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小説・クロスステッチ第2部 <完>
7.終 息 ~ 9.試 練


クロスステッチ 第二部 9.試 練 05

2010.09.26  *Edit 

 雅春は深く傷ついていた。「一人になりたい」と切実に訴える
理子に逆らえず、理子の為に自分から実家へ戻った彼だったが、
愛しているのに別れると言うのがどうしても理解できない。
 自分たちは何故、出会ってしまったんだろう?教師と生徒と言う
垣根を越えて、何故、愛し合ってしまったんだろう?絶対に離れ
られない絆で結ばれていると信じていたのに。
 学校でのトラブルが元で、理子を傷つけてしまった。その事には
酷く後悔している。まだ高校生だった彼女の純潔を奪って
しまったのが、全ての原因だ。
 雅春は事ある毎に理子を傷つけて来た。全て、堪え性が無く、
強引な雅春の性格によるものだ。その度に後悔し、反省しながらも
同じ事を繰り返してきた。そして、あんな風に、いきなり彼女を
犯すと言う、取り返しのつかない失敗をした。本当に、申し訳無い
思いで一杯だ。どんなに自分を責めても足りない。
 だが、そんな雅春を理子は赦してくれた。これまでも、何度至らぬ
雅春を赦してくれた事か。だから、これから先も、何があっても
理子となら乗り越えていけると信じていた。
 今度の件も、悪いのは自分だ。
 彼女はまだ若い。若すぎる。若いくせに、雅春よりも冷静だったり
するから、つい雅春も彼女に甘えてしまい、気配りを欠いてしまう。
自分の全てを受け止めようとしてくれた理子の想いが嬉しくて、
ついそれに甘えてしまった。もっと配慮するべきだった。悔やんでも
悔やみきれない。
 だが、理子が雅春と離れたがった理由は、雅春には理解できなかった。
何故、愛し合う事に罪悪感を覚えるのか。
 結局、矢張り女はみんな、最後は俺を見捨てていくのか。
理子だけは違うと信じていたのに・・・。雅春は寂しかった。
こんな孤独を未だかつて味わったことが無かった。
 理子を知るまでは、女なんて鬱陶しいだけの存在だったから、
女と別れて寂しいと思ったことなど一度も無かった。逆に一人の
方が気楽だったくらいだ。
 姉の紫に、
「もしかしたら、女性を愛するって気持ちが芽生えて、これから先、
普通に恋愛できるかもよ」
 と言われたが、本当だろうか?
 理子以外の女を好きになることなんてあるのだろうか?この世で
理子が一番素晴らしい女性だとは思わない。理子よりも素晴らしい
女性は大勢いるだろう。例えば姉の紫のように。だが、自分に
とっての唯一人の女は理子しかいないと雅春は確信している。
例えこのまま理子と別れるようになったとしても、やっぱり誰も
愛せないだろう。
 いや、別れない。俺は理子とは別れない。理子がなんと言おうが
絶対に別れない。理子が俺を愛している限りは。
 だが、寂しすぎる。結婚前だって毎日学校では顔を見られたのに。
夏休みだって部活があった。補習クラスがあった。
 雅春は出勤すると学校に理子の影を探してしまう。卒業して
とっくにいないのに。
 歴研の部活に出ても、ひっそりとそこに居そうな気がしてくる。
ブラバンの部活の時には、隣の合唱部の練習が聞こえてきて、
そこで理子が一緒に歌っているような気がしてくるのだった。
 学校には理子の面影があちこちに染みついている。結婚して、
一緒に住むようになってからは、その面影のお陰で、離れていても
近くにいるような心持になった。だが今は、それが辛く感じる。
 それでもまだ夏休みだから助かる。部活と当直、補習クラス以外は
研修ばかりだ。授業をしなくていい。新学期になったら、どう
なるのだろう?俺はちゃんとまともな授業ができるのだろうか?
「近頃、元気がないような気がするんですけど、どうしたんですか?」
 隣に座って飲んでいる、神山美鈴にそう言われた。
 日本史担当教諭の研修会が終わった後の飲み会だった。
 学校の教師達は、様々な研修会に参加させられている。特に担当
教科の研修は毎月あった。神山美鈴は隣の市にある県立高校の
日本史の教諭で、近代史が専門だった。
 4月からの研修で一緒の筈だが、雅春には印象が薄かった。
研修会の中では紅一点で、おまけに美人なので周囲からは注目の的
だったが、理子の事しか眼中にない雅春にとっては、いないに
等しい存在だった。
「そうですか。いや、別に何でもないですよ」
 雅春は素っ気なく答えた。
「それより、今日の研修会での神山先生の発表は、なかなか
面白かったですね」
 本当にそうだった。殆ど印象になかったこの女性教諭が、近代の
日本の歴史についての発表をした時、雅春はこの女性に少なからず
興味を覚えた。
 日本が古来の風習を棄て、一挙に近代化を推し進めた背景に
ついての洞察力に感心した。明治維新からの日本の激動の社会の
中にあって、女達がどう生きてきたか、そういった女性ならではの
観点も盛り込まれていた。どの時代でも、歴史の裏で女性も活躍
している。男性主体の社会のように一見見えるが、実はそうでもない。
歴史は様々な色の糸で複雑に織り成されている。だが、歴史を専門に
勉強している者でさえ、その辺りを軽視している人間が多い。
雅春はそれを嘆かわしく思っている。
「ありがとうございます」
 美鈴は微笑んだ。
「増山先生のご専門はどの時代なんですか?」
「僕は歴史全般なんですよ」
「えっ?」
 美鈴は不思議そうな顔をした。
「特別にこの時代っていうのが無いんです。まぁ、あえて言うなら
奈良時代でしょうか」
 美鈴は変わらず不思議そうな顔だった。雅春の言葉がよく理解
できないようだった。
「僕は歴史をひとつの大きな流れとして見ているんです。大学でも、
そういう観点で各時代を勉強してきました」
「そうなんですか。それは素晴らしい事ですね」
 美鈴は微笑んだ。清楚で綺麗な女だな、と雅春はこの時に思った。
「私も歴史は一つの大きな流れとして捉えるべきだと思っています。
時代ごとに切り取って考えてもあまり意味のある事とは思えませんよね」
「貴女もそう思いますか」
「はい」
 にっこり笑う美鈴を見て、雅春はなんだか心がざわついた。
「日本近代史の中で、特に好きな人物っていますか?」
 雅春が質問した。
 雅春の質問に、美鈴は即答した。
「私、大山捨松が好きなんです」
「あの、鹿鳴館の花の」
「はい」
 大山捨松は会津の家老の末娘で、戊申戦争の体験者である。
幼いながら、家族と共に城に籠城し、兄は当時の若き天才知将であり、
最後まで会津の汚名を晴らすべく新政府でも辛酸を嘗めながらも
官賊の汚名の中で出世した、山川大蔵(おおくら)である。
理子はこの山川大蔵が好きだと言っていた。
 捨松は明治維新後、政府が募集した女子留学生の一員となって
12歳でアメリカへ渡り、アメリカの大学を出て日本へと帰国した。
帰国した時には既に20歳でもあり、また外国語は堪能だが日本語が
苦手で、すべてが洋風の彼女には嫁の貰い手が無かった。
 まだまだ女性の身分の低い時代。アメリカ娘と蔑まれたが、薩摩の
西郷隆盛の従兄弟でもある大山巌の妻になり、アメリカ仕込みの
洗練されたスタイルとファッション、そして堪能な語学を生かして、
日本の外交に多いに貢献した。また、一緒に留学した津田塾大学の
創始者である津田梅子とは親友で、共に女子教育にも貢献した女性だ。
「強い女性ですよね。優しい人でもあるし。鹿鳴館の評判は良く
無かったですけど、あの人の存在は別格です。あの時代は、女性に
厳しい時代でありながら、他にも多くの女性が活躍していますよね。
だから好きなんです」
「なるほど」
 歴史の事となると目を輝かせて喋る。歴史好きはみんなそうだが、
彼女の姿を見ていると、なんだか理子を見ているような気がした。
 初めて理子と歴史談義をした時のような楽しさを、美鈴との
会話で味わった。久し振りに楽しい時間だった。彼女は理子を
大人の女性にしたような感じがした。惹かれるものがある。
 この後、他の教師達もやってきて話の輪に入ってきた。そんな中でも、
彼女の発言に共感する。こういう女性が他にもいたのか。沈んで
暗い雅春の心に微かな明かりが灯ったように感じるのは気のせいか。

