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小説・目覚めのセレナーデ
第三章・冬は峻烈


目覚めのセレナーデ 3-04

2015.09.21  *Edit 


「横浜に行く事に決めました」と、嬉しそうに神永から告げられた水曜日の翌日。
 国芸の真田のレッスン室へ行くと、いつものように真田が来ていた。その姿を見て
ホッとする。だが、顔色は相変わらず良くない方だ。目の隈は無くなっていたが健康には
見えない。
「先輩、大丈夫ですか?体の方は」
 芹歌の問いかけに薄く笑ったが、無理しているように見える。
「大丈夫だ。もう十分休んだし。薬も毎日ちゃんと飲んでるよ。ただ、体力が落ちたと
思う。学内コンサート程度だからいいが、リサイタルだったら厳しいと思う」
 伏せ目がちな様が妙に痛々しい。こんな真田を見るのは初めてだ。
「もう、時間が無い。練習日を増やしたいんだが……」
「はい……」
 当然だろう。そうでなくても近くなったら増えるのが常だ。
「いつがいい?平日の午前中とかが、お前にとっては一番都合がいいんじゃないか?」
「え?それは、確かにそうですけど、先輩は大丈夫なんですか?体調的に無理しない方が
いいと思うんですけど」
 真田の片頬が緩んだ。苦笑したように見える。
「俺、今良くないんだよ、バイオリンがさ。思うように弾けないんだ。だが失敗する
わけにはいかない。その為にも練習するしかない。お前をそれに付き合わせてしまうのは、
悪いとは思うが……」
「そんな事は、気にしないで下さい。私は伴奏者ですから。ソリストが満足するまで
付き合うのが私の役割でもあるんですから」
「そうか。じゃぁ、頼むな」
 力無い笑みに胸が痛む。弾けないって、どうしてなんだろう。誰にでもあるスランプ
なのか?いつだって堂々として、自信満々で、強気で傲慢で、燦々と輝いていたのに。
 その日から二人の戦いが始まった。今回の戦いは、いつものように互いに火花を
散らすものとは違った。芹歌自身の調子は悪くない。だが、真田の方が今までにないほど、
何度も止まる。思うように弾けなくて中断する。その度に芹歌は黙って待つのだ。
時には真田の演奏に異を唱えるように芹歌の方でピアノを止める。言葉はいらない。
ただ黙って見つめ合うだけで互いの意思は往復した。
 だが芹歌は内心で驚愕していた。まるで悪い夢でも見ているような気がした。
あのサントリーホールの演奏で、彼の異変に気付いてはいたが、ここまで酷くなるとは
思ってもみなかった。
 八月の発表会の時は、とても良かったのに。
 初めてここでやったロスマリンだって、最高だったのに。
 あれから、そんなに時間は経っていない。それなのに、この急激な変化は何なのか。
胃潰瘍になったのが原因か。それとも、別の原因があって胃潰瘍になってしまったのか。
 一体いつからだろう。
 曲を決めた頃は、それ程でも無かった。どこか変で集中力を欠いていると感じていたが、
それでも二人で合わすと良い感じだったのだ。それが明らかにおかしくなったのは――。
 神永との事を注意された頃じゃなかったか。
 あの件で、真田の機嫌が非常に悪くなった。でもまさか、そんな事で?そんな事が、
何より大事なバイオリンが弾けなくなる理由になるのか。とても信じられない。
(私の思い過ごしだ)
 芹歌はそう思った。きっともっと複雑な理由に違いない。それは他人には計り
知れない事だ。
 とにかく、根気強く取り組むしかない。続けている事で、少しずつだが良くは
なってきていた。だが間に合うのだろうか。そんな焦燥が湧く。そして、それが表に
出ないよう落ち着くように自分を言い聞かせた。伴奏の自分が焦ったら、真田の方は
もっと焦ることになる。とにかく彼に合わせ、ところどころでリードするのだ。
「芹歌さん、なんか疲れてますね」
 横浜の初デートの時に、神永に言われた。
「ああ、ごめんなさい」
 真田との練習は、今までとは別の疲労を感じる。激しくて消耗するのではなく、
神経が疲れるのだった。以前片倉がリハビリと言っていたが、今はまさにリハビリのようだ。
 ふと何かを感じ、芹歌は後ろを振り返った。
「どうしました?」
 いきなりの事で神永は驚いている。
「ううん。何でも無い」
 芹歌は首を振った。神経が過敏になり過ぎているのかもしれない。
