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小説・クロスステッチ第2部 <完>
4.愛の前では ~ 6.噂


クロスステッチ 第二部 6.噂 04

2010.08.31  *Edit 

 理子は家へ着くと、真っ先に風呂へと入った。気持ちが昂って、
入りたい衝動に駆られていた。シャワーを浴びているうちに、
何故か涙が零れて来た。何故、涙が出て来るんだろう?
 志水から言われた事は、ショックだった。彼の想いも、
自分への指摘も。
 志水の理子への気持ちは、どこかで感じていた。わかっていた。
だが、敢えてそれに気付かない振りをしてきたのだった。認めるのが
怖かったのだ。認めてしまったら、それまでと同じように付き合えない。
それが、嫌だった。
 志水との付き合いは、理子には心地良いものだった。
 謎の微笑を浮かべる、どこか得体の知れない青年。だが何故か、
とても気が合う。自分の中の心の琴線に触れて来るものが有る。
毎日ずっと一緒にいて、飽きると言う事が無い。一緒に帰る時、
彼の降りる二子玉がすぐに来てしまう事を残念に思ったりしている
自分がいた。
 そして、そんな自分が理解できない。雅春に対して罪悪感が湧いた。
だから、毎日一緒に帰っている事を、敢えて話さずにいたのだった。
しかも、それを自分で誤魔化していた。その事を、今日の志水との
会話で悟った。
 志水の言う事を否定してきたが、本当は否定しきれない部分が
ある事を解っていた。だが、それを認めてしまったら、どうなると
言うのだろう。
 体を洗い、髪を洗って、ぼんやりと湯に浸かった。
 先生を愛してる。
 その気持ちは変わらない。
 志水に指摘された通り、理子は何故か雅春への遠慮がある。
自分の全てを晒しきる事ができないでいる。言いたい事を言えない
時も多々ある。自分の全てを知られる事に、大きな不安を抱えている。
 だから、何だと言うのだろう。
 愛している事には変わりは無い。
 先生の存在が無かったら、確かに志水には異性として惹かれていた
かもしれない。共鳴する物がある事を理子も感じている。だがそれは、
あくまでも仮定の話だ。歴史談義でよく言われる、IF話しと
変わらない。所詮、IFはIFだ。
 そう思った時、理子の心はすっきりした。
 そうだ。所詮は仮定話しなんだ。幾らそんな話しをした所で、
現実は変わらない。志水には惹かれるものがあるにはあるが、
愛しているのは雅春だし、その気持ちは今後も変わらない確信がある。
 理子にとっては、雅春が全てだ。その存在は、誰にも変わる事は
できない。つまらない事で動揺してしまったと、理子は反省した。
反省したところで、さっさと風呂から出た。彼の為に、
夕飯の支度をしなくては。
 急いで髪を乾かして、夕食の準備を始めた。時計を見たら6時半を
回っていた。最近の雅春は7時半過ぎに帰って来る。連休前は大抵、
7時には帰宅していたが、連休が明けてから徐々に帰りが遅くなっていた。
中間テストが終わり、補習クラスの指導も本格化してきて仕事が
増えたのかもしれない。
 食事の支度は二十分程で終わった。後は、食卓へ出す寸前に仕上げを
するばかりだ。理子は自室に入り、勉強を始めた。だが、ふとした瞬間に、
志水との会話が思い出される。そして思い出す度に心が重くなるのを
感じる。さっき風呂の中で、所詮は仮定話しと気持ちがスッキリした
筈なのに、何故こうも思い出しては気が重くなるのだろう。
 志水とはもう、これまでのような付き合いはできない。ああも
はっきりと告白されては、彼を受け入れる事ができない理子にとっては、
拒否するしかない。それを残念に思う。
一緒にいて楽しかった。彼からは得るものも多かった。まだまだ
