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小説・クロスステッチ第1部 <完>
第16章 二度目の夏~第21章 前夜


クロスステッチ 第1部第20章 もうすぐ 第2回

2010.04.26  *Edit 

 秋も深まり、やがて12月に入り、期末テストが始まった。
 増山は11月の半ばから学校へ来るようになり、当初は松葉杖だった
通勤も、今ではすっかり元通りになっていた。体型も、元に戻っていた。
 理子は、あれからずっと、毎週土曜日に増山の家へ通っているが、
期末の前の週は避けた。増山は約束通り、理子の勉強を見るだけだった。
キスすらしない。まるでただの家庭教師みたいだ。だが、理子が持参
したおやつを食べる時は、病院にいた時のように子供のような
可愛い顔をした。
 理子は、増山の家族の分まで持参し、下のキッチンでみんなで食べた。
両親も義姉も喜んでくれた。義姉も義母も、料理は得意だがお菓子は
あまり作らないと言う。その点では理子と同じだが、矢張り恋人ができると、
作ってあげたい気持ちが高まる。
 本当に、いつ来ても暖かい家庭だ。
 「理子ちゃん、どう?勉強の方は?」
 義母に訊かれた。
 「そうですねぇ。どうなんでしょう。自分ではよくわからないん
ですけど。先生、どうですか?」
 「俺に振るのか。しょうがないなぁ、自分の事なのに。まぁ、
ボチボチなんじゃないの」
 「との事です」
 そう言って笑顔になる。
 「マーがボチボチって言うなら、大丈夫ね。ところで、悪いこと、
されて無い?そっちの方が心配だわ」
 紫がからかうような目つきで弟を見た。
 「姉さん、止めてくれよ、そういう事を言うのは。なぁ、理子」
 「そうですね。珍しく、とっても真面目ですよ」
 「おい。珍しく、ってのは何だよ。誤解を受けるような事は
言わないでくれるかな」
 「雅春、女3人相手じゃ、かなわないぞ。諦めろ」
 と、父が言う。
 「ちぇっ。理子、あんまり調子に乗ると、後が怖いからな。覚えとけよ」
 と、増山が理子を睨んだ。
 「あら、何言ってるの。駄目でしょう、そんな風に脅したりしちゃぁ。
お母さんは、あなたをそんな風に育てた覚えはないわよ」
 博子が息子を叱りつけた。増山は目を丸くして驚いた後、諦めた表情になった。
 その様が可愛くて、理子はクスリと笑った。
 なんだか、増山の妹になったような気がする。家族の一員として
受け入れてくれていると感じて、理子はとても嬉しかった。
 期末が終わり、東大模試も終わった。模試の結果はA判定だったので、
理子は喜びよりも驚きの方が大きかった。やっと、ここまで来れた
わけだが、自分の事ながら信じられない思いだ。
 センター試験まで約2カ月。油断は禁物だ。これからは体調管理も
万全にしないとならないだろう。日に日に冷え込んできている。
風邪をひかないようにしなければ。
 増山の方は、期末終了後、精力的に不動産物件を見て回っていた。
なかなか良い物件が見つからない。一長一短な感じである。そんな中、
一件、動向を注目している物件がある。新古マンションだ。築5年で、
12階建の最上階、東南の角で延床面積も広い。その為、価格が高く、
売れ残っていた物件だ。この5年で価格が大分落ちた。それに目を
付けた人間が、今予約中なのだが、不動産業者によると、この不況で
経済状況が思わしくなく、ローンを組めそうにない可能性があり、
取り消しになる確率が高そうだと言うのである。
 増山としては、できれば2月中に売買契約を終了させて、3月から
所有したい。そうすれば、少しずつ荷物も移せるし、家財道具も
揃えられる。業者が言うには、結果が出るのは年明け早々だろう
との話しだ。銀行の審査待ちなのである。
 業者の方も、ローン審査に時間のかかる相手より、キャッシュで
