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小説・クロスステッチ第1部 <完>
第16章 二度目の夏~第21章 前夜


クロスステッチ 第1部第21章 前夜 第3回

2010.05.01  *Edit 

 増山は契約成立後、まず、理子の父に報告の電話を入れた。
 「おお~、あちらさんから話しを聞いたよ。君にはしてやられた、
って感じだった。なかなか、やり手のようだね」
 「いえ。お義父さんのご紹介があったからですよ。そうでなかったら、
僕のような若造はまともに相手にされなかったでしょう」
 増山は、自分の思うように取引が進んだ事に満足していた。ゆったり
構えてはいたが、実は内心では焦っていた。もう2月に入る。
リフォームをする為の工事期間を考えると、さっさと決めておかないと
3月までに終わらない。遅くとも、合格発表の前に全てを終わらせて
おきたかった。だが、そういうこちらの思惑を相手に悟られたら、
今度はこちらが足元を見られる。少しでも有利に取引を進める為には、
演技も必要だ。
 宗次は機嫌が良さそうだ。それを感じて増山は安堵した。
 「君の経済観念を心配していたんだが、どうやら考え過ぎだった
ようだ。見直したよ」
 「ありがとうございます。お嬢さんには苦労はさせませんから、
ご安心ください」
 自信満々にそういう増山を、宗次は頼もしく思った。
 宗次への挨拶が済んだ後、今度は理子の携帯に電話をした。
 「はい・・・」
 「俺・・・。今、大丈夫かな」
 『はい』としか言わなかったので、何か都合でも悪いのかと思った。
 「大丈夫です」
 理子の明るい返事が戻って来たので安心した。
 「マンションの事なんだけど、決まったよ。来週、契約する」
 「そうですか。それは良かった。じゃぁ、あそこに住むんですね」
 「そう。俺達二人で」
 「・・・・」
 きっと理子は頬を染めているに違いない、と増山は思った。
 「それで、水回りを最新の物に替えて貰う事にしたんで、君も一緒に
選んでくれないかな。受験中で申し訳無いんだが、二人の事だし、
君と一緒に選びたいんだ。どうだろう」
 「わかりました」
 こうして二人は次の休みの日に、ショールームへと出かけた。
 「受験の合い間に、先生にお逢いできるとは思ってませんでした」
 と、理子が言った。
 「購入する時にリフォームを条件にするのは決めていたから、
俺は想定内。ただ、こうして見に行く時期に関しては、随分と
神経を使ったけどな」
 理子の受験になるべく差障りが無い時期と考えた結果だ。まずは、
センター試験が終わらない事には、どうにもならない。本当なら、
結果がわかってからにしたいところなのだが、そうすると工事が間に
合わなくなる恐れがあるので、この時期にした。
 ショールームに着くと、既に取引業者は来ていた。増山は理子を紹介した。
 「吉住さんのお嬢さんで、僕の婚約者です。二人の事なので、
今日は連れてきました」
 「おおー、これは初めまして。お父さんにはお世話になっています。
この度は、おめでとうございます」
 馬鹿丁寧に挨拶された。理子は照れていた。
  ショールームは、なかなか面白い場所だった。色々なタイプが
揃っている。それぞれに特色があって、見ていて楽しい。まるで、
大人の為の遊園地みたいだ。
 「先生、こういう場所がお好きそうですね」
 と、理子が言った。
 「わかるか?」
 「はい。だって、とっても嬉々としてらっしゃるし。でも、
気持ちわかります。私も好きだし」
 そう言って笑う理子の目も輝いていた。
 風呂選びが一番興奮した。二人で出たり入ったりしながら使い勝手を
確かめる。キッチンは、全て理子の好みの物を選ばせたが、ビルトイン
タイプの食洗機と浄水器は付けさせた。学生の理子の負担を少しでも
減らしてやりたい。
 選ぶのに思っていたよりも時間がかかったが、楽しい時間でもあった。
お互いに、すぐそこまで迫っている新生活の事しか頭になく、
受験も学校の事も、全てを忘れていた。
 「時間に余裕があったら、インテリア関係も見たいと思ってたんだが、
今日は無理みたいだな」
 「それは、どうしますか?いつ?」
 「いつ?って、呑気そうに聞こえるけど、まさか、いつでも大丈夫、
とか言うんじゃないだろうな」
 「そう言いたいところですけど、今月中は止めといた方がいいかも
しれないですね。試験が終われば、もう、いつでも大丈夫じゃないですか?
