ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

小説・目覚めのセレナーデ
第二章・秋は戯れ


目覚めのセレナーデ 2-27

2015.09.13  *Edit 


「気持ちいい……」
 天気が良く、潮風が心地良い。海岸はサーファーやカップル、家族連れなど、
多くは無いが、それなりに賑わっていた。富士山も見えて、心が洗われる気がした。
 寄せて来る白波が、泡をたてて消える様は、まるで人生のようだ。波がたっても、
やがて泡のように消えて行く。その繰り返しだ。悩みや痛みも、そんな風にして
消えていってくれたらと思う。こんな風に思うのは、逃避なんだろうか?
「芹歌さん。今日はどういう話しだったんですか?」
 一緒に海を見ている神永が、世間話をするような調子で訊いてきた。
「うん……」
 芹歌は理事長から言われた事を淡々と話した。
「それで芹歌さんは、どうするつもり?」
 黙って俯く。どうしたらいいのだろう。気持ちは、やりたくない。だが、それでも
良いのだろうか。結果的に自己中なんじゃないのか、との思いが湧いてくる。
無責任なのではないかと。
「我慢、するつもりですか?できるんですか?」
「……自信は、無い、かな……」
「なら、やめましょう」
 神永がきっぱり言った。
「え?でも……」
 そんな風にきっぱりと割り切れるなら、何も悩んだりはしないと思って顔を上げたら、
いきなり抱きしめられた。
「あ……」
「いいんですよ、断って。でないと、あなた自身が駄目になってしまう。僕は壊れて行く
あなたを見たくないです」
「神永君……」
「今にも、水の中に身を投げ出しそうですよ。そんな風に一人で抱え込まないで下さい」
 神永の手に力が入った。
(温かい……)
 神永の胸に顔を埋めた。
 こんな風に抱きしめられたのは、何年ぶりだろう。
 ずっと一人で、ひとりぼっちで戦ってきた気がする。運命から見放されて、
たったひとりで。
「あなたが……好きです。だから、あなたに拒絶されたと思って、僕は辛かった。
それでも毎週、あなたと逢う。あなたの息使いをすぐ傍に感じる場所で……。だから、
極めて事務的に装うしか無かった。でも僕、間違ってましたね。それが今日
分かったんで、お宅へ伺ったんです」
「分かったって、何を?」
「僕は、芹歌さんにとって、迷惑な存在なんだと思ったんです。でも、そうじゃ
なかったって事です。そうじゃないんですよね?」
 芹歌は神永の胸の中で頷いた。迷惑なんかじゃなかった。どれだけ助けられていた事か。
「僕は、これからもあなたの力になりたい。あなたの傍にいたい」
 神永は、抱きしめていた手をそっと緩めて、芹歌の顔を持ちあげた。怖れと不安と
希望と歓びがないまぜになったような瞳が近づいてきた。唇が重なった瞬間、芹歌は
目を閉じた。神永の唇は、最初はためらいがちだったが、やがて強く押し当ててきた。
唇が僅かに開き、吐息が混ざり合う。
 唇が離れ、再び抱きしめられた。
「ずっと、あなたが好きでした。ピアノを習う前から……。憧れていたんです。
でも仕事が忙し過ぎてなかなか練習に行けなくて。だから、転職して、合唱と
ピアノとで週に二日も逢える事になって、凄く嬉しかった。しかも、ピアノの
レッスン中は、すぐ傍だし、あなたは手取り足とり丁寧に教えてくれるから、
内心凄くドキドキしてたんです」
 そうだったのか。少なくとも、レッスンに通い出す前までは、全くそんな事は
感じなかった。レッスンに来るようになってから、時々彼のせつなそうな視線を
受けて不思議に思ったが、彼を意識しだしたのは、我が家で食事をするように
なってからだ。
「神永君……」
「はい……」
「ありがとう……」
 体が離れた。問うような眼差しに見つめられた。
「少し、歩かない?なんかちょっと、恥ずかしい……」
