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小説・月と星の間<完>
6.葛藤


月と星の間 6.葛藤 ①

2014.12.29  *Edit 

 蓼科の晴明から、未だに連絡が無かった。蓼科へ出かけてから二週間が
過ぎている。東京に出てくる用事もあるから、その時には寄ると言っていたのに。
 梅雨も明けて暑さも盛りになってきた。七月も終わりを迎えようとしている。
この暑さは余計な事を考えさせない。考えれば苛つくだけに、考えるのを
放棄する。そうして、胸の中に大きな闇を抱えたまま、蕗子は黙々と
仕事に打ち込んだ。
 何故、何の連絡も無いのだろう?蕗子が一人で悶々としている事は
分かっている筈だ。「ひとりぼっちにさせてごめん」と言っていたじゃないか。
それともあれは、単なるその場限りの言い訳に過ぎなかったのか。
「ごめん」と言いながら、少しも反省していない男は掃いて捨てるほどいる。
 それとも、作品制作中はそれだけに集中して、他の事は忘れてしまうのか。
蕗子だって、仕事が忙しくて熱中している時は、他の事など二の次だ。
お互いに、相手の事を思うと仕事が滞る。だから敢えて、
思い出さないようにしているのだろうか。
 だが、父から過去の事を暴露した書類が行っている筈だ。それを見て、
平静でいられる筈が無い。そして、蕗子がショックを受けているだろう事も
想像できるだろう。それなのに、それでも連絡が無いのはどうしてなのか。
 だけど……。晴明から連絡があったら、蕗子自身はどうするのだろう。
そう考えたら混乱してきた。自分の晴明への想いが、しかとは固まり
きらないうちに衝撃的な事実を聞かされて、自分の心がどこにあるのか
分からなくなってきた。
 ただ一つだけ、はっきり言える事があった。
 異母妹との事を知っても、彼をおぞましいとかケダモノとか、そんな風には
微塵も思っていないと言う事だ。「近親相姦」なんて言葉だけを聞くと、
確かに不快だ。だが、晴明と彼女との関係に、そんな不快な感情は湧いて
来ないのだった。だからと言って、冷めてる訳でも乾いている訳でも無い。
 だから、自分の心がよく分からないのだ。そして、こんな状況で彼と
逢うのは不安だ。連絡が無くてかえってホッとしている面もある。
その一方で、何も言ってこない事に不信感が湧いてくる。
 そして、逢いたいのか逢いたく無いのかと問われたら、逢いたいし、
逢いたく無かった。怖いのだ。どうしてだか怖い。一体何が怖いと言うのだろう……。
 こんなモヤモヤとした状況がミスを生んだ。しかも、大きなミスだった。
間違った計算式で出した数字で、とんでもない形状の設計図ができあがり、
しかもそれに気付かなかった。当然ながら所長の財前が気付いたが、
そうでなかったらクライアントから大目玉をくらい、場合によっては
事務所の信用に傷を付ける事になりかねなかった。
「蕗ちゃん、どうした。最近、心ここにあらずって感じだぞ?」
 財前は叱りつける事無く、逆に心配げに問うてきた。
「所長……」
 財前は蕗子の顔を見て、困ったように息を吐いた。
 皆が帰った事務所の中だった。
「妹さんと阿部君の離婚は成立したんだったよな?それなのに、
上手くいってないのか?……なんかな。少し前だったが、君のお父さんが
来てね。君がマンションを借りる際に、保証人になった事の礼を言われたよ。
一応、君から色々話を聞いていたから俺は驚いた」
 蕗子の心が重たくなった。わざわざ礼を言いに来ていたなんて。
二人の仲を疑っての事に違いない。
「所長、すみません。月半ば頃に父がマンションにやってきて、帰ってこいって。
勿論、帰るつもりはないんですけど、なんか、所長に保証人になって
もらった事で、所長との仲まで疑ってるんです、あの父は。
私の事、身持ちが悪い女だって」
 蕗子は笑った。笑うしかない。でないと泣いてしまう。
「全く、なんだろうな。自分の娘の事をそんな風に言うとは。だけど、
阿部君の方はどうなんだ。お父さんが猛反対なのは分かるし、妨害も
してくるんだろうが、肝心の阿部君はどうしてる」
「彼は二週間前から蓼科に行っています」
「蓼科?なぜ」
「絵の注文が来てるから、その制作の為に」
「そうか。でも連絡は取り合ってるんだろう?」
 蕗子は首を横に振った。
「なんでだ」
 財前が憮然とした表情で言った。
「わかりません」
「わかりませんってのは、何なんだ。おかしいぞ。恋人同士だろ?
二週間も連絡を取り合っていないなんて、信じられないぞ」
 蕗子はふっと笑った。
「恋人同士だなんて……。そんな風に思った事、私は無いし……」
「蕗ちゃんっ」
 財前の声が大きくなった。興奮しているようだ。
「何を今更、馬鹿な事を言ってるんだよ」
「だって、本当の事だし、彼だって本当はそう思ってるのかもしれないし」
 声に力が入らない。虚しさが込み上げてくる。
「いい加減にしろっ。じゃぁなんで、彼は蘇芳さんと離婚したんだ。君の為だろうが」
