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小説・目覚めのセレナーデ
第四章・春は燦めき(最終章)


目覚めのセレナーデ 4-13

2015.11.27  *Edit 


 沈丁花の甘酸っぱい香りが鼻についた。もう春がそこまで来ていると感じさせる。
大学の校内を歩きながら真田の頭の中はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番で
一杯だった。渡良瀬が学内のオーケストラと掛けあって、芹歌の練習の協力を
取り付けてある。だが、実際に本番で一緒にやるのは国内有数のオーケストラだ。
 本選は2日に渡って開催される。初日が下位4名、二日目が上位4名だ。
一人の持ち時間は1時間。その中でソロと協奏曲の両方を演奏する。16時に終了予定、
18時には結果が発表される事になっている。
 オーケストラとのリハーサルは本選の2日前だ。オーケストラも、1日4人と
違う曲で二日に渡って演奏しなければならないので大変な仕事だ。指揮者も
同じである。今回の指揮者は国際的にも有名な原道隆だった。真田はバイオリン
コンチェルトで彼とは何度も組んだ事がある。非常に懐の深い人物なので、
コンクールの指揮者には向いていると思う。
 本選のオーケストラについても、真田は過去に一緒にやった事がある為、
それなりにわかっているつもりだ。だからその分、芹歌へのアドバイスもしやすい。
学内オケには、どうやってもらったらいいか、あれこれと考えていたら、
「真田さん」と声を掛けられた。
 立ち止まって周囲を見回すと、沈丁花が何本も植わっている植え込みの方に
神永悠一郎が立っていた。
「君は……」
 驚いて立ち竦んでいる真田の方へ、神永は歩いてきた。
「君、どうしてここに?」
 彼は確か、警察がその行方を探していた筈だ。芹歌の所にも連絡がないと聞いている。
「すみません。お忙しいところを。ちょっと話しがあって」
「話し?それより君、警察が探してるぞ」
 怒ったような真田の口ぶりに神永は軽く笑った。
「それなら大丈夫です。なんかご迷惑をおかけしてしまったようで、すみませんでした。
芹歌さんからメールを貰った後、すぐに警察に出頭しました。そこで事情聴取を
受けて、僕が話せる事は全て話しました。まだ、重要参考人のままですが、
取り敢えず、今は自由の身です。所在を明らかにしていれば大丈夫って事で」
 真田は神永を観察した。特に悪びれた様子も無い。うしろ暗そうでもない。
ごくごく普通に見えた。だが、注意して見ると若干だが思い詰めた感じがしないでもない。
「ひとつ訊きたいんだが……。君はお兄さんの殺人事件に関与してるのか?例えば、
殺人ではなくて傷害致死とか事故とか、もしくはその場にいたとか目撃したとか……」
 神永がプッと吹きだした。
「嫌だな、真田さん。まぁ、あの兄に会ったそうだから、そう思うのも仕方ないのかも
しれませんけどね。誓って言いますが、僕は兄の死に関与してません。僕の方で
あの兄から逃げ回ってたんですから。僕が姿を隠している間に、兄は誰かに
殺されたんです。でも、こう言ってはなんですが、殺されて当然ですよ。
恨みに思ってる人間は少なくない筈ですからね」
 まるで他人のような口ぶりだ。兄弟としての情は全く感じられない。それは、
それだけの目に遭わされてきたことを示しているのかもしれない。
「そうか。わかった。それで話しと言うのは?」
「芹歌さんの事です」
 神永は真剣な顔つきになった。
「僕はあの人が好きです。愛してる。あなたよりも」
 挑むように真田を見た。
「俺よりも?そんな事、どうしてわかるんだ」
「僕は、自分の全てを彼女に捧げられる。彼女の為に、彼女のお母さんの為に。
ずっとあの二人を支えていける自信があります。芹歌さんのピアノは素晴らしいです。
でも、ヨーロッパへ行く必然性が見当たらない。お母さんがいるのに、どうして
彼女をヨーロッパに連れて行くんです?大事な教室も閉鎖して。とても
心苦しそうでしたよ。あなたは世界的なバイオリニストだから海外なんて
当たり前なんでしょうけど、それに彼女を巻き込むなんて……。結婚したい程
愛してるなら、国内を拠点に置いて活動する事だって無理な話しじゃないでしょう?
それなのに、芹歌さんにばかり犠牲を強いるなんて……」
 真田は小さく溜息をついた。
「そんな事を言いたくて来たのか?」
「いけませんか?僕がどれだけ彼女を愛してるのか、必要としているのか、
あなたには解らないでしょう。僕の人生の全てだと言ってもいいんだ。
あなたには音楽がある。でも、僕には彼女しかいないんです。そして、お母さんも……。
お二人と別れ無きゃならないなんてとてもじゃないが受け入れられない。
