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小説・クロスステッチ第2部 <完>
7.終 息 ~ 9.試 練


クロスステッチ 第二部 8.嵐 07

2010.09.20  *Edit 

 理子は近くの総合病院へと運ばれたが、出血が激しく流産した。
「残念ですが流産です。これから子宮の中を綺麗にする手術をするので、
家族の承認が必要です。こちらをよく読まれてからサインをお願いします」
 処置室から出てきた医者に、同意書を渡された。
「手術?手術ってどんな手術なんですか?必要なんですか?」
 雅春は動転していた。
「手術と言っても腹部を切るわけではありません。流産したと言っても、
子宮の中には胎盤が残っています。それをそのまま放置しておく
わけにはいきませんので、膣から器具を入れて中の物を綺麗に
掻き出す必要があります」
「器具を入れて掻き出すって、それで傷がついたりする事はないんですか?
その為に子供が出来にくくなるとか、最悪出来ない体になるとか、
そういう心配はないんですか?」
「100%無いとは言い切れませんが、そういう事は滅多にないですから。
それより処置が遅れる方が心配です。いずれにせよ、このままにしておく
わけにはいかないですから」
 医者の言う事も尤もだった。放置しておくわけにはいかない。
 雅春は悲しい気持ちで同意書にサインをした。
 一体どうしてこんな事に。理子の気持ちも落ち着いて、二人で喜びを
分かち合える矢先だったのに。
 雅春は廊下の椅子に座りこんで頭を抱えた。
 とにかく今は、手術が無事に終わることを祈るしかない。
 永遠に続くかと思われるほど長く感じたが、実際には30分しか
経っていなかった。手術室のドアが開き、ストレッチャーに乗せられた
理子が運ばれてきた。理子は僅かに意識があった。
「理子!」
 雅春が叫ぶと微かに目を開けた。
「先生・・・」
「理子、大丈夫か?」
「先生、赤ちゃんは?」
 雅春は首を振った。
 それを見た理子の顔に翳りが生じた。
「私の、せいね・・・」
 悲しく呟くと深い眠りに落ちていった。
「ご主人」
 声を掛けられて振り向くと医者がいた。
「奥さんはかなり気落ちされてご自分を責められると思いますが、
今回の流産は時期的によくあるものです。まだ2か月に入ったばかりで、
この時期は特にこれと言った理由もなく流産しやすいのです。
妊娠している事に気づかないで、遅れていた生理が来たと思って
終わってしまうケースも多いんです。奥さんはまだお若いし健康です。
今回の手術も問題もなく済みました。しっかり綺麗にしておきましたから、
術後の出血もあまり無くて済むでしょう。今夜と明日1日ゆっくり休めば、
明日の夕方には帰れます」
「ありがとうございました」
 医者に礼を言うと、雅春は病室へ向かう理子を追った。
 ベッドに寝かされた理子は眠っていた。
「理子」
 声をかけたが反応がない。
「麻酔がまだ効いてるから目覚めませんよ」
 そばにいた看護師が言った。
「でもさっき・・・」
「あれは術後に一度強制的に起こすんです。麻酔が効きすぎて危険な
場合があるので。朝まで眠ったままだと思いますから、ご主人は一度
戻られてはどうですか」
「いえ、そばにいます。万が一夜中に目を覚ました時に不安になると
いけないので」
 雅春はベッドのそばの椅子に腰を下ろすと、眠っている
理子の顔を見詰めた。
 痩せた。顔色も悪く窶(やつ)れている。
 どうしてこんな事になってしまったんだろう?
 同じ思いに駆られる。
 この現実を目の前にしても信じられない。信じたくない。
 結局、俺が悪いんだ。
 彼女が許しても、しっかり避妊をするべきだった。もともと
子供は卒業してからと話していたのに。今はまだ勉強が最優先。
子供ができればどうしても子育てが最優先になる。今だって自分との
生活が理子の勉強の妨げになっている部分があると言うのに。
 妊娠させ、そして流産してしまった事で、彼女を傷つけてしまった。
心も身体も。避妊さえしていたら、理子をこんな目に遭わすことも
なかったのだ。自分のしてきた事が悔やまれる。