すぐ卒業式だから、そしたら私、フリーになるし」
 理子はそう言って笑った。
 「君はフリーでも、俺は平日は仕事なの」
 「そっかぁ・・・。じゃぁ、二人で見に行くのは大変ですね。
色々揃えないと、困りますよね」
 「そうなんだよ。まぁ、必要に応じて買い揃えていけばいいと思うけどな」
 「最初に必要な物って、何でしょう?」
 理子が首を傾げた。
 「うーん・・・、照明じゃないかな」
 「そうですね。電気が無いと大変ですよね」
 「他の物は、追々(おいおい)で大丈夫じゃないか?あと、そう。
寝具かな。まだ寒いから無いと凍死しかねないよ」
 「確かに。後は無くても生きていけるかな」
 「ベッドなんだけど、俺の方で勝手に選んじゃっていいかな」
 「何か、こだわりでもあるんですか?」
 「うん。体デカイから、大きいのが欲しいんだ。キングサイズの」
 「ええー?キングサイズ?」
 理子は驚いた。
 「だって、今だって一人なのにダブルで寝てるんだ。二人じゃ、
ダブルは狭いから嫌だよ」
 「最初から、二人で一緒に寝る事しか考えてないみたいですね・・・」
 理子が、恥ずかしそうに言った。
 「当たり前じゃないか。君は嫌なのかい?」
 「わかりました。先生のお好きにどうぞ」
 増山は理子の口調に少し引っかかった。
 「なんだよ。不満があるなら、今のうちに言っておいた方がいいぞ。
もしかして君は、寝る時は一人で落ち着いて寝たいタイプなのか?」
 「人と一緒に同じベッドで寝た事が無いですから、わかりません。
不満なんて、全く無いです。最初から、先生の中では選択肢が他には
無いんだな、と思って、少し驚いただけです。でも、ちゃんと私に
訊いてくれてるんですから、嬉しいですよ」
 「そうか。ならいいよ。ドラマなんかでさ。事が済んだら別々の
ベッドで寝る夫婦がよく出てくるじゃない。俺、ああいうの嫌なんだよ。
愛が感じられないよ、愛が」
 そういう増山に、理子はクスっと笑った。
 「何故笑う」
 「だって、熱弁揮(ふる)ってる姿が可愛くて・・・」
 「君に可愛いと言われると照れる。俺の方が大人なのに」
 増山は憮然とした顔でそう言った。
 「いいじゃないですか。誰だって、可愛い瞬間ってあるものじゃ
ないですか?好きな人のそういう姿を見るのって、嬉しいものですけど。
先生だって、同じでしょ?」
 そう言って微笑む理子を、増山は大人っぽくなってきたと思った。
 「そうだな。君は俺なんかより、その可愛い瞬間ってのは、たくさん
あるからな。だから俺は君といると、いつも嬉しくて仕方が無い」
 理子は頬を赤らめた。まさに、可愛い瞬間である。増山は思わず
理子の頬にキスをした。そうしたら、一層、理子の顔が赤くなった。
 理子の家の近くまで来て車を止めた時、理子が小さな包み紙を
バッグから取り出した。
 「ハッピーバースデイ!今日、先生のお誕生ですよね。
おめでとうございます」
 「えっ?覚えててくれたの?」
 増山は驚いた。と言うのも、自分は忘れていたからだ。忙しくて
それどころじゃなかった。
 「開けてみて下さい。毎度おなじみな感じで恐縮ですけど」
 そう言って、はにかんでいる理子がとても可愛い。
 増山は包みを受け取った。この感触からすると、また手作りの
編み物のようだ。胸が高鳴る。そっと包みを開けてみると、手袋が
出て来た。マフラー、帽子とお揃いである。しかも、しっかり
5本指の手袋だ。
 「これを、君が編んだの?」
 「勿論です。他にいませんよ?」
