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小説・クロスステッチ第2部 <完>
7.終 息 ~ 9.試 練


クロスステッチ 第二部 9.試 練 01

2010.09.22  *Edit 

 理子はその日の夕方無事に退院して自宅へ戻った。
 義母と義姉はその晩泊り、翌日に帰って行った。
 みんなに同じことを言われる。
「まだ若いんだから気を落とさずに」と。
 確かにその通りなんだろう。自分だって他人なら同じ事を言うだろう。
若くて健康なら、まだこれから先、幾らでも機会はある。今は悲しい
かもしれないが、早く立ち直って欲しいと。
 だがそれは、子供を望んでいる人に言える事だ。自分は望んでいた
わけではない。妊娠した事に戸惑いと不安を覚えて喜べなかった女だ。
こんな女に、また頑張って妊娠しろと言えるだろうか。望んで
なかったのなら、むしろ流産して良かったのではないか。
そんな極論が生じてきて、前よりも一層、罪悪感を覚えるのだった。
理子はとても苦しくて、そして辛かった。
 前のように雅春を見つめることができない。
 先生の子供を殺してしまった・・・・。
 その思いが理子の頭から離れない。
 理子はその思いを振り払うように、勉学に没頭した。これまで通りの
生活ではあったが、術後と言うこともありセックス禁止令が医者から
出ていることが有難かった。
 雅春は優しい。理子をとても労わってくれる。だがそれが却って
理子の気持ちを重くした。だからと言って、「君のせいだ」と
責められたとしたら、それはそれで深く傷つくのだろう。そう考えると
勝手な自分に腹が立ってくる。一体自分はどうしたいのか?
これからどうなっていくのか?
「理子、どうしたの?」
 一緒に試験勉強をしていた上村美香に突然言われた。
「えっ?」
「なんか、最近元気無いみたい。時々ぼーっとしてるみたいだし・・・」
「えっ?そう?」
 自分の事が全然わからなかった。確かに集中できているとは言い難い。
「何かあった?先生と。もしくは志水君と」
「えっ?なんで志水君?」
 いきなり志水の事が出てきて理子はびっくりした。
「ううん・・・。なんか志水君、理子に気があるみたいだからさ。
理子に素敵な旦那さまがいても全く構わないって感じがするし」
 そうか。美香もそう思っていたのか。皆同じように思ってたんだ。
「志水君は確かにそういうの、お構いなしって感じなんだけど、
今のところはどうって事もないかな」
 あれからずっと距離を保ったままだ。鈴木とお茶した帰りに電車の
中で突然声を掛けられて心臓が止まる程驚いたが、あの後は特に
何も無かった。
「じゃぁ、先生のこと?」
「う・・・ん、まぁね」
 理子は言葉を濁した。
「まさか、喧嘩でもしたの?」
「うーん・・・、ちょっと違うけど、似たようなものなのかな・・・」
 美香は不思議そうな顔をした。
「男女の間って、当事者にしかわからない問題だから迂闊な事は
言えないけど、納得いくまで話し合った方がいいと思うよ。
後悔しても遅いから」
「そうだね。ありがとう」
「折角頑張って東大入ったんだし、まずは試験勉強を何と
かしないと。ねっ?」
「うん。そうだね」
 理子は笑って答えた。
 東大は夏期と冬期の二期体制で、夏期の試験は7月下旬にある。
試験までにはまだ少し間があるが、試験対策の為のプリントを
作らないといけない。その為委員は忙しい。理子にとっては、
この忙しさは有難かったが、矢張りなかなか集中できないでいた。
 でも美香が言う通り、試験だけは何としてでも頑張っておかないと、
来年の進学時に響く。理子は雑念を払うように、勉強に集中した。
 
