ChaoS

スポンサー広告


スポンサーサイト

--.--.--  *Edit 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



*Edit TB(-) | CO(-) 

小説・目覚めのセレナーデ
第一章・夏は暁


目覚めのセレナーデ 1-21

2015.07.22  *Edit 


 神永の順番が回って来た。
 演奏の順番は、概ね年齢の若い順にしてある。レベルによって若干前後していて、
後半は神永、春田、朱美の順番だ。国芸志望の朱美は他の生徒達とはレベルが
段違いなので、当然ながらトリを務めて貰う。
 神永は着席した後、大きく息をついて「緊張する……」と呟いた。
「大丈夫よ。まずは椅子、直したら?高過ぎるでしょう?」
「あ、そうですね」
 神永は慌てて椅子を直しだした。そっと客席に目をやると、実花は嬉しそうな顔を
していた。その後では、久美子が不審げな眼差しで見ている。あの眼はどういう意味だろう?
「神永君。本番でも、ちゃんと椅子を直してね?椅子を直しながら気持ちを静める事」
「はい。そうします」
「周囲の事は忘れて、落ち着く事が大事。慌てて弾きだしちゃ駄目よ?息を整えて、
それからリズムを取って、余計な力を抜いて静かに入るのよ」
 神永は黙って頷くと、言われた通りに息をスーハーとしながら呼吸を整え始めた。
「うわっ」
 弾きだしていきなりの言葉に芹歌はびっくりした。
「え?何?」
「え、あの、タッチが全然違う……。音も……」
 そう言いながら弾いている。だが、その動揺が伝わるようにリズムが乱れていた。
「神永君、落ち着いて。音の違いが分かるなら、よく聞いて?綺麗な音が出せる筈よ」
「え?あぁ、そうですね……」
 神永の顔は真剣そのものだった。
「肩の力を抜いて……。優しく綺麗に。リズムも正確に……」
 芹歌の言葉に反応するように、神永のピアノが段々良くなってきた。取り敢えず、
ホッとする。だけど、本番は大丈夫だろうかと少し不安にもなった。初めて人前で
舞台の上で弾くのだから緊張するのも無理は無い。
 弾き終わった時、「はぁ~」と息をついて、神永は後ろにのけぞるように体を
伸ばした。参ったな、とばかりに天井を見ている。
「神永君。後半はなかなか良くなってたから、とにかく落ち着く事ね。緊張するのは
悪い事じゃないのよ?緊張感が全く無い演奏は良くないの。適度な緊張とリラックス。
まずは、入る時の呼吸が大事ね」
「呼吸?」
「さっき、大きく息をスーハーしながら整えてたでしょ?あれで整って来たら、
曲に入るタイミングなんだけど、息を大きく吸って、ゆっくり吐き出しながら入る事。
息を吐く事で力も適度に抜けてくるし、流れに乗りやすくなるから。でも、あまり
息を気にし過ぎちゃ駄目よ。自然にね。」
 神永は言われた通りに息を整え、吐きながら曲に入った。
「そうよ。いい感じ。その調子で」
 芹歌は途中で止めて、その後何度か冒頭の入る所を繰り返させた。最初に
いい感じで入れれば大丈夫だろう。弾きながら落ち着いてくるタイプのようだ。
こういう人は案外楽だと思う。
 これと逆なのが朱美だ。彼女は最初はリラックスして良い感じで始まれるのに、
曲が進む程に緊張してきて、後半はガチガチになってミスし始める。最初は肝心だが、
後半は謂わばクライマックスである。そこでのミスは痛い。
 そして、別の困ったちゃんが春田だった。
 彼も神永のように最初に緊張し、弾きながら緊張がとけていくタイプだが、
段々と曲に乗って来て弾く事に夢中になる。今回も、出だしでガチガチに緊張し、
段々と緊張が解けてきた頃は大分上手になってきたな、と思わせる演奏だったが、
それが段々とリズムに合わせて体が揺れ始め、ガチャガチャとした音になってきた。
本人は弾けている事に満足した顔をしている。
「ストップ、ストップ!」
 芹歌は途中で止めさせた。
「春田さん。まずは心を静めて。自分の音をよく聴いて?そんなにガンガンと
力を入れちゃ駄目よ。春田さんの指は強いから、そんなに力を入れなくても大丈夫。
そっと、優しく、ピアノの鍵盤を、奥さんやお嬢さんを労わるような感じで弾いてあげて?」
「ええっ?先生、やだな……」
 春田が仄かに頬を染めた。
(あら、ステキ)
 中高年の男性のこんな顔も良いものだと思う。
「春田さん。私に教わった事を思い出しながら弾いてね。そうしたら、前よりずっと
素敵に弾ける筈。この曲は、ダンディな春田さん向きなんだし」
「先生、それ以上、言わないで下さい。照れくさくて弾けなくなります」
 芹歌は笑った。
「わかりました。じゃぁ、もう一度」
 弾き直し始めた春田のピアノは、最初よりも大分良くなった。丁寧感が出て来た。
じっくりと、自分の音を聴きながら弾いている様が伺えて芹歌も安堵した。粒の
バラツキはあるものの、全体的には雰囲気のある悪くない演奏だ。去年に比べると
大分良い。選んだ曲も良かったと思う。
「春田さん。凄く良くなったと思います。本番で今の感じを忘れないで弾いて下さいね」
「はい!ありがとうございました」
 席を立つと、春田は客席を見て軽く手を振った。その方向に目をやると、
春田の妻と娘が笑顔で手を振っていた。芹歌に気付き、軽くお辞儀をしてきたので
芹歌も返す。考えて見ると、浅葱家と同じ、一人娘の三人家族だ。とても仲が
良さそうで微笑ましい。うちも昔はあんな感じだったんだな、と思うと少し寂しさが
胸に生じた。


スポンサーサイト



*Edit TB(0) | CO(0)

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
 ◆Home  ◆Novel List  ◆All  ◆通常ブログ画面  ▲PageTop 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。