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小説・目覚めのセレナーデ
第三章・冬は峻烈


目覚めのセレナーデ 3-17

2015.10.14  *Edit 

「さぁ、着いたよ、お姫様」
「……」
「どうしたの?」
 降りようとしない芹歌に、片倉は訊いてきた。
 躊躇われるのは真田に逢う事ではなく、彼の家族と会う事だった。山口の事件で
芹歌に腹を立てていると聞いている。いい顔をされないだろう。
「しょうがないな……」
 片倉は仕方なさそうに呟くと車を降りた。助手席の方に回ってドアを開く。
「さぁ、芹歌ちゃん。降りて。ほらっ」
 座ったまま見上げると、励ますような笑顔で芹歌を促している。
 仕方なく芹歌は降りた。
「片倉先輩……。私、真田先輩のお母さんにお会いするのが怖くて……」
 声がか細くなった。
「え?そうなの?それで渋ってたわけか。それなら大丈夫。御両親と弟さんは田舎に
帰省中だから」
 芹歌は驚いて片倉の顔を見た。陽気な顔だ。
「え?でもだって、真田先輩、まだ怪我が治ってないんですよね?それなのに、
誰もお世話する人がいないんですか?」
「あはは、いなくても大丈夫だから、いないんだよ。元々ドイツでは一人暮らし
だったんだから、自分の事は自分で出来るって。田舎に連れて行かれるのも気が
休まらないから一人がいいって主張したらしいよ。だから余計な心配はいらないと
思うよ。それより、さぁ」
 そうは言っても、それで「はい、そうですか」と真田一人を置いて田舎へ帰る
家族もどうなんだろうと思う。
 そんな芹歌の頭の中を見でもしたように、片倉が言った。
「芹歌ちゃん。僕達、もう三十なんだよ。いいトシでしょう。プロとして自立
してる大人なんだ。親の世話になったり干渉される年齢じゃない」
 真剣な顔にハッとした。だがすぐに、「な~んてね」と陽気な笑みを浮かべた。
「さぁ、行くよ。幸也、待ってる」
 芹歌は歩き出した片倉の後に続いた。
「幸也!お待たせ!!」
 片倉が玄関の中へ入ると、広い玄関ホールで真田が待ち構えていた。
「純哉、ありがとう。助かったよ。すんなりいったのか?」
「うん、まぁね。お母さんには歓迎されたって言うか、僕にウットリしてたかな」
 真田が横を向いて「馬鹿が……」と呆れたように呟いた。
「でも、あの子はちょっと抵抗気味だったかな。神永君」
 神永の名前を聞いてドキンとする。
「抵抗って?」
 真田の眉間に力が入った。
「うん、まぁ。『真田さんは参加するのか』って訊かれた。君の存在をかなり
気にしてるみたいだ」
「なるほど」
 真田は頷くと、芹歌の方へ視線を向けた。途端に優しい表情になった。
芹歌は動悸が激しくなるのを感じた。
「悪かったな、急に呼びだして」
 声音もいつになく優しい。
「あの、びっくりしました。大事な話しって何ですか?」
「うん。まぁ、立ち話でできる事じゃないんで、俺の部屋へ行こう」
「じゃぁユキ、僕はこれで失礼するね」
「え?片倉先輩も一緒じゃないんですか?」
「あ、ごめんね。僕は単なるお使い役。二人だけの大事な話しだから邪魔ものは
消えるのみ。じゃぁね」
「あ……」
 片倉は、まさに風のように去って行った。取り残された芹歌は、突然いなくなった
空間に呆気に取られた。そしてジワジワと現実を認識し始めた。
(え?二人っきりなの……?)
 真田に背を向けたまま、怖くて振り返れない。
「芹歌、行くぞ」
 真田の言葉に仕方なく振り返ると同時に、真田は踵を返して歩き出した。少しだけ、
足を引きずっている。芹歌はその後を追いながら、「先輩、足は?」と訊ねた。
「大丈夫。心配無い」
 真田は振り向かずに答えた。引きずっている割には、歩くのが早い。
 それにしても、いつ見てもゴージャスだ。ここへ来るのは初めてではない。
学生時代、何度か来た事はある。全てコンクールに向けた練習の為だ。殆どが
大学のレッスン室だったが、休日など時々ここでやる事もあった。