一括払いの増山の方が有難い。このご時世だ。何より現金の方が
確実に回収できる。高額だけに尚更有難い。
 増山は、取りあえず、今予約中の人間の後に予約を入れた。
増山の感覚からすると、多分、自分の方へ転がるだろうと思われる。
だが、そうなっても、買い叩くつもりだ。こういう時、現金払いは強い。
何と言っても、高額過ぎて売れ残った物件だ。不景気だけに、
これだけの物件は今売らなかったら、更に条件が悪化して、
損するだけだろう。
 そのまま売れずに残る可能性も高い。増山はそういう相手の
足もとを見ていた。
 育ちの良い、世間知らずのボンボンと思われて、舐められる事が
多いが、増山は見かけとは裏腹に、とてもしたたかである。株取り
引きに長けているだけの事はある。常に経済の動向をチェックして
いるし、頭の回転も速く、洞察力もある。駆け引きも上手い。
父親が「勿体ない」と評すだけはある。マネーゲームで巨額の富を
得られるだけの才能がある。だが増山は自分を弁えていた。
だから決して深入りはしない。
 理子は期末終了後に復活した増山家での勉強の時に、増山から
目ぼしい物件が1つある事を聞いたのだった。3月から所有して、
荷物を少しずつ移したいと聞いて、驚いた。確かに、夏にその話しは
聞いたが、実際にこうして話しが進んでくると、怖気づくのだった。
 増山に任せておけば、まず安心だろう。だが、理子がもし落ちたら、
増山はそこで一人で暮らすのである。何だか申し訳ない。
 「そう思うなら、合格してくれ。って言ったら、一層プレッシャーを
かける事になるか・・・」
 増山はそう言って笑った。
 多分、買う事になるだろうから、決まる前に理子も一度一緒に
見て欲しいと言われ、土曜日に一緒に物件を見に行った。
 その物件は、田園都市線の青葉台駅から徒歩約5分の高台に有った。
5棟のマンションが連立していて、広場や公園もあり、環境が整っていた。
セキュリティも万全で、昼間は管理人常駐で、夜は管理人の変わりに
警備員が詰めている。なんだかリッチな雰囲気だと理子は思った。
どう見ても高そうだ。駅から近くて地の利は良い。だから尚更、
高いだろうと思うのだった。
 該当の部屋は東南の角の最上階で、ドアを開けて中へ入って驚いた。
マンション特有で玄関こそ狭いものの、目の前の廊下が結構長い。
廊下の両側にドアが幾つもある。左側は1つだが、右側には3つ
あった。左側のドアの先は11畳の洋室で、右側の手前のドアの方
は6畳の部屋だった。そして、その6畳の部屋の先のドアは手前が
トイレで奥が洗面所とバスルーム。洗面所とバスルームはマンションに
しては広めだった。
 そして、廊下の先にあるドアを開けて、更に驚く。左側半分が
リビングで、物凄く広かった。増山に訊いたら、28.5畳あると言う。
廊下から入ってきて、右側にキッチンがあり、横長のシステムキッチン
だが、冷蔵庫や食器棚を置いてもスペースに余裕がある感じだ。最近の
台所は細長くて狭っ苦しいが、それが無い。そのキッチンはオープン
カウンターでは無く、シンクの前は壁だった。
 その、壁の向こうが主寝室だった。廊下のドアを開けると、その
入口は真正面にある。ドアを開けると、11畳あった。明るくて
解放感がある。この部屋の特色は、東と南の全面にバルコニーが
付いている事だ。特に、リビングと寝室の前の南側のバルコニーは広い。
 延床面積を訊いたら、部屋は127.5平方メートル、バルコニーは
34.89平方メートルだと言う。坪数で換算すると、約39坪と10坪
である。ちょっとした一戸建てより広い。
 「こんな広い所に、二人で住むんですか?」
 理子が今住んでいる家と、坪数的にはあまり変わらない。
 「まぁ、もう少し狭くてもいいんだけど。なかなか思うような物件が
