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小説・月と星の間<完>
11.天使(最終章)


月と星の間 11.天使 ④

2015.03.13  *Edit 

 十二月十日午後一時から、晴明の個展が開催された。開期は二十四日の
クリスマスイブまでの二週間。展示場所は蕗子の勤め先の近くだった。
 晴明の個展は、開催前から注目されていた。アメリカで既に人気を
得たと言う事が大きく影響したようで、マスメディアにも大きくは無いが
取り上げられた。新聞や雑誌に晴明の顔写真入りで掲載された事が
広く影響したのかもしれない。
 初日は平日だと言うのに、多くの観覧者が訪れた。今回の個展を記念して、
アメリカでの作品をまとめた画集が増版されて会場で販売される事になったが、
その日の分が半日だけで売り切れた。
 蕗子は仕事を早めに終えて、会場へ駆けつけた。会社の仲間達も一緒である。
 着いてみると会場は大勢の人でごった返していた。
「凄い人だねぇ。個展でこんなに集まるなんて、珍しくないか?」
 財前の言葉に「そう思います」と蕗子は答えた。
 チケット売り場も混んでいるし、入場口も並んでいる。出口の方から
出てくる人達は手に手にカタログを持っていた。
 蕗子達は事前に入場券を貰っていたので、入場口にそのまま並んだ。
 世間的に有名な画家でも無いし、大がかりな展覧会でもないのに、
本当に驚きだ。
「この人、ステキな人だよね~。絵もステキな感じだしぃ」
 少し前に並んでいる女性の集団が、顔を輝かせながらそう話しているのが
聞こえて来た。
「阿部さん目当てなのかな?素敵な人だけど、妬けませんか?」
 傍にいる波絵がちょっと鋭い目つきを前方の集団に向けた。蕗子は笑う。
「そんなのに、いちいち妬いててもしょうがないわよ。それに、お客様なんだし」
「蕗ちゃん、理解のある奥さんなんだね」
 吉田が感心したように言った。蕗子は口をへの字に曲げた。
「なんか、変な誤解を受けてる気がするけど、ま、どうでもいいわ」
 別に理解があるとかないとかの問題でもないのにと蕗子は思う。
それに、晴明は誰が見ても素敵な人なんだから、女性に人気が出るのも
当然だと思っている。それをいちいち妬いても無意味だろう。まぁ、本人よりも
絵の方を正当に評価されてくれればとは思うが。
 やっと中に入ると、アメリカでの個展に出品された作品と同じ作風の
大きな絵が飾られていた。
「綺麗……」
 波絵が呟いた。
(こんなに大きな絵だったのかぁ)
 百二十号か百三十号くらいか。
――月と星の風景 林 No.十五 
 そうプレートに書かれてある。
 月と星の風景の画集にも、林をテーマにした作品が幾つも載っていたのを
思い出した。雰囲気はよく似ているが、矢張り受ける印象は違う。素材的には
シンプルなのに、この違いはどこから来るのだろうか。
 先へ進むと、月と星の風景の作品が幾つか続いていて、号数はそれぞれ違い、
五号くらいの小さいサイズの作品もあった。
 間に、下絵も数点、展示されていて、なかなか興味深かった。
 蕗子は作者のプロフィールの前で足を止めた。多くの人が、そこで彼の
プロフィールを読んでいた。所々で「倉山行人の……」と言った驚きの声が
聞こえて来た。
「阿部さんって、倉山行人の息子さんだったの?」
 財前達も驚いていた。蕗子も驚く。これまで、世間にその事を公表した事が
無かったからだ。彼は彼なりに行人の息子であると言う事実に抵抗を持っていた。
そもそも大人になるまで自分の出生について知らなかったのだから、尚更だ。
それに、尊敬できるような人物であったならまだしも、憎んでも憎み切れない程の
存在なのである。その男の息子であると言う事実は、彼を大きく苛んでいた。
「日本画と洋画だから違って当然だけど、それにしても全然違うねぇ」
 そうだ。全く違う。晴明との事で、蕗子も改めて行人の絵を見たが、
全く共通点が見られないと思った。行人の絵から受ける印象は、
