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小説・月と星の間<完>
9.思遣


月と星の間 9.思遣 ②

2015.02.09  *Edit 

 久しぶりに出勤した事務所は、新鮮に感じた。誰よりも早く出勤して、
一通り軽く掃除をしてからパソコンを開く。まさに一週間ぶりのパソコンだ。胸が弾む。
「おはようございます」
 吉田と波絵がやってきた。
「蕗子さん!一週間ぶりですね~~。わ~、なんか嬉しい」
 波絵が再会を喜ぶように抱きついてきた。
「ごめんなさいね。急に休みを貰っちゃって」
「いいですよ~。どうせ順番にみんな休むんだし。最初に休んじゃうと、
後が長く感じますよ~。夏はこれからが本番ですからね」
「それにしても、相変わらず焼けて無いね」
 吉田に今年も言われた。
「毎年そうですよねー。羨ましいですよ」
 蕗子は照れくさい。一応、焼きたいとは思っていないので、日焼け止めは塗っている。
「それにしても、蕗ちゃんが、始業時間が過ぎても居ないし連絡ないし、
なんて初めてだよね。みんな心配したんだよ」
「本当に、ごめんなさい」
 蕗子は深々と頭を下げた。
「おはよう」
 財前だった。
「あ、所長。申し訳ありませんでしたっ、突然に。ご迷惑をおかけしちゃって」
「いや、あの時は驚いたけど、まぁねぇ。ちょうど良かったと思うよ。
コンペの件で疲れが溜まっていたろうからね」
 財前は、ぽんぽんと蕗子の肩を軽く叩いた後、耳元に口を寄せて、
「昼休みにでも、ちょっと話を聞かせて」と言った。
 ちょうど良かった。結婚した事をいつどうやって報告しようかと思って
いたところだった。きっと驚くだろう。
 急ぎの仕事は無かったが、さすがに丸々一週間も休むと仕事が山と
積もっていた。蕗子はそれを次々とこなし、黙々と取り組み、
気付くと昼になっていた。
 二つ隣のビルにある洋食屋で財前と共に昼食を摂りながら話をする事になった。
「あの電話の後、どうしてた?まさか彼の家にずっといたとか?」
 財前が探るような目で蕗子を見た。気になるのだろう。
「まぁそうなんです」
「そうなんです、って、おい。彼の家に泊まって寝過ごしておいて、
それを俺に堂々と言うとはね。蕗ちゃんって、そういう女性だったかな」
 嫌そうな顔をして、付け合わせのキャベツを口に入れていた。
「所長、ごめんなさい。実は、あの日、アパートに帰ったら、父が待ち構えてたんです」
「お父さんが?」
「はい。……阿部さんと別れろって。父は相変わらず、私が彼と不倫関係にあって、
妹から横取りしたって信じてて、いくら説明しても聞く耳を持ってくれなくて。
結局、喧嘩になったんです。それで私、部屋を飛び出して彼の元に……」
「なるほど……」
 財前は頷きながらも、気に入らないような憮然とした様子だ。
 蕗子は父に襲われた事は言わなかった。とても言えるわけがない。
勿論、晴明の過去についても。
「もう夜も遅かったから、彼の所に泊まりましたけど、前の晩の父との喧嘩で
かなり精神的にも疲労してて、それでついうっかり……。申し訳ありませんでした」
「いや、それはもう済んだ事だから。今後、同じ事を繰り返さない事。
それだけだよ。それより、お父さんはどうして聞く耳を持たないんだろうね」
「分かりません。見たくないもの、聞きたくないことを、人は無意識のうちに
避けるって事がありますよね。結局、そう言う事なんだろうと思うしか
無いのかもしれません」
 父は自分の殻の中に閉じこもっている。そうとしか思えない。
「そのお父さんの事なんだが……」
「えっ?」
「君が休んで二日後くらいだったか、事務所に電話があったんだよ」
「父から?」
「波絵ちゃんが出て、夏休み中だと伝えたら私に回されてね。アパートを
訪ねたが留守が続いてるから心配だって。行き先を知らないかってね」
 蕗子は驚いた。あのまま諦めていたんじゃなかったのか。矢張り再び
アパートを訪れていた。管理人に頼んでおいて良かったが、管理人に
拒否されて今度は財前に問い合わせてくるとは。
「それで?」
 先を促した。
「知らないから知らないと言ったよ。隠してないかって言われてね。
不審に思ったね。阿部さんの家にいるかもしれないと思うだろうから、
行けば所在はすぐに分かる。それなのにそんな風に探しまわっているところをみると、
蕗ちゃんは本当は別の場所にいるんじゃないかと思ったんだ。だからと言って、
わざわざ立ち入るつもりは無いが」
