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小説・クロスステッチ第1部 <完>
第16章 二度目の夏~第21章 前夜


クロスステッチ 第1部第18章 玉虫色 第5回

2010.04.19  *Edit 

 昼の時間になって、看護師が昼食を運んできた。理子の方を見て、どう
すべきか悩んでいるのに気付いた増山が、「彼女にやってもらいますから」
と言った。看護師は「そうですか」と言って残念そうに去っていった。
 不思議そうにしている理子を見て、増山が言った。
 「家族がいない時は、看護師さんが食事の補助をしてくれるんだ」
 増山のその言葉に納得した。右手が使えないので、箸が持てない。
だから、食べさせて貰っているのだろう。相手は増山だ。看護師たちは喜んで
やっているに違いない。だから、残念そうな顔をしたのだ。
 「じゃあ今日は、私が先生に食べさせてあげるって訳ですね?」
 「嫌かい?」
 照れたように言う。
 「いいえ。喜んで」
 理子は満面に笑みを浮かべた。
 先生にご飯を食べさせてあげるなんて、夢みたいだ。
 「はい、あーんして」
 と言って、口へ食べ物を運んで入れてやる。増山は照れくさそうに
しながら、モグモグと食べている。こんな事って、滅多に体験できる
ことではないだろう。6つも年上の大の男に、高校生の自分が、ご飯を
食べさせているのだ。ドキドキしてくる。
 半分ほど食べたところで、ノックの音がした。手を止めて目をやると、
ドアの向こうから一組の男女が現れた。古川と村上彰子だった。
 「よぉ!増山、災難だったなぁ。大丈夫かぁ?おやおや、
ミイラみたいじゃないか」
 増山も理子も驚いた。
 「おや?君は、確か・・・」
 古川が理子に気付いた。
 「こんにちは。その節は、どうもありがとうございました」
 理子は挨拶をした。
 「いやいや、僕の事、覚えてるの?」
 「はい。勿論です」
 「そうかい。・・・あれ、じゃぁ、まずかったかな・・・」
 と、古川は後にいる彰子にチラッと目をやった。
 「お前、どうしてここに?」
 増山が問いかけた。
 「いや、たまには一緒に飲もうかと思ってさ。携帯に電話したら繋がら
ないんで、自宅へ掛けたんだよ。それで、お母さんから話しを聞いたんだ。
驚いたよ」
 「そうか・・・。携帯は、あの事故で駄目になったんだ。
・・・それで、彼女は」
 と、増山は彰子の方を見た。
 「悪かったな。今俺達、付き合ってるんだ。その事も報告しようと
思って連れて来ちゃったんだよ」
 古川の言葉に、増山はとても驚いた。思いも寄らない取り合わせだ。
 「増山君、驚いた?この間の同窓会が縁でね。付き合ってるって
言ったって、たまに一緒に映画を見たり飲んだりする程度よ。まだ、
恋人でもなんでもないんだから」
 彰子の弁解に、増山は苦笑いして、彰子に言った。
 「こいつ、まだ多分、童貞だ。お前が教えてやってくれないか?」
 「や、お、お前、何言うんだよ。俺は童貞じゃないぞっ!」
 増山の言葉に古川は慌てふためいた。彰子は赤くなっていた。理子も
何だか赤くなる。増山は時々こうやって、直截的な物言いをするので、
恥ずかしくなってくる。
 「そんなことより、お前まだ、食事中みたいじゃないか。
悪かったな、こんな時間に」
 「いや、いいよ。でもまだ食事が終わって無いから、少し待ってくれないか」
 増山はそう言うと、理子を促した。友人の前で、年下の女の子に食べ
させてもらう様を見せるのを、恥ずかしく思わないのだろうか。理子の
方は恥ずかしいのに。だが、増山は幸せそうな顔をして食べている。
理子をじっと熱い目で見つめながら。他人がそばにいるというのに。
 そんな様を見ながら、彰子はこの女の子が増山の相手なのだと悟った。
古川が言っていた、ロングヘアーのお姫様みたいな可愛い年下の子、
という言葉。確かにその通りだ。それに何より、増山の表情。今まで
