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小説・クロスステッチ第1部 <完>
第22章 卒業~第24章(最終章) 旅立ち


クロスステッチ 第1部第23章 ずっとそばにいて 第3回

2010.05.09  *Edit 

 「マンションを、お持ちなんですか?」
 母が急にしおらしく訊いた。
 「この間、買ったんです。二人の新居として」
 増山の言葉に、また母は驚く。一体、どうなっているのだ。
 「おかあさん、何もかも急で、本当に申し訳ありません。
おかあさんにとっては、全てが急な事なんですが、僕達にとっては、
そうじゃないんです。ご両親の了解も得ずに勝手に決めて、勝手に
進めてしまった事を申し訳ないと思ってますが、僕達はその為に
ここまでやってきたとも言えるんです」
 増山の言葉を受けて、宗次が言った。
 「母さん。二人はね。今月の末に入籍して、理子は増山理子として
東大へ通うと言うんだ。東大へ通うには、ここからだと不便だし、
先生の今の自宅からも不便だ。だから、二人が通学通勤するのに
便利な場所に住居を求め、この間、それが見つかったんで購入したんだよ」
 「それって、どこなの?」
 「田園都市線の青葉台だ。知ってるだろう?駅から徒歩5分の
マンションだよ」
 「もう、そんな事まで決めてるの」
 「ついでに言えば、5月3日に挙式する予定だ。既に式場も押さえてある」
 「押さえてある?だって、ゴールデンウィークでしょ?いつ押さえたの」
 「去年の8月に、取りあえず押さえておきました。もし不合格だったら、
キャンセルすれば済むので」
 「そんな、勿体ない・・・」
 「そうですね。でも、彼女なら必ず合格してくれると信じていましたから」
 「信じてた?どうしてですか?理子は元々特別優秀だったわけじゃないし、
ノンビリした子だし、いつ挫折するかわからないし、そもそも試験自体
水ものじゃないですか。病気で受験できなくなる可能性もあるし。
絶対なんて事は無い筈でしょ?なのに、どうして信じられるんですか」
 「愛しているからです。僕は彼女をずっと見て来て、彼女の本当の
強さを知りました。大人の僕の方が、何度流されそうになったか
知れません。おかあさんは目的に向かってがむしゃらに突き進んで
行かれるタイプのようですが、娘さんも、実は同じなんですよ。
親子だからよく似てる。目標が定まりさえすれば、何とかやり切ろうと
頑張る。だから僕は、彼女は絶対に最後まで諦めずにやり切って
くれると思いました。自分の為に、そして僕達の愛の為に頑張ってる
彼女を、信じられないわけがないです」
 増山は力強くそう言った。
 だが、そんな増山を母は鼻で笑った。
 「先生も、お若いから、まだまだ甘いですね。大体、愛なんてものを
信じること自体、愚かです。人の気持ちほど、曖昧で信じられない
ものはないです」
 「お母さんのおっしゃる事も、わかります。それでお母さんは、
娘さんの結婚をどうお考えなんですか?どういう相手だったら、
お許しになるんでしょうか」
 「それは、しかるべき家の方で、人柄も誠実で立派で、
理子を何より大切にしてくれる人です」
 「お母さん。それなら、僕はぴったりじゃないですか。
僕より条件の良い男がいるとは思えませんが」
 増山の言葉に、母は絶句した。自らここまで言う男は、そういまい。
理子は思わずプッと噴き出した。
 「理子、何、笑ってるの」
 増山が理子にそう言った。
 「だって、先生。自分で言うんだもの。しょってますよね。超自信家」
 増山は小さく溜息を吐いて言った。
 「君さぁ。自分の事だよ。笑ってる場合?」
 「だって・・・」
 「先生は・・・」
 と、母が言いだした。
 「ご長男なんですね」
 「はい、そうです」
 「では、いずれ、家を継がれるわけですね?」
 「いえ。うちは継ぐような家ではないですから。会社の創立者だとか、
後継者だとか、父はそういう立場の人間ではなく、重役とは言っても
サラリーマンです。両親の老後の世話は、子供ですから当然する
つもりでいますが、同居するつもりは全く無いですし、それは両親も
了解済みですから、その点は心配なさらないで下さい」
 「そうは言っても、人間年を取れば心細くなるでしょうし、そうしたら
気持ちが変わると言う事もあるんじゃないですか?」
