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小説・目覚めのセレナーデ
第三章・冬は峻烈


目覚めのセレナーデ 3-25

2015.10.28  *Edit 


「え?国際コンクールに出場?」
 全く思いもよらない話しに、母は仰天している。傍にいる神永もよくわからないように
目を見開いていた。
「先生……、何で今頃そんな話しを?学生でもないのに」
「お母様がおっしゃる事も尤もです。ただ、この間の学内コンサートでの芹歌ちゃんの
演奏が高く評価されまして。このままでは勿体ないって話しになったんです、大学の方でも」
 渡良瀬は、この提案は大学側の意向であると匂わせた。
「だからって、コンクールなら在学中に幾つか受けてるし、6位入賞が良いところ
だったじゃないですか。成長盛りの学生の時ですら、その程度だったのに今更
国際コンクールだなんて……」
 実花の戸惑いも尤もだ。芹歌自身が思った事でもあるのだから。
「じゃぁ、お母様は反対されるんですか?」
 逆に問われて実花は返事に窮したように、口を噤んだ。
「私は、これは良いチャンスだと思うんですよ。一介のピアノ教室の先生で終わるのか、
ピアニストとして頭角を現すのか。芹歌ちゃんは伴奏の才能があるので、伴奏者と
しての需要は高いと思います。でも、そのままで終わらせてしまって良いのでしょうか?
折角、本人も挑戦する気持ちを持ったのに……」
 渡良瀬の言葉を受けて、実花は芹歌の方を見た。問うような眼差しだ。
「お母さん。私は挑戦したいの。もう、未成年でも学生でもないから、お母さんが
反対しても私は受ける。時間が無いから、明日から先生のお宅に通うし、大学が
始まれば大学のレッスン室の方へ通います。毎日、生徒達のレッスンの時間までは
家を空ける。その事でお母さんに寂しい思いをさせるかもしれないけど、それでも私、
やるつもりなの」
 芹歌は引かない思いで、強い願いを込めて実花を見た。母の瞳は揺れている。
矢張り、引き止めたいと思っているのだろうか。父が亡くなってから、一人を
嫌ってきた母。ヘルパーの須美子がいるとは言え、なるだけ芹歌が家にいる事を望んでいた。
 実花は暫くジッと芹歌を見つめていたが、やがて顔の表情が柔らかくなってきて、
口許に薄く笑みを浮かべた。
「わかったわ。芹歌がそこまで言うのなら、やりなさい。あなたがコンクールに
参加するからって、お母さんには別に影響ないもの。昼間いなくたって、夜はいるんだし。
頑張る娘を邪魔する気はないから。その変わり、しっかりやりなさいよ」
 芹歌は込み上げてくるものを感じた。自分の殻に閉じこもっていた頃よりも
今は大分回復して来たと思ってはいたが、それでも寂しくて抵抗するのではないかと
心配していた。それを押してでも、今回は自分を通すつもりでいたが、矢張り
受け入れてくれる方が何より嬉しい。それは実花自身が自分を取り戻しつつある事の
証しでもある。
「お母さん……。ありがとう。私、頑張るから。優勝目指して……」
「あらあら。優勝?それはちょっと欲張りじゃないの?目標は高い方がいいとは思うけど」
 実花は苦笑いした。幾らなんでも、そこまではと思っているのは明らかだ。
「大丈夫ですよ。芹歌ちゃんならやれます。その為に私は勿論、大学の方でも
しっかりバックアップしていきますので」
「そうなんですか。ありがとうございます。よろしくお願いします」
 実花が深々と頭を下げた。
 渡良瀬はホッとしたように芹歌に微笑んだ。芹歌もこれでひとまず安心して、
小さく頷いた。良かった。これで心おきなく練習に打ち込める。
「芹歌さん、凄いですね。山際って国内の国際コンクールでは有名ですよね。
僕もテレビで放映された時には見た事ありますよ」
 神永が目を輝かせている。
「そうよ~、ゆう君。芹歌はね。元々凄いのよ。お父さんも、芹歌のピアノが
大好きだったわよね。だからきっと、喜んでるわね」
 母の言葉に、芹歌の胸が熱くなった。こんな風に父の事を言えるようになるなんて。
やっぱり母は、父の死を乗り越え始めている。
 話しが済んだので渡良瀬が暇を告げた。芹歌は表まで見送りに出る。
「良かったわね、芹歌ちゃん。お母さん、或る意味、肩すかしな感じだったかしら?」
 悪戯っこのような顔をして渡良瀬が笑う。
「確かにそうでしたね。こんなにスムーズにいくとは思ってませんでした。でもこれで、
母が確実に良くなってるんだって改めてわかりました。それが何より嬉しくて」