無くてさ。ここなら、駅から近いし広くていい。グランドピアノを置くのに
困らないし、君と俺の勉強部屋もある」
 どうやら増山は気に入っているようだ。
 理子は部屋やバルコニーのあちこちを念入りに見て回った。父の仕事の
影響か、理子は昔から家が好きで、色々な物件を見ているので、結構、
目利きである。
 バルコニーは本当に広い。東側なんて、全壁面なのでかなりの長さだ。
南側は風通しが良くて、洗濯物も沢山干せて乾きも良さそうだ。眺望も
とても良い。12階とは言え、高台に建っているので、かなり遠くまで
見渡せる。ランドマークタワーも霞んで見えた。
 リビングの広さにも圧倒される。今は何も無いから尚更だ。おまけに、
隣の部屋と繋がっているのはエレベーターとエントランスと通路部分だけで、
部屋そのものは互いに独立していた。だから、西側の部屋や浴室、
キッチンにも、小窓が付いていて明るいし、互いに生活音などの騒音で
悩む必要も無さそうだ。
 この物件は、どう考えても高そうだ。父が言うように、分不相応
なのではないだろうか。
 「どうしたの?」
 理子の厳しい顔を見て、増山が訊ねた。
 「凄く広いんで、お掃除が大変そうだなって思って・・・」
 理子は別の事を言った。
 「確かにな。君も学校生活で時間が無いから、お掃除ロボットを買うよ。
そうしたら、家具の掃除だけで済むから、楽だと思うよ」
 呑気そうに増山が言った。
 「あの、先生?」
 「なんだい?」
 「あの、広い所に住めるのは嬉しいんですけど、ここは幾らなんでも
お高いんじゃありませんか?幾ら先生がお金持ちでも、ちょっと・・・」
 理子の言葉に、増山はフッと笑った。
 「お金の事は心配しなくて大丈夫だって言ったろ?確かにここは、
最初の売値は馬鹿高い。だが、高過ぎて売れ残って、値段はどんどん
下落している。それでも、不況だから買い手がつかないんだ。このまま
放っておいたら、原価割れだろう。だから俺は、相手の言い値では買わないよ。
とことん買い叩く。こっちは現金一括だからな。強いんだ。だから、
理子が思う程、高い金額ではないから、心配しなくていい。こんなチ
ャンスはそうそう無いしな」
 「値切るって事ですか?」
 「そう言う事。しかも、半端じゃないぞ」
 そう言って笑う笑顔は、小悪魔のようだ。
 「こう見えて俺って、買い物する時は、ことごとく値切るんだ」
 そうなのか。それは意外だった。まるで大阪の人間みたいじゃないか。
 「意外そうな顔をしているな」
 にんまりとしている。
 「はい。とても、そんな風には見えないので。でも、先生の新たな
一面を見れて、嬉しいです」
 理子がそう言うと、増山は理子を引き寄せて抱きしめた。
 「ここで、してく?」
 低くて甘い声で囁いてきた。
 理子は首を振った。
 増山は、理子を抱きしめていた腕を解いた。
 「そうだよな。何もしないって約束したしな」
 そう言う増山の胸に、理子は自分から頭を持たせかけた。
 「どうしたの?」
 増山は戸惑いながら訊いた。
 「退院してから、全然、触れてくれないから、寂しいです。
ちょっとは、先生のぬくもりを感じたい」
 理子にそう言われて、増山は理子をそっと抱きしめた。心は
複雑だった。本当は思いきり抱きしめたい。だが、抱きしめたら
キスをしたくなる。キスをしたら、止められなくなって、終いには
欲しくなってしまう。最初は少しだけのつもりでも、どんどん気持ちが
高まって、結局最後までいってしまいかねない。だから増山は、
あえて理子に触れないできたのだった。
 こうして、そっと抱いているだけでも、心も体も猛ってくる。
衝動が突きあげて来る。それを必死で堪えている事を、理子は知らない。
 増山はそっと理子を離すと、その唇に優しく口づけをした。そして、
 「さぁ、行こうか」
 と言って、理子の手を繋いだ。理子は黙って増山に手を引かれたまま、
