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小説・月と星の間<完>
4.告白


月と星の間 4.告白 ①

2014.12.03  *Edit 

「蕗子さん、電話が入っています。阿部さんからです」
 波絵の言葉にドキリとした。受話器を取る手が震えた。
「はい……。五條です」
 平静を保つよう深呼吸をして声を出したのに、僅かに震えている。
「晴明です……」
 よく通る男らしい低い声だった。いつもより心なしか少し硬く感じる。
「はい。あの……」
 何て言ったら良いのか逡巡した。周囲が気になる。この日は皆黙々と図面を引いていて、
いやに静かだった。自分の声だけが事務所内に響いている感じで居たたまれない
気持ちになってきた。
「これから会えませんか」
「はぁ?」
 突然の申し出に驚いた。
「勿論、そちらの事務所へ伺わせて貰います。外ではなく、事務所ならいいでしょう?」
 ここ数日の急な展開に、思考も心も着いていけずにいた蕗子だった。未だに混乱しているし、
何より悲しくて辛い思いで胸が一杯だ。何をどう考えたら良いのかさっぱり分からない。
晴明への想いを自覚はしたが、だからと言ってそこへ突き進んで行く事に激しい抵抗を
感じている。だから、晴明の電話にどう答えたら良いのか迷うばかりで返事ができずにいた。
 暫くの沈黙を破って、晴明が言った。
「とにかく、これからそちらへ伺います。三十分ほどで着くと思いますから、
そこにいてください。いいですね。じゃぁ」
 晴明は蕗子の返事を待たずに電話を切った。蕗子は呆然と受話器を握ったまま
固まっていたが、すぐに我に返って壁の時計へ目をやった。九時半を少し回っていた。
三十分で来ると言う事は十時過ぎにやってくるのか。
 蕗子は慌ててスケジュール表を確認した。幸いクライアントや業者との約束は入っていなかった。
「じゃぁ、出てくるから」
 いきなり言われて声のした方を見ると、財前が鞄を抱えて出かけるところだった。
様々な書類の申請や提出の為に役所へ行くみたいだ。いつものように颯爽としていた。
切り替えが早いのか、それともふっ切ったのか。
 蕗子は朝から集中できずにいた。夕べは神経が高ぶって眠れなかった。
――休みたい……
 初めて思った。どんなに大変でも、仕事を休みたいと思った事など一度も無かったのに。
 時計に目をやった。時間が気になる。晴明は一体、何をしに来るのだろう。
会ってどうすると言うのだろう。そして自分は?
 そうだ。まずは文句を言ってやらなくては。蘇芳と別れるにしても、他に言い様があった筈だ。
特別な関係になった訳でも無いのに、愛してるだなんて。誤解されても当然だ。そのせいで、
酷い目に遭わされている。
 蕗子は怒りが心を満たしていくのを感じた。だが、十時を数秒過ぎた頃に事務所の
ドアが開き、入って来た晴明の姿を見て何故か涙が滲んで来たのだった。
(いけない……)
 慌てて目じりを拭うと、蕗子は晴明の元へ歩き出した。
「おはようございます」
 丁寧にお辞儀をする。
「おはようございます」
 つられたように、晴明も深々と頭を下げた。
「今日は、どのようなご用件ですか?」
 いつものように顧客として対応するように努めた。
 晴明は瞬間、静かな事務所内の様子を見た後、少し逡巡した後で用件を告げた。
「依頼していたスタジオの件で、ちょっと問題が生じたので今後のご相談をしたいと思いまして」
(そうか)
 言われて納得した。当たり前の事だ。ダンススタジオの建設は蘇芳の為のものだった。
こんな事になって、予定通りに進めるのは無理だろう。
(もしや、キャンセル?)
 それはそれで困るな、と思った。
「波絵ちゃん、阿部さんを応接室にお通しして。私は書類を用意してから行きますから」
 自分の席へ戻る前に、晴明を見上げた。晴明は穏やかな瞳で軽く頷いた。
それを見て何故かほっとする。波絵の後に続いて応接室へ向かう晴明の後ろ姿を目で追いながら、
蕗子は一番下の引き出しを開けた。視線をそこへ移しても、晴明のスラッとした