 真田の自室は二部屋続きになっていて、一部屋が練習用で、もう一部屋が
ベッドルームだ。練習用の部屋はちょっとしたサロンのようで広々としている。
グランドピアノも置いてある。彼自身、勿論ピアノも弾ける。
 真田の後について入った部屋は、殆ど昔と変わらない印象だった。淡い
クリーム色を基調としたインテリアが心を落ち着かせる。
「とりあえず、座ってくれないか」
 真田に言われて、ソファに座った。
 真田はお茶を淹れだした。香りからジャスミンティだと知れた。
「あ、先輩、私が」
 と立ちかけると「お前は客だろう。座ってろ」とぶっきらぼうに言う。
そう言われても、落ち着かない。そもそも真田がお茶を淹れている姿なんて初めて見る。
「これでもな、お茶を淹れるの、結構うまいんだぜ。ドイツにいる間に上達した
みたいだ。向こうは空気が乾いてるせいか、やたらお茶が飲みたくなるんだよ。
日本のように上げ膳据え膳ってわけにいかないから、否が応でもやらざるを得ない」
 微笑みながら淹れている手付きが優美だ。この人は何をやっても様になる。
「さぁ、どうぞ」
 良い香りが鼻をくすぐる。香りの高いお茶は心が寛ぐ。特にジャスミンティは好きだ。
「お前、ジャスミンティ好きだもんな」
(え?)
 と思ったら、真田は芹歌の隣に腰掛けて来た。驚いて少し腰を引く。
「ところで、腕の怪我、もう平気か?」
「はい。もう大丈夫です。触ると少し痛いけど、ピアノを弾くのに差し支えないです」
「そうか。良かった」
 心の底から安堵したように、息をついている。
「先輩の方こそ、足の方は?まだ治ってませんよね?」
「うん。まぁな。でも大した事は無い。生活にも差し障りないし。ただ、ランニングは
さすがに無理だ」
「はぁ?ランニング?何言ってるんですか。当たり前じゃないですか。
散歩だって駄目ですよ」
「え?それじゃ、体力落ちちゃうな」
 真面目な顔をしている。
「ちょっとちょっと、先輩」
 芹歌は持っていたカップをテーブルの上に置いた。
「まさか、散歩してるんじゃないでしょうね?」
 思わず睨みつける。
「何、その目。してるに決まってるじゃないか」
「はぁ?」
 思わず声が大きくなった。
「やだ、何やってるんですか。そんな事してたら、治るのが遅くなりますよっ」
「大丈夫だよ。無理はしてないし……」
「だからって、散歩って」
「芹歌、いいか。あくまでも散歩だから。ウォーキングじゃないんだ。お前は、
ウォーキングと散歩の違い、解ってないのか?」
 そう言われてウッと言葉が詰まる。
「無理はしてないから。俺だって早く治りたいさ。ただ、ジッとしてるばっかりじゃ、
体力落ちるじゃないか。足腰が萎えたら、碌な演奏にならないのは解ってるだろう」
「それは、そうですけど……」
 芹歌は肩を落とした。理屈は解る。それでも、引きずって歩いていた様を思うと、
心配になるのだ。
「心配してくれるのは、嬉しいよ。だけど、俺はちゃんと自分を大事にしてるから、
大丈夫だ。絶対に無理はしない」
 そっと見ると、いつもの自信が溢れていた。そして優しさも。
「病院では、結局あれから逢えなかったな」
 芹歌は過呼吸になった時の事を急に思い出して、カーッとなった。恥ずかしい。
「どうした?急に赤くなって」
(やだ、そんな事、指摘しないで)と思う。
「あの、過呼吸になった自分を思い出したら、急に恥ずかしくなってきて……」
 ボソボソと言う。こんな事、堂々とは言えない。
「ああ、あれな。あの時は、ほんと驚いたよ。真っ赤な顔して、息止めちゃって。
なんでだぁ?未だにわからないんだけど」
「そ、そ、そんなの、自分でも解りません」
「え?そうなの?」
 不審げな眼差しを向けられた。
「それより、大事な話しって、何なんですか?」
 芹歌の問いかけに、真田の表情が少し沈んだ。
「うん……。実はな。俺、来年の春になったら、ヨーロッパへ戻ろうかと思ってるんだ」
 芹歌は体が凍りつくのを感じた。


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