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小説・クロスステッチ第1部 <完>
第1章 花が咲く~第8章 刻印


クロスステッチ 第1部第3章 夏 第1回

2010.02.21  *Edit 

 理子は増山に言われた通り、苦手な理数系において、とことん
担当教師に食らいついた。どの教諭も、理子が思っていた以上に
熱心に教えてくれた。特に数学の石坂周司は、とても親切だった。
背が高く細身でスラッとした優しい面だちの、中年の男性教諭で、
静かな人気がある。理子もこの教師には憧れの気持ちを抱いている。
奥さんは、元教え子だったらしい。
 この教諭は普段の授業も親切で、わかりやすかった。去年の数1の
教師とは大違いである。それでも、どうしても引っかかる所が有って
理解できない。そこを何度も何度も訊いた。その甲斐あってか、
期末テストでは、理数系が驚くほど解答できた。中学以来である。
久し振りの手ごたえだった。理数系程、問題が解ける時の手ごたえを
感じるものはない。この醍醐味が、さらに勉強に拍車をかけるのだ。
 テストが終わって、解答用紙が次々と戻ってくるのが楽しみになった。
一生懸命やった事が、結果として明確に現われているのが嬉しくて
たまらない。文系はこれまで通りの好結果だったし、理数系もそれに追
い付いてきた。成績も一挙に上がった。
 増山とは、あれから二人きりになる事は無かった。合唱部の部活の後、
なるべく弾き語りはせずに、すぐに帰るようにしていたからだ。
 彼氏の須田からは、数回メールが来ただけで、相変わらず会っていない。
メールには会えない詫びがいつも書かれていた。もう、潮時なのかな、
と思う。結局、付き合っている時だって、ときめきらしいものを感じた事が
無かった。あるのはいつも安心感だけだ。


 一度だけ、映画の帰りに送ってくれた時、別れ際にキスをされた。
それが理子にとってはファーストキスだったのだが、唇が1秒ほど、
軽く重なっただけで、あっと言う間だった。須田は一瞬唇を合わせた後、
すぐに「じゃぁ」と言って去って行った。理子はあまりにも突然で一瞬の
出来事に、最初は何が起きたのかを理解できなかった。須田の姿が消えて
暫くしてから、やっと理解したのだった。
 それ以後、そういった事は全く無く、甘い雰囲気になった事も一度も
ないし、手を繋いだ事もない。考えてみれば淡泊な付き合いだった。
 生徒会の任期もこの7月で切れる。3年生にとっては、この夏休みは
大事な時期だ。この先、もっと会うのは厳しくなるだろう。だらだら
していても、しょうがないな、と理子は思い、その気持ちを須田に
メールした。だが須田からの返事のメールは来なかった。
 終業式の日、帰りのホームルームが終わって教室を出たら、下駄箱の
前で須田が待っていた。
 「久し振り」
 須田はそう言いながら手を挙げて笑った。
 「一緒に帰らないか?」
 理子は頷いた。
 須田は自転車通学をしている。須田と一緒に帰る時は、理子はいつも
須田の自転車の荷台に乗るのだった。理子は駅から自宅まで自転車
なので、一緒なのは駅までだ。時間があれば、その後、駅の近くにある
ファミレスに入っていた。
 この日、久し振りに須田の荷台に乗った。自転車に乗っている間は話は
あまりできない。駅に着くと、ファミレスに誘われた。多分、この間の
メールの件だろう。
 「先輩、時間の方は大丈夫なんですか?」
 「大丈夫だよ」
 二人はファミレスに入って向き合った。久し振りに見る須田は、少し
疲れているように見えた。目の下にクマができているのではないか・・・。
 「ごめんな。ずっと会えなくて。連絡も殆どしてなかったし・・・」
 「しょうがないです。何より受験が大事だし」
 「本当に、そう思ってる?」
 「はい」
 「そう何の躊躇(ためら)いもなく言われると、それはそれで寂しい
気がするな」
 理子は、その言葉にどう答えていいのかわからなくなった。
 「メール、読んだよ。確かに理子が言う通り、このままダラダラ
しててもしょうがないよな。俺はこれから益々時間的に厳しくなるし。
ただ、春休みからこっち、理子の方から会いたいってメールをくれたら、
俺はまだ幾らかは時間が取れたんだ。一緒に帰ってちょっとお茶する
くらいなら」
 理子は俯(うつむ)いた。須田の言いたいことが何となくわかった
からだった。結局、理子自身が須田をそれ程好きだったわけではないのだ。
須田もそれを感じていたに違いない。だから、それを否定したくて、
あえて自分から積極的にアクセスしてこなかったのかもしれない。
 「理子が俺に気を遣ってくれてたのはわかってるんだ。でも、もっと
甘えて欲しかったかな。ごめんな。今更こんな事を言って。そう思って
いたら、もっと自分からそう言えば良かったんだと思う。俺って勝手だよな」
 理子は頭を振った。須田の言う事は尤もだと思うからだ。
 二人はその後、期末の結果の話などをして別れた。交際にも終止符を
打った。自分から望んだことではあったが、矢張り寂しさは拭えなかった。

