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小説・月と星の間<完>
8.婚姻


月と星の間 8.婚姻 ➂

2015.01.30  *Edit 

 「蓼科に何度も来た事があるのなら、色んな建物も観てるよね?ミュージアムも」
 夕食が終わり、共にハーブティを飲んでいる時に、晴明に訊かれた。
「うん。一通りね。個人の別荘や会社の保養所なんかも、見学させて
貰った事あるのよ。ここは結構好きな所なの」
「そうか。それは良かった。君にも色々と思う所はあると思う。僕と里美が
ここで暮らしていたって事でね。アメリカに行くまでは、ここは辛い場所だったよ。
二人で暮らした時間は幸せだったけど、それと同時に、夕べも話したけど
罪の意識も降り積もってた。里美が死んだ時、それが一挙に重たく
のしかかってきた。だから、アメリカ行きは渡りに船だったと思う。
……蘇芳と離婚協議中に、一度ここへ来たんだ。蘇芳と別れて
君と一緒になるつもりだったから、ここをどうしようかと思ってね。
来る前は正直怖かったよ。だけど、いざ来て見たら、拍子抜けするくらい、
全然平気だったんだ。自分でも驚いてる」
 晴明は平然とした顔をしている。
「どうしてなのかしら?」
 晴明は、さっぱり分からないと言わんばかりに両手を広げた。
「多分、きみのせいだ」
「私の~?」
 人のせいにしないでよ、と言わんばかりの顔をしたら、晴明はにんまりと笑った。
「せい、じゃなくて、お陰、と言った方がいいかもな。君と出逢って、
僕の魂は丸ごと君の物になったと言ってもいいかもしれない。大袈裟に
聞えるかもしれないけど、実際そうなんだからしょうがない。だから、
後先も考えず、過去の忌まわしさも忘れて、君だけに突進していったんだ。
君を愛した瞬間に、里美への全ての想いが消え去ってしまったみたいだ。
その事で、あの世から里美に恨み事でも言われたら謝るしかないんだけど、
多分彼女は喜んでくれてると思う」
「そ、そんな事を……ここで言ってもいいの?」
 蕗子の声が思い余って震えた。
「大丈夫だよ」
 晴明は笑っている。
「でも……私は、里美さんに申し訳ないって思った。だって……。可哀想じゃないの?」
「ありがとう。きっと里美も喜んでるよ。彼女への想いは、綺麗サッパリ
過去に去った。夕べ、昔を思い出しながら話している時は、さすがに
当時の感情が蘇って悲しかったけどね。僕が今、一番怖いと思っているのは、
何より君を失う事だよ。僕の過去を知って、君が去っていかないか。
それだけが怖かった。君のお父さんからの手紙に、君が僕を軽蔑し、
別れたいと言っているとあったのを見て、そのまま信じてしまった。
だって、それが普通の反応だと思ったからね。君がここに来た時は、
僕に怒ってるのかと思ったんだ。何か言わずには済まなくて、
怒りをぶつけにきたのかと。弁解する余地もないと思っていたから。
……馬鹿だったね。僕はもっと、君を信じるべきだった」
 蕗子は首を横に振った。
 お互いが、相手に疑心暗鬼になっていたんだと思う。それほどに、
重要な事柄だった。
「さて。今夜はどのネグリジェを着る?」
「はぁ?何か、今しがたまで深刻な話ししてませんでしたっけ?」
「そうだったかな」
