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小説・目覚めのセレナーデ
第三章・冬は峻烈


目覚めのセレナーデ 3-08

2015.09.28  *Edit 


 拍手と歓声が鳴る。真田が出て来ただけで、大歓声だ。それだけ期待されていると
言う事だ。きっと、外国でも、こんな風に期待されてきたのだろう。出て来ただけで
歓声が湧き、聴衆の要求に満足いく答えをださなければならないのだから、プロの
演奏家は大変だと今更ながらに思う。
 軽くお辞儀をして、芹歌はピアノの椅子に腰かけた。椅子を軽く調節し、ペダルの
具合を確認する。裾の長さが気になるが、全部完全に覆うようにすれば問題なさそう
だった。手の方も、戻って来た感じだ。
 真田がバイオリンを当て、芹歌の方へ軽く頷いた後、曲に入った。
(ああ……)
 何て深い音なんだろう。練習以上だ。この人は本番に強い。
 芹歌は感動しながら鍵盤に指を置いた。いいタイミングで入れたと思う。僅かに
真田が芹歌の方へ視線を送った。OKの合図だ。嬉しそうな表情に芹歌の気持ちも
高まって来る。いつだってそうだ。だからますます応えたくなる。
 静寂から高揚へ、情熱がほとばしり、これでもかと言うくらい弓が鳴る。弦を
押さえる指は軽やかで速く、弓を持つ手は、しっかりした肘に支えられ柔らかな手首が
しなる様に音を奏でる。
 芹歌はピアノの次に弦楽器が好きだった。特にバイオリンは大好きだ。バイオリンが
奏でる音は、胸をかきむしられる程、せつない。特に真田が紡ぎ出す音は、体の芯まで
響いて恍惚となってくる。そのバイオリンにピアノで合わせられる事は至福の喜びだ。
 この人の演奏を、更に引き立てているんだと思うと興奮する。
 2曲目は、ピアノが主体のモーツァルトのソナタ。1曲目の興奮を押さえて、
慎重に入った。物悲しい曲だが、モーツァルトのピアノは粒をクリアにして
弾かないと平凡でくすんでしまう。一人のパートの時は緊張する。だが、曲に入る時、
真田が送ってきた視線が芹歌を力づけた。
 大丈夫だ、そう言ってくれてるように感じた。力強い眼差しだった。そして、
信頼の眼差しでもあった。
『お前のソロは腑抜けている』と言っていた癖に、そんな事はどこ吹く風だ。
二人の舞台で腑抜けた音なんて、出せない。いつになく上手く始められたと感じた。
そして、そこへ真田のバイオリンが乗ってくる。この共鳴が最高だ。そして、
いつも引き立てられ役のバイオリンが、ここでは憎らしいくらいにピアノを
引き立ててくる。それが素晴らしくて、芹歌はかつてない程の充実感を味わった。
自分がこんなに弾けるなんて、とまで思う。
 そうして、3曲目はバガニーニ。
 もう、駄目だ、と思った。死にそうに思うほど、酔いしれた。バイオリンが
素晴らし過ぎる。技巧に頼り過ぎるきらいがあったのに、今はそんな事は全く
感じさせない。どうやら自分を取り戻したようだ。
 ピアノを弾きながら、真田の姿を見る。背筋が伸びて、スラリとした肢体が
バイオリンと一体になって音を奏でている。目を閉じて、微かに寄る眉間の皺が
小刻みに伸びたり縮んだりしている。口許は甘美だ。時々芹歌を見る目が妖艶過ぎて、
芹歌の指は昇天せんばかりに一層軽やかに飛ぶ。
 この感覚だ。この感覚が溜まらない。ずっと求めて止まないものだった。
だから、早く卒業して留学したかった。早くまた彼と競演したかった。だからこそ、
失った時、どん底へと突き落とされたが如く絶望した。
 パガニーニが終わった時、耳が壊れる程の喝采が湧きおこった。スタンディング
オーベーションだった。ピアノの椅子に座ったまま、呆然と客席を見渡す。みんな、
とても興奮していた。芹歌自身も体が火照っている。夢の中にいるようだ。
 真田がお辞儀をした後、芹歌の元にやってきて手を伸ばした。にっこり笑っている。
芹歌はその手を取った。ギュッと握られた。
 共に何度もお辞儀をしながら、舞台袖に引っ込む。真田は手を握ったままだ。
「芹歌……。凄く良かった。ありがとう」
 息を切らしながら礼を言われた。
「私の方こそ……。先輩、素晴らしかったです」