 芹歌は周囲に目をやる。
「ああ、そうですね。すみません……。じゃぁ、あの……。手を繋いでもいいですか?」
 若い男が頬を染めている。なんだか可愛い。
 芹歌は頷いて、手を差し出した。神永は嬉しそうに、その手を取った。大きな手だ。
いつもピアノを弾いている時に、羨ましいと思う手。
「私……、本当に団に戻らなくてもいいって思う?3月まで我慢すれば済む事なのよ?」
 心が凪いでいた。自分を抱きしめて、受け止めてくれる存在があると言う事が、
どれだけ心の安定になるのか、初めて知った気がした。
「さっき、自信が無いって言ったじゃないですか」
「そうだけど……」
「芹歌さんは、もっと自分の事を考えるべきです。自分自身を最優先にしないと。
あまりに、自分をおざなりにし過ぎてる」
 握る手に力が入った。
「山口さんと組む事で、芹歌さんの神経がすり減ってくの、僕は見てて辛かったです。
本当は、もっと早くに辞めても良かったくらいなんです。今更ですよ。山口さんを
すぐに切れないからって、芹歌さんに我慢を強いるなんてとんでもない話しです。
断るべきです。と言うか、断って下さい」
 神永は真面目に言っているんだろうが、芹歌は何故か可笑しくなってクスリと笑った。
「あ、笑った」
 不服そうな顔だ。
「だって……」
 ちょうど、辺りに人影が無かったからか、いきなり腕を引っ張られて唇を塞がれた。
 舌は入って来ないものの、啄ばむように何度も何度も唇を重ねる。胸の動悸が
激しくなってきて、頭がぼーっとした。そのままどこかへ雪崩れこみそうな勢いを
感じたが、暫くしてようやく芹歌の唇は解放された。
 耳元で「笑った罰……」と囁かれて、頬が熱くなった。その頬を大きな手で
包まれて、一層、熱くなるのを感じた。
「芹歌さん、なんか可愛いな。もしかして、こういうの馴れて無い?」
 馴れてなどいない。ずっと音楽一筋で来たのだから。
 再び唇を塞がれたが、今度は軽く触れて終わった。
「ごめん。困らせちゃったかな」
 再び手を取って歩き出す。
 情熱的な人だな。でも考えて見れば、毎週彼が歌う歌は、情熱的な恋の歌だった。
あれが彼の心だったと言う事か。
「ご飯、食べて帰りたいけど、お母さんは大丈夫かな」
「多分……。須美子さんにメールするね」
 芹歌は繋がれた手を外して、須美子にメールをした。その間、神永はジッと芹歌を
見つめていた。見ると、嬉しそうに笑っている。
「どうしたの?」
「あなたが、素直だったから」
「はい?どういう意味かしら」
「ご飯を食べて帰る事に、何の抵抗もなく、すんなりと受け入れてくれた。
それが嬉しくて」
「やだ、そんな事で?」
「だって、これまでずっと、僕のやる事に抵抗を示してたじゃないですか」
 少し恨みのこもったような目つきになった。
「そ、それは……。普通でしょう。行動の意図が掴めなかったから。うちのような
家庭状況で、若い男性に親切にされたら、警戒くらいするし」
「それは、そうかもしれません。僕はちょっと傷つきましたけど」
「じゃぁ訊くけど、あなたじゃなくて、他の男性とかだったら?その親切を素直に
私たちが受け入れてたとしたら、あなた平気?」
 神永の顔色が突然変わった。
「え?どうしたの?」
 恐れるような目で芹歌を見た。一体、いきなりどうしたと言うのか。
「あ、いえ。すみません。平気じゃないです」
 首をぶんぶん振る。
「ねぇ、何か顔色が悪くなったみたいだけど、どこか具合が悪くなったの?」
「いえいえ。想像したら、ちょっと怖くなってしまっただけです。すみません。
もう、この話しはやめましょう。ご飯、ご飯」
 神永は陽気に笑ったが、その笑顔はどこかぎこちなさが感じられた。


スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。