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小説・目覚めのセレナーデ
第四章・春は燦めき(最終章)


目覚めのセレナーデ 4-10

2015.11.22  *Edit 


 実花はその後、何事も無かったような顔でいたが、その母がある朝慌てた様子で、
起きて来た芹歌に声を掛けた。
「ちょっとちょっと、芹歌」
「どうしたの?」
 テーブルの上に新聞が広がっている。どうやら朝刊を読んでいたようだ。
「ちょっと、この記事を見てちょうだい。これって、ゆう君のお兄さんのことじゃないの?」
 言われて急いで駆け寄って、新聞を覗きこんだ。
 記事によると、先週、荒川土手で発見された遺体の身元がわかったとの事で、
写真と名前が載っている。神永健、28歳、無職とあり、掲載されている写真はまさに
そうだった。発見当時、首にヒモか何かで絞められた跡があった事から殺人事件として
捜査中だと書いてある。死亡推定日時は先月の中ごろらしい。先月の中ごろと言ったら、
大学のレッスン室へ来た頃だ。それでは、あれから間もなく殺されたと言う事なのか。
 芹歌は急に背筋が凍るような恐怖を感じた。
「ねぇ、そうよね?」
 脇から母に訊かれて、芹歌は頷いた。自分の身近でこんな事件が起こるとは思っても
みなかった。毎日のようにメディアを騒がせているが、大抵の人間は遠い世界の
出来ごとのように感じている。
 二人は顔を見合わせた。
「ねぇ、芹歌。ゆう君からお兄さんの事、何か聞いてる?」
「お父さんが亡くなった時には、既に家を出てたって。それ以来の付き合いはないのに、
最近になって急にやってきたとは言ってたけど……」
 それ以上の詳しい話を実花にする必要は無いと思った。話しが込み入ってるし、
芹歌自身正しく伝えられるかどうかも自信がない。
「この、死亡推定日時とかって、ゆう君からずっと連絡が無かった時期よね。この後も
暫く音信不通だったし。まさか、ゆう君、事件と何か関係してるんじゃ……?」
 実花の顔におびえが生じている。
 この間の話しだと、兄が行方不明になっているような事だった。付きまとわれて
いたから、却って清々するような口ぶりだったが、事件に関与しているような
雰囲気ではなかったと思う。
「お母さん、それは何とも言えない。この間の神永君の様子を見る限り、関係してる
ようには見えなかったけれど、でもデリケートな問題だから神永君に逢っても、
あまり詮索しない方がいいんじゃないかな」
「それはそうかもしれないけど、でも気になるわ~」
 母の言う通りだ。そうは思っても気になる。神永自身から、何か言って来て
くれれば良いのだが。
 須美子がやってきたので、後は任せて大学へ行った。気持ちを切り替える。
もう2次予選も直前である。最後の仕上げだ。ドビュッシーは良い感じなので、
あとは本番でどれだけ気持ちが乗れるかだ。そしてリストはリズムを乱さないこと。
メフィスト・ワルツは、ワルツとは名ばかりの激しい曲だ。踊り狂うのに近いものがある。
その為、技巧に走りやすい。技巧は出来て当たり前。その上で、音楽的にどう表現できるか。
 渡良瀬のレッスン室に到着した。
「芹歌ちゃん、いよいよね」
 渡良瀬の言葉に少し緊張する。自分で選んだとは言え、メフィスト・ワルツがネックだ。
「今日は、真田君が軽くバイオリンを当てるって言ってたわ。もうすぐ来る筈よ」
「え?バイオリンを?」
 ちょっと意外に思った。ここに来てバイオリンと弾くのか。
「おはようございます」と、真田が入って来た。
「すみません、お待たせして。芹歌、おはよう」
 朝に相応しい爽やかな笑みに、自分の頬が微かに染まるのを感じた。
「おはようございます。幸也さん……」
 先生の前で恥ずかしい。真田は満足げに頷いた。
「もう、ウォーミングアップは済んだ?今日は俺がバイオリンを当ててみる。お前の
表現の助けになればと思ってね。とにかく、やってみよう」
 真田はケースからバイオリンを出すと、ワックスを当てて調律を始めた。その音が
レッスン室の中に響き、心を掻き立てる。
(やっぱりバイオリン、好き)
 その音を聞いているだけで、胸が騒ぐ。
 それにしても、メフィスト・ワルツはテンポが早いし、変化に富んだ曲だ。
管弦楽曲としても演奏される曲だから、バイオリンを当てるのは難しい事では無いだろう。
しかも真田なら朝飯前に違いない。だがピアノに合わすとなると、どう弾くのだろうと思う。
 なんにしても、真田のやる事なんだから不安を覚える必要はない筈だ。
 真田が準備完了の合図を送ってきたので、芹歌は頷いて弾き始めた。出だしは激しい。
バイオリンを奪われたメフィストが村の酒場で憑かれたようにピアノを弾き始める。
その激しさを牽制するように、バイオリンが低めな音で静かに入って来た。連打する
ピアノとは対照的に長く弓を引いている。そのバイオリンに芹歌は影響された。
タッチが自然と変わったのがわかった。それと同時に、真田がいつもの『いいぞ』と
言うような視線を送って来た。そのまま真田にリードされるように曲は進み、森の中の
情景を連想させる曲想に変わる。そこでも真田のバイオリンが芹歌の心をより
作品世界へと追いやった。そうして、最後に再び激しい旋律が戻って来て、夢から
覚めるように終焉を迎えた。
 10分程度の曲だが、以前よりもドラマティックに演奏できた。自分の中の感情の