 美鈴とは横浜の百貨店で開催されている、「正倉院宝物展」で
再び会った。
 展示物を見ている時に声を掛けられたので驚いた。
「奇遇ですね」
「本当に」
 日本史の教師なんだから、会ってもおかしくはないのだが、こ
の間の今日なので奇遇な感じがした。
「増山先生は、確かこの間、奈良がご専門っておっしゃってましたよね」
「まぁ、一応。僕の場合は浅く広くタイプなんで、専門と言っても
たいしたことはないですよ」
「どうして奈良時代を?」
「うーん、難しい質問ですね。どの時代も興味深くて一か所に焦点を
当てるのに迷ったんですが、それでも奈良時代を選んだのは歴史の
狭間(はざま)に位置するからかな」
「狭間・・・」
 雅春の言葉に、美鈴は考えるような顔をした。
「そうです。古代の影を引きずりながら次の時代へと飛翔しようと
して屈みこんだ時代、そんな印象を抱くんですよ、奈良時代には」
「あぁ、それって何となくわかります。私が近代を選んだ理由とも
似ている気がします」
「そうですか」
 美鈴が『狭間』と復唱した時、「桶狭間ではないですよ」と
言ってしまいそうになって雅春は慌てた。相手が理子だったら
言っていただろう。そう言って、理子のユニークな切り返しを
楽しむのが理子との会話の楽しさでもあった。
 理子は一体、今どうしているのだろう。
 こうして何かと理子を思い出してしまう。
 美鈴とは、この後成り行きで昼食を共にした。それなりに会話は
弾み楽しいものではあったが、矢張り何かにつけて理子を思い起こす。
 お互いに暫くの間は連絡も取り合わない事になっていたが、
考えてみれば余計に不安になってくる。元気でやっているのか?
ちゃんと食べているのだろうか?
 理子に逢いたい。理子の笑顔を見たい。
 その思いに駆られる雅春だった。



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~ Comment ~

Re: 歴史談義>misia2009様 

misia2009さん♪

運動会、お疲れ様でした。私の方は今週末です。
天気が心配な毎日を過ごしております。

第二部は波乱の連続ですね。
若すぎる二人の、早すぎる結婚に、トラブルは尽きないようで。
それぞれに、別の相手が登場して、どうなるのでしょう。

先生にとっては、まさに初恋みたいなものなので、
本当に子供のようです。
でも、可愛いけどね^^

歴史談義 

堪能しました。
子供の運動会があって2,3日訪問できないでいたら、あらあら。
新キャラ登場。
理子は志水に主導権にぎられてるし(彼女はいつもそうだけど)

どうも私は人が悪くて、この第二部が面白いです……

奈良時代と御維新に共通の色があるという指摘には深く首肯しました。日本史通の面目躍如ですね。
捨松嬢の話もよく頭に入りました!
たいへん読み応えのある回でした~

そして先生の、初恋の少年みたいなバカっぷりが可愛いです。
雅春、コドモだな。ふっ。

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