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小説・目覚めのセレナーデ
第一章・夏は暁


目覚めのセレナーデ 1-08

2015.06.29  *Edit 


「それで、真田先輩の事だけど、片倉先輩に聞いたならもっと深い事情、
知っててもいいんじゃないの?」
 真田と片倉は親友だから、その疑問も当然だろう。
「うーん……、それがさぁ。純哉君、詳しい事は知らないって言ってるの」
 困ったような顔をしている。
「そうなんだ~。だけど、なんで『純哉君』なの?凄く変な感じするんだけど」
 沙織が顔を少し顰めながら訊いた。
「だってさ。本人がさ。『純哉でいいから』って言うんだもん。さすがに先輩に対して
呼び捨てなんて出来ないからさ」
「なら、『さん』でいいじゃない、『さん』で」
 芹歌も頷いた。
「ええー?それはそれで、なんか、恥ずかしいのよね」
 珍しく顔が赤らんでいる。久美子にそんな恥じらいがあるとは思っていなかった。
「それにさ。片倉先輩って、凄く瓢軽と言うか能天気って言うかさ。キャラが『君』って
感じするじゃない?『さん』付けで呼ぶより『君』付けの方が合ってると思うのよね」
 楽しそうな笑顔を浮かべている。
「言われればそうかもしれないけどさぁ」
 確かに一理あるものの、それでも納得しきれないような顔をしている沙織に、芹歌も
同じ思いを抱く。結局のところ、久美子は図々しいのだ。
「ねぇ、そろそろ入らない?」
 もう話しは終わり、とばかりに久美子は立ち上がった。
 会場はすぐそばだ。開場時間から30分ほど経ったせいか、時間前から並んでいた
長蛇の列も大分少なくなっていた。
「やっぱり凄い人気よね。急遽決まったっていうのにチケットはすぐにソールドアウト
したんですってね。久美子、よく入手できたよね」
「純哉君がさ。手配してくれたの。『行くなら取るよ』って言ってくれたから、お願い
しちゃった」
 そうなのか。じゃぁ、自分が行く事も当然知っているのだろう。芹歌は急に憂鬱になった。
「ねぇ、芹歌。芹歌の元には、真田さんから連絡ないの?」
 沙織が無邪気に訊いてきた。その横で久美子は神妙な顔をしている。
「ないよ」
 素っ気なく答えた。
「えー?なんでぇ?」
「なんでって言われても……」
「だって、だって、だって……」
 何て言ったらいいのか分からなくなったのだろう。口を噤んで考えるような顔つきになった。
「私と真田さんは、真田さんが留学した時点で関係なくなったの。だって、私は用済みな
存在になっちゃったんだから」
「用済みって……」
 困惑したように、沙織は眉を顰めたあと目を伏せた。
 芹歌はどうって事の無いように、久美子の方を見た。
「今日の伴奏は誰がやるのかな。久美子知ってる?」
「えーっとね。確か西田先生だって聞いてる」
 国芸の准教授だ。急な事だから、伴奏者が間に合わなかったのだろう。
「それって、ヨーロッパでの伴奏者を連れてきてないってこと?」
 沙織の言葉に、言われてみればそうだと芹歌も思った。
「うん、そうみたいよ。だからさ。一時的な帰国じゃないって事よね。暫くって言っても、
結構長く居るんじゃないのかな。もしかしたら、今後は日本を拠点にするのかもしれないわよ」
 久美子は嬉しそうに笑った。
 ホールに入ると大勢の女性客で賑わっていた。クラシックのリサイタルと言うと
大抵の場合、中年以上の女性客や夫婦連れが多いが、今回は圧倒的に若い女性の方が多い。
「相変わらず、凄い人気ね~」
 沙織の言葉に、「ほんと羨ましい」と久美子が答えた。同じ演奏家としては、
これだけの人気を得ている事に羨望を感じるのは当然だろう。
 ヨーロッパではクラシックのリサイタルを気軽に一般庶民は聴きに行くが、日本では
有名なコンクールで優勝するなど肩書きがある演奏家のチケットは購入するのが
大変なくらい売れるが、それ以外の演奏家のチケットは売り切るのに大変だ。
 演奏そのものを評価するのではなく、飽くまでも肩書きで聴きに行く。コンクールで
