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小説・月と星の間<完>
8.婚姻


月と星の間 8.婚姻 ④

2015.02.02  *Edit 

 (結婚……)
「考えて無かった?」
「ごめんなさい……」
 蕗子は思わず俯いた。
 そもそも、結婚なんて事を未だかつて意識した事が無い。よく他人から
言われはしたが、まず相手がいなかったし、いつか相手ができて自分が
結婚するかもしれないなんて事も考えられなかった。
 縁があればしない事もないんだろう、程度だ。今は相手ができた、と
言える事になるが、こんなにも好きなのに、結婚なんて微塵も考えていなかった。
「いや、いいよ……。出逢ってから、まだ半年も経ってないし、僕なんて
離婚したばっかりだもんな。しかも、君の妹と……。こうやって改めて
考えてみると、僕はすごく訳ありな男だね」
 そう言って笑う晴明は、どうって事のない顔をしていたが、蕗子はそれを
額面通りに受け取って良いのかどうか、量りかねていた。
「結婚の事はさ。取り敢えず、棚上げにしよう。これからゆっくり考えれば
いいと思う。ただ、早く一緒には暮らしたいと思ってる。それについては、どう?」
 今度は、瞳に強い意志が感じられた。
 二人は女神湖まで来ていた。手を繋いで湖畔をゆっくりと歩き始めた。
こうして並んで歩いている方が、話しやすい気がした。
 晴明には目力があると思う。だから、見つめられると臆してしまう事も
少なくない。八月なのに、湖畔を渡る風は涼やかで気持ち良かった。
こうしてここにいると、夏の間くらいは、ずっとここにいたいと思う。
「どうして、返事がなかなか返って来ないんだろう」
 不満そうな声が耳に届いた。それと同時に、手を握る力が強くなった。
「ごめんなさい。私も同じ気持ちよ。ただちょっと、仕事の事とか父の事とかを思うと」
「僕は、それを思うからこそ、早く一緒に住みたいと思うんだ」
「それって……?」
 実は蕗子が一番気になっている事は父の事だった。
 ここへ来た翌々日、晴明に言われて蕗子はマンションの管理人に
電話をして、今後絶対に父を部屋の中へ入れないで欲しいと頼んだのだった。
蕗子が出ていった後、父が居座っていないかどうか管理人に確認して貰った。
留守中に勝手に入って来られては困る。それに、今後も安心して住めやしない。
 あれから父はどうしたのだろう。今、何を考えているのだろうか。
自分のした事に気づき、自己嫌悪にでも陥っているか。それで反省して
くれれば良いが、一抹の不安は拭いきれなかった。
「君を一人で住まわせておくのが、心配なんだよ。親って言う存在は、
いい時はいいけど、悪い時は本当に厄介な存在だと思う。深い愛情で
結ばれている親子を羨ましいって、僕はずっと思ってきた。五條家だって、
僕がいなければ、そこそこ上手くいってたんだとは思うけど、蘇芳から
事前に聞いていた話しでは、なんだか胡散臭い家族だなって印象だった。
実際に会ってみて、やっぱり胡散臭そうだって思ったね。互いが
相手を欺いてる、そんな感じがした。まぁ、家族こそ、多かれ少なかれ
欺きあって暮らしてると言えるのかもしれないけど」
 それは、そう思う。良い悪いの問題ではなく、どこも多かれ少なかれ、
そういう面はあるだろう。
「僕だって、母を欺いていたし、母だって同じだ。良く言えば、
思いやりってやつ。……五條家は危うさを感じながらも、一応バランスを
保ってた。僕がそれを崩してしまって、お父さんは箍が外れてしまった
みたいだ。だから、この前のような事がまた起こらないとは言えない。
親の権利って強いんだよ。最近は一人暮らしの人間が犯罪に巻き込まれる
ケースが増えてるから、娘の一人暮らしを心配して様子を見に来た父親を、
管理人が拒否できないかもしれない。そう思うとね。心配でたまらない。
僕が一緒に住んでいれば、僕の方が先に帰宅してるだろうから、
君が一人の所へ乗りこんでくる事は避けられる」
 晴明は背が高くて足も長いので、蕗子よりも歩幅が大きいが、
蕗子に合わせてゆっくり歩いている。大きな足を小さく運ぶのも、
却って疲れるのではないだろうか。ふと、そんな事を思った。
「本当はね。そういう心配からも、さっさと籍を入れたいって思ったんだよ。
同棲って形だと、君への保護責任権は、やっぱり親にあるからね。
こんな年齢でも、引き離す為に強権を行使できるんだよ」
 保護責任か……。そのうちに、逆転することになるんだろう。そうなったら、
自分が両親を保護しないと罰せられるのか。何だか気が重くなってきた。
物足りなさを感じながらも、それでも親として愛と尊敬を抱いて来ていたというのに。
 僅かにずれる二人の靴音を聞きながら、こうしてこれから二人で
一緒に歩いて行く事に何の抵抗も感じないのだから、このまま結婚しても
良いのだろうとの思いが生まれて来た。
 別に躊躇っていたわけでもない。単に、思いがそこまで及ばなかっただけだ。
一緒にいたい気持ちは強いのだから。
