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小説・目覚めのセレナーデ
第四章・春は燦めき(最終章)


目覚めのセレナーデ 4-05

2015.11.13  *Edit 

 他の生徒達の保護者も、同じように訊いてくるのだろうか。それに対して、
どう説明したら良いのだろう。“留学するから”と言っただけで、みんな納得して
くれたら楽だが、そういう訳にもいかないのかもしれない。
「春田さん。そう思われるのも当然だと思います。だけど、今回の件は、私にとって、
最後のチャンスなんです。父が亡くなる前、留学する予定だったんです。でも、それが
チャラになってしまって……。だから……」
 春田の瞳に悲哀の色が浮かんだ。芹歌の境遇にずっと同情してきた彼だけに、それを
言われたら何も言えない、そんな顔だ。
「お母さんは、どうするんです……」
 心配そうな顔になっている。
「それは……、大丈夫です。よく相談して決めます。一緒に行く事も念頭に置いてます」
「一緒にって、お母さんの気持ちは?日本を離れられるんですか?まさか、神永君も
一緒に行くとか?先生まさか、神永君と結婚される?」
 芹歌は春田の話しの飛躍に驚いた。どうして、神永が出てくるのか。
「春田さん、どうして神永君が出てくるんです?」
「え?だって、神永君、先生と付き合ってるんじゃないんですか?お母さんにも随分と
気に入られてますよね。彼が一緒なら、お母さんも一緒に着いて行くのもわかるかなって」
 芹歌は答えに窮した。神永と付き合っていると、どうして知っているのだろう。
矢張り久美子から聞いたのだろうか。だが自分は久美子にそんな話をした覚えは無い。
「あ、先生。僕の誤解だったら、すみません。先生と神永君の事は、みんなそう噂してる
みたいで。僕もそうなのかな、と思っただけです。少なくとも、神永君は先生が
好きだって事は、見ててわかりますし」
 噂か。確かに、頻繁に出入りしていたし、仲良く3人で出かけたりしているのだから、
噂になるのも当然だろう。
「春田さん。今回の事に、神永君は全く関係ないの。いずれわかる事だから、
春田さんには今、話しておきますね。ただ、まだ誰にも言わないで欲しいんです。
できれば、ご家族にも……」
 芹歌は本当の事を話すことに決めた。春田には納得してもらいたい。その上で、
今後も別の先生の元で頑張ってもらいたい。
「え?先生、一体何ですか?凄く、大変な話しですか?」
 怖い話を聞きでもするような、緊張した面持ちになっている。
「実は、バイオリニストの真田幸也さんが、この春、ヨーローッパに戻るんです。
それで、一緒に来て欲しいって言われて」
「ええっ?……そ、それって……」
「彼とは学生時代に組んでいて、留学後も一緒に組む予定だったんですけど、駄目に
なってしまって……。もう別々の道を歩いて行くものって思ってたんですけど……」
 芹歌は赤くなって俯いた。急に恥ずかしくなってきてしまった。
「去年の、学内コンサートが、もしかしてきっかけですか?新聞に載りましたよね」
「ええ、そうです。あれで、お互いに必要な存在だって改めて解ったと言うか。
それで、今度のコンクールに参加する事になったんです。ただのピアノ教師ではなく、
ピアニストとしての地位を確立して、共にヨーロッパで活動する為に」
「先生、事情は解りました。解りましたが、それでも先生がヨーロッパへ行かなければ
ならないんですか?向こうでないと、音楽活動はできないんですか?」
「春田さん……」
「先生、すみません。だけど、僕は正直、つらいです。寂しいです。先生の所に来て、
凄く良かったって思ってるんですよ。こんなに、よく教えてくれる先生はいない。
だから、先生の元を離れたら、僕自身、続けていける自信がないんですよ」
 悔しそうに顔を歪めているのを見て、本当に辛くなる。
「春田さん。私も辛いです。それなら、行かなくてもって思われますよね。でも、
行かなきゃならないんです。私自身、もっと向こうで勉強したい。それと……、真田さんと
結婚するんです。あの人の傍に、ずっといたいんです。だから……、ごめんなさい」
 あの人と共に、世界を見たい。一緒に歩いていきたい。その為に、生徒達を
投げださなければならないのは、とても残念だし心苦しい。だがそれでも、その道を
行きたいと思うのだった。生徒達には、ただただ申し訳無いと詫びる事しかできない。
「そうでしたか。結婚されるんですか、真田さんと。おめでとうございます、先生。
それじゃぁ、仕方ありませんよね。先生の幸せを喜びこそすれ、妨害なんてできませんからね」
「春田さん……」
 春田は眩しそうに芹歌を見ていた。
「先生は、ずっと苦労してきた。音楽家としても、女性としても、この人の幸せは
いつ訪れるんだろう、訪れる事があるんだろうかって、思ってました。先生の元で
教えを請えないのは非常に残念ですが、先生が幸せになってくれるなら、我慢しますよ」
 優しい笑みを浮かべている春田に、芹歌は頭を下げた。
「春田さん、ありがとうございます。それから、本当にごめんなさい。絶対に、
いい先生を探しますから、これからもずっと、ピアノを続けて下さいね」
「先生……。先生には本当に感謝してます。でも、これからどうなるかは、自分でも
少し不安です」
 寂しそうな声に、悲しくなる。
「春田さん。春田さんの感性は素晴らしいですよ?技術的な問題から、それを発揮
しきれてないんです。それを克服するのは大変な努力と時間が要るけど、少しずつ
