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小説・目覚めのセレナーデ
第四章・春は燦めき(最終章)


目覚めのセレナーデ 4-06

2015.11.15  *Edit 


 その日は欠席メールが来なかった。
 毎週、受け取る度に、またかと思って心配していたが、来なければ来ないで
また心配だった。メールが来ないと言う事は、本人が来ると言う事なのか?理屈的には
そうなるが、普段の音信不通ぶりからすると、素直にそう思えないのである。
 訝しく思いながらも、神永の前の時間の子ども達のレッスンをし、帰り際に
“教室閉鎖のお知らせ”と書いたプリントを渡しながら口頭でも伝える。皆、一様に
ショックを受け、「そんなの困ります」と言うような言葉が返ってくる。そんな
保護者達の反応を渡良瀬は一蹴するのだった。
「そんなの結局、口先だけよ。都会はね。探せばいくらでもあるのよ、お教室は。
本当に困るのは地方ね。数が少ないし、質が低くても一般の人にはわからないし。
そんな所だったら、とてもじゃないけど、芹歌ちゃん、やめれなくなるわよ」
 確かに、そういう話しは仲間うちでもよく聞く。そういう点で、都会は玉石混交だが
数は多い。その中で、ただ近所にあるからと通う人や、遠くても良い先生をと通う人と
様々だ。芹歌の生徒達は、近所の人もいるが、殆どが少し離れた所から通って来る
生徒達だった。そういう人達を有難いと思う。だから余計に責任を感じる。
 そんな少しドタバタした所へ、神永がやってきた。
 ノックと共に「こんにちは。失礼します」と言いながら入って来た神永を見て、
胸がギュッと締め付けられて、いきなり緊張しだしたのだった。
 驚いて言葉も無く自分を見ている芹歌に対し、神永は少し照れたような笑みを浮かべた。
その笑顔に、芹歌の胸は一層締め付けられる。
「先生、本当に困ります。どうにかならないんですか?」
 その声にハッとした。
「車田さん。本当にすみませんが、こればかりは……。新しい教室は、ちゃんと
責任もってご案内させて頂きますので」
 芹歌は頭を下げる。この親子は、と言うよりも母親は驚くほど神経質で潔癖症だった。
いつもアルコール除菌シートを持ち歩き、娘が触れる物を拭きまくる。最初にレッスンに
来た時に、ピアノの鍵盤をそれで拭こうとしたので、大慌てで止めたのだった。
この親子も、新しい教室では苦労するのではないだろうか。
 不服そうにブツブツ言いながらレッスン室を出て行く姿を、神永は不思議そうに
見ていた。その様を芹歌は観察した。少し痩せたように思う。だが、他は特に変わった
ようには見受けられなかった。
 車田親子が部屋を出てドアが閉まると、神永は芹歌の方に振り向いた。
「長い事、ろくに連絡もしないで、すみませんでした」
 深々と頭を下げた。
「神永君……。一体、どうしたの?心配してたのよ?私もお母さんも」
「すみません、本当に。色々と事情があって」
 神永は俯き加減でそう言いながら、ピアノのところまで来て椅子に座った。芹歌も
隣にある椅子に座る。
「神永君が、今年最初のレッスンを休んだ頃に、お兄さんが私の所まで訪ねて来たわ」
「え?」
 驚いて顔をあげた神永は、「それで?」と話しの先を促してきた。
「あなたが掴まらないから、貸したお金が回収できないって。100万貸したけど、
50万でいいから代わりに払ってくれないかって」
「それは嘘ですっ。僕はお金を誰かに借りた事なんてありません」
 神永の怒ったような口調に、芹歌はビクッとした。
「まさかそれで、お金を渡したんじゃ?」
「いいえ」
 神永は、フゥっと安堵の息を吐いた。
「良かったです。まさか、芹歌さんの所まで無心に来るなんて。すみませんでした。
ご迷惑をおかけして」
「それ以来、お兄さんは来て無いけれど、一体どういう事なのかな?神永君だって、
ずっと音信不通だったし。お正月の時に、暫く来れなくなりそうだって母に言ったん
ですってね。だけど、だからと言ってメールくらいはくれても良かったんじゃない?」
 なんとなく責めるような口調になってしまっている。そんなつもりは無いのに。
 神永の表情が少し暗くなった。話すのは気が重そうだ。
「ね……。お兄さんと何かトラブルがあったの?疎遠な関係だって事は聞いたけど、
今回の事と関係あるの?お兄さん、神永君とお母さんの事で、なんかよくわからない事、
言ってたけれど……」
 芹歌の言葉に神永が目を剥いた。
「それって、まさか、僕が母を殺したって話しですか?」
 声が震えている。芹歌は戸惑いながら答えた。
「ええ……。でも、そんなの嘘でしょう?お母さんは蒸発したような事、言ってたわよね?
それに、幼くてよく覚えて無いって……」
 神永の口許が歪んだ。
「僕は、自分でそう思ってたんですよ。そう信じてました。実際、4歳の時の事だった
ようだから、よく覚えて無いんですよ。突然、いなくなって……。だけど、兄は僕より
