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小説・目覚めのセレナーデ
第三章・冬は峻烈


目覚めのセレナーデ 3-27

2015.11.01  *Edit 

 バッハはまぁまぁだった。正確に、クリアな音で弾く。芹歌は元々、ロマン派の
情緒的な曲よりも、バッハやモーツァルトのような、正確無比で天上に捧げるような
美しくて法則的な曲の方が好きだった。特にバッハは計算され尽くしていると
言っても過言ではない程、まるで美しい教会建築を連想させる。
 バッハを弾いていると気持ちが良い。何も考えず、指の趣くままに無心で弾ける。
ただ音だけに耳を傾けていれば、それで良い。
 ただ、普段、指の練習でインベンションはよく弾くが、平均律は簡単なものしか、
最近は弾いていない。そのせいか、所々テンポに狂いが生じている。学生の時、
あれだけ練習していたのに、やはりブランクは否めない。
「バッハは、まぁまぁね。ブランクがあるし。問題点は自分でもよくわかってる
ようだから、これは家で集中的に練習すれば、まず大丈夫でしょう。勿論、
油断は禁物だけど」
 渡良瀬の言葉に芹歌は頷く。思う所は同じで良かった。
「ベートーベンの方だけど……」
 こちらは曲が少し長いのもあって、集中力を要する。ただ、この程度で集中力を
途切れさすようなら、本選での協奏曲は無理だろう。
 ベートーベンは様式が古典に近いし、メリハリがあるので弾きやすく、好きな
作曲家だ。ただ、性格的にあっさり系の芹歌にとって、ベートーベンの情熱を
表現するのは得意ではなかった。だから渡良瀬はモーツァルトを勧めたのだが、
バッハとモーツァルトでは近過ぎるから芹歌は避けたのだった。
「ベートーベンも、それなりに弾けてはいるわ。さすがに教える側にいるせいか、
曲全体をよく理解してるし、まとまってると思うけど……」
 物足りないと言いたいのだろう。それは自分でも解っていた。ただ、こういう
問題に関しては、頭で解ってはいても駄目だった。勿論、解らないよりはマシだが。
 渡良瀬は芹歌にもう一度弾かせて、それを録音した。
「今日は、これを家で聴いて、自分なりにどう弾きたいのか。この演奏のどこが
足りないのか、よく考えて来て?」
 その後、2次で弾くリストと本選のショパンを弾かされて、こちらはもう少し
弾き込んでくるように言われたが、まずはベートーベンだった。
「ねぇ、芹歌ちゃん。こんな事を言うのもなんだけど、あなたちょっと感性が鈍いわよ。
真田君があれだけ歌えるのは、それだけ繊細で感性が鋭いからなのよ?
あの神経質さも傲慢さも、彼の音楽にとっては必要な要素なの。それに引き換え、
あなたはポヨンとし過ぎてる。ご両親の事で苦労してきたせいか、学生の時よりは
マシだとは思うけど、音楽馬鹿過ぎて経験が足りないわね」
 そうなのか。そう言えば鈍いって、この間も言われたな。片倉だったか?久美子や
沙織にも何度も言われてきている。それが自分の音楽に影響していると言う事なのか。
「もっと感受性を豊かにしないと。でもね。一見、無さそうに見えるけど、
真田君と一緒にやると、彼の刺激を受けて驚くほど、あなたの音楽、豊かに
なってるのよ?無いものは、どこまで行っても無いんだから、元々あなたの中には
あるって事なの。それを一人で引き出せるようになれば、ソロも格段に良くなる。
そうなる事を期待して、その時期が来たんだと信じて、私も真田君も、
このコンクールを勧めたのよ?わかる?」
 私の中にもある?何だか色々言われて落ち込んだものの、渡良瀬の言う事も
確かにそうなのかもしれないと思う。そうでなければ、コンクールに出るなんて
鼻から嗤われて終わりだったろう。これだけ後押しをしてくれてるのだから、
可能性はあると言う事だ。
 感性を鋭くする。感受性を豊かにする。だがどうやったら、そうできるのだろう。
「芹歌ちゃん。これだけ言っとくわね。真田君が怒った理由、あなた解って
ないようだから」
「え?理由ですか。それは、単に拗ねたんですよ。私が真田さんが来てくれた事を
喜んだり感謝したりしなかったから。勝手に期待して勝手に失望して、私からしたら、
ちょっと迷惑って言うか。そんな事で怒られても困ります」
 渡良瀬の顔が厳しくなって、芹歌は臆した。
「芹歌ちゃん。確かに真田君は拗ねたんだと思うわ。だけど、彼がどれだけ
芹歌ちゃんの事を想っているのか解ってる?そういう所が鈍いって言われるのよ。
真田君はあなたの事が心配だから来たのよ?少しでもあなたの役に立ちたくて。
あなたはそれを心強いと思わないの?感謝の気持ちは湧かないの?
真田君の俺様な態度もどうかと思うけど、その気持ちを汲んであげれない
芹歌ちゃんも、どうかと思うわよ」
 口調が強い。責められているようだ。
「先生……。そんな事を言われても。だって私には解らないんです。本当に
鈍いんですね。でも、私が鈍いって、あの人だっていつも言ってるくらいだから
十分わかってる筈ですよね。それなのに、あんなつまらない事で怒るなんて」
「馬鹿ね。つまらない事じゃないから、怒ったんでしょうに」
 渡良瀬の顔は、怒っているように見えた。内心、苛ついているに違いない。