「そうよね。以前のお母さんだったら、考えられなかったもの。あの神永君の存在が
あったからなんでしょうね。だけど、芹歌ちゃん……」
 渡良瀬の目が厳しくなった。言いたい事はよくわかっている。
「わかってます。大丈夫ですから」
 芹歌は笑みを浮かべたものの、不自然な表情になっているだろうと思う。自分自身、
ぎこちないと感じる。
 付き合いを止めたいと言ったら、彼はどうするだろう。あっさりと『わかりました』とは
ならないだろう。彼が強く自分を求めている事は知っている。そして、別れたとして、
その後彼は、この家から去っていくのか。その時、母は?だがそれでも、思い
切らなければならない。
「こんにちは。明けましておめでとうございます」
 いきなり背後から男に声を掛けられた。ご近所かと思って振り向いたら、
神永の兄だと名乗った、神永健が立っていた。
「あ……、あの……確か」
「どうも。悠一郎の兄の健です」
「あ、あの、明けましておめでとうございます」
 芹歌は慌てて挨拶した。隣にいる渡良瀬は不審そうに軽く頭を下げるだけだった。
「あれから御無沙汰してしまいまして、すみませんでしたね。お元気なようで
何よりです。そうそう、芹歌さん、怪我の方はもういいんですか?この前お会い
した時には、まだ治って無いようでしたが」
 覗きこむような目をしている。なんだか警戒心が湧いてきた。
「あの、どうして怪我の事を?」
「いやだって、新聞に載ったじゃないですか。大変な災難でしたよね。あの時、
悠一郎のヤツは一緒じゃなかったんですね。一緒にいたら、あんな目に遭わせ
なかったでしょうに。アイツあれで、結構強いですからね。バイオリニストの
彼のように怪我なんてしやしなかったと思いますよ」
 何だかとっても嫌な感じがする。どうしてなのだろう。
「あの、それで今日は?」
 思わず眉根に力が入る。きっと不愉快そうな顔をしているに違いない。
「ああ、すみません。悠一郎、こちらに伺ってますよね?ちょっと呼んで貰えませんか」
「わかりました」
 玄関へ戻ろうとして、恩師が傍にいる事にハッとした。
「あ、先生、すみません」
「いいのよ。神永君、呼びましょう」
 渡良瀬は芹歌に囁くような小声で言うと、先に立って歩き出した。この場に
置き去りにされたくない気持ちが伝わって来た。
 玄関の中に入ると、芹歌は大声を出して神永を呼んだ。神永はびっくりしたように
急ぎ足でやってきた。
「どうしたんです?何か忘れ物でも?」
「ううん。そうじゃないの。今ね、あなたのお兄さんが来てるの。玄関先で待ってる。
呼んで欲しいって頼まれて」
 神永の顔色がサーッと波が引くように白くなった。表情が強張っている。
「あ、なんでここに……」
「さぁ。用があるからじゃないのかしら。家へ訪ねてもいないから、ここだと
思ったんじゃないのかな」
 あまりの動揺ぶりに芹歌の不審感は益々募る。
「早く行った方が良いんじゃないの?」
 横から渡良瀬が言った。冷静な口ぶりだ。冷たいようにも芹歌には聞えた。
「あ、すみません」
 神永は慌てて靴を履くと、飛び出すようにして出て行った。その後ろ姿を渡良瀬が
ジッと見ていた。何か感じる所があるのだろうか。神永が出て行って数秒後、
渡良瀬は難しい顔をして芹歌を見た。
「先生?」
「ねぇ、芹歌ちゃん。あの子とは、早く縁を切った方が良さそうよ」
「え?どういう事ですか?」
 別れるべき事は十分理解している。当然の事だ。だが渡良瀬の口ぶりは、
それとは別のニュアンスが感じられた。
「あの子のお兄さん。あの人は多分、碌でもない人間だわ。あの子自身は良い子だと
思うけど、あんな兄がいるんじゃ関わっていたら碌な事にならないと思うの。
それにあの子の様子もちょっと変よ。なんだかおかしいって感じるわ……」
 渡良瀬の冷たい口ぶりに反発を覚えるものの、芹歌自身も神永の兄に対して
嫌悪感を覚えたし、神永自身に対しても不審感が湧いていた。だが、そうも
スッパリ気持ちを切り替える事は出来そうにない。
 二人は暫くの間、神永が戻ってくるのを待っていたが、一向に戻ってくる様子が
無いので外へ出てみた。だが、二人の姿はそこには無かった。兄の方はともかく、
神永まで、一体どこへ行ってしまったのだろう。辺りを見回してみたが、
ただ正月の住宅街が静かに佇んでいるだけだった。


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