 「両親は、自分達の老後の事もしっかり考えています。子供たちに
迷惑をかけるつもりは無いと、着々と準備してくれてるので、
心配ないです。僕自身、理子さんにそういう苦労をさせるつもりは
無いですから。ついでですが、理子さんには、金銭的な苦労をさせる事も
無いです。勿論、女性関係でも心配をかけるような事はありません」
 「母さん。もういいだろう。先生に何の不足がある。ご実家は裕福だし、
本人も東大出で頭が良くて、財テクに長けていて、誠実で真面目だ。
職業も安定している。そして何より、理子をとても大切に思ってくれている。
これ以上、何を求めると言うんだ」
 それでも、母は気に入らないのだ。みんなが知っていて、自分だけが
知らなかった。東大に入って、これからだって時に、目の前から
掠め取られていくような思いだ。自分にとっては初めての子だ。
二人しかいない娘の、一番上だ。母親として、娘に対する
期待や夢を持っていた。
 「理子は長女ですから。だから、親に対して責任があります」
 母の言葉に、理子は驚き、更に怒りがふつふつと湧いてくるのを
感じた。増山はそれを感じて、軽く理子を制した。
 「おかあさん。おかあさんがおっしゃる、責任と言うのは、
どういう事なんですか?」
 「それは・・・。親の期待に応えること。親や家を守る事・・・」
 「それなら、大丈夫です。ご心配には及びません。結婚しても、
それはちゃんと果たせますよ。僕も協力しますから、安心して下さい」
 増山の言葉に、母はたじろいだ。そういう答えが返ってくるとは
思っていなかった。
 「そ、そう言われても、どうやって?」
 「親御さんの期待って言うのは、どういう期待ですか?」
 「それは、やっぱり、しっかり勉強して大学を卒業して、
きちんと就職して・・・」
 「それは、僕も望んでいる事ですから。結婚しても、しっかり大学へは
通わせて卒業して貰いますし、就職もちゃんと、して貰うつもりです。
専業主婦がいいって言うなら、それはそれで構いませんし。それから、
親や家を守る事と言うのも、僕がしっかりサポートします。ご両親の
老後は二人でちゃんとお世話しますから、こちらも安心して下さい」
 増山にそこまで言われては、もう返す言葉も見つからなかった。
 確かに、条件は良い。これ以上望むものなんて無いだろう。それでも、
理子は、まだ未成年なのだ。折角、ここまで育てたのに。成人まで、
もう少しじゃないか。なのに、何故今じゃなきゃならないのだ。
 「おかあさん。ここまで大事に育てられてきたから、手放すのが
寂しいんですよね。だけど、手放すと思わないで下さい。理子さんから、
お母さんは男の子を欲しがっていたと聞いています。だから、
娘を手放すのではなくて、息子を得たと思って欲しいんです。
大事な彼女の親御さんですから、ご両親の事も大切にします。
ですからどうか、僕を理子さんと結婚させて下さい」
 母は暫しの沈黙の後に言った。
 「先生のお気持ちはわかりましたが、矢張りまだ若過ぎます。
私は学生結婚をさせるつもりはありません」
 母のきっぱりとした口調に、理子は切れた。
 「お母さんはずるい!何て自分勝手な人なの?」
 「何ですって?お母さんのどこがずるいって言うの!」
 「理子、止(や)めるんだ」
 増山は理子を止めたが、理子は止まる事ができなくなっていた。
 「お母さん、自分はどうなのよ。お父さんと結婚する時、
おじいちゃんには反対されなかったけど、おばあちゃんには猛反対
されたんでしょ?その反対を押し切って結婚したんじゃない。
先生には、自分の親と私とを天秤にかけさせて私を取る方を求めながら、
私には、先生じゃなくて、親を取る方を求めてる。自分はどうなの?
親じゃなくてお父さんの方を取ったんでしょ。矛盾してるじゃない。
全部、自分中心じゃない。それをズルイって言うのよ!」
 理子は言い終わると、ワッと泣きながら増山に抱きついた。
増山はそんな理子を優しく抱き止めて、頭を撫でた。
 「そ、そんなに、その男が好きなの。親を捨ててもいい程に・・・」
 母が、唸るように、そう言った。
 その直後、「ただいま~!お姉ちゃん、どうだったの?」と、
妹の優子が学校から帰ってきて、居間へ駆け込んで来た。優子は
その場の不穏な空気に驚いた。姉が泣きながら見知らぬ男性に
抱きついている。母は物凄い形相で怒っていて、父は心配そうな
顔をしていた。もしかして、落ちたの?