 「そっかぁ。別れちゃったんだ・・・」
 夏休みに入った2日後、理子は最上ゆきと学校の図書室で一緒に宿題を
やっていた。仲良しの2人は、去年もこうして部活の無い日は図書室で
一緒に勉強をしていたのだった。
 去年は図書委員の仕事もあったので、ゆきとの勉強が終わると、
図書委員のメンバーと遊んでいたわけで、その流れで須田と付き合う
ようになったのだが、あれから1年が経ったわけだ。
 ゆきと会ったこの日、理子は須田と別れた事を告げたのだった。
 「優しそうな素敵な先輩だったよね。お似合いだったのに・・・」
 ゆきが残念そうに言った。
 「うん。でも、しょうがないよ。先輩もこれから受験で忙しくなるし。
私も、よく考えたら、先輩の事を凄く好きだったわけでも無かったしさ」
 「理子ちゃんは、今好きな人はいないの?」
 ゆきにそう言われて、何故か一瞬、増山の顔が浮かんだ。慌てて打ち消す。
 増山から借りた本は、まだ理子の手元にある。かれこれ2か月だ。
ゆっくりでいいと言われているが、さすがにそろそろ返した方が
いいだろう。『バビロンの夕陽』は、1冊がとても分厚いのに、上下
2冊本だったので、読むのが早い理子ですら、それなりに時間がかかった。
面白くて夢中になった。普段なら学校へも持ってきて、休み時間中も
ずっと読むのだが、増山の本だけに遠慮した。
 「今は好きな人は、いないかな」
 と答えた後、ふと、ゆきの事が気になって問うてみた。
 「もしかして、ゆきちゃんはいるの?」
 ゆきは赤くなって、「うん」と頷いた。
 「えー?本当?それって、誰だか訊いてもいいのかな・・・」
 理子が遠慮がちに言うと、
 「実はさ。小泉君なんだ・・・」
 と言うので、更に驚いた。
 これまで全然そんな素振りが感じられなかったからだ。
 ゆきと小泉は同じ中学出身で、中学の時から、いいな、と思って
いたらしい。同じクラスになって、頻繁に理子の周囲、つまりは自分の
周囲でもあるわけだが、に来るようになって、益々好きになって
いったと言う。
 小泉はお喋りな方ではないので、あまり目立たない存在だが、よく
見ると、童顔だがイケメンだ。静かに皆の話をきいている方で、時々
的を射た台詞を言う。耕介が目立つので、その影になっているように
感じられるが、時々話す言葉から頭の良さを伺わせる。
 「そうかぁ。そんなに小泉君が好きだったとはね。気づかなくてごめんね」
 「ううん。あたしもなんか恥ずかしくて、なかなか言えなくて。
理子ちゃんにはもっと早くに言おうと思ってたんだけど」
 そう言うゆきは、頬を染めて可愛らしかった。ゆきは本人が言う通り、
かなり恥ずかしがり屋だ。だから、本人からのアプローチはまず
無理だろうと思った。だが。
 「それでね。最近、二人で色々話す事が増えてきて・・・」
 ゆきの話の続きを聞いて、理子は更に驚いた。
 ゆきが言うには、小泉は電気部に入っているそうだ。この夏休みも
部活で学校へ来ている。それで、今日、部室へ遊びに来ないか、
と誘われていると言う。知らぬ間に随分、発展しているではないか。
 「あたし、理子ちゃんと図書室で勉強の日だから、って言ったんだけど、
そしたら、合間にちょこっと来れば?って言われて・・・」
 ゆきは、理子の反応を窺うように言った。どうも、行きたくて
ウズウズしているようだ。
 理子は、ふっと笑った。
 「行ってくればいいよ。折角のチャンスじゃん」
 「うん。でも一人じゃ心細くって。理子ちゃんも一緒に行ってくれない?」