 病院から帰ってきた理子は、あまり喋らなくなった。笑顔も見せない。
雅春が優しく抱きしめようとすると、すっと交わして離れていく。
雅春はどうしたら良いのかわからなかった。何故理子は自分を
避けるのか。・・・そう。避けられているのだ。キスもさせては
くれないし、雅春の方を見ようともしない。
 まだ傷ついた心が癒えないのだろう。それはわかる。だが、
どうしたら癒えるのか。時間が経てば自然と癒えるものなのか。
母と姉からは、焦らずに暫くは見守るようにと言われているが、
暫くとはどのくらいなのか。
 仕事が終わって家へ帰ると、食事の支度はできているが、
理子はそこにはいない。いつもなら、雅春が「ただいま」と言って
玄関を入ると、嬉しそうに頬を染めて駆け寄って出迎えてくれるのに、
今は自分の部屋で勉強をしている。
 雅春が寝室へ行って着替えを済ませてリビングに入る頃を見計らって、
部屋から出てきて食卓を整える。試験が迫っていることもあり、
仕方ないと言えば仕方ないのだが、雅春にとっては味気ない日々だった。
 静かな食事が終わると、理子はさっさと自分の部屋へ戻って勉強を
始める。雅春も期末試験が近く、その準備で忙しい為、自分の部屋で
時間を過ごす。これまでは、食後は二人でお茶を飲みながら、今日
有った事やたわいもない事を少しお喋りしてから、それぞれの部屋で
勉強や仕事をするのが日課だった。
 二人の間にはいつも熱いものが流れていた。それなのに、今は
それが感じられない。会話も激減した。話しかけても生返事だ。
明るく前向きで活力的な理子だったのに、まるで人が変ったように
生気がない。
 寝る時間が来ても理子は部屋から出てこない。部屋の外から声を
掛けると、「先に寝てて下さい」と言うだけだった。雅春は仕方なく
一人で先にベッドに入る。雅春は理子がベッドにいつ入るのかを
知らない。朝目覚めて隣を見ると、いつものように、そこに
理子の姿は無い。姿は無いが寝ていた形跡は残っているので、
同じベッドで寝ている事は確かなようだった。だが、そんな様子だから
一緒に寝ている感覚はまるでない。
 このままでいいのか?このまま、腫れものでも触るように
扱うしかないのか?
 雅春は理子を労わることしかできなかった。