「わかったわ。じゃぁ、すぐにでも一緒になりましょうよ。まずは入籍しちゃいましょ?
住む場所はそれからでもいいんじゃない?」
 晴明が突然立ち止まったので、蕗子は危うくつんのめる所だった。
そんな蕗子を晴明は抱きとめた。
「やだ、急に止まるんだもの……」
「蕗子さん」
 蕗子は見上げた。
「なんて君は極端なんだ」
「何よ、どおしたの?入籍したいって先に言ったのはそっちじゃない」
 思わず責め口調になったら、晴明は「そうだけど……」と戸惑うように答えた。
「あなたの言う通りだと思ったからよ?私もう、誰にも邪魔されたくない。
最初は随分と戸惑ったし、恐怖感もあったけれど、ここまで来てしまったら、
躊躇ってる方が馬鹿みたいって思うのよ」
 晴明は蕗子の手を強く握りしめて来た。
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう。でもさ。君のお父さんの心配さえ
なければ、入籍は来春とかでもいいのかなって気持ちはあったんだ。
一刻も早く入籍したい。それが素直な気持ちだけど、蘇芳との事が
あったからね。周囲の思惑とかを考えると、少し時間を置いた方が
軋轢は少なくて済むんじゃないかってね」
 それはそう思う。結婚と聞いて真っ先に思うのは、矢張り蘇芳の事と
周囲の反応だ。
「もしかしたら、世間は君を悪者扱いするかもしれない。妹の夫を奪った姉ってね。
実際はそうでないのに。だから、君に嫌な思いをさせたくはない。
君を守りたい。お父さんからも、世間の嫌な目からも……」
 蕗子は周囲の目も構わずに、晴明の胸に頭をもたせかけた。
「こんな事を言うのも何だけど、一緒になるって事は、即ち結婚するって事なの?」
 晴明が軽く笑ったのが伝わって来た。
「不思議に思う?本来、芸術家って世間の枠には当てはまらないのが
普通って感じだよね。特に絵描きなんて、対象への憧憬とか愛情が
入りこみやすいから多情が多いんだと思う。いつだって自由でいたいんだ。
でも僕は風景画家だしね。僕が描く人物は一人しかいない。だからその人を
独占したいんだ。それに、自分の親の生きざまと、暖かい家庭に
恵まれなかった生い立ちも影響してると思う。僕と里美が激しく
求めあったのも、きっと同じ物を求める気持ちが強かったからなんだと思う。
でも、結局、僕らはそれを得る事は出来なかった。彼女が死なずに、
その後一緒に暮らしていたとしても、駄目だったと思う。僕たちの形は
いびつだったからね。だから余計に結婚に拘ってしまうのかもしれない。
きちんと入籍して、社会に認められたいんだ、きっと……」
 社会に認められたい……。その言葉を聞いて、突然訊きたくなった。
「ねぇ、変な事を訊くようで悪いんだけど、里美さんのお墓って、どこにあるの?」
「ええ?何急に……」
「教えて貰えないの?」
「いや……、ちょっとびっくりしただけ。……彼女のお墓は、岐阜にある。
父、行人の墓石の隣にね。ひっそりと一人で眠ってる」
「え?一人で?」
「彼女を埋葬する段階になってね。どこのお墓に入るのか、少し揉めたんだ。
一応、戸籍上は向坂の人間だからね。本来なら向坂の墓に入るんだろうけど、
紗枝さんが反対したんだ。たまたま自分が再婚したから籍が入っただけで、
向坂は他人の家と同じだから、そこへ一人で入れるには忍びないって。
だからと言って、自分たちを捨てて余所の女と共に逝った父親と同じ墓でも
嫌だろうけど、縁もゆかりも無い場所で一人ぼっちも寂しいだろうからってね。
行人の隣に……」
(やっぱり、そうなるんだ。亡くなった後でも寂いしいんだ……)
 蕗子は思わず涙ぐんだ。
「蕗子さん?ごめん……」
「ううん……」
 蕗子は首を振った。
「社会的に認められないって事は、突き詰めればこういう事なんだよね。
私、思い出したの。結婚して未入籍のまま新婚旅行へ行った時に事故に
遭って死んだ場合の処遇をね」
「おいおい、不吉な事を言わないでくれる?」
 晴明が露骨に嫌そうな顔をした。
「不吉って、そうかもしれないけど、でもそれが現実なのよね。瀕死の時だって、
家族じゃないから病室へ入れて貰えない扱いも受けるらしいわよ、
内縁の妻や愛人とかって」
「そうなの?」
 蕗子はコクリと頷いた。
「だからね。それを思うと、やっぱりあなたが言うように、ちゃんと社会に
認められるようにしておいた方がいいわよね。何かあった時に、正々堂々と
一緒に居られないって嫌よね。たかが書類一枚で、籍が入って無いだけで
引き裂かれたくないもの」
 ぎゅうっと強く抱きしめられた。
「ありがとう。凄く嬉しいよ。君の気持ちが。僕には勿体ないほどだって思う。
こんな幸せは生まれて初めてだ……」
 晴明は震えていた。泣いているのか……。
 この人を幸せにしてあげたい。そして自分も幸せになりたい。ずっとこうして
二人でいられれば、必ずそうなれる。絵具の匂いを感じながら、蕗子は微笑んだ。

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