 そう言って財前は食後のコーヒーに口をつけた。カップを持った左手の薬指に、
指輪の痕が残っていた。それを見て、自分たちはまだ指輪を買って無いなと
ふと思った。
 蕗子が何も言わずに自分の手元を見ているのに気付いた財前は、
片眉を上げて不思議そうに蕗子を見た。
「どうした?」
「あ、すみません。所長のおっしゃる通りです。実は私、蓼科にいたんです」
「ええぇ?蓼科?じゃぁ、もしかして、あの電話は蓼科から?」
「そうなんです。向こうに着いたのが夜更けだったこともあって……。だから……」
「なるほど。それで、気付いた時には九時を回っていたと。あぁ、そう。なるほどね」
 財前は呆れ顔で何度も頷いている。
 だけど、父はあの場所を知っている筈だ。初台にいなければ、蓼科に、
と考えただろう。さすがに蓼科までは追っかけては来なかったか。
父にも仕事がある。
「それで所長。驚かせついでに、多分もっと驚かせちゃうと思うんですけど……」
「えっ?何?まだ何かあるのか?」
 おっかなびっくりした顔だ。
「はい……。ホントに突然なんですけど。……改めて考えてみると、本当に
急だな、って自分でも今更なんですけど……」
「おい、何なんだよ?まさか退職したいとか言い出すんじゃないだろうな」
「えっ?いえいえ、それはありません」
 思わぬ事を言われて、かえってこちらがビックリした。
「あのですね……。私、昨日、結婚したんです、彼と……」
「ええ?結婚?昨日?」
 財前がこれほど驚く顔は初めて見た。
「え、何?じゃぁ、蓼科の教会で二人だけで式を挙げてきたとか?」
「はい?式?あ、いえ。式は挙げてません。入籍したんです。昨日」
「…………」
 唖然とした顔のまま、財前は蕗子を見つめていた。蕗子の方は、
式と言われて、ちょっと肩すかしを喰らった気分だった。
(そうかぁ。結婚って結局、結婚式を挙げるって事なのねぇ)
 自分の左手を見る。指には何もない。
(指輪すらないもんなぁ……)
 それなら、蘇芳の時はどうだったんだろう。向こうの教会で式を挙げたんだろうか。
そんな事、晴明も蘇芳も何も言って無かったし、両親も訊いてはいなかった。
考えてみれば不思議だ。
「君には全く、驚くばかりだ。彼から連絡が無くて、ワァワァ泣いてたのが
嘘みたいだ。こんなに行動的とは思って無かったよ。もっと常識的で
奥ゆかしいんだと……」
「所長。それ、ちょっと失礼な言い分じゃないですか?」
 蕗子はむくれて見せた。
「いや、すまない。だけど、それなりに付き合いが長いだろう。ずっと君を
見て来て、そういう風に思ってたんだ。……君は、俺に好意を寄せてくれて
いたよな?異性としての強い想いで無かったのは分かってる。それでも、
俺を上司としてだけではなく、男としても見てくれていた筈だ。ただ俺は
妻子がいて、家庭を大事にしてた。君はその事もよく理解してくれていて、
そういう俺が好きなんだと思ってた。俺の勝手だけどな。まぁだから、
俺が独り身になっても、君の中のあるべき姿と違う俺を受け入れる気には
ならなかったんじゃないかってさ。思ったわけ。まぁ、全部俺の勝手な妄想だよ。
それでもいつか、そんな純朴とも言える君を俺の懐で包んで行きたいってね……」
 溜息をつきたくなった。まさに、大いなる妄想だと思う。この歳になってもまだ、
女にそんな幻想を抱いているのか。
 財前の自分に感じていたものが全て妄想だとは思っていない。或る意味、
当たっている部分もある。上司として尊敬しながらも、男としても意識している
部分はあった。こういう力強い人と人生を共にできたら楽しいだろうなと
思う事もあった。でもそれは、具体的な想いではない。それでも男は、
自分は想われている、慕われていると思って有頂天になるんだな、
と改めて知らされた気がした。
「それで所長は、何をおっしゃりたいんでしょう」
 つい口調が冷たくなった。向ける視線も冷ややかになっている事だろう。
「ああ、だからさ。純朴で潔癖な君だからさ。阿部さんに想いを寄せつつも、
妹の夫だったって事が、君にとっては大きな枷になって、なかなか前へ
進めないんじゃないかって俺は思ってたんだ。その辺のゴタゴタが
原因だったわけだろう?仕事のミスもさ。だから、その一週間後に入籍するなんて、
そんな超スピードで大胆な行動をするなんて思いもしないよ、普通は」
「非常識、とおっしゃりたいわけですね?」
 冷たい蕗子に、財前は戸惑うようにタジタジとした。


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