「私はっ……」
 蕗子の目から涙がこぼれてきた。
「私は、本当に分からないんです。自分の気持ちがよく分からない。だって、
あまりに状況が普通じゃなかったから。未だに心がグチャグチャなんです。
それなのに、それなのに、それを一層、父がグチャグチャにしてくれて。
どうしたらいいのか、全然分からない。自分が何をしたいのかさえ、
分からないんです」
 蕗子はワァッと机に突っ伏して泣きだした。堰を切ったように、感情が
溢れだして来る。こんな風にワァワァ泣かれて、財前は困っているに違いない。
申し訳無いと思いながらも、止められなかった。
 財前は、そんな蕗子を静かに見ていた。蕗子の気持ちが鎮まるのを
待つしかないと決めてでもいるように。
 どのくらいの時間が経っただろう。蕗子の泣き声が小さくなり、ヒックヒックと
なってきた頃、財前の大きな手が、そっと蕗子の頭を撫でて来た。
「蕗ちゃん。君がこんなに苦しんでるのに、彼はどうして何も連絡をして
来ないんだろう。仕事とは言え、君を放っておいて心配に思わないのか……。
だとしたら、俺は君らの事を応援できないな。強引に事を進めて来ながら、
ここに至ってほったらかしってのは酷いじゃないか。そうでなくても、蕗ちゃんが
自分から進んでしてきた事じゃ無いのに。全部、彼に引きずられての事なのに……。
だから、君が自分の心がよく分からないって言うのも当然だよ。もしかしたら、
彼の自信に満ちた言動に、そうなのかもしれないと暗示にかかって
しまっただけなのかもしれないぞ」
「暗示?」
 財前の思いがけない言葉に、蕗子の思考が反応した。
「ああ。出逢った瞬間に好きになってしまった、君も同じ筈だ、僕たちは
愛し合ってるんだと言われ続けて、そうなのかも知れないって
思ったんじゃないのか?確かに、根底には彼を想う気持ちはあったんだろう。
ただ、相手は妹の夫だ。許されない事が分かっているから、君は自分の
気持ちを否定してきた。封印してた。彼が無理やり開けなければ、
自然に消えていってたかもしれない。その程度の想いだったんじゃないのかな」
(ああ……。そうなのかもしれない)
 自分は認めたく無かった。誤魔化していたと指摘されれば、それは
そうなのかもしれないが、所詮、そのままでいられた程の想いに
過ぎなかったんだ。彼が強引に自分を引きよせたのだ。私は混乱しながら、
それに引っ張られてしまったんだ。
 そう思うとすっきりする。
 混沌としていた心が、納得のいく道筋を顕わし始めて来たように感じた。
「だけど所長……」
 涙が止まって、蕗子は最も分からない問題を財前に提示した。
「そうだとして。自分の気持ちは所長の言う通りだとして、それとは別に、
彼は何故、連絡してこないんでしょう」
「それこそ俺にも分からない。ただ俺だったら、マメに連絡するよ。
逢えない分、声を聞きたいし、話しだってしたい」
「でも、それじゃ仕事の邪魔になりませんか?」
「馬鹿を言うんじゃない。始まったばかりだろう?そういう時ってのは、
何より相手を求めている時期じゃないか。だから、俺には理解できないんだ。
相当の軋轢の中、犠牲を払ってまで離婚して君を手に入れたって言うのに……」
 財前は悔しそうに唇を噛みしめた。
「……まさか、蘇芳さんと離婚したいが為に君をダシに使ったんじゃないだろうな」
「はい?やだ、所長、何言ってるんですか」
「それとも、わざと君たち家族を崩壊させたとか。過去に何か因縁があって」
 蕗子は急に馬鹿馬鹿しくなってきた。言うに事欠いて、何を馬鹿な事を。
「所長。幾らなんでも考え過ぎです。だけど、所長のお陰で取り敢えず
自分の気持ちは少し良くなったと思います。ありがとうございました」
 蕗子はぺこりと頭を下げた。
「蕗ちゃん。俺は、今でも君の事を想ってる。大事に想ってる。だから、
もしこの先、困ることがあったら頼って欲しい。遠慮しなくていいんだ。
俺はオヤジだが、その分君を十分包んで守ってやれる自信がある。
彼との事を考え直すような事にでもなったら、俺を思い出してくれ」
 力強い思いが瞳に現れていた。財前といい、吉田といい、身近に
頼りになるいい男がいると言うのに、なぜ自分はよりにもよって妹の夫なんかを……。
そう思わずにはいられない。だからと言って、心が楽になるからと言って、
財前や吉田を愛する事はできないのだ。
「所長。ありがとうございます。所長の気持ち、嬉しいです。私も所長を
頼れたら、どんなに楽だろうって思うけど、でも……」
 蕗子は俯く。ここまで親切にされて、実際、彼にこうして甘えていて、
それでも尚、冷たく拒絶することはできなかった。
「いや、いいんだ。俺のこんな想いを、心の隅っこにでも留めておいてくれれば、
それでいいんだ。それ以上の事は気にするな」
 財前に頭を強く撫でつけられて、蕗子は照れ笑いを返しながら、
財前の好意を有難いと思ったのだった。


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