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小説・目覚めのセレナーデ
第一章・夏は暁


目覚めのセレナーデ 1-20

2015.07.20  *Edit 


 8月最後の日曜日。芹歌のピアノ教室の発表会が行われた。公民館の小ホールを
午前から夕方まで借り切って、午前中にリハーサル、そして午後1時半から
約2時間近くの本番だ。
 最初の頃は生徒も少なかったので、ごく内輪な感じで練習室を借りてやっていたが、
段々と生徒も増え、ホールで弾いてみたいとの要望もあって2年前からこの小ホールを
借りている。夏休みを利用して発表会を開く教室は多いので、取るのは大変だった。
 ホールは音響は良いが、広い分、深くて響くタッチで弾かないと、弱い音では
後まで聞えない。家庭のピアノを弾いているだけでは分からない事が色々学べる
良い機会だ。
 この日は芹歌は大忙しだ。生徒達のお母さん方が何人か手伝いに来てくれるので、
会場や受付の準備、リハーサルと本番の間の昼食の準備などをしてくれるから助かるが、
それでも事前に色々と手配をしておかないとならない。
 9時半に会場に行き、手伝いのお母さん達に色々とお願いし、10時からの
リハーサルに備える。生徒達もリハーサルがあるから早めに会場入りだ。ただ本番の
順番通りに進める為、自分の順番に合わせて入る生徒もいる。早く終わった生徒は、
昼の時間までの間、遊びに出たり控室でゲームや読書やお喋りで時間を潰したり
しているのだった。
 高校生の朱美や、大人の春田は後半の出番だが、手伝いの為に早めに来てくれた。
特に春田は進んで撮影係になってくれて、去年も全演奏を録画して全員分のDVDを
作成してくれた。それが非常に好評だったので、今年もはりきっている。受付の為に
テーブル運びなど、力仕事でも大いに役立ってくれていた。
 神永は11時頃にやってきた。ちょうど真ん中あたりの生徒のリハ中で、客席内の
人数もそれなり入っていた頃だったが、その客席からざわめきが伝わって来たので、
何かと思ってそちらへ顔を向けたら、車椅子を押して入って来た神永だった。
 車椅子に神妙な顔をして座っている実花に、かがんで声を掛けている。人前に出るのは
久しぶりの実花だった。不安で緊張しているのだろう。それをほぐすような笑顔で、
実花の耳元で声掛けしている。
 神永のすぐ後ろから公民館の職員と思われる人間がやってきて、車椅子用のエリアの
椅子を畳んだ。神永は職員に礼を言いながら、そこへ実花の車椅子を移動した。
 芹歌が見ている事に気付いた神永は、口許に笑みを浮かべて軽く手を上げた。
それを見て軽く頷く。母は相変わらず固い表情のままだ。
 芹歌は見ている生徒の指導を終えた後、次の生徒を待たせて壇上から客席に降りた。
 母の傍に寄る。
「お母さん、大丈夫?」
 しゃがみ込んで声を掛けると、実花は小さく頷いた。少し顔色が悪いように見える。
芹歌はしゃがんだままで神永を見上げた。神永は小さく頷いた後、
「大丈夫ですよ」と言った。
「僕が迎えに行った時、少し緊張してましたが明るい顔でした。到着してから
段々緊張が高まってきたみたいで。それでも、駐車場からここまで、ゆっくり
時間を掛けて来たので。ずっと僕がそばについてますから、安心して下さい。
具合が悪くなるようなら外へ出ますから」
 そうは言われても、芹歌は少し重たい気持ちになった。この後、人はどんどん
増えて行く。発表会が始まれば、生徒達の親戚やら友人やらで、かなりの数になるのだ。
「だけど、神永君だって、これからリハがあるし、本番の時もそばには
いられないでしょう?」
「大丈夫よ……」
 実花の声に芹歌は驚いて視線を母に移した。実花の顔に、固いながら
笑みが浮かんでいる。
「大丈夫。久しぶりだから緊張してるけど、ゆう君のお陰で少しずつ慣れて来たから」
「だけど……」