 う~ん、と腕を組んで考えるポーズを取っている。
「あの……、ついでにもうひとつ、訊きたいんだけど」
 この際だから、思い切って訊いてみようと蕗子は思った。
「いいよ、なんだろう」
「晴明さんは、女性にネグリジェを着せるのが好きなの?もしかして、趣味?」
「もしかして、気にしてるの?イヤに思ってるとか?」
「違う違う……。その……。どの相手にも、その……、あの……」
 蕗子は何故か顔が赤らむのを感じた。言わせないでくれとも思うが
訊きたい。それなのに、はっきりと言えない……。
 晴明は、蕗子の言いたい事が分かったと言うように笑った。
「君が気にしている事が分かったよ。馬鹿だな。まさか、これが僕の性癖とか
思ってるのかな。うーん……思ってるか?まぁ、性癖と思われても
仕方ないかもしれない。だけど、ネグリジェを着せるのが僕の性癖なわけじゃないよ。
確かにネグリジェは好きだよ。女性らしいって思うからね。だけど、相手が
君だからさ。君は何かと蘇芳と比較するけど、蘇芳はいつも、大きめの
Tシャツ一枚しか着て無かったな。僕は別に興味無かったから、どうでも
良かったけど。君には、一番ネグリジェが似合うと思うんだ。だから、
着せたいって思う。裸の天使は別として、天使って大体そういうのを
着てるじゃないか。あと、君は里美の事も気にしてるんだろ。里美はね。
職業柄かなぁ。作務衣が多かった。あれは正直、つまらなかった。
まぁ、小柄な彼女に似合ってはいたけど、色気がない。まぁ、夢中になって
愛し合ってたから、すぐに裸に剥くからいいんだけどね。って。ごめん……」
 さすがに喋り過ぎたと感じたのか、晴明はバツの悪そうな顔をした。
 蕗子は顔を赤らめたまま、首を振った。
「じゃぁ、ほら。ネグリジェに着替えて。君が選んでいいからさ。寝室で待ってる」
 晴明は恥ずかしそうに部屋を出ていった。
 蕗子ははぁ~っと息を大きくつくと、ネグリジェに着替えた。
 私に着せたかったのか。私だけに……。みんな其々違うと知って、
ホッとしている自分が馬鹿みたいだが、それでも嬉しさは変わらない。
 蕗子が着替えて寝室に入ると、ベッドに腰かけていた晴明は嬉しげに
微笑んで立ち上がり、蕗子の元まで来て手を取った。
「さぁ。おいで」
 ベッドまで手を引かれ、二人一緒に腰かけた。
「僕はね。自分でも少し驚いてるんだよ。だって、こんな事をするのは
君が初めてだから。いい歳した大人の男がさ。下手すりゃ、変態だよな。
孤独な人生を生きて来て、それを埋め合うように里美と愛し合って、
これ以上ないって思うほど愛し合っていたけれど、今はその時よりも、
君を愛してるって思うんだ。過去があったから、今がある。君に出逢って、
君が僕の事を知っても愛してくれてるのが分かって、はっきり分かったんだ。
自分の中の愛の深さにね。そして自分の中の、妙な性癖も……。
君だから生じて来るんだ。もう、どうしようもないくらいに。
でも、嫌だと思うなら言ってくれていい」
 蕗子は何も言えずに首を振る。本当に何も言えない。嬉しくて。
言葉の代わりに抱きついた。晴明の首に腕を回し、その唇に口づけた。
そして、想いのたけを込めて吸った。晴明はその唇を吸い返しながら、
そっと蕗子を倒し、嬉しそうにボタンに指をかけた。