一度も見た事が無い、幸福に満ちた顔をしている。そんな増山を見て、
彰子は胸が締め付けられるのを感じた。既に吹っ切った筈なのに。
手が震えた。
 「お前、食べさせてもらって、幸せそうな顔をしてるな~」
 と、古川が言った。
 「だって、幸せだもん」
 その言葉に古川はプッと笑った。
 「もしかして、毎日、こうして貰ってるのか?」
 「いいや。日曜だけのお楽しみ。週1日しか逢えないのが、悲しいよ。
だからこそ、この時間は至福の時間なのさ」
 「そうか。お前のそんな顔、初めて見るよ。で・・・」
 と、古川が彰子の方をチラっと見た。増山に、“どうする”と目で
問うているようだ。
 「彰子、来てくれてありがとう」
 と、増山は言った。
 「ううん。どういたしまして」
 彰子は首を振る。
 「この間、機会があったら紹介するって、言ったよな。今がその機会
みたいだから、紹介するよ。この女性が、俺の婚約者。吉住理子さんだ」
 「はじめまして。吉住理子です」
 理子は、はにかみながら挨拶した。
 「そして、こちらの女性は、村上彰子さん。俺の、初めての女性」
 「ちょ、ちょっと、増山君!」
 増山の言葉に、彰子は慌てた。彼女に対して、そんな紹介の仕方って
無いのではないか。理子の方を見ると、予想に反して彼女は平然と
していたので、彰子は更に驚いた。
 「本当の事なんだから、いいじゃないか。それに、お前の事は既に
彼女には話してあるし」
 理子は微笑みながら頷いた。
 「凄いなぁ、それは。本当に大丈夫なの?」
 と、古川が驚いて理子に声をかけた。
 「大丈夫です。昔の事ですし」
 「昔の事って言っても、事、女の事に関しては、みんな嫉妬する
もんじゃないの?」
 「こいつ、今時珍しく、妬かない女なんだよ。俺、過去の女の事、
みんな彼女に話してある。だけど、一度も妬かれた事が無い。
彰子と同じだ」
 と、増山は言った。
 その言葉に、彰子は何となくだが納得した。きっと彼女は、増山の事をよ
くわかっているのだ。誰も本気で好きになった事がない。心は誰のもの
でもない。それがわかっているから、彰子は嫉妬心が湧かなかった。
彼女もそれと同じなのだ。しかも今は、増山の心を独占している。誰の
ものでも無かった増山の心を獲得している。それで誰に嫉妬すると
言うのだろう。嫉妬するわけがない。
 そんな彼女が羨ましい。
 「あれ?彰子ちゃんも妬かない女なの?」
 古川の言葉に、彰子は笑った。
 「相手が増山君だからよ。他の男だったら、話しはまた別」
 「あっ、そうなの?でも、俺は妬いてくれた方が嬉しいかも。焼きもちも
過ぎると困るけど、妬いてくれないのも、寂しいからな」
 「男の人って、みんな、そうなんですか?」
 と、理子が聞いてきた。
 「なんで?」
 「だって、先生も同じ事をおっしゃったので」
 「へぇ~。増山でも、そんな事を言うんだ。あんなに、女どもの
嫉妬の嵐に辟易してたのに」
 「好きな女だからだろうが。それに、お前が言うように、
適度にだよ、適度に」
 「はははっ、そうだ、そうだ。お前も普通の男だったんだな」
 古川はそう言うと、大笑いした。
 「理子さんって、お幾つなの?この間、増山君に聞いたら、
『女性の齢を訊くのは失礼だ』って言われて、年下としか教えて
くれなかったんだけど」
 「おい、こら、本当に失礼だろう」
 と、古川が真面目な顔になって言うので、彰子は不思議な顔をした。
 「彰子。この事は絶対に、誰にも言わないでくれ」
 増山が怖い顔で言う。
 「わかったわ・・・」
 「彼女は、高校3年生。俺の受け持ちの生徒なんだ」
 「ええー?」 
 彰子は驚愕の声を上げた。どう受け止めて良いのかわからずに、
古川の顔を見た。
 「ふ、古川君は、知ってたの?」
 声が震えた。
 「この間の、同窓会の時に聞かされた。俺も驚いたよ」
 「た、確か一度、会った事があるって。そう言えば、さっき、
