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小説・目覚めのセレナーデ
第二章・秋は戯れ


目覚めのセレナーデ 2-10

2015.08.14  *Edit 


「お母さん、お久しぶりです。真田です。ご無沙汰してしまって、すみませんでした」
 真田は女性ウケする自信の笑顔で、母親に向かって挨拶した。
「まぁ、真田さん。お久しぶりですね。随分とご立派になられて……」
 浅葱実花は、眩しそうに真田を見上げた。
「あなたが突然現れた時には、それはもう、驚きました。帰国された事はテレビの
ニュースで知ってましたけど、随分と遠い人になってしまったなって思ってたのに、
まさか今日、芹歌の為に来て下さるなんて……。あの、そうよね?芹歌の為に
来て下さったのよね?」
 にこやかな顔に、心配げな表情が浮かんだ。
「お母さんっ」
 そばで、芹歌が母をたしなめる。
 真田は笑顔のまま、「そうですよ。芹歌さんの為に来たんです」と答えた。芹歌の顔が
曇った。唇が微かに震えてる様が視界のはしに映る。
「そう、良かった、ありがとうございます。最後のアンサンブル、素晴らしくてウットリ
しちゃったわ。えーと……、フルートの片倉さん。何度か芹歌が一緒に仕事をさせて
もらってますよね。お世話になってます。今日もありがとうございました」
 思っていたよりも遥かにしっかりした態度に、真田は少し驚いた。それは片倉や
渡良瀬も同じようで、戸惑っている様子だ。
「あ、いえ。お世話になっているのは僕の方ですよ。芹歌さんの伴奏は素晴らしくて。
仕事の為に夜、家を空けさせちゃって、お母さんに寂しい思いをさせてしまったのを
少し申し訳無く思ってます」
「あら、そんな事、気にされなくても大丈夫です。若い女の子だから泊まりとなると、
ちょっと心配ですけどね。この先も、使ってもらえると助かります」
「あら……」
 実花の言葉に、驚いたように渡良瀬が反応した。なかなか外へ出そうとしなかった事を
知っているだけに、驚愕の発言だったのだろう。
「何か?」
 実花は不思議そうに渡良瀬を見た。
「いえいえ。それなら話しが早いわね。実はね、お母様。それに芹歌ちゃん。
国芸学内で毎年、クリスマスコンサートをやってるでしょう。それにね。今年は
真田君が参加する事になったのよ。それで、芹歌ちゃんに是非伴奏をお願いしたいって」
「ええ?」
 芹歌が大きく目を見開いて、真田の方を見た。真田は大きく頷く。
「あらまぁ。それは凄いわ、芹歌」
 実花の方も驚いているが、こちらはどちらかと言うと嬉しそうな感情が垣間見える。
芹歌の方は、疑心暗鬼な顔をしていた。
「あの……、でも、どうしてですか?」
 戸惑ったような反応に、渡良瀬は笑った。
「いやだわ、芹歌ちゃん。何を言ってるのよ。あなたは元々、真田君の専属じゃないの。
これから国内で活動する真田君なんだから、当たり前じゃない。久しぶりだから、
まずは学内コンサートで手慣らしってところでしょう」
 嬉々とした渡良瀬とは対照的に、芹歌は浮かない顔だった。
「でも……」
「僕、芹歌ちゃんがためらう気持ち、分からないな。さっきのトリオなんか、凄く良くて、
演奏してる僕自身が感動しちゃったくらいだよ?あれだけやれるのに、どうして
躊躇するのかな?お母さんだって、感動しましたよね?」
 片倉に天使のような笑みを向けられた実花は、頬を染めて頷いた。
「ええ、私も久しぶりに感動しました。我が娘ながら、ここまでやれるなんてって」
「じゃぁ、お母様は賛成ですよね?」
 渡良瀬が畳みかけるように訊ねた。
「そうですね……」
 と言いながら、急に実花の顔色が変わった。真田はそれに気付き不審に感じた。
その直後、実花は真田の方を見たのだった。厳しい視線を向けられてドキリとした。
「先ほどから聞いてると、とても嬉しいお話しのように聞こえますけど、真田さんの
口からは、何も聞かされていないんですよね?」
「あら、それは、お母様……」
 真田は手を挙げて、渡良瀬を黙らせた。
「お母さん。僕は最初に言いましたよ?芹歌さんの為に来たと」
 余裕の笑顔でそう告げた。だが実花の厳しい表情は変わらない。
「そうね。でもそれは、発表会の事でしょう。伴奏の話しとは別じゃないのかしら」
「別ではありません。芹歌さんに伴奏をお願いしたくて、来たんです」
「そうですか。だけど、それってクリスマスだけの話しなんでしょう?学内コンサート
だけの。内部だけのコンサートなんですよね」
「お母さんっ」
 芹歌が慌てて、母を諌めようとした。
「あなたは黙ってらっしゃい。真田さんは世界的に活躍しているバイオリニストだから、
学内のコンサートでは芹歌を使うんでしょうけれど、公のリサイタルでは別の人と
組むのよ?そんな一時的な、言わば使い捨てのような事をされるのよ?また」
 真田は実花の皮肉げな口ぶりに驚いた。
