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小説・目覚めのセレナーデ
第二章・秋は戯れ


目覚めのセレナーデ 2-04

2015.08.03  *Edit 


 なんなんだ、あの男は。
 こんなに侮辱されたのは初めてだ。
 今まで我慢して来たものが吹きだしてきそうだ。
 駆け出さんばかりに廊下を歩き、ロビーに出た時に団員達の何人かと遭遇した。
「あ、浅葱さん。こんばんはー」
 明るい顔が挨拶をしてくる。いつも山口の嫌がらせにウンザリしながらも、彼ら彼女らの
笑顔に励まされてきた。だが今は、その顔が辛い。感情に任せて飛び出してきてしまったが、
団員達の事を思うと胸が痛む。だが、もう引き返せない。
 芹歌は軽く微笑みながら頭を下げ、団員達の間を小走りに抜けた。
「あれ?どうしたんですか?浅葱さーん」
 背後から不思議そうに問いかけて来た。「どうしたんだろう」とざわめきが伝わってくる。
それが遠ざかって行くのを感じながら、ドアを開けて外へ出ると神永と出くわした。
 ぶつかりそうになって立ち止まる。
「芹歌さん、どうしたんです?」
 慌ただしげに飛び出してきた芹歌の様子が、いつもと違う事に気付いたのだろう。
心配げに顔に翳りが浮かんでいる。
「ごめんなさい。悪いんだけど、放っておいてくれないかな。私今日はこのまま帰るの」
「え?何でですか?お母さんに何かあったんですか?」
 チッと思わず舌うちしたくなる。言葉を間違えた。母に何かあったのかと思うのも
当然だろう。芹歌は思いきり首を横に振った。
「そうじゃないの。お母さんは大丈夫よ、問題無し。私の都合でね。ごめんなさい。
みんなにも謝っておいて」
 芹歌は神永を押しのけて走りだした。
「芹歌さんっ」
 神永が追いかけて来た。
「芹歌さん、待って下さい、芹歌さん」
 芹歌は必死に走ったが、神永の方が走るのが速いようで、すぐに追いつかれて手を掴まれた。
「芹歌さん、一体、どうしたって言うんです。何かあったんですか」
 息を切らしながら、芹歌の手を掴んだまま離さない。
「これから練習ですよね。お母さんに何かあったんじゃないなら、他に何が?何も無いのに、
あなたが帰るなんて有り得ないじゃないですか」
 芹歌は神永を見上げた。笑おうとしたが無理だった。そして、何か言おうと思うものの、
唇が震えて言葉が出て来ない。このままでいたら、涙が出てきそうだ。
 心配げに見つめる神永の瞳が揺れている。
 この人は、どうしてこんなにも自分を心配してくれるのだろう。
 ふいに車のクラクションが鳴った。その拍子に二人の視線が外れ、同時に神永の手も
ほどけた。芹歌はホッとして、道路の端に避けた。
 車が通り過ぎるのを見送っている間に、少し気持ちが落ち着いてきた。
「神永君、ごめんなさい。ちょっと、トラぶっちゃってね。今日は私、欠席するの。
でも、神永君は戻って練習に参加して?」
 笑顔をとり繕う。
 神永は、そんな芹歌を不信そうな目で見ている。ちょっと気難しそうな顔だ。そんな顔を
するのは珍しい。多分、芹歌の言っている事を疑っているのだ。
「芹歌さんが欠席するなら、僕も欠席します」
 真剣な顔だ。
「何言ってるのよ。ちゃんと出なさい。合唱祭も控えてるんだし」
「嫌です」
 仏頂面になって、そっぽを向いた。まるで駄々っ子のようだ。
「神永君……」
 芹歌は溜息をついた。何だか何もかもが嫌になってくる。どいつもこいつも、
いい加減にしてくれと怒鳴りたくなる。
「わかったわ。休みたいなら休めばいい。私は知らない。さようなら」
 芹歌は踵を返した。
「ちょっと芹歌さん。送って行きます」
 神永が芹歌に並んだ。
「結構よ。遅い時間でもないんだし、一人で帰れるから」
 まだ7時前だ。外は明るい。
「じゃぁ、こうしましょう。このままどこかへ遊びに行きませんか?」
「はい?」
 いきなり何を言い出すのだ。
「だって、本当なら帰るのはもっと遅い時間じゃないですか。それなのに、こんな早い
時間に帰ったら、お母さんも須美子さんもビックリしますよ?」
 確かにそれはそうだろう。言われて歩く速度が少し遅くなる。だが、だからと言って
遊びに行くとはどういう事だ。そんな気にはなれない。
 それに……。
 一人になりたいのに……。
「だけど、遊びに行くって一体、どこへ?こんな時間なのに……」
 神永が立ち止まったので芹歌も釣られて立ち止まってしまった。
「う~ん、そうだなぁ……」
 顎を撫で摩りながら、首を傾げている。
「芹歌さんって、あまり遊んだ事ないでしょ」
 マジマジと見つめられた。
「そうね……」
「僕もです。そんな余裕無くて。だから、いざ遊ぼうって思っても、何をしたらいいのか
分からない」
 両手で頭を抱える仕草に、思わずプッと吹いた。
「笑いごとじゃないですよ。どうするんです?これから」
「やだな、神永君ったら。遊びに行くって約束したわけでもないのに。大体、行こうって
言い出したのはあなたなのよ?私に訊くなんて可笑しいじゃない。あなたが決めてよ」
 神永の顔が思いきり笑顔になった。
「やった!それって、僕と一緒に遊びに行く事をOKしたって事ですよ?芹歌さん」
「……してやられた」
 芹歌は肩を落とした。
 すっかり相手のペースに乗せられてしまっている。
「そんなにがっかりしないで下さいよ。僕、傷ついちゃうな」
 無邪気な顔だ。彼を相手にしていると、何だか不思議な気持ちになってくる。どこか
人をホッとさせる何かを持っているような。
「ごめんなさい。そんなつもりはないんだけどね」
 取り敢えず、笑った。
「それなら良かった。じゃぁ、どうですか?映画でも観に行きましょう」
「え?今から?」
「まだやってますよ。それに、映画館なら近い方じゃないですか。ちょっと観て
みたいなって思ってたのがあるんです。行きましょう」
 促すように歩き出したので、芹歌も従った。
 映画なら、黙って隣に座って観るだけだから、余計なお喋りや気遣いもしないで
済んでちょうど良いかもしれない。そう思い直した。映画館には15分程で到着したが、
その道すがら神永は特に何を話すということもなく、何となく2人は黙ったままだったが、
沈黙が何故か心地良かった。
「良かった、まだ間に合うみたいだ」
 神永が選んだ映画は、外国の文学作品だった。
 涙を誘う作品だった。芹歌はそんなに涙もろい方ではない。それでも、涙が自然に
浮かんでくる。我慢してたら、耳元で神永が囁いた。
「我慢しなくていいんですよ。思いきり泣いて下さい」
 そう言われた途端、堰を切ったように涙が溢れて来た。泣く事で色んな感情が
生まれてきて、今までの悲しさや怒りが全て込み上げて来て、たまらなくなった。
自分でも信じられないくらい、涙がこぼれた。泣けば泣くほど、悲しみが倍増して
いくような気がした。
 この悲しみが永遠に続きそうな気がして、きっと私はそのうちに、泣き疲れて
死ぬんだと思う芹歌だった。