 二人で過ごす休日も残り少なくなってきて、二人は周辺へ車を走らせては
自然の景観や湖畔での遊びを満喫した。晴明は必ずスケッチブックを
持参していて、観光客が写真を撮るように、スケッチブックに向かっていた。
「今更だけど、本当に好きなのね」
「まぁね」
 照れ笑いを見せる。
「だけど、君には少し悪いと思ってるんだ」
 鉛筆を走らせながら晴明は小声で呟くように言った。
「どういう事?」
「僕ばっかり描いてて。君だって、三度の飯より建築好きなのに、
すっかりそれを奪ってしまってるだろ」
「あら、やだ。そんな事、気にしてるの?」
「おっと。そんな事だって?君にとっては重大事じゃないのかい」
「だって……。こんなに設計図と向きあわなかった事って、未だかつてないけど、
不思議と焦燥感とか無いの。なんか、今までずっと図面やCADばかり
見つめてきたけど、こうして自然の中にいるとね。もっと世界が広がる感じ?
紙やパソコンが無くても、心の中に、これでもいっぱい描いてるのよ?
だから大丈夫。その代り、東京に戻ったら、暫くは吐き出す作業で
何日も寝られないかもね」
 蕗子は本当にそう思っている。ここにいると、新しい発想がどんどん
湧いてくる。それを忘れないように頭の中に必死に描き止めていた。
 仕事柄あちこちへ行く機会は多く、行く先行く先で色んな刺激を受ける。
この蓼科周辺だって過去に何度も訪れて、その度に刺激を受けて
来ていたが、こんな風に愛する人とゆったりと愛を確かめ合い、
育みあいながら、のんびり過ごす時間はまた格別で、蕗子の中に
違った世界が広がったと思う。その事が仕事にも良い影響を
与えてくれていると感じていた。
「そうか。嬉しいような、悲しいような?」
「なんで悲しいのよ」
 晴明はふっと笑った。
「決まってるじゃないか。君が東京に戻ってしまう事だよ。そうして、
僕の事なんか忘れて、また仕事虫に戻るんだ……」
 寂しそうな顔をした。
「晴明さん。あなた、わざとそういう顔をしてるんでしょ」
「あっ、分かった?でも、そう思う所が君のクールさだよな」
 責められているわけではない。客観的な感想だろう。他の人間に
言われたら責められてると感じるに違いない。過去に何度も恨みがましく
非難されてきた。でも、この人は違う。違うと言う事は感性で最初から
分かっていた。だから、この人とは相性が良いと言う事も直感的に
くみ取っていたと思う。
「私ね。あなたを好きになってから、初めての体験ばっかりしてる。
会社を休みたくなったり、休みが貰えて喜んだりなんて、働いてから
一度も無かったから。仕事が趣味みたいなものだし。普段の休日だって、
あなたも知っての通り、CADに向かってる時間が一番長い。
本も読むけど、建築関係ばっかり……。そんな私なのに、ここへ来て、
あなたとの時間に夢中になって。……最初は私、仕事も手につかなくなる程、
生活の全てを擲つ程に、恋に夢中になってるんじゃないかって、
自分自身が不安になった。だって、こんなに誰かを好きになったの、
初めてなんだもの。建築以外の事柄に、人も含めて夢中になった事なんて
ないですからね」
 蕗子は赤くなって笑った。晴明も微笑んだ。
「だけどね。やっぱり、私にとっての建築って、あなたにとっての絵と
同じような存在だって気付くようになったのよ。手で描いたり、設計図見たり、
建築物を見たりするだけが建築じゃないって。まぁ、沢山勉強して、
沢山見て来た結果ってのもあるんだけど。やっぱり下地って大事よね。
だから、心配しなくて大丈夫よ。想像の翼が大きく羽を伸ばして、
新たな創作への糧になってるんだから」
 晴明の手が伸びて来た。優しく肩を抱く。
「絵を描くってさ。孤独な行為だよね。対象物と無言の会話をしてるけど、
人と話してるわけじゃない。突き詰めれば、自分との会話と言えるかもしれない。
だから、時にひとりよがりなタイプがいるのも芸術家の特徴とも言えると思うし、
僕自身もそうだと思う。こうして外で絵を描いてる時、そばに誰かがいても
夢中になってるから、いないも同然なんだ。そもそも、声をかけられても
相手にしたくないんだけど、故意に無視してるわけじゃなく、全く聞えないから
返事のしようのないだけなんだけどさ。でも、なんか君は違うんだよな。
存在感があるんだ。でも、全然、邪魔じゃない。むしろ、いてくれて
安心するって言うか。あー、そう思うと、君が帰ったらホント、どうなるんだろ……。
僕の方がよっぽど、君に夢中になってるじゃないか」
 晴明は切なげな顔をして、蕗子の頬に口づけた。
 お盆の時期ではないものの、夏場だけに観光客が多かった。
カップルも多いし、今時のカップルは人前でベタベタしているのが多いから、
こんな事も珍しくは無いのだろうが、それでも蕗子は恥ずかしい。
こういうのに慣れてないからなのかもしれない。
「ね。変に思わないでね?里美さんと一緒の時はどうだったの?
こうやって、二人でよく周辺を出かけたりとかした?」
 晴明の顔が少しだけ曇った気がした。
「里美とは、こんな風に出かける事は、あまり無かった。なんと言っても、
逃げるようにして来たわけだからね。それに、僕はその頃、
あまり絵も描いて無かった」
「えっ?どうして?」
 生きている事=絵を描く事と言っても良いくらい、絵を描いている人なのに。
「やめていた訳じゃないよ。ここへ来て、まずは二人の暮らしの基礎を
固めなきゃならなかったからね。家を補修したり、畑を作ったり、薪を用意したり。
彼女の陶芸の土作りの手伝いもしたし。炭作りもしたよ。陶芸の方の下準備は、
結構大変だったね。色々勉強になったけど。まぁだから、絵を描いてる時間は、
あまり無かったんだ。やっと生活にも慣れて来て、でも、もうすぐ二度目の
冬が来る訳だから、その準備にまた追われるなぁ……って思っていた
矢先の事故だった。……ここは冬は住む場所じゃないね。だから、
これからは別荘として、気候のいい時だけ利用することに決めてる。
君は心配しなくていいよ」
「うん……」
 他に答えようも無かった。矢張り、或る意味、尋常では無かったんだろうと
思う。ただの駈け落ちとは訳が違う。もっと、隠遁と言おうか、逼塞と言おうか、
二人だけの閉じられた世界だったような印象だ。そう思うと自分達は
解放された関係なんじゃないだろうか。
「ところで、今後の事なんだけど」
「うん」
「いつ結婚する?」
「えっ?」
 晴明の瞳がジッと蕗子を見つめている。その手も止まっていた。

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