良くなってるのは確かなの。だから、諦めずに頑張って欲しいです。自分の音楽を
表現する為には必要な事、それを乗り越えた先に、素晴らしい世界が待ってます。だから……」
 芹歌は必死な思いで訴えた。引き受けた以上、責任を持ちたい。この年齢になっても
挑戦し続けている、その姿勢を高く評価していたし、だからこそ、本人の希望を叶えて
あげたいと思って芹歌自身も根気よく頑張って来た。
「ヨーロッパへ行っても、日本に帰ってくる時もあるし、新しい教室での発表会の
時には、都合をつけて聴きにきます。だから、これからも頑張って下さい。
何かあれば、手紙やメールを寄越して下さって構わないんですから」
「先生、ありがとう。僕が途中で諦めたら、悲しむのは先生なんだね。それなら、
僕は頑張らないといけないな。女性を悲しませるのは趣味じゃありませんからね」
 芹歌は笑う。
「そうですよ。ダンディな春田さんのする事じゃありません」
 この人の為にも、良い先生を見つけなければと芹歌は強く思った。
 そして、本田朱美。彼女は国芸受験という大きな目標がある。最後の大事な
1年になる。彼女には、川野楽器が秋から開講をしている受験コースを勧めようかと
考えている。国芸出身で、何人か国芸に生徒を入れている実績のある中年の講師を
迎え入れているらしい。最初は芹歌に依頼していたポストだ。
 朱美のレッスンの日、教室を閉じる事、その為に余所へ移って欲しい事を伝えると、
朱美は今まで見た事がない程、落胆した。
「ちょっとだけ、予感はしてたんです。先生が山際に参加するって話しを久美子さんから
聞いた時に……。コンクールに優勝したら外国とかへ行っちゃうんじゃないかって。
ただ、まだ優勝するかはわからないし、可能性として50パーなのかな、とか、
でもまさかね、とか……、真剣には考えて無かったんですけど……」
「朱美ちゃん……。ごめんなさいね。本当なら、あなたを無事に入学させてから、
やめるべきだと思うんだけど。こんな事になってしまって」
 小さい子供ばかりの中で、年の近い女子高生の朱美との時間は、芹歌にとって
楽しい時間だった。同世代の友達と逢って話す機会も少ないし、毎日毎日、子どもと
保護者を相手にしていて、ストレスが溜まりがちの中、彼女とのガールズトークは
良い気晴らしになっていた。
 それに彼女は、鈍いと言われている芹歌から見ても天然だと思わせる部分があって、
だからなのか波長が合うし、何より音楽のセンスが良く、勘も良いので教え甲斐の
ある生徒だった。だからこそ、国芸に合格して欲しいと強く願っていた。それに
彼女の母親にも、随分と世話になっている。その誠意に応えたかった。
「先生……、私、先生の元でずっと続けて行きたいって思ってるけど、でも、
自分も同じ道を行く者として、先生の留学を邪魔したくないです。こんなチャンス、
滅多にないですよね。だから、凄く残念だけど……」
「朱美ちゃん、本当にごめんね。朱美ちゃんの新しい先生だけど、お母さんの意向も
あるだろうから追々また相談するつもりだけど、川野楽器で去年の秋から音大受験
コースを開設してるから。その中で、国芸専門コースもあるそうだから、そこは
どうかと思って。あと、久美子にもお願いしようかな、とも考えてるんだけど……」
「あ、久美子さんは駄目だと思います」
「えっ?どうして?久美子に教わりたくないの?」
 親しくしているようなのに、どうしてなのだろう。
 久美子はピアニストとして演奏活動をマメにしているので忙しい。だが、週に1回、
朱美のレッスンをするくらいの時間はあるのではないか。久美子なら朱美の事も
よくわかっている筈だから、安心なのにな、と芹歌は思っていた。勿論、まだ
久美子には話してはおらず、これから打診してみようかと考えていたところだった。
「そうじゃないんです。私も久美子さんなら嬉しいですけど、久美子さんも、この春、
外国へ行くとかって言ってたので」
「ええ?外国へ?」
 思いもよらない言葉に、芹歌は仰天した。そんな話しは、全く何も聞いていない。
「朱美ちゃん、どうして知ってるの?って、本人から聞いたのよね……。私はまだ
何も聞いて無いんだけど、どういう事かしら」
 外国って、一体、どこへ?どういう理由で、どの位?
「あの、公演の為に行くのかしらね?」
 そう言えば、久美子は一度も海外公演をした事が無かった。今後、活動を海外にも
広げようと思っての事だったら、まだなんとなく納得できる。
「んー……、公演は、するのかもしれないですけど、久美子さんが言うには、武者修行?
アメリカに行こうと思ってるって言ってました。数年、帰らないかもって」
 ショックだった。武者修行ってどういう事だ。そもそも、そういう事を、どうして
言ってくれないのだろう。そう思いつつ、自分も真田と共に渡欧する事を久美子に
話してはいなかった。片倉から伝わっているようだったから、忙しさにかまけていた。
「先生にまだ言って無いのは、はっきり決まってないからだと思いますよ?
久美子さんも、色々と悩んでる部分があるみたいでした。でも、あの感じじゃ、
私のレッスンなんて無理だと思います。だから、川野楽器の方で母と相談して考えてみます」
「そうね。とりあえず、お母さんと相談してみてね。私の方でも、恵子先生と相談して、
朱美ちゃんにとって最善の場所を考えておくから」
 芹歌は気を取り直した。とにかく、久美子には後で連絡しなければ、と思うのだった。



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