俯いていた。部屋を出て鍵を閉めると、エレベーターに乗った。
エレベーターの中でも手を繋いだままだったが、二人とも無言だった。
 「理子、今年もクリスマスはうちに来てくれるよな?」
 車に乗って走り出して間もなく、増山がやっと言葉を発した。
 「行っても、いいんですか?」
 「勿論だ。今年は家族も一緒だが、いいだろう?」
 「はい。嬉しいです」
 理子はほんのりと頬を染めた。
 今年のクリスマスはどうするのだろう?と、ずっと思っていたのだ。
受験も押し迫ってきているし。
 「理子。この間の東大模試の結果、良かったな。俺も少しホッとした」
 増山の顔は明るかった。
 「私は驚きました。勿論、答案はしっかり書けましたけど、普通の
テストと違って論文形式だけに、どう評価されるのかは自分ではわからないし」
 「俺が見て来たところでは、かなりいい線いってると思う。基礎を
しっかり身に付けたのもあるせいか、君は勘がいい。俺が言った事を
すぐに吸収してる。教え甲斐のある生徒だな。文系はもう、全く
心配いらないと思う。あとは数学だな。数学はとにかく、数をこなす
しかない。色んな問題に対応できるようにしておくのがベストだ」
 「ここまで来れたのも、先生のお陰です。先生に見て貰ってから、
なんだか頭が妙にすっきりした感じと言うか、滞っていた血流が
スムーズになったと言うか、そんな感じがするんです」
 「血栓でも、できてたか?」
 そう言って増山は笑った。
 「そうかも知れないです。自覚症状無しで。スムーズになって
初めて気付いたと言うか」
 「そうか。なら、良かった。最初の方で俺は君の足を引っ張って
ばかりいたからな。最後に挽回だな」
 「ところで先生・・・」
 「どうした?」
 「退院してから、どうして触れてくれなくなったの?さっきは、
抱きしめてキスしてくれたけど、ずっと、手すら触れなかったでしょ?
我慢しているのはわかりますけど、極端過ぎませんか?」
 増山は、理子の言葉に、すぐには返事をしなかった。暫く沈黙が流れた。
 「君はさっき、ちょっとはぬくもりを感じたいって言ったな。
こういう時、男と女の違いを痛切に感じるよ。女はただ寄り添ってる
だけでも十分なんだろうけど、男はな。触れあったら、どうしても
欲しくなってしまうんだ。俺は特に極端なのかもしれないが、こういう
抑制された状況だけに尚更強く求めてしまう」
 「ごめんなさい。私の我儘でしたね。先生は卒業するまで我慢するって
おっしゃってたのに」
 理子は反省した。これまでは、鬱陶しいと思うくらいに求められて
きていたから、手すら触れない増山を、本当に極端だと思った。だが、
毎週、増山の家へ通っていて、互いの息遣いを感じる程に近い距離で
勉強を見て貰っているような状況で、どれだけ増山が我慢していたのか。
ちょっと考えればわかる事だった。
 「先生、やっぱり私、先生のお宅へ伺わない方が良いのでは?
先生だって、我慢するの大変でしょう?」
 増山は左手を伸ばしてきて、膝の上にある理子の手を握った。
理子はドキリとした。
 「そんな事を言わないでくれ。学校で他人のような顔をして
過ごしてるだけでは辛すぎる。触れなくても、君が俺のすぐそばに
居てくれるだけでも幸せなんだ。君と直接言葉を交わせるのは、
うちしか無いじゃないか。それとも君は、もう来るのが嫌になったのか?」
 「嫌なわけ、無いじゃないですか。先生がそれで良いのなら、
私は構いません」
 理子は切ない気持になった。受験なんて、早く終わって欲しい。
国立は、どうして受験日が遅いのだろう。合格発表は卒業式の後だ。
晴れ晴れとした気持ちで卒業させて欲しいのに、と思うばかりだった。
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