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小説・Bye by Blue<完>
8.迷い道


Bye by Blue 8.迷い道 05

2010.07.03  *Edit 

「あの職場に、この先もずっといようって思えないんだ。君と同じように」
 結城の眼差しは真剣だった。
「この就職難の中、やっと就職できたからさ。簡単には辞めれない。
だけど、それじゃぁ、一生、あそこで働くのかと思うと、
何だかそれもピンと来ない」
 結城は、ごくごく普通に、大学に進学した。将来の目的を明確に
持っている者なんて、周囲では殆どいない。目的が見いだせなくても、
まずはとりあえず大学へは行っておこう。それが普通の感覚だった。
「特に勉強したいものなんて無くてさ。何となく経済学部に
入ったんだけど、1年で駄目だった。俺って、好きな事とか、
ちゃんとした目的が無いと頑張れないんだよ。大学は、受験って
目標で頑張ったけど、今度は就職が目的に変わって、でも、
何になるかもわからないままじゃ、全然駄目でさ。将来の為に
資格は取っておかなきゃって思ったけど、取りたい資格も無かったし」
 結城の過去の話しを聞いて、睦子は驚くばかりだった。
そんな風には全然見えなかったからだ。
「ねぇ、むっちゃん。…小学校の先生に、ならない?」
 思わず目を見張る。
 何故、今頃、小学校の先生なのか。
「むっちゃん、子供が好きでしょ。親ごさんと一緒に来てる子供を
見る時のむっちゃんの目、凄く優しい目をしてる。どうして、
諦めちゃったの?」
「子供が好きなのと、小学校の先生になるのとは話しが違うと思うけど」
 少し心がささくれ立ってくるのを感じた。
「だけど、なりたかったんでしょ?」
 胸が微かに痛む。
「それは、ずっと昔の話しよ」
「俺、むっちゃんは向いてると思う。むっちゃんの正義感が強くて
優しい所、真面目な所、みんなの潤滑油に自然となってる所…」
「どうして急に、そんな事を言い出すの?」
「実は俺もさ。小学校の先生になりたいって憧れてた時があったんだ。
でも俺、馬鹿だからさ。先生なんて無理だって思ってたんだけど、
君と出会って、君が小学校の先生になりたいって思っていた事を聞いて、
頑張って挑戦してみようかと思うようになったんだ」
 顔を赤くして恥ずかしそうに言う結城に対して、睦子は冷たい
思いが湧いてくるのを感じた。
「そんな、子供じゃあるまいし、なりたいからって簡単に
なれるものでもないじゃない」
 どこか投げやりな口調になる。
「何でだよ。簡単じゃない事は分かってるさ。でも、なりたいと
思う気持ちが無かったら、何にもなれないじゃないか」
「夢は所詮、夢なのよ。夢は叶わないから夢なんじゃない」
 睦子がそう言ったら、結城はとても不愉快そうな顔をした。
それを見て、睦子は急に心が冷えて行くような気がした。
「むっちゃんの言う事も、分からないではないよ。でも、
夢を夢で終わらせるか、実現させるかは本人次第じゃないの?」
 結城の顔を見て、怖れが湧いて来る。それでも睦子の口は止まらない。
「あたし、…あたし、泳げないのよ?涼は自分が教えるからって
言ってくれるけど、ただ単に泳げないんじゃなくて、水が物凄く
怖いの。顔を浸けれないの。死ぬほどの恐怖を感じるのよ。
それ以外だって、体育は凄く苦手で、逆上がりだって逆立ちだって
出来ないし、ボールだって、遠くへ投げれないし…」
 体育は何をやっても駄目だった。足は遅いし、鉄棒も駄目、
マットも駄目、ボールは遠くへ飛ばせないし、ソフトボールでは
打席に入るといつも空振り。ドッチボールだって怖くてすぐに
ぶつけられてコートの外。
 それに手先が不器用で図工も苦手だった。特に写生が酷かった。
 小学校の先生になりたいと憧れていたけれど、その為には、
小学校で教える全教科が出来なくてはならない。特に採用試験では
実技がある。体育は最も苦手な器械体操系と水泳25メートルが
できる事が条件みたいなものだ。そして、写生もある。
 図工の方は、うんと努力すれば人並み程度までは上達できるかも
しれない。だが、水泳と体育は致命的だ。
「涼みたいに、スポーツが得意な人には、私のような出来ない
人間の気持ちなんて分かるわけない。苦手な体育で、どれだけ
惨めな思いをしてきたか…」
 思わず涙がこぼれる。
「俺、君にボウリングとテニスを教えて思うんだけど、君なら
頑張ればできると思うよ」
 その言葉にカッとなった。
「涼まで、そんな事を言うんだ。あたしが今まで頑張らなかった
とでも言うの?小学校へ入ってから、ずーっと、出来なくて
惨めだったのよ?だから、少しでも出来るようになりたくて、
凄く頑張った。それなのに、ちっとも出来なくて。うんと頑張ってるのに、
先生はみんな決まって、努力が足りない、もっと頑張れって。
あたし、他の誰よりも頑張ってたのに」
 涙が止めどなく溢れて来る。辛かった日々が鮮明に思い返されて、
感情が激しく揺さぶられるのを感じる。
 泣いている睦子の涙を拭おうとして伸びて来た結城の手を、
睦子は思いきり跳ねのけた。
「むっちゃん……」
「もう、いいっ!もう、帰って。話したくない」
 睦子は顔を背けた。
「俺、スポーツは確かに得意だけど、勉強は得意じゃない。
それに、君は体育の実技に問題を抱えてるけど、俺は音楽の
実技は全く駄目なんだ。でも、君は音楽は得意だろう?だから、
お互いに助け合えると思うんだよ。俺さ。小学校の時は
いじめられっ子だったんだ。それが嫌で、得意な体育を頑張った。
できたらスポーツ選手になれたらいいなって思ってたけど、
さすがに無理だった。だからさ。君も俺も、人の痛みを知ってる。
だからこそ、今の子供たちの為に頑張りたいって思うんだよ。
君も、そう思わないか?ステイシー先生のようになりたいって
思ってたんだろう?」
「あたしは、…もう、いいの。もうとっくの昔に諦めたの。
今更そんな事を言われても無理。こんな風に腰を痛めてしまって、
体力が必要な小学校の先生なんて、尚更無理よ。涼がなりたいと
思うなら、涼一人で頑張ればいいじゃない」
 結城がすっくと立ち上がって、睦子はビクリとした。
 怒ったのか…?
 立ち上がった結城を見上げると、怖い顔をしていた。
「君は、戦う前に諦めるのか」
 そうよ。あたしは、そういう人間なのよ。
 根性無しで、負けるのが嫌だから最初から勝負しないのよ。
 睦子は言葉を呑んだ。怖くて言えない。
 結城は鞄の中から1通の大きな書類袋を出して、睦子の机の上に置いた。
「これを、置いてく。大学の通信教育の案内。俺は来春から
始めるつもり。君と一緒に頑張りたいと思ったから持って
来たんだけど…。気が向いたら見てくれ」
 結城はそれだけ言うと、帰って行った。
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