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小説・目覚めのセレナーデ
第一章・夏は暁


目覚めのセレナーデ 1-09

2015.07.01  *Edit 


「幸也、おつかれー」
 割れんばかりの拍手を受けて楽屋に戻って間もなく、片倉純哉が陽気な声で入って来た。
「……」
「おおっ、凄い花だな、相変わらず」
 返事をしない幸也にお構いなしで、陽気に口笛を吹きながら花の匂いを嗅いでいる。
「お疲れ様でした~」
 ノックと共に関係者たちが入ってきた。
「今日は本当に素晴らしい演奏でした。テクニックがとにかく素晴らしい。以前にも増して
磨きがかかって、円熟されてきましたよね。聴衆もみんなウットリしてましたし。
大成功ですよ」
 真田は興奮して口が止まらない様子の連中に一瞥くれると、深呼吸を始めた。
何度も吸っては吐く。その様子に気付いた関係者たちは焦りの表情を浮かべた。
「いや、すみません、お疲れのところを。今日はこの辺で退散しますが、またいずれ
よろしくお願いします」
 何人かは訳が分からないと言った顔をしたが、下っ端なのだろう。上の連中に
合わせるようにお辞儀をすると、揃って「失礼します」と出て行った。
「まったく、うるさくてかなわない。放っておいて欲しいといつも言ってるのに」
「まぁまぁ、いいじゃないの。喜んでくれてるんだからさぁ。批難されてる訳じゃなし」
「自分達も一度くらい人前で演奏してみればいいんだ。そうすれば、演奏前後の精神状態を
理解できるものを」
「それは無理だと思うよ~。同じ体験した所で、分からない人は分からない。実際、
僕には分からない」
 にこにこと笑っている片倉を見て、真田は呆れ顔になる。
「だな……。お前みたいな能天気もいるからな」
「なんだよそれ。楽天的とか天真爛漫とか言い様があるんじゃないの?」
「はっ!物は言い様だな」
「相変わらず、辛辣なやつ……」
「今に始まった事じゃない」
「それはそうだけどさ。まさか幸也、他でもそんな調子なんじゃないだろうね?」
 おちゃらけていた顔が真剣になっていた。
「そうだな。ここまででは無いと思ってるけど、どうだろうな?自分の事は分からない。
それに、演奏の前後は著しく機嫌が悪いんだ。特にこの数年、困った事にそれが顕著だと
自分でも感じてる」
 片倉は一瞬ためらうような表情を浮かべてから「まさかスランプとか?」と言った。
その言葉が真田の胸に突き刺さった。
「よく分からない。弾けなくなったと言うわけじゃないしな。ただ気持ち良く弾けない。
それに、最近富に感じるんだ。異邦人なんだなってね」
「何言ってんだよ~。最初から異邦人じゃないか」
「そうなんだが、俺が言ってるのはちょっとニュアンスが違う」
 真田は小さく息を吐いた。
「ところで、チケット。ちゃんと渡ったんだよな?」
 チラリと片倉を見やった。
「ああ。ちゃんと渡ってるよ。来てたしね」
「そうか。来てたか……」
「お前の所からだって、見えただろう?」
「ああ。でも本人かどうかまではな」
 1階の15列ど真ん中。聴くには良いが見るには少し遠い。まして客席の方が
暗いのだから、本人かどうかなんて確認はできない。
「もうすぐ花を持って、ここへ来るんじゃないの?」
 フッと笑みが浮かぶ。純哉は本当に能天気だ。どうしてこんなに単純なんだろう。
それはコイツの美点だし、だからこそ親しく付き合えるのだが。コイツの陽気さが
少しでも自分にあったらな、と思う時が多々ある。
――コンコン
 ノックの音にビクリとした。
「ほら。噂をすれば何とやらだ」
 片倉はニンマリ笑うと、ドアまで歩いて扉を開けた。
「せんぱーい、お久しぶりでーす。今日はとっても素晴らしかったですよ~」
 満面の笑みを浮かべて、中村久美子が立っていた。
「やぁ、いらっしゃい」
 まるで自分の客のように片倉が声を掛けた。
「あ、純哉君」
 なんだ、その馴れ馴れしい様子は。
 想定外の人物の登場と馴れ馴れしい態度に、真田は思わず唇を噛んだ。
 そんな真田の神経に触ったような雰囲気を感じたんだろう。片倉が久美子に、
「沙織ちゃんと芹歌ちゃんは一緒じゃないの?」と質問した。真田と片倉の最も
知りたい事でもある。
「二人とも帰っちゃったわ。沙織は明日の授業の準備があるからって言ってたけど、
先輩と会うのが何故か恥ずかしいって……。訳わかんないし。芹歌はいつもの事だけど、
遅くなるとお母さんがね。うるさいから」
 久美子は半ば睨むような視線を投げかけて来た。真田が芹歌の事を気にかけて
いるのか否か、探りでもするように。
 真田は置いてあるペットボトルを手にして口に付けた。ミネラルウォーターだ。
よく冷えていて喉に心地良い。それに少し気持ちが落ち着いた。
「今日の幸也の演奏、どうだった?」
 片倉がにこやかな顔を久美子に向けた。久美子は真田を一瞥してから、片倉の方をみて
笑った。その様子が目の前の鏡に写っている。
「凄く良かったです。相変わらずの超絶技巧。誰もができる芸当じゃないですよね。
ほんとに惚れぼれしちゃう」
 まるで目の前の男がプレイヤーのようなやり取りだ。真田は口角が軽く上がるのを感じた。
「で。音楽的にはどう思った」
 鋭い口調を久美子に投げつけた。久美子がびっくりしたように視線を片倉から真田に移した。
「良かったに決まってるじゃないですか」
 真田は笑った。だが喜んでいるわけではない。引きつっているのかもしれない。
「お世辞なら、いらないが」
「お世辞なんかじゃありませんよ」
 怒ったように軽く口を突き出す久美子を見て、どうやら本当にそう思っているらしいと
悟った。
 誰もが褒める。
 ヨーロッパでもそうだった。
「お前はどう思う?」
 片倉に振ると、掌を返しながら首をすくめるような仕草をした。
 何と答えたら良いのか分からないのだろう。能天気な男でさえ、手放しで褒める事をしない。
矢張り純哉には分かるんだ。
 そしてもう一人。
 きっと彼女にも分かった筈だ。

(浅葱芹歌……。俺のベストパートナー。なぜ来ないんだ……)

 真田は眉間に力を入れて右手の親指の爪を噛んだ。

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