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小説・目覚めのセレナーデ
第二章・秋は戯れ


目覚めのセレナーデ 2-23

2015.09.06  *Edit 


 ピアノの練習に身が入らない。心が千々に乱れている。
 神永の態度は相変わらずだった。別に馴れ馴れしくして欲しいとは思わないが、
硬い事務的な態度は癇に障る。真田も同じだ。いつも激情にかられている男が、
氷のように冷たい。そして演奏は全然、乗らない。乱れは減ったが機械が演奏している
ようだった。
 芹歌は首を振る。
(集中しなくちゃ)
 伴奏は何も真田相手だけではない。秋にリサイタルを開く演奏家は多く、毎年何人かに
頼まれる。今年も3人の演奏家のリサイタルで伴奏をする事になっている。
失敗は許されない。
 こんな事なら、真田の伴奏を引き受けなければ良かったと思う。あの人が帰って来た
時点で心が乱れたが、逢わずにいればそれまでだった。それなのに、と思う。
 放っておいてくれたら良かったのに……。そしたら、今まで通りに自分の仕事に
集中できたし、神永の事だって、余計な口出しをされる事もなく、上手くいっていたに
違いない。
 一緒に弾いてしまったのが失敗だった。あれが自分を惹きつけてしまった。かつて
味わった至福の時間が蘇って、芹歌の心を離さない。
 あそこへ戻りたい。あの、身も心も捧げつくした後にこそ味わえる世界に。

「この間の久美子さんのリサイタル、凄く良かったですよ」
 レッスン終了後、楽譜をしまいながら春田が言った。
「先生は行かなかったみたいですね」
「他の人の伴奏の仕事と被ってたから」
 日曜日の話しだ。東京オペラシティの小ホールで久美子のリサイタルがあった。
「だけど春田さん、よくご存じでしたね」
「久美子さんから誘われたんですよ。生で聴いてみたいと思ってましたから、ちょうど
良かった」
 日本では、チケットはなかなか売り切れない。世間的に余程有名な演奏家でない限り、
余るのが常だ。だから、自分の弟子たちや友人の所にも誘いをかける。芹歌の所にも、
あちこちからチラシが届くので、興味のありそうな生徒さんの保護者に声を掛けたり
するのだった。
「だけど、先生……」
 春田の顔が神妙になった。
「はい?」
「あの……、久美子さんのリサイタル、神永君も来てましたよ」
「え?ああ、そうなの。彼も誘われたのね」
 神永の名前を聞いて、一瞬ドキリとした。
「ええ。それで、終了後に声を掛けたんですよ。食事でもして一緒に帰ろうかと
思いましてね。そしたら、断られた」
「あら……。何か用事でもあったのかしら」
「ええ、それがね。僕の事など上の空って感じで。間もなく、久美子さんが出てきて、
二人で姿を消しちゃったんですよ」
「ええっと……、それって……?」
 スターと言う訳ではないので、終了後にホールの外に出て来場者に挨拶する事が多い。
来場者に関係者が多い場合は特にそうだ。だから今回もそうなのだろう。だが、神永と
二人で姿を消したって言うのは少し不可解だ。
「周囲に挨拶とか、無かったの?」
 春田の話しでは事情がよく飲み込めない。
「ああ、ありました。僕も『よく来てくれました、ありがとうございます』って
言われたし。でも、ざっと挨拶を済ませた後に、神永君を伴って楽屋口に消えたって
言うか。僕は置いてけぼりを食わされてしまったって感じでしたよ」
 少し口を尖らせている。扱いの違いに不満なのだろうか。
「あれって、どういう事なんでしょうね?もしかして、あの二人、付き合ってるのかな。
先生は聞いてませんか?」
「え?そんな話しは、全然、聞いてませんけど……」
 いつの間に、そんなに親しくなったのだろう。そう言えば、合唱団を辞めた事も、
神永から聞いたと久美子が言っていた事を思い出す。あの時にも少し不審に感じたが。
「神永君は、先生の事が好きなのかと思ってましたが、久美子さんの方だったのかな。
驚きだけど、まぁ、お似合いではありますよね。美男美女のカップルで」
「やだ、春田さん。何言ってるんですか。付き合ってるかどうかなんて、分からないのに」
「ははは。まぁ確かにそうですが、雰囲気は良かったですよ。男女の感情を僕は感じ
ましたけどね。こんなに長く生きてるんですから、少しは分かります」
 自信ありげな顔をしている。
 こういう人の自信ほど、案外あてにはならないものだ。そう思いながらも、胸が
ざわついた。正直、久美子は曲者だ。男に関しては手が早い。美人で愛想も良く、
駆引きが上手い為、大抵の男は落ちる。しかも、後まで引くようなタイプの男は絶対に
選ばない。互いに上手に遊べる相手を見極めるのも上手いのだ。神永は、そんな久美子の
お眼鏡に叶ったと言う事なのだろうか。
 それにしても、芹歌の前で散々愛の歌を歌いながら、芹歌の友人である久美子と……。
何だか不愉快な思いが湧いてくる。
 ピアノの発表会の時、『あなたを想って弾きました』と言ったじゃないか。それから
だって、随分と思わせぶりな事があった。それなのに……。
 ああ、なんなんだろう、私って。
 春田の話しに動揺している自分に、芹歌は愕然とする。いつの間にか、自分の中で
神永の存在が大きくなっていたと言う事なのだろうか。
 純粋で優しい瞳に見られていた時の心地良さ。それが事務的な瞳に変わった事で、
心が寂しさで満たされていく気がした。
 でも私は、ずっと孤独だった。お父さんが死んだ時から、ずっと。何を今更寂し
がってるんだ。馬鹿じゃないか、私……。
 急に、梅雨時に玄関脇に咲いていた紫陽花が思い出された。あの紫陽花のように、
目立たずにひっそりとしていた筈なのに。それで良かったのに。
 母のように、全てに背を向けて引きこもりたい。
 初めてそう思うのだった。

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