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小説・クロスステッチ第1部 <完>
第16章 二度目の夏~第21章 前夜


クロスステッチ 第1部第21章 前夜 第4回

2010.05.02  *Edit 

 とうとう、卒業式がやってきた。3月1日。天気は良かったが、
まだまだ寒い。春一番は、今年は2月23日に吹いた。ちょうど、
県立高校の受験日で、在学生は休みの日だった。ここ数年、暖冬の
せいか吹くのが早い。だが、春一番が吹いても、その後にまた寒さが
戻って来る。東大の受験日も寒かった。
 ほんの、2,3日前の事である。やっと終わって、理子はホッとしていた。
当日はさすがに、センター試験の時よりも緊張した。だが、試験時間は
センターの時よりも短いし、試験馴れもしていた。東大模試は、東大の
二次試験と全く同じ出題形式と時間で行うので、予行演習と言える。
それをしっかり済ませておいて良かった。
 後期日程を受けるか訊かれたが、理子は受けない事にした。正直な所、
自信があった。文系は全く問題が無い。社会は日本史と世界史を受験
したが、自分では完璧だったと思っている。一般的には、この組み
合わせで受験する人間は多くは無い。だが、理子には、これまで
積み上げて来たものがあるので、全く難しいと感じなかった。
 国語も英語も、其々の科を目指していた時期があったこともあり、
得意科目で、問題無かった。
 そして、数学。増山のアドバイス通り、数3を履修しておいて、
本当に良かったと思った。数多くの問題をこなした事もあるが、考え方が
柔軟になったと思う。捻りのある問題でもあったので、最初に論理を
組み立てる段階で、数3を勉強してなかったら大分時間を要したと思う。
理子は早くに論理を構築し、早い段階で書き始める事ができたので、
時間内に最後まで書けきれたが、時間切れで最後まで書けないで
終わった受験生が多かった。
 多分、数学で大分点を稼げた筈だから、かなり有利だと思う。
念の為、理子は翌日の土曜日に自分の解答を書いた物をファックスで
増山の許へ送ったら、“完璧だ”とのメールが来たのだった。
 そして翌日の日曜日、久しぶりに増山と二人で逢った。この日、
リフォームが済んだマンションの引き渡し日でもあり、二人で一緒に
行く事になったのだ。試験が終わったので、理子にはもうやる事はない。
平たく言えば、暇だ。
 迎えに来た増山の車に乗ると、増山は開口一番、「よく頑張ったな」
と言った。
 「はい。自分でもよく頑張れたなって思います。呑気な性格で根性
無しだから、自分でも信じられないくらいです」
 長い道のりだった。スタートする時には、本当にやり切れるか、全く
自信が無かった。とにかく、国立は受からないと、と言う気持ちから
スタートしたわけだが、増山がいなかったら、ここまで来れなかった
と思う。愛の力は大きいが、それだけでも乗り切れたかどうかは疑問だ。
 「数学の答えを見た時には、驚いた。あんなに苦手で苦労していたのに、
ああまで完璧に解答できるとはな。数学であれだけ出来ていれば、
何の問題も無いだろう。俺も合格を確信してる」
 理子は増山の言葉に嬉しくなった。これで結婚できるわけだが、それ
より何より、先生の期待に応えらた事の方が喜びが大きかった。
 「他のみんなは、どうだったのかな・・・」
 「それぞれから報告を受けてるが、殆どの者がまずまずの結果だったと
言っていた。だが何人かは、後期日程を申し込むと言っているから、
まだ大変だな」
 「そうですか。本人が大変なのは勿論ですけど、先生も大変ですね。
後期の結果がでるのは、3月も終わりの方ですものね」
 「そうなんだ。気が休まらないよ」
 増山は少し疲れているように見える。3年生の担任は、この時期は
とても大変なんだろうと、理子にも察する事ができる。その上に、
新居の準備も余念なく進めている。
 「先生・・・。ストレスが溜まってるんじゃないですか?」
 理子は、運転している増山の様子をそっと窺った。
 「そう見えるか?」
 「何となく・・・」
 「そうか。まぁ、疲れてはいるが、ストレスはそれ程でも無いよ」