「芹歌ちゃんは、もっと感情的にならないと駄目ね。いつまでも自分を抑えつけて、
日常の感情をサラッとやり過ごさないこと。それから、真田君と演奏した時の感情を
よく思い出して反芻する事」
 渡良瀬はそう言って、帰宅を促した。
(なんだか散々だったな)
 満足に弾けない自分が悪いんだから仕方が無いが、真田の事に関しては
納得できない部分が多々ある。
(私、本当に想われてるの?)
 ふと思った。想われていないとは思わない。だけど、どれだけなのかは解らない。
あの人の音楽に関しては、掛け値なくストレートに入って来る。だが、恋愛モードに
関しては、結ばれた今でも正直、戸惑いがあった。
 真田の俺様は嫌いではない。だが、あんな風に怒られる事が頻繁であるならば、
疲れるばかりで着いて行く自信が無い。渡良瀬に『不毛』と言われたが、
結ばれた直後だって、二人は不毛なやり取りで喧嘩になりかけた。
(ずっと、二人で音楽だけを奏で続けられたらいいのに)
 音楽の相性は最高だ。その時間だけが至福に包まれる。ずっと、その世界に
いられたら、他はいらないとまで思う。実際には無理な話だが。
(音楽馬鹿か)
 フッと笑った。先生だって、他のみんなだって、同じなのに。私だけじゃないのに。
 家に着くと、実花が慌てた様子で、自分で車椅子を動かしながら出て来た。
こんな事は滅多にない。一体、どうしたのだろう?
「ただいま。どうしたの?須美子さんは?」
「おかえり。須美子さんは、台所仕事してるわ。それよりも芹歌、今日のお昼過ぎにね、
ゆう君が来たの。昨日、置いたままの荷物を取りに」
「ええ?そうなの?」
 昨日、神永は兄の健に呼びだされて姿を消したまま、結局浅葱家には戻って
来なかった。ほぼ手ぶら状態で出て行ったので、来る時に持っていたカバンがある。
だから、取りに戻るのだろうと、遅い時間まで待っていたのだが来なかったのだ。
 彼の携帯にメールしたものの、その返事も来なかった。電話もしたが出ない。
何かあったのだろうかと心配していた。荷物を取りに来たのなら、取り敢えず安心だ。
だが、実花の様子を見ると、あまり安心しているようには見えないのだった。
「そうなのよ。だけどね。ゆう君、難しい顔して、暫く来れないって」
「そう。でも、そろそろ仕事も始まるから、当然じゃないの?」
 実花の顔が不服そうになった。
「それはそうなのかもしれないけど、何かね、様子がいつもと違うって言うか、変だったわ」
「変?どういう事?」
「それは、言葉で上手く説明できない。雰囲気とか空気とか、そういうの
感じる事ってあるでしょう?」
 言いたい事は、何となくわかる気がした。その場にいないと伝わって来ない事は
多々あると思う。微妙な雰囲気はその場にいた者にしかわからないだろう。
だから、母が変だと感じた事は、気のせいではないのかもしれない。
「ね、やっぱり昨日の事が原因かしらね。お兄さんがいたなんて、私も驚いたけど」
「本人に他に何か訊かなかったの?昨日の事、訊ねた?」
「勿論よ」
 実花は大きく頷いた。
「だけど、曖昧に誤魔化されたわ。兄がいた事を言わなくて、すみませんでしたって。
それ以外の事は何も。暫く来れないのも、ちょっと事情があるのでって。
お兄さんの事と関係あるのか訊いたら、答えずに『失礼します』って出ていっちゃったの。
いつも爽やかで明るいゆう君とは別人みたいだった。やっぱり変でしょう?」
「そうね……」
 何か事情があるのだろう。言いたくない事情が。だがいずれ時が来たら、
話そうと思っているのだろうか。それとも今後も言わずにいるつもりか。
「ねぇ、芹歌。お母さん、心配だわ。あんなゆう君、初めて見る。あなたから
メールしてみたらどう?」
「え?でも……。夕べだって、メールしたのに返事来て無いし、未だに私の方へは
何の音沙汰もないのよ?メールしたって、きっと返事なんて来ないわよ」
 実花の顔が少し不機嫌になった。
「あなた、冷たいのね。返事が来るとか来ないとか、そんな事を考える前に、
普通なら心配でメールするものじゃないの?返事が来ないなら、尚更心配にならないの?」
 実花の指摘に、芹歌はたじろいだ。
「いつだって、理屈ばっかり。結果を先に考えて、損得で行動するなんて情けないわよ。
我が娘ながら、ガッカリだわ。感情は無いの?どこかに置いて来てしまった?
そんなんで、よく音楽をやってられるわね」
 実花はそう言うと、奥へ入って行った。芹歌は母の言葉にグサリと胸を刺された
思いだった。『感情は無いの?』なんて言われるとは思って無かった。
それに『冷たい』とも言われた。もしそうなのだとしたら、そうさせたのは
誰だと問いたい。父が亡くなって、感情むき出しで自分以外を顧みなかった母。
自分だって、そうできたらどんなに楽だったか。だが、二人してそうだったら、
どうなっていただろう。
 私はあの時に、感情を置いて来てしまったんだ。それを母に責める資格なんてない。
今、音楽が思うようにできないのだって、みんな母のせいだ。感性が鈍いのだって、
そうしなかったら生きて来れなかったからだ。みんな、みんな、母のせいだ。
 芹歌は心の中でそう叫びながら、頬に伝う涙を拭った。


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