大体、僕の方が先に彼女を手に入れたんだ。それを、ずっとほったらかしにしておいて
今更虫が良すぎる」
 悔しそうに顔を歪めている。確かに、自分が帰って来なければ、芹歌はこの男と
一緒になっていたかもしれない。そう思うと、余計に帰国して良かったと思う。
もっと早くに帰っていればとの思いも強くなるが、とにもかくにも間に合ったとの
思いが強くなった。
「君が天涯孤独の身の上だと言う事は聞いている。だから、余計に二人を
求める気持ちが強いんだ。君の存在によって二人が癒された事は確かだ。
その点では君に感謝してるよ。だけど、芹歌がヨーロッパへ行く意味が
分からないって言うのは、君の世界がそれだけ狭いからだ。クラシックの
本場を知らなくて、クラシックの音楽家とは言えない。彼女がもっと飛躍する為にも、
本場の音楽を肌身で感じる必要がある。国内で、ビアノ教師とただの伴奏者として
狭い世界で生きて行くのと、もっと広い世界で音楽を深めていけるのと、
どっちが彼女にとって幸せなのか……。君は彼女が相当の音楽馬鹿だって事が
わかってない。あいつには、音楽しかないんだよ。だから、君とお母さんと
3人の平穏な生活の中で満足できるのは最初のうちだけだ」
「そんなの、嘘だ、詭弁だっ」
 身を震わすように叫ぶ神永が、少し哀れに思えた。芹歌が彼の傍にいて
やりたいと思ったのもわかる気がした。
「芹歌さんは、とっても純粋だ。男と付き合ったことがこれまで一度も無いんだ。
だから、恋愛の駆け引きなんて全くできないし、まるで小さな少女のような
人なんだよ。だから僕は大事にしてたのに。あんたみたいな、たくさんの女と
遊んできた男にはふさわしくないんだよ。あんたといたら、芹歌さんは絶対に
泣く事になるんだ。確かに音楽では最高のパートナーなんだろうけど、
女としての幸せは、あんたじゃ駄目だ」
「悪いが、彼女の事は君よりもよく知っている。彼女が純粋だから大事にしてたって
言うのは、俺だって同じなんだよ。だからずっと手を出せずにいたんだ。
でももう、それも終わりだ。俺は彼女を諦めるつもりはない。絶対にな。
そしてそれは、彼女も同じだ。俺は彼女を世界の舞台に引き上げる。俺と共に
世界を楽しむんだ。それが、俺の愛だ」
 真田はそう言うと、神永をそこに残して目的の場所へ歩き出した。
 立場が変われば見方も変わる。見える世界が違うからだ。神永には神永の
世界があり、その中で生きる為に芹歌の存在が必要なのだとしても、それは
真田だって同じなのだ。そして芹歌自身は真田と生きる道を選んだ。その事を
わかって欲しいと思う。
(俺は絶対に彼女を世界に引き上げる)
 神永に断言した通り、実現させなければ。その為にもコンクールの優勝は必須だ。
 オケの練習室に到着すると、既に渡良瀬が来ていた。オケのメンバーは
それぞれに楽譜を見ながらパート練習をしていた。
「すみません。遅れてしまって……」
「珍しいわね。時間に几帳面な真田君が」
 いつも予定時間よりも早く来る真田である。それだけに遅れると言う事は
滅多に無い事だった。
「途中で神永君に捕まったんです。それで……」
「まぁ。どうしたの?彼、追われてるんじゃなかった?」
 真田はかいつまんで彼との会話の内容を話した。渡良瀬は眉を寄せて聞いていたが、
最後には小さく溜息をついた。
「そう。まぁ、しょうがないわね。彼には少し同情するけれど、最初から世界が
違ったんだと思うわ。いい子だけに、残念には思うけど」
「ええ。それより、打ち合わせに入りましょう」
 真田は個人練習をしているオケをまとめて練習に入った。自身は第1バイオリンを
担当しながら全体の指揮をとる。芹歌がより練習しやすいように、細かい
指示をしながら、ふとラインズのピアノが浮かんだ。
 大きな手に長い指。厚い掌に長い腕。勿論、そう言った肉体的要素だけでは
ないのだが、こういう有力な男性候補者がいるコンクールで、女性が優勝する
ケースの方が少ないのが現実だ。
 幸い、芹歌は良い手をしている。中背だが手は標準より大きい方だろう。
掌も肉厚な方だ。それに関節が柔らかい。だからよく伸びる。その為、
超絶技巧の曲も弾きこなす。
 どちらも甲乙つけがたいとしたら、男性の方がスケール感があるし、迫力がある。
それと、ラインズの方が若いと言うのも有利な気がした。伸び盛りな面で
将来性を期待して優勝にする可能性もあった。それを押さえて優勝するには、
矢張り圧倒的な演奏をしなければならないだろう。
 芹歌にできるだろうか?
 オーケストラの一員となって、舞台上でサポートしたいが無理な話だ。
自分は練習でしか協力できない。だからこそ、この段階で十分彼女が力を
発揮できるようにしてやらないとならないと強く思うのだった。



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