 結局、雅春は一睡もできなかった。
 理子も朝まで目覚めなかった。
 7時に看護師が検温と血圧を計測しにやってきて理子は起こされた。
 目覚めた理子は、最初は事態をよく飲み込めないような不思議な
表情をしたが、すぐに思い出したらしく、暗い憂鬱な表情に変わった。
「理子・・・」
 看護師が去った後、雅春は細く長い指で理子の頬をなぞった。
涙が零れていた。
「ごめんなさい・・・、私のせいで赤ちゃんが・・・」
 嗚咽がこぼれた。
 雅春は理子をそっと抱き寄せた。
「理子は悪くないんだ。産婦人科の先生が言っていたよ。まだ2か月に
入ったばかりだったから、特別な理由もなく流産しやすい時期なんだって。
仕方がなかったんだ」
 理子は首を振った。
「ううん、そうじゃないの。私が妊娠したことを素直に喜べなかったから、
赤ちゃんは私の元から去って行ってしまったんだわ。望まれない子だと
思って。だから私が悪いのよ」
 嗚咽が号泣に変わった。
「理子、自分を責めるんじゃない。君は悪くない。悪いとしたら、俺だ。
全部俺が悪かったんだ。君を妊娠させたのは俺だし、不安な君の
気持ちを理解せずに酷い事を言って傷つけた。そもそも、俺がちゃんと
避妊さえしていれば、こんな目に遭う事は無かったんだ」
「先生・・・、それは違う。避妊に関しては私も悪かったのよ」
「いいや。俺の方が大人なのに、思慮に欠けていた。子供は
卒業してからと結婚した時に言ってたんだから、もっとしっかり
するべきだったんだ。ごめんな、理子」
 雅春は理子を強く抱きしめた。
 理子は雅春の胸の中で泣いた。雅春が何と言おうと、やっぱり
悪いのは自分なんだと思った。妊娠の実感はまるで無かったが、
母体と胎児は繋がっている。だから、理子の感情は全て子供に
伝わっていた筈だ。
理子が感じていた不安を赤ちゃんは全て受け止めて、悲しくて
ここへはいられないと出ていったに違いない。なんて酷い
母親だったんだろう。自分の事ばかり考えていた。だからこれは罰だ。
 やがて朝食が運ばれてきた。
 もう、そんな時間か。部屋にある時計を見ると7時半だった。
「先生・・・、学校へ行かないと」
「何を言ってるんだ。行けるわけないじゃないか。今日は休む。
まだ早いから学校へは後で連絡するよ」
「でも私、病気じゃないでしょ?」
「そんな事を言うな。夕方には退院するんだし、君一人でどうするんだ?
それに、一人にはしておけない。心配で授業どころじゃないしな」
 雅春の顔は不安げだった。それに目が赤い。そこへ看護師がやってきて、
「さぁさぁ、しっかり食べて早く元気になりなさいね。若いんだから、
気を落とさずに頑張りなさい。旦那さん、寝ずにずっと付き添って
くれていたのよ。いい旦那さんよねぇ。イケメンだし。羨ましい。
旦那さんの為にも早く元気になって」
 そう言うと、部屋を出ていった。明るく活発そうな看護師だった。
きっと、みんなに同じことを言うのだろう。産婦人科で働いて
いるんだから、あの人にとってはこんな事は日常茶飯事に違いない。
窓の外を見ると雨が降っていた。昨日は降りそうで降らない
天気だったのに。
食欲が無い。
胸のむかつきは全く無く、匂いを嗅いでも気持ち悪くはならなかった。
だがそれは、赤ちゃんがいなくなった証拠だ。そう思うと
食べる気になれない。
「理子、食べないのか?」
 理子は頷いた。
「食べなきゃ駄目だ。ここのところずっとろくに食べてなかった
じゃないか。随分痩せて窶(やつ)れている。しっかり食べて早く
元気にならないと」
「食べたくないの」
 お腹は空いている。食べだせばきっと食べれるだろう。だが、
どうしても食べる気になれないのだ。
「理子、頼むから食べてくれ」
 雅春に頼まれても、矢張り食べる気にはなれなかった。
 理子は無言で窓の外を見た。自分を責めて痛めつけることでしか、
赤ちゃんに償えない。
「先生、私に優しくしないで。先生の赤ちゃんを折角身ごもったって
言うのに、私は先生の赤ちゃんを殺しちゃったのよ?」
「馬鹿な事を言うなっ!理子は悪くないんだ。自分を責めるんじゃない。
そんな事をしても誰も喜ばないぞ!子供だって」
 雅春の頬から涙が零れた。
「いいか。もう俺を愛していないのなら食べなくてもいい。
それで君が衰弱し病気になって死んだら、俺も後を追う。だが、
まだ愛してくれているのなら、食べてくれ」
 雅春の言葉は理子の胸を打った。先生が泣いている。真っ赤な眼をして。
先生はずるい。そうやっていつも愛を利用する。そんな事を言われたら
食べるしかないじゃないか。
 理子は震える手で箸を持って食べだした。涙が溢れ出てきて、
しょっぱかった。結局、こうして食べれる自分が嫌で嫌でたまらなかった。



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~ Comment ~

Re: 結局、こうして食べれる自分が嫌で嫌でたまらなかった。>misia2009様 

misia2009さん♪

淡泊過ぎたでしょうか?
ここを書いたのは時間的には大分前で、何度も見直して
いるのですが、実際現在書いている個所はもう終盤でもあるので、
アップ直前に見ると、自分でも1行で終わりなんだ…と、
思ったりなんかして。。(^_^;)

私自身、この時期の流産を2度経験しているのですが、
初めての妊娠では無かったし、年齢が年齢だけに、
あまり深刻にはならなかったんですよね。
元々、冷めた性格も影響してるんですが。

理子は若すぎると言う事もあって、今回の事件が今後の
ストーリー展開に大きく影響するんです。
二人の苦悩が始まります。

結局、こうして食べれる自分が嫌で嫌でたまらなかった。 

そういうもんですね。

妊娠の経過が心配でしたが「一行で終わったか;」とある意味感動しました……

人間の遺伝子組成は複雑なので、生殖も単細胞動物のような単純な親のコピーというわけにいかず、複製して組み合わせるときにエラーが起きやすいのです。「ケミカル・アボーション」(化学的流産)といって受精卵に元々あった染色体の異常などで「これ以上は成長できない」という生物学的な理由で流産になるので、全然母体のせいではないです。

……と、頭で分かっていても、当事者の気持ちはこうでしょうね……
たいへん辛い場面をよくお書きになられました。

そして「先生ずるい愛を利用する」という理子の看破も見事です。
雅春は、やっぱり愛されて育った子供ですね。

明日も楽しみ…というべき状況ではありませんが、興味深く待ちます。
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