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小説・目覚めのセレナーデ
第四章・春は燦めき(最終章)


目覚めのセレナーデ 4-07

2015.11.16  *Edit 

「え?何ですか?」
 渡されたプリントを見て、神永は凍りついたように固まった。
「教室閉鎖?」
「そうなの……」
「えっ、閉鎖って、どういう事です?何で閉鎖なんて……。もしかして、
僕が来ない間に、何か問題があったんですか?」
 心配げに問いかける顔を見て、また胸が痛くなった。
「私ね。コンクールが終わったら、ヨーロッパに行く事にしたの」
「ええ?」
 神永の眉根が寄り、訝しげな目を芹歌に向けた。
「真田さんと一緒に……」
 彼の唇が震えだした。目が信じられない物でも見るような目になった。
「ど、ど、どうして……」
 絞り出すような声がレッスン室の中に吸い込まれるように消えた。
「ごめんなさい。あなたには、謝る事しかできない」
 見開かれた目が、芹歌の心を探るように揺れている。
「そ、それは……、僕との仲を……解消したいって事でもあるんですか?」
「ごめんなさい。もっと早く言いたかったんだけど、神永君、ずっと連絡が
つかなかったから……」
「もう、僕を好きじゃ無くなった?お正月から1カ月も音信不通だったから、
嫌になったんですか?それとも、あんな兄がいるから、関わりたくなくなったのかな。
それとも、僕が人殺しだから?」
 神永は自虐的な笑みを浮かべながら、体を震わせている。
「神永君、違うのっ。そうじゃないのっ」
「じゃぁ、どうだって言うんです?どうして、あの人と一緒にヨーロッパに?
そりゃぁ、僕よりも、あの人の方が人間的にも価値が高いでしょう。見た目だって、
家柄だって、何から何まであの人の方がいいんでしょうけど、でも僕は、ずっと
あなたの傍で、あなたを助けたくて、あなたを大事に想ってきたのに。あの人は、
お父さんを亡くして苦労してる芹歌さんを5年もほったらかしにしてたんですよ?
なのに、なんで今更……。どうして、あなたは、そんなに簡単にあの人の方を選ぶんだ!」
 泣いてはいないが、泣き叫ぶような投げかけに、芹歌の方が涙ぐむ。
「芹歌さん、お願いだから行かないで下さい。僕の方が、あの人よりもずっと
あなたを愛してる。誰よりも、あなたを大事にします。お母さんだって、同じです。
僕達3人で、幸せな家庭を築きましょうよ。僕にはそうできる自信があります。だから」
 神永は立ち上がると、芹歌を抱き寄せた。芹歌は抵抗したが、神永は腕の力を一層強めた。
「神永君……。ごめんね。でも、もう決めたの。だから、離して?」
「いやだっ、絶対にいやだっ!絶対に……」
 神永に抱きしめられながら、せつない思いで胸が一杯になる。この胸の中で、
どれだけ癒されただろう。安心しただろう。二人で過ごした幸せだった時間を思い出すと、
やり切れない思いが湧いてくる。そして、罪悪感も湧いてくるのだった。
 芹歌は、自分を抱きしめて離さない神永の背中を、宥めるようにそっと撫でた。
「聞きたい事があります……」
 神永の声が少しだけ落ち着いている。
「ん……」
「あの人が帰って来てなかったら、僕と別れる事は無かったと思いますか?」
 芹歌は逡巡した。答えはイエスなのだが、正直に告げて良いものかどうか迷った。
この人との時間は楽しかった。仄々とした幸せな時間だった。失くしてしまった家族の
団欒をこの人が与えてくれて、暗かった家に光が射し込んだようだった。だから、
真田の帰国が無かったら、きっとこの人をそのまま自然に受け入れていたと思う。
「うん、多分……」
 結局芹歌は、神永を突き放す事ができなかった。
「僕は……、あの学内コンサート後の事件を受けて、胸が騒ぎました。翌日の新聞を
見て、嫌な予感を覚えた。こうなることを漠然とだけど予測していたと言うか。
ただ、認めたく無くて、そうならないようにと強く願ってたんです。もっと早く、
あなたを自分のものにしてたら良かった。やっと幸せを得られたと思っていたのに……」
「神永君。本当にごめんなさい。私はずっと、真田さんを想ってた。でも、自分で
否定する心が、ずっと自分を抑えてた。再び逢う事が無かったら、あの人から
求められたりしなければ、胸を痛めながらもフェードアウトするように忘れて
いったと思う。あなたの存在は、私にとっては救いだったし。でも結局、そうは
ならなかった。だから……。いくら謝っても許して貰えないかもしれないけど、
私には謝ることしかできない。本当にごめんなさい」