知り合いみたいだった・・・」
 「去年、俺の主催で平安展をやっただろう。あれに、二人で来たんだよ」
 その言葉に、今度は増山の方を見た。
 「じゃぁ、その時から?」
 「正確には、その後からなんだけど、まぁ、そういう事なんだ。
教師と生徒という間柄だけに、彼女が卒業するまでは大っぴらにできない。
結婚の事も、彼女のお母さんはまだ知らない。実は彼女は東大の日本史を
受験するんだ。だから、合格したら結婚する事に決めた。もし落ちたら
延期する。そんなわけだから、誰にも言わないで欲しいんだ」
 彰子は茫然とした。増山の相手が女子高生だったとは。増山は女子高生に
本気になったと言うことか。彰子は理子を見た。目鼻立ちは整っていたが、
目立つ顔立ちでは無い。眉が形よく整えられている他は、まるで化粧気が
無い。優しげな面立ちだが、目は知性の光に溢れていた。どちらかと言えば、
甘い顔立ちではなく、知的な感じか。少しはにかんだ表情は、可愛らしい。
だが、どこか捉え難さを感じさせる。
 「そういうわけだからさ。彰子ちゃん」
 と、古川に言われて、やっと自分を取り戻した。
 「わかったわ。なんだか驚き過ぎて、何て言っていいか、わからなく
なっちゃって・・・」
 「そうだろうよ。俺も同じだから。こいつの恋の経緯は、ホント笑えるぜ。
この男が、恋の前ではヘナチョコなんだからな。大体、さっきの食事風景を
見てもわかるだろう?驚きだよ、本当に」
 「もう、そのくらいで止めてくれよ。恥ずかしいから」
 「ほら。恥ずかしいだってよ。こいつがっ。いつも飄々として、真正直で
恥じらいなんて持ち合わせて無かった、この増山が」
 そう言って古川が笑う。増山の顔を見ると、照れていた。本当に珍しい。
恋をして、こうも変わるものなのか、と彰子は思った。
 「理子、食事に行ってきたらどうだ?」
 増山が行った。
 「わかりました。じゃぁ、行って参ります。お二人とも、ごゆっくり」
 理子はそう言ってお辞儀をすると、病室を出て行った。
 「彼女、礼儀正しいな。お前にも敬語を使ってたが、いつもああなのか?」
 「ああ。いつも、ああだ。ただ、怒ると違うけどな」
 増山の言葉に古川は驚く。
 「怒るって、彼女が怒る事なんて、あるのか?お前に対して」
 「彼女は妬かない女だけど、俺はこれで、嫉妬深いんだ。彼女を好きに
なってから、自分の嫉妬深さに驚いたよ」
 「お前が、嫉妬するのか」
 「彼女、結構、人気者なんだよ。俺は担任だから、学校で、その様を毎日
見せつけられてる。心中、穏やかではいられないんだ」
 「人気者って?」
 彰子は言葉の意味がいまひとつ汲み取れなかったので訊いた。
 「歴研の男どもは、彼女を『姫』と呼んで、もてはやしてる」
 「姫か。それはわかるなぁ。あの長い黒髪のせいかな。確かにお姫様の
イメージだ」
 と、古川が感心したように言う。
 「休み時間は、いつも男子に囲まれて、楽しそうに過ごしてる。職員室
でも人気者で、ある中年の教師なんか、彼女にゾッコンだ」
 「おおっとぉ。それは、いけないなぁ」
 「本人は、自分が人気者である自覚が無くて、無防備だ。それで、
俺がつい、些細な事で焼きもちをやいて、喧嘩になって、最後は彼女が
怒って俺が謝る事になる」
 増山の言葉に、古川は爆笑した。だが、彰子は複雑な思いだ。本当に、
古川が言う通り、恋の前ですっかりヘナチョコになっている。そんな
増山を見る事になるとは。しかも、自分以外の女が相手で。
 「本当にお前、彼女の前では形無しだな」
 「そうみたいだ」
 「さっさと、やっちゃえばいいんだ。相手が教え子だから大切にして
るんだろうが、ものにすれば、変わるだろう」
 古川の言葉に、増山は笑った。
 「みんな彼女をヴァージンだと思ってるんだよな」
 その言葉に驚く。
 「お、おい。何だよ、違うのかよ。もしかして、もう経験済みなのかよ、
あの子が」