「まだ、もう少し、付き合ってくれ。……行くぞ」
 アンコールに応える為、共に舞台に出た。繋がれた手はそのままだ。二人で
お辞儀をした後、ポジションについた。客席が静かになるまでの間に、自分の
呼吸を整える。
 アンコールの1曲目は、軽やかな曲だった。そして2曲目はサラサーテの
「ツィゴイネルワイゼン」。
 ピアノの短い前奏から入り、劇的で物悲しい旋律のバイオリンが鳴る。ジブシーの
せつない音楽が奏でられ、胸をえぐるような孤独が伝わってくる。真田のバイオリンは
胸が締め付けられるほど切なく歌っていた。
 ああ、もっと歌わせてあげたい。ひたすらそう願い指を動かす。後半の速い旋律は
軽やかで、しかも激しく情熱的で慕わしかった。こんなに物狂おしいツィゴイネル
ワイゼンは無い。この音に全てを捧げたいとまで思ってしまう。
 終わった時の感動は、パガニーニを超えていた。どうしてここまで弾けるのだろう。
この人の演奏家としての魂の素晴らしさを痛感する。そして、共に演奏できた事に感謝する。
 ひとしきりお辞儀をした後、真田がやってきた。その顔は紅潮していた。
嬉しそうに差し出された手に手を添えると、腕を引かれて抱きしめられた。
突然の事に、芹歌は仰天した。
「芹歌……。愛してる……」 
 耳元でそう言われた。周囲の歓声の中で、ひと際、その声がこだました。だが、
思いもよらない出来ごとに、頭が真っ白になった。
 客席は相変わらず、惜しみない拍手の嵐だ。きっと、感極まって喜び合っていると
思っているのだろう。
 芹歌がどうしたら良いか分からなくてうろたえていると、真田の体が離れて、
芹歌の手を取りながら舞台の中央へ進んだ。芹歌はお辞儀をする真田に合わせて
頭を下げるが、気持ちは動揺したままだ。
 繋がれた手が、震えている。その震えを止めようとするが如く、真田はしっかりと
握って来た。
 その後、何度もお辞儀をし、舞台袖に引っ込むものの再度舞台へ戻り、3回ほど
繰り返してから、やっと終わった。
「お疲れ様でしたー」
 周囲のスタッフから声を掛けられる中で、芹歌は再び抱きしめられた。
体が震えている。真っ白だった頭が現実を認識し始めていた。だが、この状況は
理解できない。それでも、抱きしめられている事が少しも不快ではなかった。
むしろ、嬉しいと思っている事に気付いた。それでも、『愛してる』の言葉だけは
理解できないのだった。
 あれはきっと、言葉の綾だ。最高にいい演奏ができた事に対する、演奏家への
賛辞なのだ。そうとしか思えない。そういう意味であるならば、自分だって愛してる。
この素晴らしい芸術家を。
「真田君、浅葱さん!」
 大鳥教授が駆け寄って来た。それと同時に二人の体が離れた。大鳥の背後には
渡良瀬教授や他の教師陣がいた。
「素晴らしかったよ、二人とも」
 そう言いながら手を差し出してきて、強く手を握られた。
「芹歌ちゃん、凄く良かったわよ」
 渡良瀬に抱きしめられた。ここまで手放しで褒められた事はない。真田の
コンクールの時も、皆から喝采を浴びたが、今回はそれを上回るような感動だ。
「二人のコンビは以前から素晴らしかったが、年数を置いての久しぶりのコンビとは
思えない程だったよ。浅葱さん。あなたには、これからも真田君のパートナーとして
もっと活躍してもらわないとね」
 大鳥の言葉に、真田は満足げに頷いている。
「芹歌ちゃん、本当に良かったわね。これで、あなたのパートナーとしての実力を
公にする事ができたのよ?これからは、世間もあなたを真田幸也のパートナーとして
注目する筈よ」
 メディアの人間も来ていたから、今日の公演は明日の記事に出るだろう、と
大鳥が意気揚々としている。
 芹歌はなんだかビックリだ。真田を見上げると、「だから、ドレスアップしといて
良かったろう?ダサいまま記事に載ったら、それこそ恥ずかしい」と言った。
 どこまで侮辱すれば気が済むんだ。全く、『愛してる』なんて調子のいい人だ。
上げたり下げたり、いいように弄ばれたと、芹歌は少し憤慨した。

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