 「あ、あの・・・どうしたの?お姉ちゃん、落ちちゃったの?」
 「いや。合格したよ。東大に」
 宗次がそう言った。だが、それなら、この空気は一体?
 「出て行け・・・・」
 母がうめくように呟(つぶや)いた。優子はその言葉に仰天した。
 「母さん、止めなさい」
 父が止めに入る。だが、無駄だった。
 「お前のような親不孝者は、娘でも何でもない。
さっさとこの家から出てけーっ!」
 母は鬼のような形相になり、そう叫んだ。凄まじかった。優子は
恐怖で後ずさった。何をしでかすかわからないような殺気を帯びている。
 理子は増山から離れると、すっくと立ち上がって、すたすたと
部屋を出て行った。増山は慌てて荷物をまとめて追いかけた。
その後に優子も続いた。
 理子は二階の自分の部屋へ行くと、荷物をまとめだした。
「理子・・・」
 増山が声を掛ける。理子は黙々と荷物をまとめていた。
後から追いかけて来た優子も声を掛けた。
 「優ちゃん、ごめんね。こんな事になって」
 「お姉ちゃん、一体これはどういう事なの?東大に合格したんでしょ?
なのに、なんで?」
 優子にとっては、訳がわからなかった。
 「優子ちゃん、だったよね。初めまして。増山です。この間、
電話を取り次いでくれたよね」
 「えっ?増山って・・・、お姉ちゃんの担任の増山先生ですか?」
 「そうなんだ。実はね。僕達、付き合っててね。東大に合格したら、
結婚しようって約束をしてたんだ」
 優子はその言葉に驚いた。あまりにも突拍子もない事だ。
 「えっ?じゃぁ、その事で喧嘩に?」
 「そうなんだよ。反対されるのはわかってはいたんだけど、
こういう結果になるとは思ってなかった・・・」
 「私は想定内よ」
 と、荷物をまとめていた理子が涙声でそう言った。
 「お母さんは、ああいう人なのよ。どれだけ理屈を並べても、
どれだけ誠意を持って真心を示しても、結局は、自分の感情で計り、
それを押し通す人なの。平気で人の心を踏みにじるのよ」
 「理子。平気でって言うのは言い過ぎじゃないのか。
平気なのかどうかは、わからない事だろう?」
 増山の言葉に、理子は無言で返した。増山は深く溜息を吐いた。
どうして、こんな風になってしまったのか。自分が言い過ぎたのだろうか。
正論は、時に人の心を傷つけ、頑(かたく)なにする。
 「お姉ちゃん、荷物をまとめて、何処へ行くの?」
 妹の言葉に理子は顔を上げ、増山を見た。
 「俺のうちへ来るか?それとも、新居の方へ行くか?」
 理子は少し考えてから「新居の方に」と言った。
 「新居って、何?どういう事?」
 「今月の末に入籍して一緒に住む予定で、もう新居を用意してあるの」
 妹の問いに、姉はそう答えた。そして姉のその言葉に妹は驚いた。
 「そんな、急な話しなの?それじゃぁ、お母さんが怒るのも
無理ないんじゃない?」
 「そうよ。だから想定内って言ったでしょ。まぁ、早くに言った
ところで、結果は同じだけどね。私が成人している社会人ならともかく、
未成年の学生だもの」
 姉の言葉を受けて、優子は増山の方を見て言った。
 「どうして今なんですか?まだ、これから大学へだって行くのに」
 みんな同じ事を言う。誰もが同じように感じるのだろう。
当人たちの気持ちを無視して。
 「待つ事、待てる事を、美徳と思ってるんだろうなぁ、みんな。
そこまで待ててこそ、本当の愛だとか。一体、どれだけ待てば
許されるのか。待つ時間を一体誰が決めるのか。・・・優子ちゃん。
僕達は、僕達にとっては十分過ぎる程の時間を待ったんだよ。
なのに、まだ4年も待てと言うのかい?その時になったらなったで、
今度は社会人としての経験をもう少し積んでからとか何とか言われて、
また待つ事を強要されるんだ。確かに理子は若すぎると言えば
若すぎるかもしれないが、だからと言って、それが結婚の
デメリットになるんだろうか・・・」
 増山の言葉に、優子は俯いた。
 「優ちゃん。こんな形で出て行く事になって、ごめんね。でも、
お姉ちゃんは、先生の元に行くから。それはもう、前から
決めてた事なの。お母さんに反対されても先生と結婚するって。
増山理子になってから、東大に通うって。その為に、必死に
勉強してきたの。もうね。今の生活に耐えられなくなったんだ。