 「自分から女を求めない俺だから、まだやってないと思ってたんだろうが、
違うぞ。何もかもが、今までと違うんだ。最初は教え子だし、ヴァージンの
高校生だし、卒業するまで待とうと思ってたんだ。だが、俺はどうしても
我慢できなくなって、やってしまったんだ。去年のクリスマスの日に」
 「す、ストレス、溜まってたわけじゃないんだよな?」
 「ストレスなら、溜まってたさ。彼女が欲しいというストレスがな」
 信じられない。彰子にとって、これまでの話しの中で、一番信じ
られない話しだった。
 「お、お前、それは罪だぞ。未成年の女子高生と、そ、そんな行為に
及ぶなんて」
 「愛し合ってるんだから、しょうがない」
 「何をぬけぬけと・・・」
 「この間、話したろう。彼女を求め過ぎて困らせたって。あれは、
そういう事だ」
 「お前のような男に求められたら、そりゃ、困るだろう。嫌とは
言えないだろうし」
 「言われたよ。それで喧嘩になった事もある」
 「お前、彼女を東大へ合格させなきゃならないんだろう?」
 「そうなんだ。だけど、本当に、恋は盲目とはよく言ったもんだ。
でもって、彼女の方が冷静なんだ。それが気に入らなくてまた喧嘩になった」
 「お前を相手に、女の方が冷静なのか。しかも、高校生なのに」
 「そうだよ。だからわかるだろう?俺の苦渋が。俺は彼女を何度犯したか
わからない。お互いに立場上、二人きりではたまにしか逢えないんだが、
逢った時には、俺は執拗に彼女を愛する。自分がこんなにしつこい男だとは
思わなかったくらいだ。なのに彼女は変わらない。いつも、ああなんだ。
本人自身も、変わらない自分を不思議に思ってるけどな」
 「あ、あなたが、しつこいの・・・」
 彰子が呟くように言った。
 「そうなんだ。信じられないだろう?いつだって、誘われなきゃやらない。
やるにしたって、淡泊で、終わったらさっさと身支度をする、この俺が」
 「本当に、信じられない・・・。驚きだわ」
 「彼女、全然、男を知ってる女には見えないぜ。まだウブでおぼこって感じだ」
 「だから言ったろ?染まらない女なんだって」
 「なるほど。そういう事だったのか。いや、驚きだ」
 「増山君・・・」
 彰子が顔を上げて、増山を見た。
 「ああ、彰子。ごめんな。お前に嫌な思いをさせちゃったかもな」
 「ううん。そうじゃなくて。さっき、ちょっと気になる言葉があって」
 「気になる言葉?」
 「中年の教師が、彼女にゾッコンだってところ」
 「ああ、あれか・・・」
 「どういう事?」
 「うん・・・。数学の40歳の教諭なんだけどな。彼女は理数系が苦手
なんで、それを克服する為に、毎日職員室へ通って、数学を教えて貰ってる。
紳士的で優しげな風貌なんで、女生徒からも幾らか人気のある先生なんだが、
どうも、彼女に気があるようで、何かと意味深な言葉を発してくるんだよ」
 「それだけなの?」
 「それだけと言えば、それだけだが、ゴールデンウィークに入る前に、
うちへ遊びに来ないかって誘われたと言っていた」
 「おおー、それは危険じゃないか。危ないぞ、そいつ」
 「その先生は、独身?既婚?」
 「既婚だ。しかも、奥さんは元教え子なんだ」
 「なんだ、そりゃぁ。それって、もしかして女子高生好きかぁ?」
 「増山君。私、前に高校生の時に大人の男性と不倫してた話しをした
でしょ。その相手って、担任の先生だったのよ」
 増山も古川も、目を剥いて驚いた顔をした。
 「私も、あなたの彼女と同じように、担任の先生を好きになったの。
誘ってきたのも、向こうよ」
 彰子の言葉に、増山は何と答えたら良いのかわからなかった。
 「あなたは幸い独身だけど、私の先生は違った。結婚してるのは最初から
知ってたから憧れていただけだったんだけど、何度も何度も『好きだ』って
言われて。放課後、誰もいない教室に呼び出されて、ものにされちゃったわ。
それからは愛人の道をまっしぐら」
 彰子の話しに二人とも何も言えない。