 二人は横浜のみなとみらいに来ていた。コスモワールド内を楽しんでいる。
「遊園地とかは、行った事あるんですよね?」
 さすがに無いなんて事ないですよね?と笑っている。
「まぁ、一応ね。でも、小学生の時までよ?家族でね」
「ええ?それ以降は無いって事ですか?」
「ええ。だって、遊園地なんて子どもが行くところでしょ?」
 神永がガックリと肩を落とした。
「芹歌さん。周囲を見回して下さいよ。子ども連れしかいませんか?」
 言われて周囲を見回した。
「うーん……。言われてみれば、子どもより大人の方が多い……かも?」
「ですよね?で、その大人って?カップルが多くないですか?」
「まぁ……。そうなのかな?」
 神永は呆れたような顔をして、首を振った。
「そんな呆れないでよ。しょうがないじゃない。カップルで出かけるって事自体、
今まで無かったんだし」
「そんなの嘘だ」
 疑いの眼を向けて来た。
「嘘って。嘘じゃないから。本当の事よ?」
「こんなに可愛いのに、そんなの信じられませんよ」
 芹歌は顔が熱くなった。
「やだな。神永君……。そんな疑われても困っちゃう。経験あるなら、こんな間抜けな
やり取り、してないと思わない?」
「まぁ、それは確かに……」
(あら、肯定されちゃった)
 この肯定は、一体どの部分なんだろうと芹歌は思う。
「なんか、まるで誰とも付き合った事が無いような口ぶりですよね」
 溜息をついている。
「ごめん。多分、無い、と思う」
「ええー?」
 信じられない物を見るような目つきになった。
「冗談じゃ、ないですよね?」
 そんな念押ししなくてもと思う。それほど驚くような事だろうか。
「冗談ではありません。ただ……。うーん。真面目に付き合った事が無いってだけで、
誘われてお茶や食事くらいなら、あるけど……。でも、1,2回より多く同じ人とは
無いかな。あんまりそういうの、興味無かったし」
「興味無かったって……」
 神永はまた首を振った。どれだけ首を振るのだろう。いや、振らせているのは自分か。
「だけど……」
 神永は暫く考え込むようにしていたが、表情が明るくなってきた。
「それって、あれですよね。デートするの、僕が初めてって事なんですよね?」
 嬉しそうな顔が可愛くて、芹歌は微笑んだ。
「そういう事になるね」
「ひゃっほー!やった、ラッキー。って言うか、凄く嬉しい」
 神永は芹歌の手を強く握り、スキップを踏まんばかりに足取りが軽くなった。
 二人は観覧車に乗り込んだ。最初は向かい合わせに座っていたが、頂上近くまで来た時、
神永が芹歌の隣に移動して、肩を抱いてきた。
「寒くないですか?」
「うん。大丈夫」
 この日は天気が良くて風も小さかった。
「やだな、芹歌さん。こういう時は、ちょっと寒いかもとか言うんですよ。そしたら
遠慮なく抱きしめられるのに」
 神永は顔を近づけてきた。柔らかい唇がせつなげに芹歌の唇を吸う。
 ふと、真田に口づけられた時の事を思い出した。思わず神永の胸を押す。
「どうしたんですか?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと恥ずかしくて……」
「二人だけなのに?」
「だって……、真っ昼間だし。他の箱に乗ってる人からも見えるし」
 神永は笑いながら芹歌の頭を抱きかかえた
「ふふ……、芹歌さんは恥ずかしがり屋なんだな。免疫がないからかな?」
 分からない。なぜ、こんな時に思い出したのかが。
 神永の腕の中は、温かくて居心地が良い。自分を慕ってくれて、愛されている事が
とても心地良い。綺麗な瞳に見つめられると、胸がときめく。一緒にいて楽しい。
 母の実花も同じ思いのようだ。神永が再び水曜の晩に夕食を共にするようになって、
前にも増して嬉しそうにしている。最近は、食事の後に一緒に音楽鑑賞をしたり、
カードゲームをしたりして、前よりも共に過ごす時間が長くなった。
 その光景を見て、本当に家族みたいだと思うのだった。違和感がまるでない。
なんだか可愛くて、求められたら与えたくなる。そんな雰囲気を持っている。おまけに、
何かと支えてくれている。この人のお陰で、浅葱家が変わった。消えていた灯が再び
灯ったように明るくなった。このぬくもりに安らぎを覚えるのだった。


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