたから、心の準備が全然無かったし。・・・でも、好きな人の
子供を妊娠したら、無条件に喜びが湧いてくるものなんだって、
思ってた。だから、そうじゃない自分が不思議だったし、
そんな自分自身を恐ろしいとも思ったの。冷たい人間なんじゃ
ないかとも思った」
 理子から改めて当時の気持ちを聞き、雅春は矢張り自分の気配りが
足りなかったんだと思うのだった。理子がそう思って自分を
責めるのも不思議ではない。本人が言う通り、妊娠と出産には
まだ早過ぎる年齢だ。いくら結婚したとは言っても、まだまだ
先の話しと思っていたのだから。
「私って、案外幼稚なんですね。中学生の時から男子の際どい
猥談に平気で参加したりしてた癖に、出産と言う事自体を酷く
怖く思ってるんだもの。今でも、怖くてたまらないんです。
そんな自分なのに、ちゃんと避妊してなかったんだから、自業自得
なんだけど、だからこそ、流れてしまった赤ちゃんが可哀そうに
思えて。折角、宿ったのに」
 理子は今にも泣きそうな顔をした。雅春はそんな理子を見て
切なくなった。
「先生が好きです。とっても。初めての時は、凄く怖かった。
未知なるものへの恐怖心って、私はもしかしたら人より大きいのかも
しれないです。言葉では上手く表現できないと言うか、自分でも
よくわからないんですけど、漠然とした恐怖が襲ってくるんです。
でも、先生が好きだから、先生を信じて任せていれば大丈夫なんだと
思って、ここまできました」
 理子はそう言って、雅春の方を見た。その瞳には、微かな不安と
共に雅春を求める情熱の火が小さく揺らいでいるように見えた。
それを見て雅春の胸は締め付けられた。思わず理子の手を取り、
握った。
「理子、ごめんな。俺は君の中の大きな不安や恐怖心を感じ取って
やる事ができなかった。ただただ、君を求めては困らせるばかり
だったんだな」
 理子は首を振った。
「私は。先生に求められて幸せよ。だって、それだけ私を愛して
くれてる証拠だもの。ただ先生はちょっと、限度を知らないと
言うか、しつこすぎると言うか・・・」
 理子は恥ずかしそうにそう言った。理子の言葉に雅春は苦笑した。
全くその通りだ。
「先生。私、先生に導かれて、愛と共に快楽も深まってきて、
自分が貪欲になっていくのを感じてたの。妊娠の心配よりも、
先生の全てを受け止めたくて、その気持ちが凄く強くなって・・・。
その結果、当然のように妊娠して、素直に喜べない自分がいて、
そして、赤ちゃんが流れてしまって・・・」
 理子の瞳から涙が零れ落ちた。
「理子、流産に関しては仕方無かったんだよ。誰のせいでもないんだ」
 雅春は理子の涙を拭いながら優しく言った。
「わかってる。・・・ただ、結果を考えずに快楽に溺れていた
自分が許せなかった。その結果の妊娠と流産だったから。だから・・・、
だから、先生と交わる事に罪悪感が生まれて来てしまったの」
 泣きながら喋る理子の肩を雅春は抱き寄せた。理子は雅春の
腕の中で肩を震わせている。理子はいつだって、こうして静かに泣く。
妊娠検査薬で妊娠がわかった時に、雅春が言った不用意な言葉を受けて
号泣していたが、考えてみればその時だけのような気がする。
 学校でのトラブルによるストレスで心無い仕打ちをした時ですら、
理子は声も無く泣いていた。
 彼女に告白した初めてのデートの時に、心ならずも泣かせて
しまったが、あの時から理子は声を上げて泣いた事が殆ど無かった。
どうしていつも、理子は静かに泣くのだろう。ただ涙を
ポロポロと零すだけだ。
 こんな風に、声も無く肩を震わせて泣いている姿を見ると
切なくなってくる。
 結局俺は、いつだってこんな風に理子を泣かすだけなんだろうか。
 雅春はただ黙って、理子が落ち着くまで優しく抱きしめていた。
それしかできない。どんな言葉をかけても、理子の胸に届かない
ような気がしてならなかった。
 矢張り、彼女を自分のものにするのが早過ぎたのかもしれない。
何も知らない純粋な少女を無理やり自分のものにして、愛欲の中へと
引きずり込んでしまった。濃厚な交わりを執拗に強い、ここまで
連れて来てしまった。もっとゆっくり時間をかけるべきだった。
 自分の情熱をぶつけるばかりだったように思える。理子から
してみれば、それを拒む事などできないだろう。一緒にいれば、
拒めるわけがない。今までの事を振り返ってみても、理子は
抵抗しながらも結局最後は雅春を受け入れてきた。
 そしてその度に小さな歪が生じていたのかもしれない。それを
何度も繰り返し、望まぬ妊娠と流産と言う、まだ若い理子に
とっては衝撃的な事件が引き金になって、雅春を拒絶せずには
いられなくなったのだろうと、今改めて思うのだった。
 理子が、雅春の胸に寄せていた体をそっと起こしたので、
雅春は腕を緩めた。
「先生・・・」
 雅春を見る理子の瞳はまだ濡れていたが、とても澄んでいて
綺麗だった。それに吸い寄せられるように雅春は顔を近づけて唇を
重ね合わせた。柔らかい理子の唇の感触を堪能した後、そっと離れた。
「先生のそばにいたら、私は先生を拒めないの・・・」
 理子は目を閉じたまま、囁くような小さな声で言った。
「理子・・・」
 雅春はそんな理子の頬を手で包んだ。その上に理子は自分の手を
重ねて来た。そして、閉じていた瞼が開いた。その瞳は、とても
妖しい色を放っていた。思わずドキリとする。