起伏の振り幅が大きくなったと感じる。
「素晴らしかったわっ」
 渡良瀬が手を叩きながら、座っている芹歌を上から抱きしめて来た。
 芹歌は渡良瀬の腕の中で、真田を見る。真田は頬を紅潮させて、嬉しそうに芹歌を見ていた。そして視線が合った時、大きく頷いた。
「芹歌ちゃん。今の感じよ。今の感じを忘れないようにして、本番でもそれを再現するの」
 芹歌は頷きながらも、果たして本番でそれを出来るのか、一抹の不安を抱いた。
「それにしても、真田君、さすがだわ。あなたには本当に感服する。これなら、
チャイコも心配ないわね」
 全くそう思う。そしてふと別の事を思った。
(この人、きっと指揮者として通用する)
 そう思ったら、体が震えた。
 その時、レッスン室のブザーが鳴った。三人の視線が一斉にドアの方に向けられる。
ドアについている窓ガラスの向こうに、事務の須山美里が立っているのが見えた。
その横に中年と思われる男が二人いた。
 渡良瀬が対応に立った。
「どうしたの?」
「それがその、警察の方が浅葱さんに用があるって……」
 ドアでのやり取りが聞えて来て、芹歌はびっくりした。だが、もしかしたら、
神永の事かと思った。
「すみません、警視庁の者ですが、浅葱さんにちょっとお伺いしたい事がありまして」
 そう言いながら、鋭い視線を芹歌の方に向けて来た。その視線を浴びて、ビクリとする。
「わかりました。ではどうぞ」
 渡良瀬はそう言って、レッスン室のドアを大きく開いた。刑事と思われる二人は、
ズカズカといった感じで入って来た。
「浅葱芹歌さんですね?」
 そう言って、内ポケットから警察手帳を出して開いて見せた。
「神永悠一郎さんを、ご存じですね?」
「はい」
「どういうご関係ですか?」
「私がやっているピアノ教室の生徒さんです。それと、以前ピアノ伴奏をしていた
市民合唱団の、元団員さんでもあります」
「それだけですか?」
 疑わしそうな目を向けて来た。
「それだけです」
 芹歌がそう言うと、「ほぉ……」と感心したような声で芹歌をジロジロ見ている。
「一体、どういう事なんですか?」
 渡良瀬が少し甲高い声で刑事に訊ねた。
 芹歌に質問をぶつけていた刑事とは別の、少し若めの方の刑事が、「あなたは?」と
逆に渡良瀬に問い返した。
「私は彼女の担当教授で渡良瀬恵子と申します。一体、どういう訳で浅葱さんの所へ?
神永君に何かあったんですか?」
 年配刑事の方が、驚いたように渡良瀬の方を向いた。なんだか大袈裟で芝居がかって
いると感じられた。
「ほぉ。あなたも神永悠一郎をご存じですか」
 最初は「さん」づけで呼んでいたのに、いきなり呼び捨てになっている。
「知っていますよ。自分の弟子の生徒さんなんだから、当然でしょう」
「はぁ、そうですか。ですが、どれくらい知ってらっしゃるんでしょうね。神永悠一郎と
浅葱さんは相当親しかったそうですね。彼はあなたのお母さんにも可愛がられていて、
お宅に頻繁に出入りしていたとか……」
 一体、何が言いたくて何が聞きたいのだろうと思う。持って回ったような話し方に苛つく。
「刑事さん、もう少し要点をはっきりさせて貰えませんか。僕達、暇人じゃないので」
 真田が厳しい表情でそう言った。
「あなたは、えーっと、確かバイオリニストの真田幸也さんでしたか。クラシックに
疎い私でも、あなたの事は存じてますよ。そう言えば、お二人、去年の暮れに傷害事件の
被害に遭ってましたね」
「ええ。ですが、その事は今は関係ないのでは?」
 真田は冷ややかに言葉を突きつけた。
「まぁ、直接的には関係ないんでしょうが。えっと、真田さんと浅葱さんは、
どういったご関係でしょう?」
「彼女と僕は婚約しています」
「ええ?それはそれは……。浅葱さんは、神永悠一郎と恋人関係にあるんじゃないんですか?」
 驚いたような顔をしているが、どこまで本当なのかわからないと芹歌は思った。
「その情報はどこから?」
 真田が問い返す。
「それは、言えません。ですが、こちらが調べた結果、そういう情報が入って来た。
いや、まずかったかな。婚約者の前で、他の男と恋人関係だ、なんて情報を漏らして」
 ちっとも、まずいと思っていない顔だ。
「芹歌と神永君が付き合っていた時期はありました。短かったですが。今は僕の婚約者です」
 真田の言葉に、年配の刑事は芹歌の方へ視線を向けた。芹歌はそれに対して頷く。
「その時期って言うのは?」
「去年の秋ごろから、暮れにかけてです。きっぱり別れたのは、ついこの間ですが」
「ついこの間?それはいつです」
「先週の水曜日です。ずっとレッスンを休んでいた彼が久しぶりに来て、その時に」
 二人の刑事は顔を見合わせた。
「ずっとレッスンを休んでいたとの事ですが、どのくらいですか?
いつから休んでたんですか?」
「お正月明けの13日からです。彼のレッスン日は水曜日なんです。でも、正月の
4日に、お兄さんがうちに訊ねて来て。その時、神永君、我が家に遊びにきて
いたんですけど、お兄さんとそのまま荷物も持たずにどこかへ行ってしまって、
翌日荷物を取りに来たけど、当分来れないって。それで、その言葉のまま、
この間のレッスン日まで、殆ど音信不通だったんです」
「4日ですか……」
 刑事二人は考え込むように沈黙した。


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