 「その先生には、気を付けた方がいいわ。生徒にとっては、教師の存在って
特別だから。彼女があなたに対して、いつまで経っても敬語なのも、
彼女にとってはいつまでもあなたは教師だからだと思うわよ」
 「わかった。言いにくい事を話してくれて、ありがとう」
 「いいえ。どうせ、もう過去の事だから」
 「あ、あの・・・」
 と、古川が遠慮勝ちに言った。
 「その先生とは、どうなったのかな?」
 「妻と別れて、私が卒業したら結婚するって言ってたのに、私が卒業
したら、県外へ引っ越して行って、それきりよ。酷いでしょ」
 「それは、酷い」
 「お前・・・、在学中にそんな事がありながら、東大へ合格したんだな」
 増山が言った。
 「なんかお前はやっぱり、彼女と似てる」
 「あらっ。それって、どういう意味?」
 「最初に会った時、お前は媚びない目で俺を見てた。俺は、それに
興味を持ったんだ。そんな目で俺を見る女に出会った事が無かったから。
彼女も同じだった。あまり飾らない所も似てるし、頭がいい所も似てる。
嫉妬しない所も同じだし、サバサバしている所も似てる」
 「そうなんだ。それを聞くと嬉しいけど、それでも貴方は、私を愛さ
なかった。彼女を愛して。その違いは何なのかしら」
 「そう言われると、俺も困るんだ。その違いは何なんだろうな」
 「彼女がピュアだからじゃないのか」
 古川が言った。
 「それって、私に対して酷く無い?」
 彰子が古川を睨みつけた。
 「いや、ごめんごめん。彰子ちゃんがピュアじゃないとかって意味じゃ
ないんだよ。何ていうか、さっき、増山が彼女を染まらない女だって言った
だろう。その辺に理由があるんじゃないかと・・・」
 「古川の言いたい事、何となくわかるよ。俺もそう思う。彰子は、
サバサバしてるし意志も強いが、どこか脆い所があって、結局は染まるんだ。
だが彼女は、脆さを抱えて流されそうでいながら、決して流されない。
染まらない。最初、彼女の事を色が無いと思った。どの色でも表現でき
なかったからだ。だが最近気付いた。その時々によって色が変わる玉虫色
なんだってね。そこに俺は惹かれたんだ」
 玉虫色か。さっき彼女を見て、捉え難さを感じたのも、そういう事なのだろうか。
 「そう言えば、この間も、そう言ってたよな。じゃぁ、素直で従順そう
に見えるけど、違う面もたくさんあるって事か」
 増山は笑う
 「素直で従順なんて、とんでもない。俺は最初、彼女の事を、何て扱い
にくい女なんだって思ったんだぜ。天の邪鬼のひねくれ者だ」
 「へぇー。そんな風には見えないけどな」
 「そうだろう。そんな風には見えないんだ。そう思っていると、足元を
すくわれる。俺は何度、すくわれた事か」
 「それは、面白い。お前がねぇ」
 「そう。この俺が。でもって、すくわれるたびに、気持ちが深まって
くんだ。彼女を知る程、愛情が深まる。今じゃすっかり、完全なる
ヘナチョコさ」
 「はははっ。クールな男も今じゃヘナチョコか。どうだ?ヘナチョコに
なった感想は」
 「こんな嬉しい事は無い。愛し合えるって、最高だな」
 「うへっ。駄目だ、こりゃぁ。当てられるだけだから、そろそろ帰ろう、
彰子ちゃん」
 そう言うと、古川は腰を上げた。
 「お前ら、来てくれてありがとうな。最初はちょっと焦ったが、
信用できるお前らだもんな。来てくれて嬉しいよ。誰にも言えない恋だから、
ずっと我慢してきたんだ。だからつい、饒舌になってしまった。
聞いてもらって良かったよ」
 「そうか。まぁ、誰にも話せないもんな。折角、愛するようになったのに。
俺達は、絶対に秘密は守るから、また話したくなったらいつでも話せよ。
お前が楽しそうに語るのを聞くのは嬉しいからさ」
 「ありがとう」
 病室を出て行く二人をベッドの上から見送りながら、増山は満ち足りていた。
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