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小説・目覚めのセレナーデ
第三章・冬は峻烈


目覚めのセレナーデ 3-01

2015.09.16  *Edit 


 胸が痛いと言って倒れた真田は救急車で病院に運ばれた。その場にいた芹歌は、
真田の家族に連絡し、救急車に乗り込んだ。車内にいる間、真田はずっと苦悶の
表情を浮かべて痛みに耐えていた。額には脂汗が滲んでいる。目の下にはうっすらと
隈が浮かんでいた。
 どうしてこんなになるまで、気付かなかったのだろう。演奏が変である事は最初から
気付いていた。その原因がどこにあるのかは分からなかったが、矢張り体調が思わしく
なかったのだ。だから、スケジュールも空いていたのだ。休養する為に帰国したからだろう。
 この人も、ずっと走り続けてきたんだ。外国の地でたった一人で。この勝気な人が。
きっと、勝気であればあるほど疲労も大きかったのだろう。
 嫌な病気で無ければ良いが。
 そう思いながら、検査室に入った真田を見送って廊下の椅子に座る。暫くして、
真田の母親がやってきた。
「芹歌ちゃん」
 5年ぶりの再会だった。最後に会ったのは父の葬儀の時だ。真田は来なかったが、
彼の両親はお悔やみに来てくれた。
「小母さま……」
「芹歌ちゃん。お久しぶりね。まさか、こんな所で会うとは思わなかったわ。幸也は一体?」
 芹歌は不安げな顔をしている彼女に、簡潔に状況を告げた。
「そう。胸が……。でも、取り敢えず命に関わる事では無くて良かったわ」
 真田の母、麻貴江が安堵したように目を伏せた。
「あの小母さま。先輩の体調って、ずっと良く無かったんですか?」
「いいえ。ここ最近は、何か思い悩んでいるような感じだったけど、体調が悪いって事は
無かったと思うわ。隠してたのかもしれないけれど」
 麻貴江が軽く首を振った。
「あの……、失礼かもしれませんが、ドイツから帰って来た理由って、小母さまは
ご存じですか?」
「いいえ。あなたは何か知ってるの?」
 厳しい目を向けられて、芹歌は怯んで首を振った。
「向こうでずっと、上手くやってるんだと思ってた。問題があるようなら、伝わって
くる筈だし。だから、私達も驚いたのよ。本人は何も言わないし。あの子は強い子だから、
何も心配してなかったのに……」
 強い子……。その言葉が胸に引っ掛かる。確かに真田は強い人間のように見える。
はたからは。だけど、実際にはどうなんだろう。
 検査が終わり、点滴を付けたまま運ばれてきた。眠っているようだ。
 医者が「胃潰瘍ですね」と言った。このまま1週間ほど入院すると言う。
 学内のコンサートまで残すところ20日しかない。もう追い上げの時期に入って
いるのに、1週間も入院とは。
「胃潰瘍って、どの程度なんですか?まさか手術が必要とか」
 麻貴江の言葉に、芹歌は崖から突き落とされるような気持ちになった。
「いえ、軽い方なので薬物治療で大丈夫です。ただ念の為にもう少し精密な検査を
しておきます。それと、かなりお疲れのご様子なので静養もかねて」
 そう聞いて少しホッとした。
「取り敢えず良かったわ。芹歌ちゃん、色々ありがとう。後は大丈夫だから、
もう帰って貰っていいのよ」
 そうは言われても、素直に帰る気持ちにはなれなかった。せめて目を覚ますまでは
傍にいたかった。だが、麻貴江に「お教室の方があるんでしょう?生徒さん達に
迷惑を掛けたら悪いでしょう」と言われて、仕方なく帰る事にした。帰りにナース
センターに寄って、面会時間を確認する。午後1時からと言う事だったから、
明日来ようと決めた。
 その日のレッスンは気もそぞろだった。集中力が欠如していたと思う。それでも、
何とか頑張った。母には、何も話さなかった。余計な詮索をされそうで嫌だったからだ。
 翌日の午後、逸る気持ちを押さえながら真田の病室を訪れた。個室だった。
ノックをしてそっと扉を開けると、真田が上半身を起こして窓の外を見ていた顔を
こちらへ向けた。
「芹歌……」
 顔色が悪い。表情も沈んでいる。
「来てくれたのか……。仕事は大丈夫なのか?」
 芹歌は黙って頷いた。
「可愛い花だな……」
 芹歌の手の中にある、花瓶入りの花を見て微かに微笑んだ。花瓶があるかどうか
分からなかったから、花屋で花瓶も選んできたのだった。淡い八重咲きのバラを中心に、