姿勢の良い後ろ姿が瞼の裏に焼き付いているように残っている。
 池袋で別れた時の後ろ姿と重なった。優しげであり、儚げでもあった。肩幅が広くて、
決して華奢とは言えないのに、あの儚げな感じはどこから来るのだろう。いい大人の男なのに。
そんな風に思いながら、該当書類を手に取った。
「どうしたの?何か問題が?」
 CADに熱中していた吉田が声を掛けて来た。
「うん。まだよくわからないけどね」
 蕗子は曖昧な笑みを浮かべて、そそくさと応接室に向かった。ちょうど波絵と入れ違いになる。
「蕗子さんは、何を飲まれます?」
「阿部さんは何を?」
「できれば緑茶って……」
「じゃぁ、私も同じものでお願いします」
(緑茶か……)
 この間は懐石料理だったし、長らくアメリカにいたから、日本的な物を求めるのだろうか。
帰国して二カ月以上経つと言うのに。
 ただ蕗子自身は、この日は緑茶の気分だったから嬉しかった。
 室内へ入ると、晴明はソファではなく打合せ用のテーブル席の方に座っていた。
蕗子は目礼だけして晴明の向かい側に座った。持参した書類を置き、中身を広げる。
それに視線をやるが、実際には目に入ってはいなかった。ただ、晴明と目を合わせるのが
怖くてカモフラーシュしているだけに過ぎなかった。
 晴明は黙ったままだった。その沈黙が辛くて、何か言わなければと思いつつ
何も言えずにただ書類をめくる。
(どうして黙ってるの?)
 思わず顔を上げようとした時、ノックがして波絵が入って来た。目の前に「どうぞ」と
お茶を置かれ、静かに出ていった。その間、蕗子はずっと緊張していた。何か異様な
空気を悟られないか、そんな心配まで湧いていた。
「蕗子さん……」
 波絵が部屋を出て、ドアが閉まって間もなく、やっと晴明が声をかけてきた。
この時を待っていたかのように。
「夕べはどちらに泊まられたんですか?」
 夕べ家を出たと言う事を知っているのか。
「……渋谷のビジネスホテルです」
 テーブルに目を落としたまま、呟くように答えた。
 蕗子は夕べ、家を出た後、駅への道すがらどこに泊まるか考えた。友人の家も思い浮かんだが
迷惑をかけたくないし、何かと詮索されても鬱陶しかったので、職場に近い渋谷で
空いているビジネスホテルを探す事にした。幸い、女性一人でも泊まり易い綺麗な
ホテルに空き部屋が見つかったので、そこにチェックインした。
「そうですか。取り敢えずほっとしました。今朝、蘇芳に寝込みを襲われましてね」
「えっ?」
 思わず晴明の顔を見た。その途端、胸が締め付けられた。
「朝帰りはいつもの事ですが、朝早くに脇目も振らずと言った感じでドタバタと
玄関から直行してきて、僕の布団を捲りあげた」
 晴明は皮肉めいたように苦笑いした。
「でもって、第一声が『お姉ちゃんは?』ですよ。突然の事で、それはもう驚きました」
 蕗子は思わず手を握り締めた。あの妹は、家を出た姉が自分の夫の元に転げこんだと思い、
その決定的証拠を掴むべく、わざわざ早朝に帰宅したのだ。
(なんて子なの)
「その後、家中を探し回ってるんですよ。一体どういう事なのか説明を求めても
興奮してて話しにならない。いくら家探ししたって蕗子さんはいない。
やっと少し落ち着いて夕べの事を聞きました」
 蕗子は思わずハッとして、部屋のドアの方を振り返る。
「まさか、ここにも押しかけて来るんじゃ……」
「それは大丈夫です。彼女は今日からステージですから。暫く家には帰ってきません」
 それを聞いて少し安堵した。ステージに入ってしまえば、それに夢中になり
脇目も振らなくなる。だから、昨日のうちに実家へ行ったのかもしれない。
「蕗子さん。申し訳なかった。あなたをこんな目に遭わせてしまって」
 晴明は本当に済まなそうに顔を歪めた。それを見て、蕗子は戦慄く。
胸が締め付けられて切なくて、何も言葉が浮かんで来ない。あんなに、
文句を言ってやろうと意気込んでいたと言うのに。



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