 そうか。ゆきがそう言うのもわかる。そういう子なのだ。それに理子は
基本的に頼まれると嫌と言えない。それが親友なら尚更だ。
 「一緒に行くのはいいんだけど、お邪魔じゃない?小泉君もガッカリ
しないかな」
 「大丈夫。理子ちゃんも一緒でいいかって聞いたら一緒に、って
言ってたから」
 「そっか。じゃぁ、行こう」
 二人は勉強道具を片づけると、図書室を出て電気部の部室へと向かった。
 ゆきは喜々とした様子だ。とても心が弾んでいるのが伝わってくる。
 電気部の部室に着くと、中には7人程の男子がいた。
 それぞれ、パソコンを組み立てていたり、アマチュア無線を
やったりしている。
 小泉はパソコンをいじくっていた。
 男ばかりで、気軽に入りにくい雰囲気だが、入口に立った二人に小
泉がすぐに気がついた。
 「やぁ!」
 と、爽やかな笑顔を向けられた。こんな顔を見るのは初めてだ。
 二人は中へと入った。小泉が空いている椅子を二つ持ってきてくれた。
なんだか変な気分だ。
 「来てくれたんだ」
 と明るい顔でゆきへ話しかけた。ゆきは黙って頷く。
 「理子も」
 と理子の方へも顔を向ける。
 「私は付添~」
 そこへ、他の部員が集まってきた。
 「どうしたぁ?彼女?」
 小泉は笑うだけで答えない。
 「あっ、君知ってる。確か、吉住さんだっけ?」
 中肉中背の、見たこともない男子が言った。
 「そうですけど・・・」
 なんで、この人は私を知ってるんだろう?
 「今日は何しに来たの?」
 ぶしつけな奴だなー、と思ったので理子は黙っていた。一応、小泉と
ゆきは、まだ付き合っているわけではない。うっかりした事は言えない。
 「遊びに来てくれたんだよ」
 と小泉が言った。
 そのそばにいた背の高い別の男子が、
 「ギター弾いてあげたら?」
 と小泉に声をかけた。
 「えー?小泉君、ギター弾けるの?」
 ゆきが歓声をあげた。
 理子も驚いた。人ってやっぱり、わからない。
 そもそも、なんで電気部にギターが・・・?
 小泉は教室の隅に置いてあったギターケースを持ってきた。
 ギターか。なんだか増山を思い出す。2人でセッションした日の事を。
思い出したら頬が僅かに熱くなるのを感じた。
 小泉はチューニングした後、フォークソングを弾き語り始めた。
ゆきはその曲のリズムに合わせて嬉しそうに体を揺らしている。
なんか凄くいい雰囲気だ。これはもう決定的だろう。これでは自分は
完全にお邪魔虫ではなかろうか。
 小泉にギターを勧めた男子が理子に声をかけてきた。
 「良かったらあっちでパソコン見ない?」
 そう言われて、席を移した。まぁ、二人の世界にしてあげよう。
 「俺、2年1組の村田祐一って言うんだ。吉住さんだっけ?」
 「なんで、知ってるの?向こうの彼もだけど」
 と、さっきぶしつけに話しかけてきた男子を指した。
 「須田先輩の彼女でしょ?俺達、須田先輩とは幼馴染なんだ」
 へぇー、そうだったんだ。
 「須田先輩、生徒会長じゃん?だから、君もその彼女として、結構、
有名人だよ」
 「えっ?そうなの?」
 そんなの初耳だった。だけど、もう彼女ではない事は知らない様子だ。
 村田はパソコン作りをしていた。理子はメカニックなものが好きなので、
興味深く見た。パソコンは大好きなので設定も自分でやるし、トラブル
にも対応できる。増設なんかもできるので、自作にも興味があった。
 「パソコン作るのって、難しくないの?」