柔らかくて温かい印象の花を選んだ。少しでも心が和むようにと。
「なんだか、お前みたいだ」
「え?」
 真田を見たが、彼は花を見たままだ。
(お前みたいって……。この花が?)
「あの……、先輩」
 芹歌は花をベッドサイドの小机の上に置いた。
「ん?」
「午前中、検査だったんですよね?何か言われましたか?お医者様に」
「んー。特に何も……。新しい発見は無さそうだから安心していいって」
「新しい発見は無さそう?それって、お医者様がそう言ったんですか?」
「ああ……」
「なんか、変な表現。ホントかな……」
「ほんとだよ。俺を疑うのか」
「すみません……」
 口調はいつもの感じだが、声に力が無い。この人らしくない。それが悲しい。
「なぁ、芹歌。すまなかったな、いきなりあんな事になって」
 芹歌はブンブンと首を振った。
「1週間、入院だって言われた。この分だと学内コンサート、危ないな」
「先輩……。でも、新しい発見はないんでしょ?それなら、1週間すれば元気に
なるって事じゃないですか。毎日しっかりお薬飲んで、良くなる事を考えてくれないと、
私困ります」
 真田が口許に軽く笑みを浮かべた。
「全く、笑えるよな。この俺が、胃潰瘍とはね。お前ならまだしも」
「あ、侮辱」
 相変わらずの憎まれ口だ。
「俺……、色んな事、失敗したなって、つくづく思ってる」
「え?それってどういう事ですか?後悔してるってこと?」
「ああ。きっと、何を?って訊くんだろ。だから先に言っとく。色んな事だ」
 真田は芹歌の方は見ずに、外に視線を向けた。
「お前が、花を持ってやってきたのを、ここから見た。せかせかと、小走りだったな。
それを見て、俺は嬉しかった。そして、後悔の念が、波のように押し寄せて来たんだ」
「先輩……」
 一体、どういう意味なのだろう。嬉しかったって?後悔の念って?真田が何を
言いたいのか、分からなかった。
 真田は芹歌の方を振り返って、力無く笑った。
「もう帰れ。教室の方があるだろ。それから、もう来なくていいから」
「え?どうしてですか?今日は帰りますけど、もう来なくていいって……」
 そんな事を言われるとは思わなかった。ショックだ。
「仕事があるだろう?伴奏の仕事が。こんな所で油を売ってないで、少しでも時間が
あるなら練習する事だ。俺のせいで失敗でもされたら、困るしな」
 真田の言う事は尤もだ。だが、何故か芹歌の心はそれを素直に受け止められない。
天の邪鬼だからだろうか。来るなと言われたら、来たくなってしまうのか……。
 それに、いつも自分の前に立ちはだかっていた強い筈の人が、こんなに弱々しい姿を
晒している。その事が、芹歌の胸の奥の方まで痛みや切なさを運んでくるのだった。
「先輩はいっつも、狡い。私に来て欲しくないのなら、『来て欲しい』って言わないと
駄目ですよ」
「はぁ?何言ってるんだ?馬鹿な事を言うなよ」
 真田が目をぱちくりさせた。
「馬鹿な事じゃありません。って言うか、馬鹿みたいに聞えるかもしれないけど、
でも私、そう言って貰えないと、多分、毎日、来ちゃいます……」
 真田は「何言ってるんだか……」と言って呆れたように溜息をついた。そして
そのまま、何も言わないで外を見続けている。芹歌はその横顔を見つめた。
(ああ、演奏したい。一緒に……)
 何も喋らなくとも、一緒に演奏するだけで、それだけで良かった。この綺麗な横顔を
見ていると、上手くいった時の胸が締め付けられるような艶やかな顔が記憶の中に
蘇って来る。あの刹那が一番好きな時だった。体の中の血潮が一気に湧きあがって、
大きなうねりへと突入し、弾(はじ)け、昇華する。
 他の人と組んでいる時も、ソロでは味わえない楽しさを味わえるから伴奏の仕事は
辞められないのだが、相手が真田となると、もうそれは格別だった。
「先輩……。早く良くなって下さい。それで学内コンサート、必ず成功させましょうよ。
そうでないと私、何の為にここにいるのか分からなくなる。と言うより、私の存在意義
そのものに関わる気がします。だから……」
「わかった。……わかったから、もう帰れ」
 真田は相変わらず外を見たままだったが、その声は僅かに震えていた。

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