「先生も、私のそばにいたら、私を求めずにはいられない」
 雅春は、理子の妖艶な視線に射竦(いすく)められ、金縛りにでも
遭ったように身動きできなくなった。二人の視線だけが絡み合う。
理子の変化に戸惑う雅春だった。
「快楽を味わう事に、どうしようもない罪悪感を覚えたから、
私は先生を拒むしかなかった。でも、そばにいたら、求められたら、
どうしても拒めない。流産の手術の後、一カ月はセックスをしない
ようにお医者様に言われて、ホッとした。でも、一カ月経ったら
先生は必ず求めて来る。だけど私は、受け入れる事ができない」
 そう言って理子は瞬きをした。それと同時に、雅春の緊張は解け、
理子も元の澄んだ瞳に戻っていた。
 理子は雅春の手の中から離れて、前を向いた。その視線は、
どこも見ずに宙をさすらっているようだ。
「私が一番落ち着いた時って、どれも決まって、
二人がセックス不可能な時ばかり」
 理子がボソリとそう言った。
「先生が入院した時と、私が入院してた時」
 理子はそう言って雅春の方を向いて笑った。
「したくたって、出来っこない。だから、安心してあなたの
そばにいられた」
 笑顔でそう言う理子を見て、雅春の胸が痛んだ。
「君は、そんなに俺に抱かれるのが苦痛だったのか?」
 雅春は、自分の顔が引きつっているのを感じる。これまでの
自分の行為を全て否定されたような気になった。
 雅春の腕の中で、喘ぎ、悶え、恥じらい、恍惚となっていた
理子の姿が偲ばれる。
「このマンションを一緒に見に来た時に、先生は言ったでしょ。
女と男の違いを」
 触れると欲しくなってしまうから、触れずに我慢していた雅春に対し、
少しはぬくもりを感じたいと訴えた理子。
「先生。誤解しないでね。先生との交わりは、私にとっても至福の時よ。
ただ、何もしないで先生の腕の中にいるだけの方が、安心感があって
落ち着くってだけの事だから」
 理子は優しい微笑みを浮かべた。その微笑みを見て、雅春は
癒されてゆく。
「別居している間、寂しくてしょうがなかった。先生の事を思い
出すと寂しくて悲しくてやるせなくなるから、なるべく思い出さない
ようにしてたんだけど、気付くといつの間にか先生の事を思い
出してる。そして、それに気付いてまた寂しくなって・・・。
どんなに逢いたいと思った事か。でも逢ったら、また同じ事の
繰り返しになってしまう。そうして、自分だけじゃなくて先生も
一層傷つけてしまうって思ってたの」
 理子は寂しそうな目をした。
「お腹が我慢できない程痛くなって、救急車で運ばれる時、先生と
逢わずにこのまま死んでしまったらどうしようって思ったら、
自分のした事を凄く後悔したの。翌朝目が覚めた時は、もっと後悔した。
だって、先生はもう、他の人のものになってしまったと思ったから・・・」
「理子・・・」
 雅春は胸の潰れる思いがした。理子だけが一人で胸の中に抱え込み、
出口の無い迷路の中を彷徨っていたのか。孤独と悲しみの湖の中で、
息も絶え絶えになって。
 矢張り全ての元凶は自分だ。自分がしっかり避妊さえしていれば、
理子はこんなに傷つき苦しむ事も無かったし、雅春自身も苦しむ事は
無かった。そして、美鈴を傷つける事も。
「先生が他の女の人に興味を持つなんて、思って無かった
私が馬鹿だった」
「理子、それは違う。俺は今だって君以外の女には興味なんか
持っていない」
 雅春は叫ぶように言った。
「先生、ごめんなさい。そういう意味じゃないの。好きな女性から
拒絶されて、3カ月も音信不通状態になったら、先生だっていい加減、
他の女性に靡(なび)いてもおかしくは無いって事に、私の思いが
至らなかったって事よ。そんな考えの浅い自分を馬鹿だと思ったの」
「理子。それも違うよ。君は俺を信じてくれていたんだ。
どんな事があっても、俺が愛してるのは理子だけだって。俺は、
そんな君の愛を裏切ろうとしたんだ」
「先生。ねぇ、自分を責めないで。悪かったのは私よ。
先生はちっとも悪くないの」
「いや、悪いのは俺だ。そもそも俺が避妊しなかったのが全ての
原因なんだ。君に何と言われようと、避妊するべきだった。君と
別居したのも同じだ。結局俺は、君の懇願に流されてしまった。
何と言われようとも譲ってはいけない事を譲ってしまった」
 理子は大きく息を吐くと、立ちあがった。
「ちょっと、お茶が飲みたくなっちゃったんで、淹れてきますね」
 雅春が顔を上げて理子を見ると、理子は明るい笑顔を浮かべていた。
 キッチンへと向かう理子の後姿を見て、雅春はせつない
気持ちになった。
 誰よりも大切な人を、いつも傷つけている自分。一体どれだけ
泣かせてきたのだろう。その度に、赦され、受け入れて貰い、
有頂天になって再び同じ過ちを繰り返す。
 清らかな彼女と交わる度に、癒され、自分の中にある汚いものが
全て浄化されるような気持ちになる。だが、よく考えてみれば、
その汚いものの全てを理子へ流し入れてるようなものでは
ないのだろうか。清らかに咲き続けながらも、その深い部分に
少しずつ澱(おり)を溜め続けているのではないだろうか。
 染まらない女が、いつか雅春の澱によって染まってしまう日が
くるのではないか。そんな思いが雅春の中に湧いてくるのだった。

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