 痩せ我慢をしているのではないか?神永の為に。
 逡巡していたら、「芹歌~」と、明るい声が寄って来た。見ると久美子だった。
「ごめん、もっと早く来るつもりだったのに……」
「ああ、久美子。良かった、来てくれて」
 久美子は毎年、発表会の時に手伝いに来てくれていた。芹歌自身は舞台袖で
生徒達の様子を見ているので、客席から舞台袖までの誘導や待機などを久美子が
やってくれる。
「あら……?小母さまじゃないですか。お久しぶりです。中村久美子です」
 久美子が実花に挨拶しながら、信じられないような顔をした。
「え?あぁ……、久美子ちゃん。ほんと久しぶりだわ。お元気そうね?」
 知った顔に会ったからか、実花の顔が綻んだ。久美子は在学中、よく遊びに
来ていたので互いによく知っている。
「今日は発表会を見にいらしたんですね?良かった。ずっと心配してたんです。
お顔の色も良さそうだし、こうして出て来られて安心しました」
「そうね……。そろそろ気晴らしに出かけた方がいいかなと思って」
 実花は少し恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「あの、こちらは?」
 久美子は神永を見て、不思議そうな顔で芹歌に問うてきた。
「私の生徒さんで、合唱団の団員さんでもあるの。4月からレッスンに来てるのよ」
 芹歌の言葉を引き継ぐように「神永悠一郎です。よろしくお願いします」と
神永が自己紹介した。
「こちらは、私の国芸時代からの友人で、中村久美子さん。ピアニストなのよ」
「あら、やだ、ピアニストなんて」
 久美子が珍しく顔を赤くしている。
「だって、そうじゃない」
「久美子ちゃん、ソリストとして活躍してるの?」
 実花が口を挟んで来た。その顔は明らかに驚いている。
「あの、活躍してるわけじゃありません。活動しているって言った方が正しいと思います」
「それでも、リサイタルとかやってるのね?」
「はい、まぁ、一応……」
 久美子は半分照れたような、だが一方で疑心暗鬼を抱いているような、そんな
微妙な表情だった。浅葱家の事情を知っているからこそ、何をどう伝えたら相手に
要らぬ刺激を与えずに済むか、そんな風に考えているのかもしれない。
 だがそんな思惑を感じているのかいないのか、実花は「そう、立派ねぇ」と
感嘆の声をあげた。
「今日はね。この、悠一郎君の演奏を聴きたくて、やってきたのよ」
 実花の顔が笑顔になった。話しているうちにリラックスしてきたのだろうか。
 久美子は「え?」と、芹歌の方を見た。どういう事?と顔に書いてある。
芹歌は小さく溜息をついた後、事の次第を簡単に説明した。久美子は不思議そうに
頷いたものの、理解しきれていない様子だ。
「で、私もう、リハの方に戻らないと。時間無いし。神永君が席を外す間だけで
いいんで、お母さんの事、頼めないかな」
 芹歌は母に「いいよね?」と問うと、母は頷いた。
「そうね。久美子ちゃんなら安心」
「わかりました。大丈夫。任せて下さい」
 久美子がそう言いながら神永の方へ笑顔を向けると、神永ははにかんだような
笑みを浮かべて「よろしくお願いします」と頭を下げた。
 それを確認して芹歌は壇上へ戻ったが、その後のリハ中も心の中はすっきりしなかった。
 ずっと引きこもっていた母。その母が若い男と共に会場へやってきた。発表会が
始まって以来、初めての事だ。若い男は芹歌の生徒で、母親はその男の演奏を
聴く為に会場へやってきたのだ。そして男はずっと彼女のそばにいる。それを母が
望んでいるからだ。
 傍(はた)から見たら、一体どう見えるんだろう。
 久美子が不思議に思うのも当然だ。周囲の人間も皆同じだろう。
 いずれにせよ、リハ終了後の昼食の時に参加者を紹介する。その時になれば、
皆にも、この状況が少しは分かるだろう。


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