 間もなく、目的地のマンションへ到着した。指定の駐車場へ車を停める。
 「ここが、私達の駐車場所になるんですか?」
 「そう。覚えておいてくれ。君も、免許を取らないとな」
 「そうですね。いつ取ったらいいんでしょう。この時期って
一番混むみたいだし・・・」
 「そうだなぁ。でも、結局のところ春休みは暇だろ?東大の入学式は
4月半ばと遅い方だし、この際だから、春休み中に教習所へ行って
おいた方が得策だな」
 「そうですか。今から申し込んで間に合うのかな」
 「大丈夫さ。学科はすぐに受けれるから問題ない。教習の方も、
定期枠を取るのは難しいかもしれないが、そうしたらキャンセル
待ちで乗ればいい。積極的にキャンセル待ちを狙うんだ。すぐに
周辺の教習所を調べて、卒業式の翌日に申し込みに行くといい」
 「先生、性急ですね。まずは両親に相談しないと。金銭的な問題が
あるわけですし」
 「そうだな。だけど、もし、金銭的理由で今は無理だと言われたら、
俺が出すから言ってくれ」
 「えっ?そこまでしてもらうのは・・・」
 理子は増山の言葉に躊躇した。
 「遠慮しなくていい。結婚するんだから。でもまだ、その事を
お母さんは知らないわけだから、お父さんに言うといい。俺が立て
替えておくから、お父さんのヘソクリかなんかで出すって事にして
下さいって」
 「わかりました。駄目だった時には、そうさせてもらいますね・・・」
 何だか、何から何まで申し訳なく思うのだった。
 増山は、理子の手を繋いだ。大きな手に包まれて、理子はドキリとした。
 「理子。気にする事はないから。俺達は結婚するんだ。君は俺の扶養
家族になる。だから、俺が君の為に必要なお金を出す事は、当たり前の
事なんだ。都心に住んでいるなら、急いで免許を取得する必要はないが、
郊外に住んでいると車が無いと不便だ。俺だって、君が運転できる方が
助かるんだから」
 その言葉に、理子は笑顔で頷いた。増山の真心には、心が打たれる
ばかりだ。
 マンションの該当棟の前で、担当者が待っていた。管理人と挨拶を
交わし、新たなパスワードを設定して、12階の部屋へと向かった。
理子は何だかドキドキした。ここへ来るのは2回目だが、ひと月先には、
ここに住むのだ。これからは、荷物を運び入れる為に、何度もここへ
足を運ぶ事になる。
 玄関を開けて中に入ると、最初に見に来た時よりも、床がピカピカで、
壁紙も新しくなっていて、全体的に明るくなっていた。まず、水回りを
チェックする。ちゃんと指定したものが入っているかを見、細かい
部分をチェックした。
 「工事中は、何度もチェックにいらっしゃったそうですね」
 と、担当者が増山に言った。その事を理子は初めて知った。
忙しかった筈なのに、抜け目が無い人だ。
 「吉住さんのご紹介ですし、一括でのお支払いと言うことで、
こちらも色々と細かい所に神経を使わせてもらいました」
 「その様ですね。随所にそれが窺えます。こちらも感謝します」
 二人の会話に、理子もあちこち注意して見てみたら、確かに細かい
所にまで、きっちりと仕事がなされているようだった。本来、こう
あって当たり前の事なのではあるが、最近は雑な施工が多いのが
現状である。客が素人だと思って、舐められるのだ。
 「どう?キッチンの方は。実際に取り付けられてみて、使い勝手に
問題は無さそうかな」
 「大丈夫です。とても使い勝手が良さそうで、嬉しいです」
 理子はあちこちと細かい所をチェックしたが、どこにも問題は無い。
 「お嬢さんも、お若いのによくツボを心得てらっしゃるようですね」
 と、担当者が感心したように言った。
 「父の影響です。こういうのを見るのが元々好きなのもありますし」
 「成る程、そうでしたか。吉住さんも良いお嬢さんをお持ちだ」
 その言葉に理子は照れる。
 「理子は、どっちの部屋を使いたい?」
 と、増山が訊ねて来た。各々の勉強部屋だ。玄関先にある2つの部屋の
どちらを選ぶか、問いかけているのだった。
 「勿論、私は狭い方で」
 「いいのかい?」
 「当然じゃないですか。世帯主さんの方が広い部屋でしょう、やっぱり」
 「それって、差別じゃないのかい?」
 「そんな事はありません。それに私、狭い方が落ち着くんです。