 「全然。パーツを揃えて組み立てるだけだから」
 理子が見渡すと、そこにはパソコンの中身がズラズラと置いてあった。
CPUにマザーボード、ハードディスク、光学ドライブ、メモリなど、
馴染みのものだった。
 「パソコン、興味ある?」
 「勿論。一度自分で作ってみたいと思うくらい」
 「へぇー、そうなんだ。女の子なのに珍しいね。じゃぁ、どう?
やってみない?」
 「えっ?いいの?」
 「教えてあげるよ」
 そう村田に言われて、理子は村田と一緒に自作パソコンに挑戦した。
やってみると、思っていたよりも簡単で、以前、アナログのラジオの
キットを組み立てた時と大差ないように感じられた。
 「どう?簡単でしょ」
 「うん。こんなもんなんだ」
 「自作は自分の好みのものが作れるからいいよ。パーツ選びはちょっと
苦労するけど、規格さえ合ってれば、ほんと、ただ組み立てるだけだから。
スペックアップも自由だし」
 今回組み立てたのは村田が用意したパーツだったから、村田のパソコンな
わけだが、これはなかなか面白い。将来、自分好みのものを作りたくなった。
 「パソコンって、壊れたらメーカーへ修理に出すじゃない?この場合は、
どうなるの?」
 「各パーツで保障が付いてるから、そのパーツだけを修理に出せばいいし、
自分で新しいのに交換してもいい。いちいちデカイのを丸ごと送る必要がない」
 「なるほど」
 理子は感心した。
 「あの二人、楽しそうだな」
 と、村田が小泉達の方を見て言った。
 二人を見ると、本当に楽しそうに笑っていた。
 「小泉君って、ああやって部活の時にギターを弾いたりするの?」
 「時々ね。電気いじりに飽きた時に気分転換で。今日は最上さん達が
来るって嬉しそうだった」
 「えっ、そうなの?そう言ってたの?」
 「ああ。俺達中学の時から仲良くてさ。だから結構、お互いの
色んな事を話すんだ」
 「じゃぁ、もしかして、小泉君の気持ちとか聞いてる?」
 理子が問うと、村田は頭を振った。
 「いや、色々話してて、態度とかからも、多分最上さんが好きだとは
思うんだけど、何故かはっきり言わないんだよなぁ」
 「小泉君って、元からそういう人なの?」
 「そうだな。そういうタイプかも。普段からお喋りじゃないし、
肝心なことほど言わないし」
 そうなのか。あの様子を見れば、絶対小泉もゆきが好きなんだろうと
思うが、女の子からしてみれば、はっきり言ってくれないのは辛いものが
ある。好きな相手なら、いつも気持ちを確認したい。そう思った時、
やっぱり自分は須田先輩を好きだったんじゃないんだと改めて思う。
 「だけど、最上さんって可愛いよなぁ。華奢でたおやかな感じがして、
守ってあげないと壊れちゃいそうな感じが、何ともいいよなぁ」
 と村田が言った。
 ゆきは結構、男子に人気がある。だが何故か、みんな積極的に
アプローチしない。だから本人は人気がある事は知らないのだが、理子は
こうやって村田のような事を男子が言っているのをよく耳に挟む。
 この後、二人は小一時間を電気部部室で過ごして帰宅した。ゆきは
とても嬉しそうだった。でも、理子は少し退屈だった。最初のパソコン
作りは面白かったが、その後は時間を持て余していたからだった。だが、
小泉と楽しそうに過ごしていたゆきを見ているのは、それはそれで
楽しい光景だったと言える。恋をしているゆきが可愛らしくて、
好きな人がいるっていいなと、羨ましく思うのだった。