 退院してから一か月が過ぎた。雅春は期末テストの採点の忙しさに
追われていたが、理子を伴なって病院へ行った。術後の経過を診る為だ。
問題が無ければ、もう行く必要はない。
 雨が降りそうで降らない、蒸し暑い日だった。梅雨明けまでは、
まだ少しありそうだ。
 雅春は並んで歩く理子と手を繋いでいた。手を取った時、一瞬
理子の手が力んだが、すぐに力が抜けた。雅春は拒否されるのでは
ないかと内心恐れていたが、そうされなかった事にほっとしていた。
「勉強の方はどうだ?」
「まずまずだと思います。中高の時とは違うので、少し不安ですけど」
「そうか」
 話が続かなかった。以前は、会話は無くてもただ一緒にいるだけで
幸せだったのに、今は何だか空気が重い。あの日から、近寄りがたい
何かが理子の周囲を覆っている、そんな感じがした。
 病院に着き、受付を済ませて2人で待合室の長椅子に腰を下ろす。
周囲はお腹の大きい妊婦ばかりだった。マガジンラックに入って
いるのはマタニティ関係の雑誌ばかりだ。なんだか居たたまれない
気がした。
 雅春は理子の手を握ろうとした。だが理子は、それを避けるかの
ようにおもむろにバッグから中国語の教科書を出して読み始めたの
だった。わざと避けられたのか、それとも偶然か・・・・。
 いずれにせよ、妊婦でもないのにこの中で何もせずに待っているのは
辛いものがある。一人で来させなくて良かったと雅春は思った。
 やがて理子の名前が呼ばれ、理子は診察室へと入って行った。
 雅春は一人取り残されて落ち着かない気持ちだった。周囲からは
注目を浴びている。普段から注目を浴びる事には馴れている雅春だったが、
さすがに場所が場所だけに落ち着かない。
「増山さんのご主人、中へどうぞ」
 間もなく雅春も呼ばれた。
 何か問題でもあったのか?不安が胸をよぎる。
 中へ入ると、理子は既に身支度を終えていて医者の前に座っていた。
その隣の椅子を勧められた。
「もう、完全に元通りになっています。心配はありません」
 そう言われて、雅春の緊張は溶けた。
「性交の方も、もう大丈夫です。ただ、少なくとも半年くらいは
妊娠しないように気を付けて下さい。まだ若干不安定な要素も
ありますので、間を置かずに妊娠すると流産の確立が高くなります」
「わかりました」
 理子の方を見やると、彼女は俯いていた。
「奥さんはまだ、若干精神的に不安定なようですね」
 医者が言った。
「初めての経験ですし、まだ若いので・・・」
 雅春の言葉に医者は頷いた。
「そうでしょう。ですが、若いからこそ、まだまだ先がある。
なかなか子供ができず、苦労してやっと妊娠したのに流産して
しまう人も少なくありません。気落ちするにはまだ早いですよ」
 医者は諭すように言った。
 理子は黙ったままだった。
「とにかく、もう大丈夫です。早く元気になって、再スタートして下さい」
 そういう医者の言葉を後にして、二人は診察室を出た。
 理子の表情は相変わらず暗い。何を考えているのか雅春には
全く見当もつかなかった。
 その日の晩。
 夕飯が終わった後、雅春は自室へ戻ろうとする理子の腕を掴み、
引き寄せて抱きしめた。ここ最近は抱きしめようとするとすっと
交わす理子だったが、この時は突然過ぎて避ける間もなく雅春の
腕の中に抱きとめられた。
「理子・・・・」
 雅春はそっと理子の髪に口づけた。
 その瞬間、理子の体は緊張した。
 夜の営みが無くなってから、1か月以上が経っていた。在学中は
半年待てたのに、今ではよく半年も待てたものだと昔の自分が
信じられないくらいだ。あの時はお互いの立場があった。それは
大きな壁だった。だがその壁が無くなってしまうと、まるで堰を
きった川の水のように止めどなく流れてくる。
 今回も、禁止令が一種の堰だった。それが今日取られ、雅春の水は
再び流れ出したのだった。理子が欲しくてたまらない。理子と
再びひとつになりたい。ひとつになりさえすれば、ここ最近の
気まずさも解消されるに違いない。
 雅春は理子の顔をそっと持ち上げて、その唇に自分の唇を重ねた。
久し振りの理子の唇だった。理子は静かに雅春の唇を受け止めて
いたが、その唇は固く閉ざされたままだった。雅春は違和感を覚えた。
 雅春の手が静かに動いた。そっと下へと伝っていく。その動きを
感知して、理子は体を固くした。最初雅春は、あんな事のあった後だし、
久し振りでもあるから緊張しているだけだと思っていた。だが、
それが緊張からではなく、明らかに拒否をしているのが伝わって
きた時、大きなショックを受けた。
「理子・・・」
 理子の耳元に囁きかける。だが理子は体を固くしたまま答えない。
「理子」
 今度は、はっきりした声で呼びかけた。
「先生、・・・ごめんなさい。私、勉強したいの」
 理子は冷めた声でそう言った。
 雅春は心の中に冷たい風が吹き抜けていくのを感じた。

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~ Comment ~

Re: …>OH林檎様 

OH林檎さん♪

若さと理子の性分なのか、他人には理解できない程の
苦しみがあるようです。
立場がまるで違う先生にとっては、理解しがたいようで。
暫くは痛い状況が続きます…。

… 

予告通り、気が重い展開になってきましたねぇ。
子供がいない私には実際の所はわかりませんが、
感情をコントロール出来ないほどの悲しみ…なんでしょうね。
でも、先生ファンとしては辛い…。
理子には目の前の幸せを逃がさないように、
2人の関係を大切にしてほしいです。
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