 理子の顔がちょっとむくれた。
 「ごめん・・・。手編みの手袋イコール、ミトンタイプって
先入観があったから」
 増山は手袋を手にはめてみた。ピッタリである。増山は背が高い分、
手も大きく、市販のものだと伸びるとは言え窮屈感が否めない。だが、
理子の作ってくれた手袋はピッタリとフィットして、気持ち良い。
増山は驚きと感動の目を理子に向けた。
 「どうして、こんなにピッタリなんだ?」
 理子はニンマリと笑って言った。
 「入院中、先生が眠ってる時にこっそり手を計測させてもらいました。
先生の手って大きいでしょ。普通に編んだんじゃ、多分小さくて
窮屈だろうと思って」
 その言葉を聞いて、増山は理子を抱きしめた。
 「ありがとう。凄く嬉しいよ。市販のじゃ窮屈だったんだ。指付きの
手袋なんて、編むのに手間暇かかっただろう?大変な時なのに、
本当に嬉しいよ・・・」
 「私、お金無いし、私が先生にしてあげられる事と言ったら、
これくらいしかないから・・・」
 「君の真心がこもった手作りの物を身に付けられるのが、俺は嬉しいんだ」
 増山は心から感動していた。こんな時期に、一番面倒くさい手袋を
作るとは。指を全部作るのだって面倒だろうに、マフラー、帽子と
同じ模様編みだ。理子が作ったマフラーと帽子を見て姉の紫が感心していた。
姉が言うには、とても手の込んだ模様編みらしい。
 「喜んで貰えて良かったです。私も、先生が身に付けてくれるから、
凄く嬉しいんです」
 増山は理子を抱きしめていた手を解くと、理子を見つめた。
頬がほんのりと赤い。目は潤んでいる。最初に会った時よりも、大人びて
来ている。理子が目を伏せたので、増山は理子の唇にそっと自分の唇を
寄せた。理子の唇は柔らかい。その唇に触れていると、気持ちが昂って
来る。煽情的な唇だ。だから、長いキスは避けている。そっと離して、
再び理子を見た。理子はまだ目を伏せたままだ。
 「大人っぽくなってきたな、最近・・・」
 「えっ?そうですか?」
 増山の言葉に、理子は目を開いた。
 「うん。まぁ、他の女子達も、俺が赴任してきた頃より、大人に
なってきたなぁって感じるけどね」
 「あっ、先生、いやらしい。男の目で女生徒を見てる」
 「馬鹿、何言ってるんだよ。教師だって男だって諸星先生も
言ってただろうが」
 「何かと言うと、諸星先生のセリフを引き合いに出しますね」
 「あの先生は真実を突いてるからさ」
 「ふぅ~ん。じゃぁ、先生も同じ男だったってわけですね」
 「もういいよ。君の茶化しには慣れてる。要するに君は、俺の
言葉に恥ずかしくなったから、そんな事を言うんだろう?」
 「・・・・」
 理子は赤くなって俯いた。どうやら図星のようだ。
 「君は結局のところ、正直者だ」
 増山はそう言って、理子のおでこにキスをした。

 2月10日、理子は無事、センター試験を突破した。
 センター試験の二日目が終わった時、増山は理子から「自信はある」
と言われた。あの苦手な理数で「自信はある」との言葉が返って
来た事に感心した。その後、答え合わせをしてみると、かなりの高得点で、
合格ラインを遥かに超えている事がわかった。だから、発表を待たなくても
合格するとわかっていた。わかってはいたが、はっきり合格と出て、
矢張りホッとする。
 増山が担当した補習クラスの国立組は全員がセンター試験を突破して
いたので、増山の喜びはひとしおだった。頑張って指導した甲斐が有った。
生徒達も、よく頑張ってくれたと思う。理子は東大の前期日程しか