 合唱部の練習の後、理子は音楽準備室に残っていた。隣で吹奏楽部が
まだ練習している。終わったら増山がまた準備室へ譜面台を片づけに
来るのではないかと待っているのだった。
 待っている間、理子はピアノを弾いていた。弾き語りはどうも、
する気にならなかった。歌っている間に増山が来たら恥ずかしくて
たまらない。
 今日増山を待っているのは、借りた本を返す為だ。ファンクラブが
ある程、人気者の増山である。本を借りたなんて事が周囲にわかったら、
後が怖い。
 暫くしてから、吹奏楽の音が消えた。何度か楽器の音がするが、
どうやら片付けに入ったらしい。人のざわめきが伝わってくる。普段から
増山は吹奏楽部の練習終了後、生徒達と一緒に教室を出ずに、後片付けを
しているようだった。
 もうすぐ来るのかな、とドキドキして待っていたら、10分ほどして、
増山が入ってきた。増山は理子の姿を見て驚いたようだった。
 「あれ、理子。・・・いたのか」
 「はい」
 「最近、合唱部の練習後に残ってないから、今日もいないのかと思ってた」
 増山は笑った。この人の笑顔は素敵だ。知的でクールな普段の顔からは
想像がつかない、とても爽やかで、人なつこい感じがする。
 「今日は、お借りしていた本を返そうと思って、先生を待ってたんです」
 「そうか。わざわざ済まないな。職員室の俺の机の上に置いといて
もらっても良かったんだが」
 「万一、紛失しても困りますから」
 理子の読書感想文も一緒なのだ。外部に知れたら困る。
 「それもそうだな。じゃぁ、レポートも一緒に入ってるんだな」
 察してくれたようだ。
 「読むのが楽しみだ」
 そう言って、ニヤリと笑う。その笑顔も素敵だ。
 理子と一緒にいる時の増山は表情が豊なように感じるが、気のせいだろうか。
 「勉強の方はどうだ?お前、俺が言った事を実践して、ちゃんと
結果を出したな。驚いたぞ」
 「先生のおかげです。先生がおっしゃった通り、どの先生も
熱心に教えてくれて、本当に助かりました」
 理子はそう言って笑った。
 「この夏は、しっかり基礎を固めるといい」
 増山はそう言うと、理子に紙を求めた。不思議に思いながらレポート
用紙を一枚渡すと、そこへ色々と書き出して理子に渡した。
 「この夏休みの間に勉強しておいた方がいい、問題集や参考書を書いて
おいた。これを中心に勉強するんだ。勿論、一学期の復習や二学期の
予習も忘れずにな」
 有難い。こうやって具体的に示してくれると勉強しやすい。そう思って
見ていたら、一番下にメールアドレスが書かれていた。
 「あの、先生・・・」
 理子の問うような表情で察したのか、
 「俺のメルアドを書いておいた。何かあったらメールしてくるといい」
 と言った。平然と言う様子は、特に深い意味を含んでいるようには見えない。
 「いいんですか?」
 「何が」
 「何がって、メルアドです。秘密主義者じゃありませんでした?」
 増山は理子の言葉に微かに笑みを浮かべると、ピアノの上に組んだ
両腕を乗せた。理子はそのしぐさにドキリとした。距離が近く
なったような気がする。
 「相手によるさ。俺の携帯は職員室なんだ。この場で赤外線交換
できないんで、後で理子の方から空メールでいいから送っておいてくれ」
 理子の胸は高鳴っていた。
 どうして?なんで?そんな言葉が浮かんでくる。
それを誤魔化すように言った。
 「私のメルアド、教えるんですか?」
 「嫌か?」
 なんだか増山の顔が悩ましげに見える。心が鷲掴みにされるような感じだ。
 「嫌だなんて、そんな・・・」
 理子は目を伏せた。これ以上はとても目を合わせてなんていられない。
 「嫌なら、別にいいさ」
 増山はそう言うと、理子から渡された袋を持って出ていった。その増
山の態度に、また理子は動揺した。「嫌だ」なんて、言ってないじゃない。
何なの?あの態度は。
 そもそも、教師と生徒が携帯のメルアド交換ってなんなのよ。いやいや。
理子の考えすぎかもしれない。担任としての親切心からかもしれないではないか。
 色んな考えが錯綜する。
 どうしよう?
 増山へメールを送るのか否か。
 私は先生のメルアドを知っている。私からはいつでも先生にメールが
できる。でも先生は私のメルアドを知らない。だから私がメールしなければ、
先生の方から私にメールが来る事はない。
 知ったら、やっぱり先生の方からもメールをくれるのだろうか?
先生からメールが来る?そう思ったら、理子の心が震えた。
 理子は鞄から携帯を取り出すと、教えてもらったアドレスを打ち込む。

 “理子です。先生、怒ったの?”

 震える手で転送キーを押した。
 増山は、携帯は職員室に置いてあると言っていた。しまってあって、
理子からのメールにすぐには気づかないかもしれない。
 ドキドキしながら送ったが、送った後は更にドキドキした。
こんなにすぐに送らなければ良かったか?
 もう帰ろうと理子は思った。用事は済んだのだ。これ以上ここにいても、
仕方がない。早く帰って勉強しよう。そう思って、ピアノの蓋を閉めて
鞄を持ったら、携帯の着信音が鳴った。メールだ。
 ドキっとした。慌てて鞄から携帯を出したが、すぐに開く事ができない。
怖いのだ。中を見るのが。
 何て書いてあるんだろう?と思いながら震える手でメールを開く。

 “心配するな。怒ってないから。
  メール、ありがとな”

 理子はほっとした。そして、何度も読み返し、その度に胸が熱くなるのだった。

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