 神永の体が震えている。
「芹歌さん……、芹歌さん、芹歌さんっ。好きです。あなたが好きでたまらない。
女々しいと言われようと、未練がましいと言われようと、好きなんだ。離したく
ないんだよぉ……。ずっと傍にいたいんだ。あなたとお母さんの傍に、ずっと……」
 泣きながら訴える神永に、思わず応えてしまいたくなってくる。芹歌もあまりに
せつなくて涙がこぼれてきた。
 自分が真田を諦めれば良いのだろうか。この人を好きな気持ちも持っている。
この人を選べば、きっと母も喜ぶに違いない。コンクールで優勝すれば、仕事も
増えるだろうし、何より、教室の生徒達への責任も果たし続けていける。全てが
丸く収まるのだ。
 自分はピアニストを目指していたわけではない。伴奏者として、ずっと弾き続けて
いければ幸せなのだ。わざわざヨーロッパへ行く必要性も無い。
 だが、真田の顔が浮かんできた。神経質で傲慢で、意地悪で。だが、そんな事など
微塵も感じさせない豊な音を出すバイオリン。そしてそれを奏でている時の、
艶やかでやるせない表情。一緒に奏でる時に芹歌を見る、あの視線……。
『愛してる』と囁いた深い声。何より芹歌を愛しげに見つめる優しい瞳。
 全てが何よりも愛しくて恋しい。思い出しただけで胸がキュンとする。
もう二度と離れまいと心に誓った。
 だから。
 私はやっぱり、この人を選べない。一緒にいてあげたい気持ちはあるものの、
真田との人生を捨てる事はできないのだった。
――コンコン……
 ドアをノックする音が聞えた。それと同時に、神永の体が離れた。
芹歌は涙を拭って、ドアを開けた。須美子が立っていた。
「あの……。神永さん、久しぶりですよね?この後、どうされますか?
奥様が是非来て欲しいっておっしゃってるんですが……」
 芹歌の目が赤いのに気付いたのだろう。戸惑い気味に訊ねてきた。
 芹歌としては、あまり気が進まないが、神永の事をずっと心配していた母の事を
思うと自分の一存でどうこう言えない。芹歌が振り返ると、神永は笑顔になった。
「凄くご無沙汰して、心配かけちゃったみたいですから、ご一緒させてもらいます。
そう伝えて下さい」
 神永の明るい答えに、須美子はホッとしたような顔になった。
「わかりました。では、後ほど……」
 ドアが閉まり、芹歌が再び振り返ると、神永は笑顔のままだった。それが却って
せつなさを募らせる。
「先生、すみません。レッスン中なのに。お母さんも待ってるから、早く済ませ
ちゃいましょう。あ、そうだ。ヨーロッパの話し、お母さんもご存じなんですか?」
「ううん。まだ話してないの。でも、そろそろ話すつもりよ」
「反対されたら、どうするんです?」
「説得するしかないわね。じゃぁ、レッスン始めましょうか」
 須美子の訪れで、高まっていた緊張の糸が、一端ふつりと切れた感じだ。神永は
長い間レッスンを休んでいたせいもあって、少し後退していたが、懸命に練習して
きたのが感じられる。彼はいつも真面目に練習してくる、優秀な生徒だ。
「先生……。僕は、ここが閉鎖になった後、どこの教室へも通わないつもりです」
 レッスンが終わった時に、神永が静かに言った。
「え?どうして?続けないの?」
「はい。ピアノ、やめます」
「そんな……。だって、音楽、好きなんでしょう?だから、ずっと弾いて
来たんでしょう?これからじゃない」
「ピアノを弾くのに憧れて、ずっと独学でやってきました。あなたに出逢って、
あなたの元で習いたいって思うようになって、願いが叶った。本当なら、ピアノを
弾く事自体が楽しかった筈ですが、僕はいつの間にか、ここへ通うのが楽しみになり、
あなたに教わる事が、何より嬉しくて……。でももう、あなたに教われないのなら、
ピアノを弾くのは悲しいばかりです。ピアノはあなたを思い出させる。そうしたら、
辛いばっかりになってしまうから。だからもう、弾けないんです。本当なら、
今日限りでレッスンを終えたいくらいなんですが、それではあまりに辛すぎるから、
最後のレッスン日までは頑張るつもりです」
 芹歌は何も言えなくなった。彼にピアノを止めて欲しくない。ずっと続けて欲しい。
そう切に思っている。だが、その気持ちを聞くと何も言えない。彼の気持ちに
応えられない自分には、これ以上言う資格は無いように思えた。
「さぁ、行きましょう。お母さんの所に。久しぶりの再会に、喜んでくれるかな」
「勿論よ」
 芹歌は笑ったが、きっとぎこちない笑顔だったに違いないと思った。


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