志望してないが、他の者達は後期も併願している者が多い。この分なら、
みんな国立へ合格できそうだと、手応えを感じるのだった。
 その増山の報告に、校長もかなり気を良くしていた。朝霧創立以来、
こんなに国立大学に合格者が出るのは初めてのことである。しかも上位
ランクだ。元々は、理子のサポートのつもりで作った補習クラスだったが、
増山と生徒達の頑張りには目を見張るものがある、と校長は思った。
そして、その肝心な理子も、センター試験はかなりの好成績だった
ようなので、これはやれそうだと校長は期待した。
 「引き続き、よろしくお願いします」
 と、校長に頭を下げられて、増山は恐縮した。そして思う。
理子との結婚の話しをいつしようかと。増山の感覚からすると、
理子の東大合格は確実と思われた。勿論、受験は水ものでもあるから、
最後までわからない部分はある。だが、まず大丈夫だろう。
 3月10日の合格発表の日に、理子の母に報告する事になっている。
校長へは、その前に言っておいた方が良いだろうか。あのお母さんの事だ。
二人の話しを聞いて、学校へ訴える事も考えられる。その時になって
事の次第を聞かされても、校長は対応に困るだろうし、自分にとっても
不利な状況になる可能性の方が高いのではないか。事前に、少しでも
周囲の理解を得ておいた方が良いのではないかと思うのだった。
 もし話すとしたら、卒業式の後だろう。東大の受験日自体、卒業式の
直前だから、卒業式より前に話す事は無理だ。本当なら、親御さんの
了承を得てから、二人で揃って学校へ報告したいのだが、現状を
考えると厳しいように思える。
 毎日がとにかく忙しい。県立高校の受験日も迫っている。卒業式の
準備も有る。そんな中で、増山は不安の残る生徒を呼んでは、個人的に
指導した。自分がこの高校へ来たのは、一人でも多くの生徒を志望校へ
進学させてやる事だ。
 増山は学生時代に家庭教師のアルバイトを数多くしていたが、
志望校合格率100%の実績者である。勉強のコツを教えるのが上手い。
みんな、偏差値上位の大学だったが、生徒は優秀な者だけではない。
学校の成績が悪くて進学自体を危ぶまれる者もいた。そういう者にも
力を付けさせ、合格へと導いた。だから、多くの進学塾から随分と
声が掛ったものだった。
 増山が朝霧に赴任したのも、校長が増山を買ったからであり、新任早々
担任にしたのも、その期待があったからだ。だから増山はその期待に
応えねばならない。校長は人格者だ。だから、期待に応える仕事を
やり遂げれば、必ず自分の味方になってくれる筈だと、増山は信じる事にした。
 だがその前に、一人くらいは味方を作っておきたいと増山は考えた。
考えた末、諸星先生に相談してみようと思った。あの先生も、教え子
と恋愛の末に結婚した人だ。本当かどうかはわからないが、在学中
から恋愛関係にあったと言う。懐の深い、よく練れた人物だ。
 学年主任でもある。生徒達から人気があり、指導力もあるのに、
出世欲は無いようで、校長試験を勧められても断り続けてきた人だ。
現場で直接生徒達と関わっていたいと本人は言っている。
 卒業式が終わったら、まずは諸星先生に話そうと決め、それ以降の
事はその時に考えようと思った。やらなければならない事が沢山ある。
優先順位を決めて、全てに全力投球する増山だった。
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