4畳半でも十分なくらいですよ」
 理子の言葉に、増山は目を丸くした。
 「4畳半?・・・狭過ぎる・・・」
 「先生は大きいから、そう感じるんでしょうね。私はどちらかと
言うと、かゆい所にも手が届くって感じの方が実は好きなんです。
それに、本とか、先生の方が荷物が多いでしょうし、やっぱり先生の
お部屋の方が広くないと・・・」
 「そうだな。じゃぁ、そうさせてもらうかな。だけど、君の部屋は
北西の位置だから、夏は暑いぞ」
 「その時は涼しい部屋へ移動しますから、ご心配なく」
 二人は顔を見合わせて笑った。
 全ての手続きを終え、鍵を貰った。
 「では、私はこれで。何か後々不具合等ございましたら、遠慮なく
おっしゃってきて下さい」
 そう言って、担当者は引き取って行った。
 部屋に残された二人は、抱き合った。
 「もうここは、俺達の部屋だ」
 増山が低くて甘い声で、そう言った。理子は増山の腕の中でコクリと頷く。
 「久しぶりに、する?」
 理子は増山の言葉に、胸がキュンとしたが、首を振った。
 「私、まだ卒業してないです」
 理子が呟くように言うと、増山は理子を抱く手を強めた。
 「先生・・・、苦しいです」
 「俺を拒否した罰」
 増山はそう言った。 
 理子は、増山の腕の中で体が火照ってゆくのを感じる。
もう、どれだけ交わっていないだろう。最後は確か、文化祭の前の
音楽準備室だったか・・・。
 どれだけ、そうしていただろう。増山の心臓の音を聞きながら、
増山のぬくもりを感じ、理子は幸せだった。
 「折角だから、これから家財道具を見に行かないか?」
 腕の力を緩めた増山が、そう言った。
 「えっ?でも、いいんですか?」
 幾らもうすぐ結婚するとは言っても、卒業式は明日だ。誰かに目撃
されたら、明日の卒業式に影響しないか?卒業式の後には謝恩会もある。
 「いいよ、もう。それに、これから行く場所は、多分、知ってる
人間はそう来ない所だと思うし」
 そう言って増山が理子を連れて行った店は、大きな楽器店だった。
 家財道具を見に行くと言って、一番最初がピアノとは。
 増山は迷わずに、グランドピアノのコーナーへと歩いて行った。
そして、店員と話しをしてから、理子に言った。
 「さぁ。好きなのを選んで」
 「そ、そんな、好きなのって言われても・・・」
 理子は周囲を見回す。かなりの数が並んでいた。
 「お客様のお好みは、どう言った音色でしょう?」
 困惑している理子に店員が訊ねて来たので、理子は自分の好みを
伝えながら店員と色々と相談し、ヤマハの手ごろなグレードの
グランドピアノを選んだ。音色もタッチも気に入った。だが、価格の
方は結構する。グランドピアノと言っても、矢張りピンキリである。
100万を切る物もあれば、驚くほどの値段の物もある。
 理子が選んだピアノは、目を剥くほどではないが、高い方だ。だから
理子が少し躊躇していたら、理子が気に入っているのを見てとった
増山が、「これにしょう」と決めてしまった。そして、値段交渉を始め
出した。以前、買い物をする時には必ず値切ると言ってはいたが、
こういう場所で、こういう物を買う時にも値切るとは思っていなかった。
それも、かなり大胆な価格を提示している。
 そばにいる理子は、なんだか恥ずかしくなってきた。増山はかなり
下調べを入念にしていたようで、随分と詳しいようだった。他店とも
比較検討したのが伝わって来た。色々な事を小出しにしながら、上手く
駆け引きしている。その上、相手が女性と言うこともあって、自分の
魅力も利用しているのが窺えた。普段、女性には愛想が無いのに、
やたらと愛想が良いのだ。女性店員は、うっとりと増山を見つめていた。
 元々、全品20%引きとなっているにも関わらず、結局増山は、
40%引きにまでしてしまった。その上で、椅子やメンテナンス用品、
カバー等まで付けさせた。その手並みの良さに、理子は呆気にとられた。
見た目の印象からは、全くわからない事だ。まさに意外な一面を見た
思いである。
 その後は、家具の店に連れて行かれた。実はまだベッドは買って
いないとの事だった。全ての家具を一か所で揃えて一括で買う変わりに、
思いきり値引かせるつもりでいると笑って言う。