限界はとっくに超えてたんだけど、先生に支えて貰って、
何とかここまできたの。お姉ちゃんがいなくなったら、優ちゃんへの
風当たりが強くなるかもしれないけど、ごめんね」
 優子は首を振った。この家での姉の苦悩はわかっていた。
母が自分よりも姉に対して辛く厳しくあたって来た事も。
 「先生、姉をよろしくお願いします・・・」
 優子はそう言って、増山に頭を下げた。
 「優子ちゃん、ありがとう。君のお姉さんの事は大丈夫だから」
 増山はタクシーを呼ぶと、理子の荷物を積み込んだ。
思っていたよりも多くは無かった。
 母は奥から出て来ない。父の宗次が慌てて出できた。
 「お義父さん、すみません。こんな事になってしまい・・・」
 「いや。こうなる事は予想してたから。こちらこそ、見苦しい所を
お見せして恥ずかしい次第だ」
 「後日、両親と共にご挨拶に伺います」
 「いいのかい?大丈夫なのかい」
 「両親は最初から覚悟してくれてますから。それに、ご挨拶に
伺わないのは失礼ですし」
 「すまないね。ただ、もう少し冷静になってからの方がいいだろう」
 「わかりました。これから、新居の方へ連れて行きます。
本人がそこが良いと言うので。彼女は春休みですが僕は仕事で毎日
昼間はいないので、都合の良い時にでも来て下さい」
 「お父さん、ごめんなさい。あの、大学の方の手続きなんだけど・・・」
 「ああ、大丈夫だ。すぐにちゃんと手続きするから、心配しなくていい」
 理子は二人に別れを告げると、増山と一緒にタクシーに乗り込んだ。
 座り心地の良いシートに腰を埋めると、理子は深く息を吐いた。
そんな理子の肩を増山は抱き寄せる。急転直下のようだった。
天国から地獄へ一気に付き落とされたような気分である。
 「先生、ごめんなさい。先生を、とても深く傷つけちゃいましたね」
 理子がそう言った。
 「いや。俺は大丈夫だ。君の方こそ、辛かっただろ?」
 理子は首を振る。
 「さっきも言ったけど、予想通りの結果だから。こうなるだろうって
思ってた。本当は、先生をこんな事に巻き込みたく無かったです。
うちはあまりにも余所とは違うから。どこだって反対はするだろうけど、
ここまで酷くはないと思います」
 確かに理子の言う通りかもしれない。増山だって、反対する親の
気持ちはわかっている。未成年の娘だ。女の子なのだから、心配だろう。
だが、最後にあんなに感情的になられるとは、思ってもみなかった。
矢張り、急ぎ過ぎたのだろうか。親の思いを無視して、自分達の
気持ちだけを優先し過ぎたか。だが、そう思うからこそ、できる限りの
誠意を示したつもりだった。
 タクシーは、新居のマンションに到着した。理子の家は国道246号に
近いので、車を使えば直線的で速い。管理人に挨拶してから、
荷物を運びいれた。二人で十分持てる量だ。
 「考えてみたら、照明もまだ付けてないし、そもそも電気も水道も
通って無いぞ。すぐに連絡しないと。それに、電話も無い。
冷蔵庫も無いし・・・」
 今日と言う日が終わってからやろうと思っていた事だったから、
本当に急な展開だ。増山は急いで電気会社と水道局に電話を入れて、
すぐに通して貰うように言った。それから父に電話をして事情を話した。
雅人は息子の話しを聞いて落胆した。そして姉の紫に電話をし、
事情を話してNSXで来てくれるように言った。車が無いと買い物に
出られない。予定より早いが、家電を買いに行かないと生活に困る。
 理子は自分の部屋へ入ると、持ってきた荷物を出して、
納めるべき所へ納め始めた。
 増山は、これからの事を考えた。理子をここへ連れて来たはいいが、
自分はどうするべきか。当初の予定では、今週末から、家電や
暮らし向きに必要な調理器具や食器、生活雑貨などを揃えて、
28日に婚姻届を提出し、その日から一緒に暮らそうと思っていた。
 こうなってくると、全てを早めるしかないか。この、まだ生活を
始めるには不十分な部屋に、理子一人で住まわすのは忍びない。
だからと言って、まだ入籍していないのに一緒に暮らす事にも
抵抗があった。増山は、そういう所はけじめを重んじる男だった。
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