優勝したくらいだから素晴らしいに違いない、そういう観点だ。コンクールは飽くまでも
目安だ。確かに実力が無ければ無理な話しだが、審査するのは人間である。
 真田の場合は、ジュニア時代にも数々のコンクールで優勝していたので既に注目を
浴びていたが、音大時代に最高峰のコンクールに優勝し、その後すぐにヨーロッパの
権威あるコンクールで優勝した事で大きな話題になった。しかも長身で眉目秀麗な上、
演奏している時の表情に人を惹きつける魅力があり、その演奏は誰もが圧倒されるほどの
超絶技巧なので、一躍人気者となった。
 入場時に久美子から手渡されたチケットの座席番号を見ると、1階のど真ん中だった。
良席だ。片倉経由だから取れたのだろう。と言うより、何となく作為を感じてしまうのは
考え過ぎだろうか。沙織は感激していた。人気公演だけに、普通なら思うような席は
なかなか取れない。
「私、真田さんのリサイタル、凄く久しぶりなのよね。だって、なかなかチケット
取れないんだもの」
「え?そうなの?」
 驚く芹歌を沙織はビックリしたように見返した。
「そうなのって、知らないの?なんで?嘘でしょう?」
「だって……」
 芹歌の方こそびっくりだ。何故なら芹歌は行きたくないのに、毎回と言っていいほど
恩師である渡良瀬恵子からチケットが来ていたからだ。繋がりのある演奏家の場合、
色んな人間経由で「買ってくれ」と連絡がくる。だから、真田のチケットもそんな
慣習とも言える仕組みの一環なのだと思っていた。
「沙織さぁ。まともにチケット会社経由で買おうとするからだよ。誰かに頼めば
毎回じゃなくたって、結構入手できるのに」
 戸惑っている芹歌を横目で見ながら久美子が言った。
「ええー?そうなのぉ?だって、真田さんだよ?真田さんクラスでも、大丈夫なの?」
 なるほど。沙織の言う事も何となく分かる。ここまで有名で人気が出ると、
チケットを捌(さば)く苦労なんて必要ない。黙っていても売れる。そんな人の
チケットだから、仲間うちでも無理だろうと頭から思いこんでいたようだ。
「全く、沙織の馬鹿正直には呆れちゃうな」
「やだ、人を馬鹿にしてぇ」
 沙織は笑いながら軽く久美子の肩を叩いた。
「じゃぁ、久美子も芹歌も、誰かの伝手(つて)で買ってたんだ。なんか狡いな~」
「狡いって、酷いじゃない。言ってくれれば融通したのに」
「純哉君から?」
 沙織が冷やかすように肘で久美子をつついた。その後芹歌の方を見た。
「芹歌も芹歌よ。もう関係ないとか言いながら、しっかりチケット買ってるんじゃない」
 口を尖らせている。
 久美子や沙織とは卒業以来も時々会っている。だが、真田の話題になった事は殆ど
無かった。ただ今回は、きっと言われるだろうと思っていた。それが嫌だったから来るのが
憂鬱だったのだ。
「別に私、欲しくて買ってたわけじゃないんだけどな。沙織が言ってくれてたら、あげたのに」
「え、何それ。どういう事?」
「頼んで無いのに、毎回、恵子先生からチケット買わされてたの。私が真田さんの
伴奏をしてたから、気を利かせてくれてたのかもしれないけど、正直迷惑だったのよ。
買っても行かなかったし。だから沙織が欲しいって言ってくれてたら、あげたのに、って事」
 沙織は訝しげに眉根を寄せた。
「なんか、よく分からないんだけど、欲しく無いなら恵子先生にそう言えば
良かったんじゃない?行く行かないは自由だけど、チケット欲しくて入手できない人も
大勢いるのに、手にしながら行かないなんて……」
 久美子が沙織の袖を引いて、僅かに首を振った。止めとけと言いたいのだろう。
「ごめん、そうだよね。でも、恵子先生には言えなかった。お世話になってるから
余計にね。ただ行かないチケット、欲しい人を探して譲れば良かったんだな、って今思う」
 そこまで思いが及ばなかった。
 沙織はまだ何か言いたそうにしたが、結局久美子に止められて口を噤んだ。

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