3つ上で、当時小学1年生だった。それで、覚えてるって言うんです。僕が母の頭を
何か鈍器のような物で殴ったって。その後、父が慌てて揺り動かしたけど死んでて、
それで父が死体を隠す為に、床下に……」
 神永は両手で頭を抱え込んだ。芹歌は愕然とする。信じられない話しだった。
「母を埋めた父が、『この事は忘れるんだ。いいな』って言って、兄は忘れなきゃ
いけない事なんだと思って忘れるようにしたけど、完全には忘れられなかったって。
だけど、僕の方は幼かったから、ショックも手伝って忘れてるんだろうって言いました。
そんなの嘘だって最初は思ったんです。でも言われて、自分でも色々思い出すように
したら、なんか家にあった、銅製の花瓶を思い出したんです。それが、母の近くに
落ちてた光景が何となく思い出されてきて……。でも僕は、自分がやったって事は
思い出せません」
 こういう時、どうしたら良いのだろう。そもそも彼は、本当に母親を殺したのだろうか?
4歳の子どもが、大人を?花瓶で?なんだか納得がいかない。
「神永君。それはきっと、何かの間違いよ。お兄さんの記憶違いなんじゃないかと思う。
だって、お兄さんだってまだ小1だったんでしょう?」
 神永は首を振った。
「兄の記憶違いだったとしても、その時に何かがあったのは事実だと思うんです。
事故なのか故意なのかはわかりませんが、その時に我が家で何かがあって、母は死んだんだ」
 苦痛に顔を歪めている。思い詰めているのだろうか。どう声をかけて良いのか
わからなくて戸惑っていると、神永は芹歌を見て小さく笑った。
「すみません、変な話をして。兄がまさか、芹歌さんにまで話すとは思って無くて
驚きました。真相は藪の中です。父もいないし、僕達も子ども過ぎて本当の所はよく
覚えていないんですから」
「ううん、びっくりしたけど。でも、あなたが言う通り本当の所はわからないんだし、
あまり思い詰める事もないんじゃないかって思う。もう、20年以上前の事でしょう?」
「ええ。だけど兄がしつこく付きまとって来て。それをネタに、金を貸せって
しつこかったんです。実は、小田原にいた時は、何度か金を貸してたんです。
勿論、あげたつもりはない、あくまでも貸したんです。でも、一度も返って来た事は
無かった。このままだったら自分の人生駄目になるって思って、東京へやって
きたんです。勿論、役所で移転先を調べたりできないように手続きもしてきました。
それなのに、僕の居場所を突きとめてやってきたってわけです。だから、暫く、
行方をくらましてたんです。携帯の電源を切っていたのも、GPSで所在を突き
止められないように用心しての事なんです」
 神永は淡々と語っているが、驚くような内容だ。兄に対する神永の態度を見て
不審に思っていたが、そういう事情があったからだったのか。だが、では戻って
きたと言う事は、どういう事なのだろう?兄の件は解決したと言う事か?
「じゃぁ、もう大丈夫なの?」
 恐る恐る訊ねてみる。
「すみません。芹歌さんに怖い思いをさせちゃってますね。でも多分、もう大丈夫じゃ
ないかと。100パーセントとは言えないですが、ここ2週間ほど、ずっと様子を
見ながら探ってたんですが、何故か兄の姿が見当たらないと言うか、それこそ行方が
知れないんです」
「え?それって、行方不明って事?」
「そうなるんですかね……」
(そうなるんですかね、って……)
 やや投げやりな調子だ。相手が相手だからか。例え兄でも心配にはならないのか。
「芹歌さん、不思議に思うんでしょう?でも、僕らは普通の兄弟とは違うんです。
普通の兄弟が持つような情なんて、互いに持ち合わせてないんです。兄にとっては、
僕はたかるのに都合のいい弟で、僕にとっての兄は、できればいて欲しくない兄
なんです。自分としては、小田原を出る時に兄弟の縁も切ったものと思ってた。
だから、本当に迷惑でした」
 苦々しそうな顔で言っている神永は、今まで見て来た、純粋で爽やかな彼とは
違う人のように見えた。それだけ、あの兄に苦汁を舐めさせられてきたと言う事なのか。
「それより芹歌さん。予選突破、おめでとうございます」
 嬉しそうな笑顔に変わった。
「ずっと気にしてたんですよ。ネットカフェで予選の結果を見ました。芹歌さんなら、
絶対大丈夫って思ってましたけど、そばで励ましてあげられなくて、すみません」
(ああ……)
 思わずため息が洩れそうになる。そんな風に言われたら、益々言い難くなってしまう。
「芹歌さんなら、2次予選も楽勝でしょう。ところで、さっき、車田さんと
揉めてる感じでしたよね?やめてもらうんですか?何か酷いクレームとかトラブル
とかがあったとか?」
 芹歌は話しの糸口ができたと思い、ピアノの上に置いてある、お知らせのプリントを
黙って神永に差し出した。


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