 映画が終わって、周囲の観客が去って行く中で、芹歌はまだ泣き止まずにいた。
「これほどまでの泣き上戸だとは、思ってませんでした……」
 神永が隣の席で困っていた。
 悲しい映画だったから、周囲でも泣いている人間は多かった。だから泣いている
芹歌に対して奇異な目を向ける人間はいなかったが、いつまでも立てないで
泣いている姿にさすがの神永も閉口しているようだ。
「だって……、泣いて下さいって、言ったじゃない……」
「確かに言いましたけどね……」
 いくら最終の回とは言え、いつまでも居座ってはいられない。
「芹歌さん……」
 神永の手が芹歌の頭に触れた。瞬間、ビクッと震えたが、黙ってジッとしていたら、
そっと撫でて来た。
「芹歌さん。何があったのかは知らないけど、こんなに泣くくらいだから、きっと
相当嫌な事があったんでしょうね。あなたもお母さんに似て、溜めこんじゃう方だから」
 言われて思い出した。そう言えば、母も神永の前で号泣したんだった。なんだか急に
恥ずかしくなってきた。
 涙を拭いながら、そっと神永を見た。
「どうして、そんなに、……優しいの?」
「優しいですか?」
「……」
 逆に問われるとは思わなかった。これを優しいと言わなかったら、何と言ったら
良いのか。別に優しくしているつもりなんて、全く無いと言いたいのだろうか。
 芹歌は黙って、頭の上にある神永の手を掴んで下ろした。神永は残念そうな表情を
一瞬覗かせた後、「もう大丈夫ですか?」と言いながら立ち上がった。芹歌も黙って
立ち上がる。
 無言のまま、帰宅の途についた。神永は芹歌のそばから離れない。このまま送る
つもりなのだろう。駅に着き、電車に乗り、駅から歩き、浅葱家の門前まで辿りついた時、
芹歌は門扉に掛けた手を止めて、神永を振り返った。
 ドキリとした。
 なんて切ない目で自分を見ているんだろう。
 いきなり、発表会の時の、あのセリフが蘇ってきた。
――あなたを想いながら弾きました
 芹歌は、まるで射竦められたように動けなくなった。
 神永は暫く芹歌を切なげに見つめた後、フッと力を抜くような笑みを浮かべて
手を伸ばしてきた。右手の親指が、芹歌の左頬をそっとぬぐう。
「良かった。もう涙の痕、残ってませんね」
 芹歌はただ、黙って見つめ返すだけだった。
「じゃぁこれで。今夜はありがとうございました。明日、また来ます。おやすみなさい」
 こくりと頷いた。
 神永は軽くお辞儀をして、来た道を去って行く。芹歌はその後ろ姿が見えなくなるまで、
その場から動けなかった。


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