 ベッド、ダイニングテーブルと椅子、ソファーセット、食器棚、本棚、
机と椅子等、全てを選んだ。増山は事前に下見をして目星を付けて
いたようで、理子は増山が目星を付けた幾つかの商品の中から選ばされた。
凄い量だが、実際には、それほど時間はかかっていない。机・椅子・本棚は
自分の部屋から持って行こうと思っていたのだが、増山は、それは実家へ
行った時に使えるように置いといた方が良いと言った。
 そんなわけで、一通りの家具は揃ってしまった。値段交渉に入り、
また大胆な駆け引きを展開している。店員は、大量の家具を購入して
もらった事もあり、最初からそれなりに値引いた金額を提示したのだが、
増山はそれでも気に入らず、更に値切ったのだった。店員は渋ったが、
最後は結局、増山の提示額で落ち着いた。押しの強い人だ。
 「先生もしかして、値切るのが大好きなんじゃないですか?」
 「あっ、わかる?でもこんなに値切れる事は、普段はそうないよ。
一度に全部買うって強みがあるから、ここまでできたっていうのもある。
こういう時じゃないと、できない事だ」
 この事を後日、義姉の紫に話したら、友人達の間では「値切りの増山」
で有名なのだと言われた。普段、増山は自分の買い物はあまりしない。
人だけでなく、物にも執着しないので、欲しい物はあまりない。だが
値切るのが好きな上に、上手いので、友人・知人が買い物をする時には
連れ出されて、値切りに使われるらしい。
 こうして、卒業式の前日を過ごしたのだった。家電は卒業式後、
と増山は言った。「家電が一番、楽しみだ」と、嬉々とした表情だ。
それを見て、まるで家電芸人みたい、と理子は思い、笑いが込み上げて来た。
 「何笑ってるの?」
 増山が不審そうな顔をして言った。
 「いえ、なんか、面白いと言うか、急に楽しくなってきちゃって・・・」
 「そうか。じゃぁ、君の機嫌の良い所で、ひとつ、言っておきたい
事があるんだけど・・・」
 「えっ?何ですか?」
 急に真面目になった増山のその言葉に、理子の笑いが治まった。
 「実は卒業式が終わったら、諸星先生に俺達の事を話そうと思ってるんだ」
 理子は増山の考えを詳しく聞かされて、増山の思いを知った。事を
なるべく円滑に進める為の布石の一つと言えた。難攻不落の城を落とす
には、まずは周囲から攻略し、孤立させる事だ。去年の夏に、父の了
解を得ておいて良かった。父が了解している事だから、校長も無下に
否定する事はできないだろう。その上で、学年主任の諸星も味方に
付けておけば、精神的にも楽だ。
 「学校での仕事も、精一杯やっている。感謝されてもいい程にな。
単に恋愛関係にあるわけじゃなく、結婚するんだ。双方が合意のもとで。
立場の違いはあっても、非難される筋合いはないんだ」
 理子は、増山のその言葉に、これまでの彼の苦労と苦悩を感じ取った。
未成年で学生の自分より、遥かに精神的負担が重かったのだと悟った。
 理子が東大に合格したら結婚すると言う条件も、増山にとっては、
かなり重かったに違いない。東大を受験するのは理子だ。自分自身の
努力だけで、どうにかなる問題では無い。どれほどのサポートをした
ところで、最終的には理子次第なのだ。その課題を、あえて課した。
堂々と、自分達の結婚を主張したかったからなのだろう。
 「先生、ありがとう。先生は、敢えて大変な道を選んだのね。
なのに私、先生への思いやりに欠けてた。ごめんなさい」
 増山は優しい笑みを浮かべた。
 「君は本当に聡明だな。俺の心をいつもそうやって察してくれるんだ。
何だかんだとやり合っても、結局はわかってくれる。思いやりに欠けてる
なんて、とんでもないよ。君ほど優しい人はいないと思ってる。いつだって
俺を赦してくれる。俺の全てを受けれ入れてくれる。そういう人だと、
すぐにわかった。だから、君と結婚したいと思ったんだ」
 増山の言葉が胸に深く沁みた。同じ言葉を全てお返ししたい。理子に
とっても、全てを赦し、全てを受け入れてくれる、唯一人の人だと思う。
 理子は、増山の胸に顔を埋めて、静かに涙を零すのだった。
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