「ちょっと、浅葱さん、何をおっしゃってるの?」
 渡良瀬が目の色を変えた。
「先生。失礼な事を言ってると思われるでしょうね。でもね。芹歌だってプロの
伴奏者なんですよ。学内コンサートなんて、所詮はボランティアのようなものじゃ
ないですか。言ってみれば、ただ働きですよね。その為に、芹歌の貴重な時間が
拘束されるんです。真田さんは、コンクールの時のように必要な時だけ芹歌を
使うだけなんじゃないんですか?」
 場の空気が一挙に氷結したような気がした。いつも陽気な片倉でさえ、固まっている。
 真田は、こんな風に思われていたのかと、今更ながらショックだった。
「僕が……、芹歌さんを使い捨てにしたと、そうおっしゃってるんですか?」
「違うんですか?コンクールに優勝した後、さっさと一人で留学されたじゃないですか」
 渡良瀬が、「それは違いますよ」と口を挟んで来た。
「あの時は、芹歌ちゃんはまだ2年生で、学校でのカリキュラムも残ってるから、
一緒に留学なんて出来る状況じゃなかったじゃないですか。それは、お母さんも
承知されてた筈ですよ?」
 そうだ。すぐに留学できる状況ではなかった。だからこそ、1年半遅れて留学する事に
なったんじゃないか。それを駄目にしたのは、貴女じゃないか。俺は待っていたのに。
「ええ。そうでしたね。でもね。その後、何度か日本でも公演しましたよね。その時に、
どうして芹歌を伴奏に使わなかったんですか?まだ学生だったから?そんなの理由に
なるかしら。自分ひとりだけが華やかな舞台で活躍し、芹歌は置いてきぼり。この子が、
どれだけあなたに貢献したと思うんです?芹歌がいたから、優勝できたんでしょうに。
今があるのだって、芹歌のお陰じゃないんですか?それを、ただ働きさせようだなんて、
虫が良いのではありませんか?」
 実花の怒りに、皆がついていけなかった。何故こんな事を言われなければならないの
だろう。芹歌本人に言われるのなら、まだ分かる。だけど、全てを駄目にした女が、
こんな事を言うとは。
「お母さん、もうやめて。そんな酷い事、言わないで」
 芹歌が今にも泣きそうな声で言った。
「何が酷い事なの?本当の事でしょう。あなたはまた、利用されようとしてるのよ?
今はもう、学生じゃないでしょう。一人前の音楽家じゃないの。こんな仕打ち、いいの?」
「お母さん。これは私の問題よ?それに、どういう感情があろうと、大事な先生や
先輩方に失礼なもの言いは止めて。お母さんを、目上に対する礼儀を欠くような人だと
思いたく無い」
「あなたって子は……。どこまでお人好しなのかしら」
 真田は自分が深く傷ついている事に気付いた。他人から繊細だのナイーブだの
言われているが、自分でそうだと思った事は一度もない。傲慢だと言う評に関しては、
そうだろうと思う。だから、こんなに胸が痛いほど傷ついた自覚など無かった。
 この人はこの人なりに傷ついているのだろう。だが、それは周囲の思いとは全く別の所で
勝手に傷ついていたとしか思えない。結局、一番傷ついているのは芹歌だと思う。そして、
それがはっきり分かった事で、真田は自分自身も深く傷ついた事を自覚したのだった。
「お母さん、僕は彼女を使い捨てになどしてません。コンクールで優勝できたのが
彼女のお陰だと言う事もよく分かってます。だからとても感謝してます。あれから
色々ありましたが、僕にとっては、どうしても芹歌さんが必要なんです。伴奏は、
クリスマスコンサートだけの話しじゃない。このコンサートを手始めとして、その後の
リサイタルでも、芹歌さんに伴奏をお願いしたいんです。だからこうして、やってきたんです」
 そうだ。俺の伴奏ができるのは芹歌しかいない。その事がよく分かったから帰ってきた。
その思いを込めて、真田は実花の瞳をジッと見た。実花は暫く厳しい目のままだったが、
やがて徐々に表情が和らいできた。
「分かりました。そうまでおっしゃるなら、今のところはそういう事にしておきます。
ですけど、決めるのは芹歌なので。本人も自分の問題だって言ってますしね」
 真田は取り敢えず、笑顔を作った。
「ありがとうございます」
 そう言って、芹歌を見る。渡良瀬と片倉の視線も自然に芹歌の方へ移った。
 芹歌の方は、事の成り行きにうろたえていた。母親の硬直的な態度に狼狽し、真田の
申し出を考える余裕も無かったようだ。
「あ、あの……」
「芹歌……」
 真田は自分の声が、やけに優しいなと感じた。こんな風に優しく声をかけた事が、
過去に果たしてあっただろうか。
「今すぐじゃなくていい。少し考えてからで。ただ、僕が言った事は本当の事だから。
クリスマスだけじゃなく、今後も伴奏をして欲しい。いい返事を待ってるから」
 真田はそれだけ言うと、「失礼しました」と深々と頭を下げ、渡良瀬と片倉を促して
その場を後にしたのだった。


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