話したい事は沢山あった。それに、志水が言った通り、
彼といるとホッとする。
 理子はふと思った。高二の時には耕介が、高三の時には岩崎が、
いつも自分のそばにいてくれて楽しかった事を。理子は二人の気持ちに
卒業式の日まで気付かずにいたが、二人は理子に想いを寄せて、
ずっと理子を見守ってくれていた。
 そんな彼らの存在と、志水は似ている。ただ、彼らと違う部分がある。
それは、存在感だ。耕介も岩崎も、理子にとっては最初から最後まで
友人に過ぎない。岩崎は理子に仄々とした安心感を与えてくれていたが、
それでも友人以上にはなりえない存在だった。だから、理子は二人の
気持ちに全く気付かなかった。
 だが志水は違った。理子の意識としては、志水にしても友人に過ぎない。
だが、志水は何故か理子にとってはインパクトのある存在だった。
いつも静かに微笑を浮かべているだけなのに、とても存在感がある。
そしていつの間にか、いつも傍にいるのが自然な感覚になってきていた。
彼に用事があって傍にいない時、何故かとても落ち着かない気分になる。
一緒にいるのが当たり前になってきていた。
 その彼が、明日からは傍にいなくなる。
 彼がいけないんだ。私のせいじゃない。あんな事を言わなければ、
これからもずっと一緒にいられたのに。
 携帯が鳴った。メールだ。多分、雅春からだろうと思って見ると、
そうだった。田園都市線の乗り換え時に、毎日必ずメールを寄越す。
そのお陰で、雅春が家へ到着する時間がほぼ正確にわかる。理子は
雅春の到着時間に合わせて夕飯の仕上げをする。
 勉強を中断して、理子はキッチンへと向かった。黙々と食卓の上を
準備する。食器を用意し、食後のお茶の支度もする。火を通して
仕上げるものを火にかけた。味噌汁の味噌を溶くのは最後の最後だ。
そうこうしているうちに、玄関のドアが開く気配がし、「ただいま~」
と雅春の声が聞こえて来た。
 理子は手を止めて、急いで玄関へと駆けた。
「おかえりなさい」
 明るく笑顔で彼を迎える。雅春は靴を脱いで上がったところだった。
鞄をその場に置いて、駆け寄って来た理子を抱きしめた。互いの
温もりを確かめ合う。理子は一日の中でこの瞬間が一番好きだった。
雅春との時間は、どの瞬間も全て好きだ。だが、朝別れてからの
時間は寂しいばかりだ。在学中は、授業もあったし帰りのホーム
ルームもあったし、たまに校内で見かける事もあった。それに、
同じ校内にいると言う事だけでも、その存在を身近に感じる事ができた。
近くて遠い存在でもあったが、同じ場所にいると言う安心感もあった。
だが今は、朝別れてからは、互いに遠い場所にいる。夜まで一切、
顔を見る事は出来ない。理子は授業中、自分の結婚指輪を見ては、
先生は今頃何をし、何を思っているのだろう、と考えてしまう。
先生に逢いたい。
 その思いが叶えられる瞬間がこの時だった。やっと逢えた。
私の所へ帰ってきてくれた。私達は紛れも無く夫婦なんだ、
と実感する瞬間でもある。
 雅春は抱きしめていた腕を緩めると、理子の唇に軽くキスをし、
改めて「ただいま」と言うのだった。そんな雅春に優しく微笑んだ後、
理子はキッチンへと戻り、作業を再開する。雅春は自室に鞄を置いてから、
洗面所で手を洗ってうがいをした後、寝室へ入って着替えをする。
着替え終わって部屋を出ると、食卓の上はほぼ整っている。
 二人の夜は、いつもこうして始まって行く。
「先生。なんだかちょっと、疲れてません?」
 理子は食事が終わって箸を置いた雅春にそう言った。ここの所、
雅春が疲れた顔をして帰ってきている事に理子も気付いている。
その疲労度が、日ごとに増してきているような気がした。
「うん。ちょっとね・・・。今日はこれから風呂に入るよ」