毒々しい自我、だろうか。晴明の絵は透明な孤独……。そう感じた。
行人は激しく主張しているが、晴明は全く主張していない。ただ、そこに
存在があるだけ。だから孤独を感じるのだ。痛いまでの孤独を。
 そんな孤独の影を負った『月と星の風景』が途切れ、いよいよ新作の
コーナーに入る所へ来た。その場所は、とても賑わっているようだ。
ざわめきが伝わってきた。
 前の方では、「わぁ~」と口々に言ってるのが聞こえてくる。
 新しいコーナーに足を踏み入れて、蕗子は驚いた。
「凄い!凄い綺麗」
 波絵が叫ぶように言った。
 そこにあるのは、月と星の風景だった。だが、これまでとは全く違う世界が
そこに広がっているのだった。
 これまでの作品では、月と星が淡々と光っていて、影のような風景が
浮かびあがっていた。それはとても神秘的で、人間がいない植物だけの、
厳かで幻想的な世界だった。だが、新しい作品達は違った。
 月は美しく輝き、その月の輝きを星達が祝福しているように瞬いている。
月と星の光を浴びた植物たちは喜びに満ちていた。
 そして……。
 その間に、天使がいた。
「素敵ねぇ……」
 周囲が溜息交じりに呟いていた。
 どの絵にも、必ず天使がいた。
 泉のほとりで水を飲んでいたり、樹にもたれかかってこちらに微笑みかけていたり。
全ての風景の中に、当たり前のように存在していた。
 少し大きめの号を見て、財前が言った。
「この天使……、蕗ちゃんじゃないの?」
「あっ、ほんとだ!」
 波絵が蕗子と絵を見比べていた。
 最初に見た時に、蕗子にはすぐに分かった。自分だという事を。
 色んな天使の蕗子が描かれている。天使は笑顔だけでは無かった。
むくれていたり、泣いていたり、寂しげだったり、せつなげだったり……。
 蕗子は今回のテーマを思い出した。
――月と星の間 君に捧げる愛の風景――
 ああ、こういう事だったんだ。
 やっと納得した。
 一番奥に、ひと際大きな作品が壁を飾っていた。そこに、天使の蕗子が、
月と星の光を浴びて全てを祝福するような歓びに満ちた顔で描かれていた。
 胸が衝かれた。その絵が、晴明の心の全てを語っていると感じた。
『蕗子さんは僕にとって、どれだけの存在なのか、ちっとも分かって無い』
 そう言っていたと小野から言われた。唯一無比の存在なんだとも。
 感動で涙が溢れて来た。
「蕗子さん」
 晴明が立っていた。照れくさそうな顔をして。
 蕗子はよろよろと覚束ない足取りで晴明のそばへ行った。
「僕の心……、わかってくれた?」
 せつなげな眼差しが心を震わす。愛しさが込み上げて来た。
「うん……。ありがとう」
 心から感謝する。こんなにも愛してくれて。
「だけど、あれ、恥ずかしい……」
 蕗子が鼻をすすりながら訴えた。
「恥ずかしくなんか無いさ。誰の前でも自慢できる僕の美人妻」
 蕗子はギョッとして周囲を見回した。
 作者が出てきたから、周囲から注目を浴びている。
「やだ、晴明さんたら。人前でそんな事を言わないでよ。それと恥ずかしいって
言ったのは、そういう事じゃなくて、あれよ、あれ。ネグリジェよ」
 蕗子は恥ずかしくて声をひそめた。
「ええ?」
 晴明は蕗子の言葉が理解できないと言ったような顔をした。
「天使の衣装、ネグリジェじゃない。もう少し、マシな服にして欲しかったわ」
 蕗子は真面目に赤くなっていた。
「マシな服って何。天使の定番の衣装でしょう。ネグリジェとは誰も思わないよ」
「そんな事ないわよ。誰もみんな、そう思ってるわよ、きっと」
「じゃぁ訊くけど、どんな服なら良かったの。僕には天使らしい服なんて
他に浮かばない。それともいっそ、裸の方が良かったのか?」
 蕗子は一層赤くなった。
「そ、そういう事じゃ、なくて……」
 蕗子がしどろもどろになっていたら、「何を痴話げんかしてるんだよ」と
小野が間に入って来た。
「あ、俊司、聞いてくれよ。蕗子さんたらさぁ……」
 晴明から話を聞いた小野は、ガハハハと大笑いした。

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