 いつもは食事が済むと、二人でお茶をしてから入浴するのに、
すぐに入りたいと言う。立ち上がった雅春は、一端寝室へ入って
入浴の準備を整えてから洗面所へと姿を消した。こんな風に一人
取り残されたのは、一緒に住み始めてから初めての事だった。
 学校で何かあったのだろうか。理子はふと心配になった。
 食卓を片づけてから、一人お茶を飲みながらソファで膝を抱える。
勉強が中断中だった事を思い出し、飲みかけのお茶を持って自室に
入った。椅子に座り、目の前にあるやりかけの勉強を再開したが、
なんだか頭に入って来ない。
 今日は、志水の事で心が大きく揺れ、そして、帰宅してきた
雅春の様子に一抹の不安を感じ、重たい気分になってくるのだった。
自室にいながらも、雅春の事が気になる。普段は30分くらいで
出て来る彼が、今日は遅い。長湯だ。矢張り何かあって、ストレスが
溜まっているのだろうか。気になって勉強に集中できない。
 理子は思い切って、教科書とノートを閉じた。続きは明日の朝にしよう。
 そう思って、理子は自室を出た。
 再びソファに腰を下ろす。ただ、雅春が出て来るのを待ってボーっと
するだけだ。普段なら、本を読んだりするところだが、今はとても
そんな気分にはなれない。
 やがて、雅春が出て来た。部屋の時計へ目をやると、9時になろうと
していた。小一時間も入っていた事になる。雅春は、ソファに座っている
理子に気付いて、驚いていた。
「どうしたの?」
 自室で勉強をしているものとばかり思っていた。しかも、何を
している風でもない。勉強でなければ読書をしているのが通常なのに、
彼女の周囲には本も無い。テレビも点いていない。
「先生こそ、どうしたんですか?凄い長湯じゃないですか」
 雅春は理子の言葉に軽く微笑むと、理子の隣に腰かけた。
「なんだか、疲れちゃってさ。ゆっくりしたかったのさ。たまには
そういう時もあるよ」
 理子はそう言う雅春の顔を見た。風呂から上がってさっぱり
している筈なのに、どこか疲れが抜け切れていないような印象を受ける。
「今、お茶を淹れますね」
 理子はそう言って席を立ち、キッチンへ入った。冷蔵庫から麦茶を出す。
5月に入ってから、気温が上がってきているので、理子は麦茶を
用意していた。食器棚からコップを出し、注ぐ。入浴で温まった体が
冷えるといけないので氷は入れない。トレイに乗せてキッチンを出ると、
雅春はソファの上で仰向けになって、目を瞑っていた。
疲れて眠いのだろうか・・・。
 テーブルの上にそっとコップを置いたら、その気配に気づいたのか
雅春が目を開けた。
「ありがとう。麦茶だ」
 そう言って、嬉しそうな顔をした。手にとって飲み終わった後、
「凄く旨い。これ、沸かして淹れたの?」
 と言った。
「勿論です。だって、その方が美味しいでしょう?」
「そうだね。香りが違うし」
 そう言って空になったコップに鼻を付けて、クンクンと匂いを
嗅いでいる。そして、そのコップをテーブルに置いてから、
理子の方を見た。
 理子は胸がドキンとした。理子を見る雅春の表情が、
とても切ない顔をしていたからだ。
「先生。どうしたの?何かあった?何だかいつもと違う気がするんだけど」
「いや。別に何も無いよ」
 理子の問いかけに、雅春は軽く笑ってそう言った。
「でも、疲れてるわよね?」
「そう見える?」
 理子は黙って頷いた。なんだか、やっぱり雅春の様子がおかしい。
「理子。君を愛してる」
 雅春は低い声でそう言うと、理子を自分に引き寄せた。
「先生?どうしたの?」
 そんな雅春に理子は戸惑った。一体、どうしたと言うのだろう。


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